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東の最果て Ø(前半)  作者: 久稀(ひさき)
1/1

遠い過去の詩(うた)

短編が続くシリーズです。

ファンタジアシリーズ Ø 【前半】

 水龍を神として祀り、水龍は王族に力をあたえ、王族は民に幸いを。


 特殊な力を持つ王族。それは血に流れていて末裔まで受け継がれる。


 小さな島国の豊かな生活は、水龍の加護と王族にのみもつ特殊な力で維持されている。


***


 暗黒の世界の中で、ディサンテは兄の声を聞いた気がした。


『ディサンテはここを脱出しなさい。この国はもう……』


 きっと夢なのだろう。


 夢は曖昧で脆く消えゆく。


 ディサンテとは誰のことだ? そう思うけれどそれすらも闇に飲み込まれてしまう。


 しかし彼の声は暗闇の中でまた響いてきた。


『――いつの日か……に、出会えたら……この封印は解けるだろう。それまで……』


 いつ? 誰に? 封印? 


 夢のはずなのに、そうではないような気がした。心のどこかで『本当はわかっているんだろう?』と問う自分がいる。


 ふと、空気の香りと色が一気に変わり、夢が静かに沈んでいった。


 


 この国の終わり。永遠に続くはずだった、ディサンテの故郷リリオ王国。


◇◇


 ディサンテの朝は早い。夜が明けるとともに城を抜け出し城下町へ行くのが日課だ。


 空は青く雲は流れゆく。まだ空気はひんやりしているけれど、太陽が完全に地面を照らすころには暖かになるだろう。


 徐々ににぎやかな街の人々の声が聞こえてくる。


「おはよう、アーディ」


 朝市の一角で、新鮮な野菜を扱う女主人に声をかけられた。


「おはよう、おばさん。今日はなにか珍しいものはない?」


「そうねぇ……あ、この人形はいかがかしら?」


 売り場の棚の上へふっくらとした腕を伸ばし、一つ小物を取り出してくる。


 手の平くらいの大きさの細工。確かに人形と言われれば人形かもしれない。


「この変な人形はなに? 俺は人形遊びしないんだけど」


 そう答えると、彼女は声を出して大きく笑った。


「それはそうよね。でもアーディはまだ十二歳だからまだまだ子供よ。成人までまだ三年もあるわ」


「…………」


「まぁ、それはともかく。これは遊ぶための人形ではなくて、魔除けの人形よ」


 ディサンテの手を取り、その手に魔除けの人形を載せた。


 色鮮やかな織物で作られた、素朴な人形は軽くて手になじむ。


「おばさん、魔除けってなに?」


「相変わらず勉強が嫌いなのねぇ。指導している先生に叱られないの?」


 彼女はそういうと驚いたようにディサンテを見る。ディサンテはそっと目をそらした。


「良くないものを、除ける力を持つの。もう何百年も平穏だし必要ないものだから、売れないのよねぇ。だからアーディにそれをプレゼントするわ」


「いま、売れないって言ったよね? 俺はこれを押し付けられているように思えるんだけど」


「気にしない、気にしない」


 彼女は笑顔でディサンテを店から送り出す。


 


