第1話 村の掟
夜。すっかり暗くなった頃、とある村の一角にある、小さな藁小屋の灯りだけがポツンと付いていた。その中は予想以上に広く、年頃の男たちが数十人入っても窮屈ではないほどだった。
小屋の奥に座っている一際小さな老人____この小屋の主人でもある____デイル長老が、おもむろに口を開いた。
「では、始めるとしようかのう」
「「はい!」」
ザッと数えて十人くらいいる男たちは、それまで集まって話していたのを止めてデイルの方に向き直った。
「まず、三日後に迫った儀式についての再確認じゃ。今回捧げるのはフォーレスの家の娘で良いな?」
「「はっ!」」
老人の言葉に、男たちは一斉に頭を下げる。デイルの真っ白な髭とは正反対の、真っ黒な髭を生やした者もおれば、それを剃ったばかりの爽やかそうな雰囲気が伺える者、灰色の髭の者もいる。男たちの姿は十人十色だ。
彼らの中で一人、場違いな俺は思わず顔を伏せてしまう。何せ、成人済みのオジサン達の中に一人だけ未成年の男が居るんだから。それはまぁ、冗談として。
本当のところは違う。俺は別の理由で顔を伏せたのだ。
また儀式がやってきてしまうのか、と。
「そろそろ、捧げる娘も減ってきてしまった。女こそいるが、まだ成長しておらんからな」
デイル長老がため息まじりに嘆いた。男たちも深刻な表情を隠せない。
この村では、襲来してくる鬼から生き延びるために、数年前から嫁入り前の娘を、週の末日に生贄として捧げるのが風習となっていた。
もとより、村は俺達の村以外にも沢山ある。
国の中心部に位置する城下町から蛸の足のようにして道が造られており、その先に八つの村が作られているのだ。
なぜ城下町と村で別れているのか。
それは、街の豊かな生活による多額の税金徴収に耐え切れなくなった者たちが、街に気づかれないようにして夜通し道を作り、一斉に捕らえられないように分かれてその先に村を作ったからだ。
ようやく苦しい生活から逃れられて、安心していた者たちを絶望のどん底に突き落としたのが、はるか遠くの島からやってきた鬼たちだった。
当然、皆死にたくない思いは同じだ。村と鬼たちによる交渉を重ねた結果、この村から娘を生け贄として捧げる代わりに、村の全滅を止めてくれることに決まった。
だが、個々の村の人口は多いとは言えない。そのため、生け贄として捧げる予定の娘の数も限界に近づいていた。
「やっぱり子供も視野に入れた方が……」
「いや、鬼の求める者は嫁入り前の娘じゃ。もしそれと違えば今度こそ我々は全滅じゃ」
「申し訳ありません」
一人の男が提案するもあっけなく終了。最初に交わした約束で、鬼に捧げるのは嫁入り前の十代〜二十代の女性というものがある。村を守る上では、死んでも破れない約束だ。
「ひとまず今週はフォーレスの娘で良いだろう。まだ女がゼロになったわけではあるまい。もう夜も更けたし、今日は解散にしようぞ」
「「はっ!」」
デイル長老が名残惜しそうに解散を切り出した。
村の男たちは、打ち合わせ場所として使われているデイルさんの家を次々と出て行く。
その中で、三日後の週末に娘であるウィンディーを捧げることに決まったフォーレスさんが暗い顔をしていた。
俺も彼らの後を追ってデイルさんの家を出ていこうとする。
と、デイルさんの声がした。
「ヒルスや。済まないが、手配等はよろしく頼む」
「はい。承知致しました」
どうやら、村長のヒルスさんに後のことを頼んでいるみたいだ。
村長はやっぱり何かと大変だなと思っていると、
「あと生贄制度の事じゃが」
デイルさんがこう切り出した。デイルさんの家から出ようとしていた俺は、思わず足を止めてしまう。
盗み聞きは良くないが、それでも気になる。何かあるんだろうか。
俺は小屋の入り口のところで聞き耳を立てた。
