第11話 脱出計画
「な、何言ってるの……? レノンちゃん」
信じられない、と言いたげに、ウィンディーの唇が震える。
「私は本気だよ。こんな所、居ちゃいけない。一刻も早くここを出ないと」
俺がまっすぐウィンディーに伝えると、
「そ、そんなこと出来ないわよ。そんなことしたら、鬼に一発で殺されちゃう!」
「しっ!」
ウィンディーが思わず声を張り上げたのを、俺は慌てて人差し指を口元に当てて制した。
他の女子達が何事かと言いたげにこちらを見たが、あまり興味は無いようで、また喋り始める。
良かった、他の子達に聞かれたわけじゃなかった。
俺はホッと胸を撫で下ろしつつ、さっきよりも声をひそめた。
「でもこの事はまだ誰にも言わないでほしい。ウィンディーにはもう言っちゃったけど、出来るだけ秘密にしてほしいんだ」
「そ、そんなこと言ったって……」
ウィンディーは桃色の瞳を動かして、明らかに戸惑っている様子。
確かに、急に『脱出しよう』とか言われて、すぐに状況を飲み込んでOKなんて言う奴は珍しいよな。
「俺が女のフリしてここに来たのは、脱出が目的だから。早くみんなを取り戻すために来たんだ」
俺は自分の口調が元に戻っているのも忘れて、困り顔のウィンディーを見つめた。
「レノンくん……」
桃色の瞳を潤ませながら、ウィンディーは不安そうな表情のまま。
「急に色々言っちゃって、ウィンディーも混乱してると思う、ごめん。でも、俺が考えてることはちゃんと知っててほしいんだ」
俺は頭を下げてから、もう一度ウィンディーの桃色の瞳を見つめた。
「わ、分かったわ。……本当に大丈夫なの?」
俺の顔を覗き込むようにして、ウィンディーが尋ねてきた。
「え?」
「だって、もし脱出計画を考えてるってことが鬼達にバレたら、レノンくん……殺されちゃうわよ⁉︎」
思わず声を張るウィンディー。
そんな彼女に、俺は笑顔を見せて、
「大丈夫だよ。バレないようにすれば良いだけだろ?」
「それは……そうなんだけど」
それでもウィンディーは納得の行っていない様子だ。
「俺のことは気にしないで。心配してくれてありがとな。じゃなくて、私のこと心配してくれてありがとう」
危ない危ない。このまま口調を直さないで居たら、いつか鬼達や他の女の子達の前で『俺』口調が出ちゃうかもしれないもんな。
「ううん」
ウィンディーはフルフルと首を振って、薄緑色の長髪を揺らした。
「でもあまり無茶しないでね」
そして最後に、そう釘を刺してくれたのだった。
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それから俺は、ここから脱出するための計画を立て始めた。
と言っても、ここにある紙に書いてしまうと鬼達や他の女の子達に見つかってしまう可能性があるため、メモは全て俺の脳の中だ。
元々あまり記憶力が良いわけではない俺だが、自分やウィンディー、それに他の女の子達の命もかかっているこの状況だ。
そんな悠長なことは言ってられない。
なにがなんでも全て覚えなければいけないんだ。
まず、最初の二日か三日くらいは、この屋敷……と言って良いのかは分からないが、とりあえず鬼達の住み処の調査だ。
どんな場所に何があって、俺達生贄が収容されている部屋から最も近い出口はどこなのか。
王の部屋からは見つからない脱出通路はどんなものか。
それから鬼達の動き方もチェックしておかないといけない。
朝から晩までの生活習慣をしっかり把握して、奴らが部屋の外に出ていない時間帯を見つける必要がある。
そのためにも、やっぱり三日は要るな。
一日や二日じゃ少し不安だし、生贄の前だからって気をつけて行動している可能性もある。
というわけで、これから三日かけて通路や部屋、出口の場所の把握と鬼達の行動や生活習慣の把握をすることに決めた。
もちろん、これはウィンディーにも伝えている。
一応、俺が女の子のふりをしてここに潜り込んでいることまでは打ち明けた間柄だ。
ここまで来れば、何もかも話してしまった方が彼女も安心だろう。
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一日目。
まずは起きて他の女の子達と同じように朝食を食べる。
生贄の女の子達によれば、今までにここで出される食事を食べて食中毒になったり体調不良になったり、はたまた命を落としてしまったり……といった事例は一切ないらしい。
それならひとまず安心だな。俺達をすぐに殺すつもりはないと判断しても大丈夫そうだ。
ってことは、オグレスの言葉も合ってたわけだ。
王様が人間のこと大切にされてるっていう。
もちろん、味も美味しかった。ちゃんと人間の味の好みが分かってる奴らなんだな。
まぁ、不味いせいでご飯を食べなくなって餓死されると嫌なんだろう。
美味しかったのは昼食も夕食も同じだ。
ただし、一日の最後に食べる夕食に限って俺の嫌いなトマトが入っていたので、それだけは摘まんでウィンディーのお皿に置いてやった。
もちろん、即バレて『もう!』と怒られてしまった。
それでも最後には、仕方なしに食べてくれたけどな。
ウィンディーありがとう。
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二日目。
この屋敷(?)のことをもっと知っておきたいという理由で、オグルとオグレスに案内してもらった。
まぁ、何で急に回りたいんだって聞かれて咄嗟に放った理由も、決して間違ってる訳じゃない。本当はもっと『別の目的』があるけど、『この屋敷を知っておきたい』っていうのもある。
後者は単なる純粋な興味も混じっていたり。ちょっと厄介だな。
「はい、ここがおれとオグレスの部屋だぜ、レノン」
ドアをカチャッと開けて、オグルが自分達の部屋を見せてくれた。
「へぇ~。小さくて可愛いね」
やっぱり男と女っていう性別も関係しているのか、オグルのベッドや小物は寒色系、オグレスのベッドや小物は暖色系の色に統一されている。
俺が率直な感想を述べると、オグルは頬を紅潮させて、
「かっ! 可愛いって言うなよ! おれは『カッコいい』って言われた方が嬉しいんだ」
青髪をポリポリと掻いて恥ずかしそう。
「ああ、ごめん。オグルのはかっこよくて、オグレスのは可愛いね」
俺が言い直すと、オグルはやっと満面の笑みを浮かべてくれた。
「______で、この隣がベランダだぜ」
オグルは自分達の部屋のドアを閉めてから、右方向に数歩ほど進んで開き戸を開けた。
ベランダ、か。脱出するときに使えそうだな……。
ベランダの外からは、真っ青な空が見えていた。