 身分を隠すのは兄や父に言われているからだ。危険はない。この国は島国で、平和に満ちている。父の時代もその前の時代もずっと争いごとが起きたことがない。


 民と同じ目線で、同じ景色を見て、同じものを食べる。


 人々に紛れ込むのは王族の義務。紛れ込むにはここで使う名前が必要で、ディサンテは父からアーディという名前を名乗るように指導されていた。


 軽く握った手の中には、先ほどの人形がある。古い物には見えない。民芸品みたいなものなのかもしれない。


 帰ったらどのあたりで作られているのか、調べてみようと思う。


 目を前に向けると鍛冶屋が朝から開いていた。なんとも珍しいことだ。いつもは昼頃からのんびりと店を開けると聞いていたから。


「おじさん、今日は朝からなんだね。見てもいい?」


 声をかけると彼は機嫌がいいようで、笑顔で答えてくれる。


「見るだけならいいよ。ただ……使うにはまだ早いなぁ」


「それさ、さっきの野菜売りのおばさんにも子供だって言われたんだけど?」


「ん? 子供だろう?」


 どうしてこう、子ども扱いをするのか……あと三年ほどでディサンテは成人を迎える。たった三年だ。


 確かに身長が大きいほうではない。筋肉も十分にあるかと問われればそうでもない。


 王家一族は全体的に逞しくならないように見える。兄も父も体の線が細いほうだ。


 それに比べて城下町の人々は男女ともに大きく、子供さえ大人びて見えたりするから不思議だと思う。


 ――帰ったら勉強のときに聞いてみようか。


「アーディは剣が好きなのかい? その細い腕で?」


「……剣はきれいだから」


 この細い腕でも軽く扱えるが、そこまで言うのは面倒だ。せっかく鍛冶屋が来ているのだから、いろんな装飾品も見せてもらいたかった。


「そういえば、どうして今日は朝早いの? いつも昼近くに店を開くよね?」


「今日は新しく防具を作ってみたんだ。とはいえ戦いで使うことはないだろうから、装飾品としてだけどな。ほら、こっちが耳飾り。で、これが髪飾り――」


 調子よく説明していく店主はどうだと言わんばかりに、店の奥に飾ってあったものを並べていく。


 指輪、首飾り、髪留め……いろいろ出していく。繊細な銀色の装飾品は朝日に輝き光っている。


「これのどこが防具なの? 普通に飾り物だよね?」


「この材料の鉱物には、とても珍しいものが入っている。それを入れて作り上げることで、魔力の底上げができるというわけだ」


「だけど、魔力を持つ人間なんていないじゃないか」


「――まあそうだけど、海を越えた大陸には魔力を持った人間がいるらしいぞ」


「…………」


 外の国と交易をすれば、確かに魔力をもつ者にとっては必要だろう。


◇◇


 城の自室に戻るとすでに教育係がすでにいた。


「おはようございます。……もしかして俺は時間に遅れたのでしょうか?」


「そんなことありません。お待ちしていただけです」


 にっこり笑う若い教育係の心の中は読めない。ただ叱られなかったということは、遅れてはいないということだろうと、ディサンテは考える。


 急いで大きい机の前に行き椅子に座る。すぐとなりに教育係がついた。


「勉強の前にいくつか聞きたいことがあるのですが、聞いてもいいですか?」


 ディサンテが彼の様子をうかがいながら聞くと、彼はすんなり頷いた。


「今朝も市場に行って来ました。民と俺たちの体格はどうしてこんなに違いがでているのでしょうか? それから……魔力をもつ人間が存在するのは本当ですか?」


 彼は少し考えてからディサンテに答える。


「この国の歴史は覚えていますよね?」


「はい」


 覚えていなかったら、また最初から勉強の復習をさせられる。そんなことになるくらいなら、必死に覚えたほうが効率がいい。


「この国が安定したのは、水龍と王族が契約したからです。そして力を授けてくれたことが、体に影響を及ぼしたのでしょう。その辺りは証明のしようがありませんが……」


 そう教えてくれるが、水龍と契約というところでディサンテは困惑する。この目で龍を見たことがないからだ。


 力といってもそれの発動を見たわけじゃない。曖昧過ぎて理解に苦しむ。


「ディサンテ様が理解できないのも仕方ないです。成人の儀のときに水龍と会うことが許されますから……今は詳しく説明することは禁じられています。成人したあとに特別な勉強が始まりますので、心にとめておいてください」


 では、今日の勉強をという教育係が差し出した本には、この国の地図が書かれていた。


 ――今日はこの国の勉強か。


 正直言えば勉強は苦手だ。だけど、朝市のような民に混じることは楽しいと思う。


 ――そんなことより、水龍は実在しているのか……。水龍と王族の契約をしたから国が安定したということは、逆に言えば『国が安定したころからずっと、その水龍は存在していた』なのか? 


