第19話 フロラの気持ち①
「レノン……」
レノンが女の子のフリをして生贄になり、鬼達に連れていかれてから、もう一週間が経とうとしていた。
あたしはいつものように畑仕事をしながら、思わずポツリと呟いてしまう。
どうしてあたしが畑仕事をしているのか。それは、そういった重労働があたし達村人の仕事だからだ。
重労働には、畑仕事の他にも、洗濯、料理、掃除、井戸への水汲み、町への食材の調達などがある。
主にこの六種類の仕事が、あたし達のような子供達に課せられた任務みたいなもの。
あたしの担当は、そのうちの畑仕事。
「こら、フロラ」
静かな声で注意をされたあたしは、ビックリしてピクッと肩を震わせた。いつの間にか、土を耕す手を止めてしまっていたみたいだ。
声のした方を仰ぎ見て、あたしは素早く頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! 長老さん!」
作業の手が止まったあたしを叱ったのは、村の長老____デイル・ベトレイさんだった。
白髪、白髭の長老は、フンと鼻を鳴らすと口角を上げた。
「どうせ、レノンくんのことでも考えておったのじゃろう?」
「えっ?」
長老は、驚いて目を丸くするあたしを微笑ましそうに見つめて、
「お見通しじゃよ。まぁ、仕方のないことだとは思うがな」
「長老……」
長老が同情の言葉を投げかけてくれ、あたしの心が少しだけ満たされる。
「じゃが」
でも長老は、そんなあたしの心を引き締めるように人差し指を立て、念を押すように言った。
「それと仕事を疎かにするのとは別問題。今は仕事に集中してくれんと」
「は、はい!」
あたしは力強く返事して、両手で鍬の柄を構えて再び土を耕し始める。
「……良い身体になったな」
「え?」
唐突な長老の言葉に顔を上げる。思わず鍬を動かす手も止まってしまったけど、今度は咎められなかった。
「毎日畑仕事を頑張ってくれとるからじゃのう。筋肉がついてふっくらしてきておる」
「そ、そんな! あたし、あまり太りたくないんです!」
あたしは慌てて声をあげる。レノンの彼女として、みっともない姿を晒したくないのだ。
長老は、そんなあたしをなだめるように手を上下に振る。
「まぁまぁ、筋肉がついただけで太った訳じゃない。気にするな。むしろ、子供は成長が一番じゃからの。たくさん食べて丸々太れ」
「もう、長老さんってば」
長老の冗談めいた言葉に、あたしは思わず笑ってしまう。
長老はあたしをからかうように歯を見せると、杖をついて他の仕事場へと向かっていった。
腰を折り、ゆっくりと歩みを進める長老の後ろ姿を見つめながら、あたしは自分の心がほわっと温かくなるのを感じた。
と、仕事が終わった他の子供達の会話が聞こえてきた。
「はーぁ、やっと終わったね」
「お腹すいたー」
うんと伸びをしながら、それでも達成感に満ちた笑顔を浮かべる子供達を目で追う。
仕事の後のご飯、か。
「……レノンに、またハンバーグ作ってあげたいな」
仕事に集中しろと長老から注意をされたばかりなのに、あたしはまた呟いてしまう。
この村の男子達は、生贄の少女達を次々とさらっていく鬼達に対抗するため、町から派遣される騎士団のもと戦闘訓練を受けていた。
当然、レノンもその一人。
だから、あたしは彼のためにたくさんご飯を作ってやっていた。『いっぱい食べて体力つけないと』というのが、食事時間におけるあたしの口癖のようなものだった。
そんな中で、レノンが一番喜んだメニューがハンバーグだった。ハンバーグがレノンの大好物だと知ったあたしは、彼の訓練が上手くいかない時、彼が少し元気ない時、ハンバーグを作っていた。
少しでもレノンに元気になってもらいたい。そんな思いからだった。でも今は、その相手が居ない。心にぽっかりと大きな穴が空いたようだった。
「フロラ!!」
その時、あたしは自分の名前が呼ばれるのを聞いた。
______上空から。
「えっ!?」
あたしが驚いて天を仰ぐと、風に包まれた少女達が空を飛んでいた。そしてその先頭に居るのは。
「ウィンディー!!」
あたしの叫びに長老も、あたしの父も、そして他の村人達も何事かと集まってくる。
「フロラ!」
ウィンディーは黄緑色の髪をなびかせて華麗に着地すると、真っ直ぐあたしの方へ駆け寄ってきた。
そんな親友を、あたしも手を広げて待つ。
「良かった……無事だったんだね!」
抱き合いながらあたしが言うと、ウィンディーはあたしの肩の上で何度も何度も頷いた。
「ええ! レノンくんが助けてくれたのよ!」
「れ、レノンが!?」
驚きのあまり、あたしはウィンディーと密着させていた体を離してしまう。
ウィンディーは、桃色の瞳を潤ませながらもう一度頷くと、
「私達を逃がすために、自分が囮になってくれたの。後から追いかけるって言ってたから、明日には帰ってくるはずよ」
「本当に!? 良かった……。やっと。やっとなんだ……」
あたしは呟くと、また強くウィンディーを抱き締める。
「ふ、フロラ!?」
ウィンディーは目を丸くして、驚きの声をあげた。
「本当に無事で良かったよ、ウィンディー。お帰りなさい」
「……ただいま。フロラ」
あたし達は抱き合ったまま涙を流して、叶わないはずだった再会を喜んだのだった。
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でも、それから何日経ってもレノンは帰ってこなかった。
あくる日の昼間、あたしとウィンディーは畑仕事をしている真っ最中だった。
「レノン……まだなの?」
あたしが不安な気持ちを抑え込みながら尋ねると、
「おかしいわね。もうそろそろ抜け出せても良いはずなのに」
ウィンディーも不安そうに胸を押さえる。
「……ねぇ、ウィンディー」
「ん?」
ウィンディーの言葉を思い出しながら、あたしは再確認する。
「レノンって、皆の囮になったんだよね?」
「え、えぇ。レノンくんが計画してくれたんだけどね」
それを聞いて、あたしの中にある可能性が浮かんだ。
「もしかして、鬼に捕まったままなんじゃ!?」
ウィンディーは首を横に振って、
「そこまでは計画の内なのよ。そこから脱出して戻ってくるっていうのが最終的な段階なんだけど」
「じゃ、じゃあ、脱出しようとしたところを鬼に見つかって_____」
あたしが嫌な予感を抱いていると、突然声がした。
「失礼します。ウィンディー・フォーレスさんはいらっしゃいますか?」
鎧兜を纏った紫髪の女性が尋ねてきたのだ。
「あ、私です」
「騎士団長のリッターです。ご要請を承り、やって参りました」
女性の隣に居た、同じく鎧兜姿の赤髪の男性が礼儀正しく会釈をする。
あたしもそれに応えて頭を下げながら、ウィンディーに尋ねる。
「ウィンディー、どういうこと?」
「実はね、私達『生贄』が鬼の屋敷を脱出したことはじきにバレるから、村が襲われても対抗できるように騎士団に来てもらうことにしていたの。これもレノンくんが考えてくれたのよ」
「騎士団……そうなんだ……」
あたしは持っていた鍬を地面に放り投げ、
「あ、あの!」
「は、はい……?」
赤髪の男性の胸ぐらを掴む勢いで、必死に懇願したのだった。
「あたしの彼氏を……レノンを、助けてください!」




