遺言屋
夢で見た内容に文章を付けました。
「あぁ……そうか、あいつは……。あいつは、幸せだったんだな」
そう言って、僕から手紙を受け取った男性は泣き崩れた。
人の泣く姿を見るのは慣れた。いや、慣れたというよりは、泣いている姿を見ても何も感じなくなった。
「ありがとう、遺言屋さん。あいつの最期の言葉を届けてくれて」
「いえ、これが僕の仕事ですので。では、僕はこれで」
一礼をし、未だ涙を流す男性の前から立ち去る。
きっとこれで彼も前へ進めるのだろうと、そんな事を思いながら。
人は、独りであろうと人に囲まれていようと、最期の時には何かを世界に遺して去っていく。
それを手紙という形で生前に書く人も居れば、死ぬ間際になって言葉を思い付く人も居る。
僕達……遺言屋は、そんな後者の『間に合わなかった遺言』を、それが届くべき人達へと送り届ける仕事をしている集団だ。
しかし、遺言屋の仕事内容を人に話せば一つ誰もが質問を投げかけてくる。
『どうやって間に合わなかった人の声を聞くのか?』
至極真っ当な疑問だ。もし僕が遺言屋じゃなかったとしたら同じ事を考えたかもしれない。
答えとしては、
「御憑かれ様でした」
『いや、こちらこそ。これで俺も悔いなく逝ける。本当にありがとう』
「これが仕事ですので」
肩がフッと軽くなる。僕に憑いていた依頼主が身体から離れたからだろう。
この通り。遺言屋は、その者と共に遺言を届ける。死んだ者を自らの身に宿らせ、共に受取人の前へ行くのだ。
「それでは、また来世でお会いしましょう」
『はは、そうだな。また来世で必要になったら依頼することにするよ。じゃあな、遺言屋さん』
そうして、依頼主の声は聞こえなくなった。文字通り、逝ったのだろう。
軽くなった肩を回しながら、僕は次の仕事へと向かう。
「次は……なるほど。少しだけ大変そうだ」
懐から取り出した手帳に書かれた依頼主の素性を確かめて、少し溜息を吐いた。
「僕は遺言屋です。貴女の遺言を然るべき相手に届けるためにここへ来ました……って言っても分からないか」
『ゆいごんやさん……?』
「そう、遺言屋さん」
こんな仕事をしていると、当然小さい子も依頼主となることがある。
大人と違い、子供は生き死にの自覚が無い場合が多く……しかし本能で自分の状況を悟っているのか僕達へ仕事が割り振られるのだ。
『ゆいごんってなぁに?』
「……お母さんやお父さん好きかい?」
『うん!だいすきだよ!』
「それをお手紙にして、渡すんだ。それをお母さん達に届けるのが僕のお仕事」
『てがみやさんなの?』
「……まぁ似たようなものかな」
大人の場合、何がしたかったとか、誰々に感謝をなど遺したい言葉というのがある程度決まっている。
だが、子供……それも小学生くらいから下の子に関してはそれすら自覚できていない事も多いのだ。
場合によってはハッキリと決まっている子も居なくはないが、それは稀なケース。
だからこそ、ある程度思考を誘導してやる必要がある。
生者からすれば、最期の言葉を届ける人間が誘導するという事自体が唾棄すべき行いだろう。
しかし、こちらも仕事なのだ。遺言を届けなければならない。どんな形であれ、依頼が発生したのであれば、それを受取人へと命懸けで届けねばならないのだ。
「どうしたの?」
『うぅん。これね、おかあさんとおとうさんにわたすんでしょ?』
「そうだよ、僕が渡すんだ」
『なんか、これじゃない』
「これじゃない、か。じゃあ違うことを書こうか」
『ちがうこと?』
「そう、違うこと。お母さんとお父さん、それから思い浮かぶ人のことを考えながら、言いたいことを書いていくんだ」
『……うん』
大抵の子は、この子のように途中で自分の書きたいこととは違うと言う。
その場合は、きちんと考えさせ自分が書きたいものを書かせてやるのだ。そうすることで、キチンと自分の言葉で書いた遺言が出来上がる。
「出来たかい?」
『うん!いっぱいかいた!』
「ちょっと見せてね……なるほど。うん、良い出来だ。じゃあ僕はこれを届けるよ。君も憑いておいで」
『……うん、わかった』
受け取った手紙にキチンと封を押し、その子の手を引いて僕は歩き出した。
ピンポーン、とインターホンが鳴る。しかし、どうでもいい。
娘が死んでからというもの、仕事も生活も何もかもが手に付かなくなった。
あの時、こうしていれば……という意味の無い後悔が頭の中を駆け巡り、娘の最期の姿がフラッシュバックする。
やがてチャイムを鳴らしていた者が諦めたのか、音が聞こえなくなった。
「ははっ……いっそのこと、俺も――」
死んでやろうか、と言おうとした瞬間にガチャ、というドアを開ける音が聞こえた。
一体誰が、思いながらドアの方を見れば。そこにはファンタジーに出てきそうなコテコテの郵便局員がそこに居た。
背丈はそこまで高くなく、一見中学生にも見える彼は何故か片手を虚空に向かって伸ばしており、もう片方の手には何やら封のされた手紙を持っていた。
「鍵が閉まってなかったのか……?いや、それより。君、勝手に入ってきたら駄目だろう、出ていき――「失礼します。僕は遺言屋という仕事をしている者です。遺言を届けにやってきました」――なに?」
遺言屋。何の話だ。
第一、遺言を俺に遺してくれるような家族は既に居ないのだ。
「すまない、タチの悪い冗談なら帰ってくれないか。今はそんなモノに構っている暇はないんだ」
「すいません。こちらも仕事なので。これだけ受け取ってくれれば僕は出て行くので、どうぞ」
そう言ってその青年は手に持っていた手紙を俺へと差し出してきた。
一体何の催しなのだ、知り合いの誰かが元気を出させるために仕組んだドッキリか何かなのだろうか。
そう考えつつも、何故か差し出された手紙へと自分の手は伸びていき、それを手にとった。
「では、僕はお邪魔なようなのでこれで失礼します」
「……」
青年が何かを言っていたようだったが、俺の耳には届いていなかった。
差出人の名前を見て。
俺の頭の中は真っ白になって居たのだから。
『おとうさんへ。
かってにまいごになってごめんなさい。
わたしはげんきです。
みんなはわたしのことがみえなくなっちゃったけど、いまゆいごんやさんのおにーさんといっしょにおてがみをかいてます。
ゆいごんやさんのおにーさんのおはなしだと、わたしはおかあさんおとうさんといっしょにいられないそうです。かなしい。
でも、これでふたりがけんかしなくなるならわたしはうれしいです。
もうぶたれないし、しゃしんでしかあえないおかあさんもいえにかえってくるのかな。
さいごにみんなであそびたかったなぁ。
じゃあね。』
「じゃ、さようならだ」
『うん、ありがとうおにーさん』
「もう、迷子にならないように気をつけるんだよ」
『はーい!じゃあね!』
そうして、その女の子は旅立っていった。
残された僕は、手帳を取り出し次の仕事を確認する。
この仕事に、終わりはない。