88 狂暴な嫁ですがもらってやってください
金髪の男の名前はトーマスというらしい。
目がギョロっとしていて、微笑むと前歯が欠けているのが見えた。……人間、見た目だけじゃないさ、たぶん。
「教会に似た場所について心当たりがあります。ぜひ案内させてください、お義父さん!」
「はい?!」
お義父さん呼びされて俺は仰け反った。
エムリットがカウンターの上を転がりながら「トーマス、キカンシャ」と言っている。相変わらず意味が分からん。
「さっそく明日、一緒に東の迷宮、蔓草聖堂に行きましょう」
「……そういえば、蔓草聖堂は例の四つの鍵の迷宮のひとつだ」
イヴァンがボソリと言った。
ちょうどいい、ルーナの結婚式と迷宮攻略の両方ができて一石二鳥だな!
「いーやー!」
嘆いているルーナは無視して、俺たちの話はまとまった。
さて、お肉も腹一杯食べたし寝るとするか。
イヴァンの酒場の二階にある宿に入って、部屋で休ませてもらう。
地下に落っこちてからずっと人間の姿で疲れてるから、今夜は狼の姿で寝ようかな。
朝、起きたらルーナがいなくなっていた。
赤ん坊ローズも一緒にだ。
結婚が嫌で逃げ出したのか、はたまた何か企んでいるのか。
俺は気にせず身支度を整えて階段を降りた。
「おはよう、イヴァン」
「……おはよぅ……ふあ」
イヴァンは目をショボショボさせて、大きな欠伸をした。
「寝てないの?」
「例の本を読んでいて……ルーナさんはどうしたんだ」
「今日は留守番だって」
俺は嘘を付いた。
失踪中だと言って無駄に心配させることもない。
あいつ、殺しても死なない感じがするんだよな。どこかで元気に悪巧みをしてる気がしてならない。
「お義父さん、こちらです!」
イヴァンと酒場を出ると、通りで待っていたトーマスが手を振った。
昨日と違い鎧を着て武装している。
「その玩具のようなカラクリは……?」
「アイアム、エムリット!」
俺の隣でピョンピョン跳ねるエムリットに、トーマスは困惑した視線を向けた。分かるよ、これ何? だよね。残念ながら俺も知らないんだ。
「気にしないで」
「ところで僕の女神は?」
「女の子に怪我させたらマズイだろ。今日は俺たちだけで下見に行こう」
「それもそうですな!」
適当な説明にトーマスは納得してくれた。
三人プラス一匹は、ニダベリルの南の門をくぐって迷宮探索に出掛ける。俺は鼻歌混じりに歩いた。
「ゼフィ、そのバックは」
「これ?」
今日は手荷物を一つ増やしていた。
良い匂いのする手提げを持ち上げて見せる。
「イヴァンがいない間に厨房に入って、肉サンドイッチを作ったんだ!」
「もはやピクニック気分だな……」
イヴァンは呆れ顔だ。
そんなこんなで目的地の前まで来る。
東の迷宮、蔓草聖堂は、他と違って壁に細かい蔓草模様が入っていた。模様の入った深い青や碧色の壁や柱が立ち並ぶ様は壮観だ。
時々現れるレッドスライムを危なげなく倒しながら、俺たちは奥に進む。
レッドスライムは半透明のジェル状のモンスターだ。飲み込まれると人間も溶かされてしまう、強力な毒を持っている。
「この先に、スレイプニール様に似た石像がある広間があるのです」
「スレイプニールって、馬の姿をした神獣だっけ」
「そうです。僕の生まれ育った地域の神でした」
トーマスも迷い人だ。
彼の育った地域の神様は、馬の姿の神獣スレイプニールだったらしい。
ところで教会とは、地域ごとにある集会場のような建物で、時計と神獣の石像が設置してあることが特徴だ。
教会の神様は、その土地の神獣だ。
神獣は基本的に人間を襲わず、その土地に恵みをもたらす存在として知られている。
