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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死に贄の砂地 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 お、つぶらやくん、調べものをしているのかい? 今度のテーマは……うへえ、「古今東西の贄全集」。これはまたえぐいものを探してきたねえ。何か、人身御供ものでも手掛ける予定かい?

 古来、人々は自分の理解の及ばぬことに関し、神様の思し召しと解釈する向きがあるからねえ。結局、主観でしか物事を見ることができない僕たちだ。見えない、分からないものはたくさんある。それに対する理由付けとして、容易に人前へ姿を見せない神様は都合のいい立場なのだろうね。

 だが、現代は昔より物事の仕組みが分かってきた。神様よりも科学的な要素の「ご機嫌」を取れば、ある程度事象を制御できるということも。そのため、贄というシステムに対して懐疑的に思う人も、珍しくはなくなってきた。

 贄って、本当はどのような効果があるのだろう。その分の手間を自分にあてられれば、メリットにつなげられるのに。僕がそう考えていたころ、知り合いのおじさんから贄をめぐる話を聞いたんだ。つぶらやくんも、興味があったら聞いてみないかい?


 むかしむかし。とある渓谷の村では、成人の儀式を終えた者たちは、定期的に必ず負わなくてはいけない役目が存在した。

 その渓谷の一角に、切り立った崖に囲まれた広い砂地が存在するんだ。木が一本も生えず、水の一滴すら湧き出すことのない大地。そこは常に村の者たちによって守られ、限られた時しか侵入を許されないんだ。

 この制限は、何も人間のみに適用される話じゃない。通りかかる獣、頭上を越えようとする、低空飛行の鳥に対しても容赦のない矢が射かけられる。大人たち曰く、命を帯びたものを砂地に入れることは許されないのだとか。

 この砂地の中央には、死を司る神様の住まいが存在する。そこへ向かっていいのは死者のみで、生きている者は中へ入ってはならない。唯一の例外が、神様へ「死に贄」を届けに行く時だという。


 これは恐ろしいほどの徹底ぶりらしい。かつて崖に登って見張りを行う任についていた者のうち、ひとりが誤って足を滑らせて、砂地側へ転落してしまったことがあった。その時点では息があったが、これまで同じ見張りの任に崖の上にいた者たちは一転、落ちた彼目掛けて、矢の雨を降らせたんだ。

 足場の悪い砂地。落ちた彼は逃げようとしたが、飛来する矢の数、速さにはかなわない。たちまち体中から矢を生やし、その砂地の上へ横たわって動かなくなってしまった。だが、彼らの手は止まらない。

 すぐさま崖上の者たちは、あらかじめ土器に汲んでいた中身を、倒れた彼目掛けてぶちまけ始める。それらは砂と、村でさばいた動物の血肉を混ぜ込んだもので、彼の身体はそれにどんどん覆い隠されていく。


「生の臭いをとどめてはならない。残してはならない。死が変わらず、ここへ居続けてくれるようにな」


 村長はそう語った。これがずっと昔から受け継がれてきた、大切な掟であると。この村には墓が存在しない。死人も同じように、ここの砂と化すのだから。


 そうして村の死を飲み込み続ける砂地だけど、しょっちゅう死人が出るとは限らない。そこで死体を納められない時期が続くと、つなぎの品を用意しなくてはいけなくなる。そこで先にも名前を出した「死に贄」の準備が必要になる。

 生け贄が生きたものを納めるなら、死に贄は文字通り、死んだものを納める。死体を葬る際にこしらえるような、砂と混ぜた肝などではなく、絞殺して形を極力残した鳥などがこれに用いられたとか。

 納めに行く者は齢30を数えるまでの女性。できれば若い者の方が好まれる。そのものは剥いだばかりの動物の皮を頭からかぶり、そのまま死に贄を持って、砂地の中へと足を踏み入れていく。

 砂地はとても広い。それを囲む崖のいずれの方面から眺めても、向かいの崖が視認できないほどだ。その中心部には、はるか昔から在り続ける死の神が住まわれているとのこと。その神への供物を捧げる場所には、赤いたすきを結ばされた鉄の棒が一本だけ突き立っているんだ。


 今回、死に贄を納める役目に選ばれたのは、村でも最年少の少女だった。神様にそそうがあってはならないと、彼女は勤めを果たす前に、先に話したようなことをすべて大人たちから教え込まれる。

 少しでも無作法を働いてしまったのであれば、自分もあの砂地の一部になる……そう考えると、震えが止まらなかった。

 着々と準備は進められて、彼女の手には今朝がた絞めたばかりの鳥が手渡される。頭から被せられる毛皮は、血の香りと湿り気に富んでいた。この儀に当たり、直前に大人たちの手によって存分に獣のハラワタを擦り付けたものだ。できるところでは息を止め、臭いを嗅ぐ時間を縮めなくては、とても脳が持ちそうにない。