 龍という未知なる存在にディサンテは、心が惹かれた。


 そんなうわの空で勉強を受けていたのだから、教育係にかなり説教をされてしまった。


 勉強がおわる。ほっと息をはくディサンテの目の前に、歴史書以上に分厚い本が三冊置かれた。


 背中に冷たい汗が流れる。


「あの、この本はなんでしょうか?」


「本日の勉強は集中できていないようでしたので、こちらは今夜中に熟読ください。明日の時に内容の確認をいたします」


 恐ろしいことをさらりと言う。しかも笑顔でありながら全く笑ってない目が怖い。この容赦なさがこの教育係なのだ。


 ――うっかりしてた。


 そう思っても、もう遅い。


「……はい、わかりました。今日もありがとうございました……」


 震える声で定型文を話すのが精一杯だ。目の前の本はいったいどんな内容だろうか……。これも王族の義務とか言われるんだろう。


 後悔しても意味がない。やるしかないんだ。


 そんなディサンテに、教育係は姿勢を正す。


 ――え? 今度はなに? 怒らせてないよね?


「ディサンテ様、実は成人の議が早まることが決定いたしました。ですので、この本は宿題というより……基礎的勉強を急いでいると考えていただきたいのです」


 意外すぎる言葉にディサンテは、彼を凝視する。


 真剣な表情に目。冗談を言っているようにも見えないし、彼が過去に冗談を行ったこともない。なら、今言われたことは事実だということだ。


「何かあったのでしょうか?」


 そう聞いても彼は頭を横に振る。


 ――何があったか把握していない。けど、確実に何かがあったのだろう。


「王族の基礎的な義務は覚えていますよね?」


「はい。『水龍を神として祀り、水龍は王族に力をあたえ、王族は民に幸いを』」


「そうです。この意味がわかりますか?」


「抽象的過ぎて、正直わかりません」


 彼はそうですね。というと、前に置かれていた本の表紙を開く。


 そこには先ほどディサンテが答えた『王族の義務』が書かれている。


「この本は本来、成人の議を終えてからじゃないと読めないものです。ですが、これを一晩でどうか頭に入れてください。これは、王からの指示です」


 父がこれを読むように……。しかし父も兄もそれぞれ、視察に出かけていたのではなかったのだろうか? それでもこれを読むようにと指示を出すその真意は何だろうとディサンテは考える。


「わかりました。一晩ですべて読みます」


「よろしくお願いします。では私はこれで失礼します」


 ――今日の午後から、明日の夜明けまで。自由時間はお預けか。


 なんとなく机の中にしまった、魔除けの人形を取り出す。素朴で可愛らしいそれに、ディサンテはほっと息をついた。


 魔除けとか意味がわからないけど、市場の女主人の笑顔を思い出す。そしてそれをそっと胸元にしまう。


「さてと、読むか」


◇◇


 夢をみた。


 蛇のように胴体が長い生き物が湖の上に浮かんでいる。


 湖の淵に女性が一人で座っている。白い織物の服には、さらに刺繍がしてあり……頭からベールのようなものをかけていた。


 まるでそれは花嫁のようで清らかな雰囲気。


 もしかしたら、これが王族のはじまりなのかなとディサンテは思う。


 寝ないで渡された本を読んでいるうちに、いつの間にか眠ってしまったに違いない。


 巨大な蛇はおそらく水龍だろう。光に反射したうろこが水色に見える。瞬きする間に人の姿へ変わり、青色を基調とした服を纏う男性の姿なった。


 女性の額に手を当てて男性は話す。


『力を授けよう。この力には人を惹きつける効果もある。もちろん人以外も。祈りを捧げよ、想いに不純物が混じることなく……ひたすら祈れ。そうすれば、この地に平穏が訪れるだろう。この能力は血に混ざり、末裔まで引き継がれていく』


 手のひらが離れると、女性は頭を地につけて感謝する。そこでベールは水龍の姿を見ないためにしていたと、ディサンテは気が付いた。


 男性は言葉を続ける。


『もし、この湖の水が穢されたとき……私はここを離れる。契約が守られているうちは、お前たちの加護をしよう』


 夢はそこで散る。


 湖に見覚えがあった。あれは人は立ち入ってはいけない場所。水龍の棲む地だと教えられたところだ。王族だけがそこに近づける特別な湖。


 資料には絵などなく、文字だけが並んでいた。だから水龍がどのような形態をしているのかディサンテは知らない。


 ――血に記憶が受け継がれているのだろうか?


