92 地上に帰ってきました!
イヴァンを回収した後、銀髪少年の姿に戻った俺は、皆と合流して北の氷結監獄を目指した。
そして、ついに氷結監獄の先、水溜まりと青空の広がる場所に戻ってきた。
俺は二つの鍵を持って台座を操作する。
「どうだ?!」
台座の中央の水晶を囲む、四つの鍵穴が全部埋まる。
水晶が輝き始めた。
空をつらぬく透明な硝子の柱の根元に、ぽっかり穴が開く。
無事に装置は作動したようだ。
「エレベーター、ノル!」
エムリットが飛びはねながら、俺に言った。
相変わらず意味が分からないな。
「……あの透明な柱の中に入るんじゃないか?」
腕組みしてイヴァンが言う。
なるほど。
言われてみれば入ってくださいという雰囲気だ。
「罠かもしれんぞ」
「じゃあルーナ、お先にどうぞ」
「私を生け贄にする気?!」
すったもんだの末、全員で乗ってみようということになった。
警戒していたゴッホさんも最後は好奇心が勝ったみたいだ。
柱の中はそんな広くなかったが、俺たちは子供に大地小人という組み合わせなので、余裕で全員乗り込めた。
「わっ!」
床が動き始める。
浮遊感があり、俺たちが乗った床は上昇を始めた。
移動は滑らかで高速だ。
水溜まりの大地がみるみる遠ざかっていく。
青い空を突き抜けて、柱の中をどこまでもどこまでも昇っていった。
雲の上には夜空が広がっている。
夜空には銀色の星がチカチカ光っており、とても美しい光景だった。
「ちょっと、行く先真っ暗じゃない! 本当に大丈夫なの?!」
ルーナが不安そうに見上げる。
彼女の言う通り、夜空の向こうは真っ暗闇が広がっている。
このままだと暗闇に突入だ。
俺はいざという時に備えて、時の魔法で時間停止できるよう準備した。
だが、不思議と大丈夫だという予感があった。
「暗くなるぞ……!」
緊張が走る。
暗闇がしばらく続いた後、視界が急に明るくなった。
目が慣れるのにしばらく掛かる。
「ここは……?」
そこは黄色い花が咲き乱れるお花畑だった。
俺たちは花畑に囲まれた古い遺跡に到着していた。
足元には円があって、装置の床がはまっている。
崩れて横倒しになった石の柱が、円の外に転がっていた。
「エーデルシアだわ。ここ、エーデルシアよ!」
ルーナが突然、大きな声で言った。
エーデルシア。
俺は前世の戦争の最終決戦でエーデルシアに来たが、こんなお花畑に心当たりはない。あの時は殺伐としてたからなー。
周囲を見回しながら、イヴァンがルーナに聞く。
「確かなのか?」
「ええ。この黄色いキンポウゲの花は、エーデルシアにしか咲かないわ」
ルーナは円の外に出て、黄色い花をちぎって観察している。
よく考えてみると、図書館で戦った邪神ヒルデは「エーデルシアから戻ってきた」と言っていたから、図書館の奥にあった装置でエーデルシアに辿り着くのは必然な訳だ。
「地上に帰ってきたんだわ……!」
俺たちは、ちょっとしんみりとした。
ちなみに転移魔法が使える感覚があるから、地上で間違いない。
「こうしちゃおれん、時間を測らなくては!」
ゴッホさんが杖を地面にぶっさして影の位置をメモし始めた。
「ワシは正しい時間に合わせた時計を、ニダベリルに持ち帰る! そして奴らに、この地上への道を教えてやるのじゃ」
「そっか。頑張ってね」
俺はゴッホさんに心ばかりの応援を送る。
ゴッホさんは地下に帰るつもりのようだ。
市長のバーガーさんと揉めるかもしれないが、その時はその時だよね。
せっかく地下に出入りできるようになったことだし、今度は兄たんと一緒にニダベリルに遊びに行こう。カトブレパスの肉が旨かったからまた食べたいな。
「ゼフィ、あなた転移魔法が使えるんでしょう。私をレイガスまで送りなさい!」
「なんで?」
「赤ちゃんを領事館に届けてあげる!」
「しょうがないなあ」
ルーナが偉そうな態度で俺に頼んでくる。
赤ちゃん盗んだのは君なんだけどね。
うーん、でもとりあえず、ルーナを連れてレイガスの領事館に戻るかな。兄たんたちも領事館にいるだろうし。
俺は、ぼんやりしているイヴァンに声を掛けた。
「イヴァンも一緒に来る?」
「あ、ああ。よく考えたらエーデルシアから故郷へ帰る道が分からない。まずは地上の地図を手に入れないとな……」
イヴァンは我に返ったように答えた。
よし決まり。
レイガスの領事館に行こう。
「開け、転移の扉!」
俺はゴッホさんに別れを告げ、エムリットを片手に持って魔法を使った。
あれ? 兄たんの気配がしないぞ。
レイガスの領事館の庭に転移門を開いて移動した俺は、すぐに兄狼の匂いがしないことに気付いた。
タヌキの獣人の少女、侍女のミカだけがいつもと変わらず出迎えてくれる。
俺は彼女に問いかけた。
「兄たんは? ティオは?」
ミカは、赤ん坊ローズをルーナから受け取りながら答えた。
「皆さん、白銀山脈に帰られましたよ」
何だってー?!
よーし、俺も里帰りしよう。
「イヴァン、エムリット持ってて。ミカ、こいつら客人としてもてなしといて」
「ちょっとゼフィさま?!」
後の対応をミカに丸投げして、俺はいそいそと白銀山脈への転移門を開き直した。
雪風の吹きすさぶ門の向こう側へ飛び込む。
「わっ!」
俺は青空にダイブしていた。
転移門を開く位置を微妙に間違えたっぽい。
「うわあああああっ!」
結構な高さから柔らかい雪の上に墜落した。
ボスッ!!
衝撃で変身が解けて、子狼の姿になる。
俺は雪かきしながら穴を脱出した。
ぶるぶるして雪を振り払う。
「ゼフィ!」
「兄たん!」
クロス兄とウォルト兄だ。
なぜか二匹は泥まみれの姿になっている。綺麗な白銀の毛皮が黒い泥でまだらの状態だ。
ともあれ感動の再会である。
俺は兄狼にもみくちゃにされた。
「おおお、願いが通じたぞ! ゼフィが生き返った!」
「ウオオオオン!(やったな)」
「いき?」
なんのこっちゃ。
「この世界のどこにもゼフィの気配が感じられない、死んだと早合点したクロスとウォルトは、フェンリルに伝わる黄泉返りの魔法を試そうと、泥んこになって叫び狂っていたのですよ」
「母上!」
丘の上に優美に立つフェンリル母上。
ちょっと呆れているような気配を漂わせている。
俺は母上に駆け寄った。
母上はそっと身をかがめて「おかえり」と言い、俺と鼻先を合わせてくれる。
「安心したら腹が減ったぞ! ウォルト兄、どっちが大物を狩れるか勝負だ!」
「ヴヴヴ(負けんぞ)」
「兄たんおれもつれてってー!」
兄たんたちは狩りに行くと張り切っている。
俺は連れていって欲しいと足踏みした。
この雰囲気、やっぱり実家が一番だな。
久しぶりに生肉をもりもり食うぞ!




