第15話 脱出
「よし、皆出たな」
すっかり真夜中に突入した頃。
俺は『生贄』用の部屋から皆が出たかを今一度確認するため、背後に居る女子達を振り返った。
ウィンディーを含めた生贄の女の子達は、真剣な顔つきで首を縦に振ってくれる。
よしよし、これで大丈夫だな。
俺は右手を軽く振った。皆に脱出開始を指示する合図だ。
それを見た皆は、音を立てないようにしながら小走りでオグルとオグレスの部屋、その隣にあるベランダへと足を進める。
その間に、俺は『生贄』用の部屋の前に炎魔法で火を放った。それも大火災を起こすほどの大きなものではなく、ろうそく程度の小さなものだ。
この屋敷の壁や床、天井が、火を大きくしてくれる。
ここらが火の海になるのは時間の問題だろう。
続いて、ベランダへと向かった皆に追い付く。
「レノンくん、皆出られたよ」
小声で、ウィンディーが知らせてくれた。
俺は無言で頷くと、炎魔法でベランダの前にさっきよりも大きめの火を放った。
この熱風とウィンディーの風魔法の風力を合わせることで、『生贄』の女の子達、俺を除いた九人の浮遊力をアップさせることが出来る、という計算なのだ。
「ウィンディー、後は頼んだ」
風魔法を発動させ、女の子達を包み込んでいるウィンディーに向かって、俺は祈るように言った。
淡い緑色の長髪を巻き起こる風になびかせながら、彼女は俺の方を振り返って力強く頷いてくれる。
「勿論よ、レノンくん。後のことは任せて。それから、すぐレノンくんのことも助けるから」
「さあ行って。あいつらに見つかる前に」
ウィンディーはもう一度顎を引くと、さっきよりも風魔法を強くして皆を包み込み、ベランダから足を離した。
それを後押しするべく、俺も炎魔法の力を倍増させる。
ウィンディーの風魔法と俺の炎魔法で巻き起こった力強く激しい風は、『生贄』の女の子達を護るような形で夜空へと舞い上がる。
______頼む。うまく逃げ切ってくれ……!
俺は遠のく皆の姿を見上げて、思わず手を合わせた。
そして踵を返すようにベランダに背を向けると、ラルヴァの部屋へと向かった。
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ラルヴァの部屋へ向かう途中、廊下では想像通りに火災報知器らしき警報音が鳴り響いており、サイレンを思わせる赤い光が廊下一帯を包み込んでいた。
そんな中をまるで犯罪を犯した逃亡者のように走り、俺はようやくラルヴァの部屋に到着した。
行ってもいないラルヴァの部屋が、一目見ただけで何故分かったのかと言うと、一昨日あいつに見つかった直後に後をつけて、こっそり部屋の場所を確認していたからだ。
命懸けの尾行だったが、無事に実を結んで良かった。
幸運にも、部屋のドアは開けっ放しだった。
おそらくラルヴァは、火災報知器が鳴った時点で真っ先に部屋から飛び出したのだろう。
部屋に入る直前、念のためにキョロキョロと周囲を見回して誰も居ないことを確かめる。
そして、ついに俺はラルヴァの部屋への潜入を成功させた。
狙うは奴が持っていると言っていた玄関の鍵だ。
あれさえあれば、俺もすぐにウィンディー達に追いつくことが出来る。
そう意気込みつつ、俺はガサガサと音を立てながら引き出しや棚などを物色して、玄関の鍵を探し始めた。
のだが______。
無い。鍵が無い。
嘘だろ、何でだよ。立てていた作戦では、玄関の鍵を盗んだことをラルヴァに知られた俺が呆気なく捕まるって流れだったのに。
いや待て。たとえ鍵が無くても、人の部屋の中に勝手に侵入していたとなればそれだけで大問題だ。
ラルヴァに見つかれば、間違いなく俺はまた捕まる。
そうすれば計画は成功だ。あとは何とかして______。
「おい、そこで何をしている」
よし、来た! ラルヴァの声だ!
「あっ、えっとぉ……」
「お前が欲しがっているものなら、ここにあるぞ」
そう言うと、ラルヴァは服の裏ポケットから鍵を取り出してかざしてみせた。
その口元が、うっすらと緩んでいるように見える。
計画のうち。そう思っていても、背筋が凍るほどの恐怖を植え付けてくる。
「す、すみません!」
俺は勢いよく頭を下げた。
ラルヴァの冷たい声が、頭上から降りかかってくる。
「謝るなら最初からするな。悪いことだと分かっているのだろう」
「は、はい……。でも私、どうしても故郷が恋しくなっちゃって、それで______」
「それで」
俺の言葉を途中で遮り、ラルヴァはその続きを紡いだ。
「火災を起こしてその隙に鍵を盗んで脱出してやろうというわけか」
「______ッ!?」
俺は思わず、声を漏らしそうになってしまった。
何故、ラルヴァが計画のことを知っているんだ? 誰かが密告した……?
いやいや、皆だって自分の故郷に帰りたい気持ちは同じだ。わざわざ自分達の計画が破綻するような真似はしないはず。
だとしたら、全部こいつの推測? それにしても的を射すぎているぞ……!
鍵を盗もうとしていることを知られるのは良い。計画のうちだ。
でも俺が火災を起こした張本人だなんて、何で分かるんだ?
「大体、火災の発生源が極端なんだよ。一見、この屋敷全体が燃えているように見えるが、よく見れば全く違う。部屋のドアの前とベランダの前。こんなにピンポイントで、自然の火災が起きると思うか?」
し、しまった……! やっぱり二ヶ所だけじゃ足りなかったか!
ウィンディー達が逃げる時間を稼ぐことしか考えてなかったせいで、とんでもないところを見落としていたぞ。
どうする!? どうす______!
「だからニンゲンは愚かなんだ」
「がっ!!」
ラルヴァが大きく腕を振り上げたと思った直後、俺の視界が強く揺さぶられた。
いや、違う。ラルヴァに殴られたんだ。棍棒……みたいな何かで。
そう気付いた時には、俺は既に地面に倒れていた。
遠のく意識の中で、ラルヴァのこの言葉だけがやけにハッキリと聞こえた。
「自ら苦難の地へと戻っていくのだから______」