「村の人数を考えると、週に一人生贄を捧げていくのはいずれ困難になる。だから今週の生贄を捧げ終わったら、村の皆にも生贄を年に一回とする事を発表しようと思っておるのじゃが、そなたはどう思うかね?」
「なるほど……」
ヒルスさんが考え込むように唸る。
確かにこのままいけば、いずれ女の子達を生贄として鬼に捧げる事が出来なくなってしまうかもしれない。
流石に女の子が産まれなくなるわけではないだろう。でも、週一のペースではやはり無理がある。
生贄を捧げられなくなって鬼達に攻めてこられるのは、何としてでも阻止したいというのが長老の考えなのだろう。
「わたしもデイルさんに賛成です。生贄制度は、年に一度に変更しましょう」
「ああ、分かった。ありがとよ」
「いえ。めっそうもございません。我が村の事を考えてくださりありがとうございます」
ヒルスさんは礼義正しく長老にお礼を言うと、いそいそと小屋から出てくる。
俺は急いでデイルさんの小屋から距離を取った。
そして、ある少女の元へ走る。
「お父様、おかえりなさい」
小屋の外で父親が出てくるのを待っていた少女____フロラが、嬉しそうに声をかけてヒルスさんに駆け寄った。
整えられた茶色の長髪が月明かりを受けて輝き、風によって毛先がふわりと舞い上がる。
「ああ、ありがとう、フロラ」
フロラは、父からのお礼に満面の笑みをたたえた。
「お疲れ様でした、ヒルスさん」
あくまでフロラと一緒に待っていましたよ、という雰囲気を醸し出しつつ、俺もヒルスさんに言った。
「ありがとう。お前もご苦労だったな、レノン」
「いえ。とんでもございません」
俺が首を振ると、フロラが俺の方を見てからかってきた。
「レノンってばまた固くなってるよ。お父様は確かに村長だけど、そこまで偉くないから」
あっけらかんと言い切る娘に呆れながら、
「偉くない村長なんぞいないんだがな」
と呟く父・ヒルスさん。
俺も思わず苦笑いをしてしまうが、あることを思い出して真剣な表情を作る。
「お父さん」
「まだ、君にお父さんと呼ばれる筋合いはないぞ」
思わずヒルスさんのことを『お父さん』と呼んでしまい、怪訝な表情を向けられる。
「あっ……申し訳ありません。ヒルスさん。正式にフロラとの結婚を認めて______」
「ダメだ」
スパッと言い切られた俺はその場に硬直。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「俺、強くてたくましい男になります。そのためにフロラとの結婚を______」
「己の成長のために、我が娘を利用するということか?」
「いや、あの、決してそのようなわけではなく……」
「ダメだダメだ。こんな男らしくないへなちょこの屁っ放り腰に、娘を預けられるわけがないだろう」
よほど俺を信用できないのか、ヒルスさんは意地悪なことを言ってくる。
そして呆れたようにため息をつくと、フロラに向かって『先に帰るぞ』と言って去っていった。
「またダメだったね……」
父の大きな背中を見送りつつ、残念そうにフロラがため息をつく。
「うん。ごめん。ヒルスさんのこと全然説得できなくて」
俺が頭を下げると、フロラは口元に手を当ててにやついた。
「まぁ、その顔じゃあねー」
やっぱり顔か。
フロラとは幼なじみだが、小さい頃からカッコいいと言ってもらった試しがない。
俺の顔が女の子っぽいからなんだろうけど……。
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フロラと別れた後、家の中で俺は意気込んだ。
「もっと男らしくならないと! 村長に認められなかったら、フロラと結婚できないんだからな!」
気合を入れるためにガッツポーズ。決意を新たにした俺は、やがて眠りについた。
お読みいただきありがとうございました!
本作はフォロワーさんの素敵な提案をもとに書いたものです。
この案を下さったフォロワーさんには深く感謝申し上げます。