37 また人助けをしてしまいました
あくまでも一緒に考えるだけだからな!
協力はしないぞ。
「ありがとうございます、ゼフィ」
嬉しそうなドリアーデに、俺はちょっと困る。
「……だいたい、ここがどの時点の過去なのか分からないし。ドリアーデのお母さんが倒された後だったりしたら、意味ないでしょ」
「そうですね。時間が分かるものを探しましょう」
俺たちは連れだって部屋の外に出た。
ちょうど廊下を獣人の女性が通り過ぎる。
「あの! 少し尋ねたいことが」
「……」
ドリアーデの呼び掛けは無視された。
どうやらこちらの声が聞こえていないようだ。
「ふむ。我々はこの時間軸に存在するはずのない者だからな。幽霊のような扱いなのかもしれん」
肩の上でヨルムンガンドが腕組みした。
「そんな……」
「過去を変えるの、難しそうだね」
俺はドリアーデが諦めてくれないかなー、と思って消極的な発言をする。
しかしドリアーデは逆に向きになってしまったようだ。
「いえ! まだ分かりません。私は過去を変えたいのです!」
ドリアーデはずんずん廊下を進む。
「どこへ行くんだよ」
「南の人間の国、ハルファートへ! 私の故郷であり、お母さんのいる場所です」
ここ、黄昏薄明雪原だよな。
遠くないか。
徒歩で雪原を脱出できないし、さらに南のハルファート王国へは、飛竜で一日以上掛かる距離だ。
「……私の背中に乗ればいい」
「ヨルムンガンド?! 過去を変えるのは反対なんじゃ」
「確かにリスクは大きいが、過去が変わると具体的にどうなるのか、興味がある」
ヨルムンガンドは浮き浮きした様子だ。
前から知ってたけど、この神獣のおじさん、ちょっと変だ。
「よろしくお願いします!」
勇みだつドリアーデの案内で、俺たちは複雑な魔王地下城の通路を進み、階段を登って地上に出た。
俺の肩から降りたヨルムンガンドが、立派な体格の青い竜の姿に戻る。
乗っても良いと言うことなので、ドリアーデと一緒に遠慮なく背中によじ登った。
ヨルムンガンドは翼を一打ちすると、軽くジャンプして風に舞い上がるように大空へ飛び立つ。
「すごい! 俺が竜に変身するより速いね!」
「そうだろう、そうだろう。竜と一緒にされては困る。私の翼なら南の人間の国まで半日も掛からないぞ」
ここぞとばかり、ヨルムンガンドは自分の能力をアピールした。
ぐんぐん加速していく。
ちょっと待て、速すぎて目が回るぅー!
「大丈夫ですか、ゼフィ?!」
「うう、ちょっと乗り物酔いっぽい」
おかしいな、散々クロス兄やウォルト兄の背中に乗って移動してるのに。でも、兄たんの移動はもっと静かで、あんまり揺れないんだよな。
乗り物酔いで気持ちが悪くて、もうこれ以上耐えられないと思ったところで、ヨルムンガンドは目的地に着いたようだ。
俺たちが背中から降りると、ヨルムンガンドはまた小さな姿に戻った。
そこは人里に近い森の中。
一本の巨木を、斧やまさかりを持った人間たちが取り囲んでいた。
巨木の幹にのめりこむように、目を閉じた女性の上半身が木に寄り添っている。
「お母さん!」
ドリアーデが叫ぶ。
一方、俺たちがここにいることに気付かないのか、斧を持った人間たちは木を切る準備を始めていた。
「おっかねえな、魔女の木。斬り倒して、俺らが祟られたりしないのか」
「無駄口叩いてないで、さっさとしろ。国王から多額の報償金がもらえるんだぞ」
人間たちは雑談しながら、斧を手に巨木に近付こうとしている。
これってまさかジャストで、ドリアーデの望んだ時間に来ちゃったってこと?