教会ではそういった神獣の伝承や地域の歴史を伝えたり、困った人の相談に乗ったり、無料で簡単な読み書きや、スペースを活かして催し物や結婚式をしたりしている。
閑話休題。
俺たちは順調に探索を続け、馬の石像があるという広間に近付いた。
「僕がしんがりを務めますので、お義父さんは先にどうぞ」
「良いの?」
「……待った」
石像の広間に入る手前で、トーマスは先に行けと言う。
何の疑問もなく進もうとした俺に、イヴァンが待ったを掛けた。
「例の本で読んだ。蔓草聖堂の馬の石像の部屋には、罠がある。部屋に入ると出入口が閉まって、石像が手強いモンスターに変化するんだ」
イヴァンは言いながら細剣を抜き、トーマスに突きつけた。
「よく……ご存知ですね」
トーマスはニヤリと笑う。
俺は理由が知りたいと思った。罠に嵌まりそうだったからって、そんなショックがある訳じゃないけど、どうしてそうなったか気になるじゃないか。
「俺たちを騙してたの? なんで?」
「ニダベリルの市長、バーガーさんの依頼でしてね。迷宮をクリアしそうな勢いの、あなたがたが邪魔なんだそうです」
「迷宮クリアしたら、何か問題あるの?」
「ニダベリルは、迷い人が迷宮探索で持ち帰る宝で繁栄しています。迷い人が出て行ってしまったら旨みが無くなる」
うわあ、姑息な計算だなー。
大地小人たちは、バーガーさんの企みを知っているのだろうか。
「トーマスも迷い人なのに、地上に帰りたくないの?」
「僕は地上に未練が無いもので。可愛い嫁さんをもらって、地下で愉快に暮らしたいですね!」
欲望に忠実な人だ。
ルーナに粉かけたのは本心からのようだ。なんだかなー。
「……おーっほっほっほ!」
遺跡に反響するように高笑いが聞こえてきた。
ルーナの声だ。
「結婚式なんてノーセンキューよ! ぶち壊してくれるわ!」
過激な宣言だ。
俺たちが来た通路から、巨大なモグラに乗ったルーナがやってくるのが見えた。ちなみに彼女はちゃんと赤ん坊ローズを背負っている。真面目なのか悪なのか、謎だなルーナは。
「な、な、な?!」
「狂暴な花嫁だけど、どうぞもらってやってください」
「前言撤回します! 僕の神様はスレイプニール様だけでした。嫁は返品交換希望で!」
トーマスは青ざめながら結婚式はやらないという。
俺はチッと舌打ちした。
「おいゼフィ、あのモグラ、途中でレッドスライムを引っ掛けてきたみたいだぞ」
イヴァンがげっそりした顔で言った。
よく見るとモグラの後ろに、レッドスライムが十匹くらい付いてきている。
迫るルーナとモグラ、レッドスライムの群れ。
通路は一方通行だ。
進むしかない。
「よし、行けキカンシャトーマス!」
俺は悲鳴を上げるトーマスの背中を押して部屋に押し込む。
雪崩のように、同時に飛び込んできたモグラやレッドスライムたちと一緒に、俺たちは部屋に突入した。
ガシャン!
部屋の出入口に音を立てて格子戸が降りる。
広間の中央に立つ馬の石像の、目が赤く光った。
ギシギシ音を立てて石像が動き始める。
馬の石像は一回り大きくなり、フシューと白い鼻息を吹き出した。敵意満々で俺たちに向かって足踏みする。
「敵が多すぎるだろ!」
イヴァンが剣を手に叫んだ。
前門の石像。
後門のモグラとレッドスライム。
「ゼフィ、とうとう年貢の納め時のようね!」
モグラの上に立って胸を張り、ルーナが偉そうに言った。
「そろそろ私の偉大さを思い知りなさい! そして子供らしく素直に年上を敬うのよ!」
「え? やだ」
「何ですってー?!」
イヴァンが「おい!」と慌てているけど、こんなのピンチの内に入らないよ。