 それなら、なんとなく理解できるような気がした。


 朝の気配がする。ディサンテはいつもの時間に目を覚まし、また朝市へ行く。幸いにも本は読み終わったし、内容も必死に覚えた。民に紛れ込むのは王族の義務だ。


◇◇


「――ディサンテ様、聞いていますか?」


「え? あ、聞いていませんでした」


 突然話しかけられ、ディサンテは素直に答える。教育係の言葉を考えたら、おそらく何か話しかけられたと判断した。


「素直なのはディサンテ様の良いところですが、今は真剣にお願いします。もう時間がありません」


 時間がない。それは昨日から何度も言われていることだ。けれど、詳細は成人の儀を終えてからじゃないと教えてもらえない。なんとももどかしい。


 そんな教育係とのやり取りのなか、廊下につながる扉からノックがする。


「ディサンテ、勉強中すまないが失礼するよ」


 教育係は慌ててドアを開き、声の主を丁寧に迎えた。


「兄さん。視察は終わったの?」


「うん……まぁ、ちょっとあって。――それはともかく、ちょっと話がしたいんだけどいいかな?」


 後の言葉は教育係に対して問いかける。それに対して教育係は静かに頭を下げた。


「少し座らせてもらうね。――ディサンテの勉強はどこまで終わっているかな?」


「レークス様。こちらの書物を昨日一晩で読んでいただき、その内容の確認を今しておりました」


「そう、ありがとう。では、この国の成り立ちや維持についても大丈夫だね?」


「はい。ディサンテ様は一晩ですべて覚えてくださいました」


 ディサンテの兄、レークスは教育係に礼をいい、お茶を持ってくるように指示した。人払いをするときの言葉だ。


 教育係は深く頭を下げて、部屋を退室していく。


 レークスはディサンテに向き質問をする。


「さてと、ディサンテ。今朝、街の様子はどうだった?」


「朝市を中心に見ているけれど、活気があって特に変化はなかったです。ただ――」


「なにか他に?」


 ディサンテは胸元にしまってあった、素朴な人形と布に包まれた小瓶を机の上にそっと置いた。


 何も言わずレークスの様子をうかがう。


「……ディサンテ、これはどこで?」


「朝の市場でそれを売っているようです。それを仕入れた店から「売れないから」と言われて渡されました」


「…………」


 ディサンテがそう答えると、レークスはしばらく黙って考える。危険はないとディサンテは思う。


「ディサンテ。お前の考えを聞きたい」


「――これ自体に危険はないと思います。けれど、街全体に違和感がありました。原因はわかりません。ただ、何かがありそうな……」


「そうだな」


 そう言って再び考え込むレークスにディサンテは話をする。


「兄さん、これは俺の考えですが……。この人形の生地はこの辺の織物ではないと思います。そして、これは「魔除けの人形」と言ってました」


 そこで一度言葉をきり、小瓶に巻き付けていた織物をレークスへ広げた。彼の目の前には、人形と織物と小瓶が並ぶ。


「この三つどれも、見かけないものです。さらにこの小瓶は「開けてはいけない」ものだと言ってました。しかも中身がないとも。――兄さん、俺にはこの小瓶の中に光っている何かが見えます」


 レークスは黙って話を聞き続ける。


 窓から入ってくる日は高く、部屋を明るく照らし日陰はより暗くなる。


「――結論から言いますと、すでに何かが起きている状態ではないかと。『魔除けの人形』これは明らかにこの国のものではない。それから『織物』のこのデザインは独特の感性を感じますから、やはりこれもまた……。最後にこの『小瓶』は何らかの力が封じてあるように見えました」 


 レークスは深くため息を吐いた。


「ディサンテの成人の儀は明日の午前中に決まった。父も妹も明日の朝までに城に到着するから、そのつもりで」


「兄さん?」


次回、【後半】へ続きます。

どうぞ、お付き合いくださいませ。

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