 

 いよいよ彼女は件の砂地までやってきた。案内についてくれた大人たちも、ここから先は同道しない。代わりに手に持った弓に矢をつがえている。すでに崖上に待機している者も同じだ。砂地の中央部こそ確かめられないが、彼らはいずれも視力に優れている。

 死に贄を捧げる砂地に、生の痕跡を残してはならない。彼女が汗の一滴でも垂らすのが見えたなら、即座に射殺する段取りとなっていた。転倒したりしてもだ。

 落ち着いていれば大丈夫と聞かされて来たけど、砂を踏んだとたんに足が自然と早まってしまう。転びやすくなる自殺行為かもしれないが、少しでもこの役目の時間を短くしたいという一心で、彼女は砂地の奥へと呑まれていく。


 気がついた時には、四方を囲んでいるはずの崖の姿がなくなっていた。もちろん射手たちの姿も消えたが、彼女はまだ落ち着かない。手に握った鳥を納める目印を、探さなくては。

 これまで経験のある女性たちによれば、砂地へ入って真っすぐ歩けば見つかるはずとのこと。けれど崖が視認できなくなったことで、自分がどちらを向いているのか彼女には分からない。今は昼間だというのに、この開けた砂地へ降り注ぐはずの陽の光は、先ほどから宙に漂う砂に巻かれ、ここまで十分に届かない。

 風が出てきていた。彼女は被せられた獣の皮きれの端を掴み、飛ばされないようにしながら進む。もう村の人たちはいないだろうけど、砂は入り口に比べるとだいぶ柔らかくなってきている。もはや一歩ごとに彼女のつま先からすねまでを、ほぼ中に引きずり込むほどで、沼と大差ない。転べば、身体ごと埋まってしまう。


 足を取られないよう、取られないようとうつむき気味に歩いていた彼女の目元を、不意にくすぐるものがあった。縁のあちらこちらがほつれた、紅色のたすき。それが結ばれている先は、黒一色の鉄の棒。話にあった、死に贄を捧げる場所に違いない。

 彼女は持っている間に、砂粒まみれになってしまった鳥を置こうとする。ところが棒の根元の地面に着けたとたん、これまで以上に強い風が、彼女の正面から吹き付けた。鳥の身体を吹き飛ばし、彼女のまとっている獣皮さえも、もぎ取らんとするほどの勢い。

 彼女はとっさに皮の端を掴んだけれど、袖などが通っているわけじゃない。掴まなかった方は風に流されるまま後方へ。頭にかぶさっていた部分が取れ、彼女の半身がさらけ出される。


「あああ! 生きてるぅ!」


 そう遠くない正面から、おめくような声が響いた。ほどなく、吹き付ける砂の中からぬっと人影が姿を現した。

 背が高い女性のように思えたらしい。だがそれは、ちりぢりになった髪の毛が、頭の後ろからこちらへなびいていることで、判断しただけ。

 彼女の目、鼻、耳、口のあったところは、はにわのようにぽっかりと開いた黒い穴になっていたのだから。


「駄目だよお、生きてちゃ。死んでいなきゃ。死ななくちゃ。私がずっと生きていられないからあ」


 舌もないのに、そう紡がれる彼女の口内。少女は思わず、後ずさろうとするけど、深く沈む砂の上では上手くいかない。すぐ、体勢を崩して尻もちをついてしまう。

 対する彼女は砂など意に介さない。彼女の裸足は砂の上、紙一枚分の厚さをおいて浮かんでいるのだから。彼女との間合いを、みるみるうちに詰めてくる。

 とっさに彼女は飛ばされかけている獣の皮を、今一度被り直した。肩を覆い、頭を隠し、またも鼻を潰す臓器の臭いが、彼女の全身に漂い始める。

 この時、すでに女性は彼女目掛けて右手を伸ばしていた。人差し指から小指まで、きっちり揃えて伸ばされた長い爪は、槍の穂先を思わせる鋭さで、少女の右まなこの直前まで迫っていたんだ。

 それがぴたりと止まる。「……なあんだ。死んでいるじゃないか」と独りごちた女性は手を引っ込めると、周囲を見渡し始めた。

 風はすでに止んでいる。少女の持ってきた鳥は、十歩ほど右手に転がっていた。彼女はまたも足を動かすことなく、砂の上を滑ったかと思うと、鳥をむずと掴むあげる。そして少女を一瞥することなく、来た方向へ戻っていったのだとか。


 禁を破ってしまったことを、少女は晩年になるまで話すことはなかった。だがその時に彼女の話を聞き、信じた者はほとんどいなかったとされる。

 彼女が帰ってきてより、年々砂地はその面積を減らし、ついには完全に無くなってしまったからだ。砂をすっかり失った窪地に、とどまっている者は何もおらず、あの赤いたすきを結んだ鉄棒だけが、突き立っているばかりだったという。

 


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