「止めなさい!」
ドリアーデは魔法を使おうとしたが、掲げた腕の先には何も生まれない。仕方なく、斧を持った男の腕を掴んで止めようとしたが、その手が接触することなく身体をすり抜ける。
「え……?」
まるで透明になったみたいだ。
勢いあまってたたらを踏み、ドリアーデは呆然とした。
「時間的矛盾を出さないための、仕組みなのかもしれんな。世界の法則として、過去は変えられないようになっているのかもしれない」
「そんな……どうやっても、お母さんを助けられないの?」
ヨルムンガンドの推察を聞きながら、俺は唇を噛むドリアーデに声を掛けた。
「もう、止めようよ、ドリアーデ」
「ゼフィ! でもそこに、お母さんがいるのに!」
「ヨルムンガンドが言ってただろ、過去を変えたら元の世界に帰れないかもしれないって。今生きているドリアーデを犠牲にして生き延びることを、ドリアーデのお母さんは望んでるのか?」
我ながら卑怯な言葉かもしれない、と俺は思った。
兄たんたちにもう一度会いたい。
そのためにドリアーデを説得しようとしている。
「う……ううう」
ドリアーデは地面に膝を着いた。
泣き出す彼女を、後味の悪い気持ちで見つめていると、突然、虚空に女性の声が響き渡った。
「……その少年の言う通りです、ドリアーデ」
「お母さん?」
俺は辺りを見回したが、声の響いてくる方角は分からなかった。
ドリアーデは顔を上げて巨木の方を見る。
木の幹に同化した女性は静かに眠っているようで、動きは無い。
それでも響いた声が、ドリアーデの母親のものであることは、ドリアーデの反応から明らかだった。
「私たちは森と共に生き、死と同時に木に身体を捧げて森と一つになって、生き続ける……そういう種族です」
「お母さん!」
「私の人としての生命は終わりました。だから時の流れをさかのぼって、 会いに来てくれた、あなたの存在が感じ取れるのです。ドリアーデ……」
驚いた。ドリアーデのお母さん、俺たちのことが分かるんだ。
空から響く声は、優しく諭すように続けた。
「木になった以上、人間に斬り倒されるのは、当然の自然の摂理……何も悲しむことはないのです」
「……」
ドリアーデはうちひしがれているが、母親に説得されて、納得しようとしているようだった。
これで諦めてくれれば、後は元の世界に帰るだけだな。
兄たんを解放して、太陽の精霊を渡してもらえば、全部解決……じゃない!
嬉しいのは俺と兄たんたちだけで、ドリアーデは可哀想じゃないか。
「……当然の自然の摂理? 人間に切られたら、それは自然でも何でもないだろ!」
「ゼフィ……?」
さっきまでドリアーデを諦めさせようと思っていたが、気が変わった。
だってドリアーデの母親の言葉がどうにも引っ掛かる。
「それに、何十年も掛けて母親を復活させようとした、ドリアーデの想いはどうなるんだよ?!」
俺の言葉に、ドリアーデは驚いた顔をした。
その時。
周囲の空間が渦を巻くようにねじれ始める。
「何が起きてるんだ?!」
「……そうか! どんな魔法も永遠には続かない。過去へ時空転移する魔法の時間切れだ!」
ヨルムンガンドが推測を述べる。
時間切れ、ってそんなのあり?!
どうなっちゃうの?
「そんなっ、まだ話したいことがたくさんあるのに! お母さん!」
思わぬ幕切れだった。
時空のねじれが、口を開けて俺たちをぱくんと飲み込む。
白い光に視界が塗りつぶされて……。
気が付けば、俺たちは元いたお風呂に戻っていた。
ドリアーデは悲痛に暮れた表情で、水に濡れた石畳に座り込む。
「お母さん……」
「……はい」
なぜか空中から返事があった。
見上げると、淡い光に包まれた小さな人影が、繊細な虫の翅のような翼で空中に浮いていた。おとぎ話に出てくる妖精のような生き物だ。
「え? お母……さん……?」
「はい。どうしてでしょう、私、妖精に生まれ変わってしまったようです」
「えええっ?!」
妖精はドリアーデの母親らしい。
「ふむ。これもゼフィの魔法の副作用のようだな。あの場所での時空転移が、彼女の魂に影響を及ぼしたのだろう」
なぬ、俺のせい?
「夢のようです、またお母さんと一緒に生活できるなんて」
ドリアーデの表情は喜びに輝いていた。
「本当にありがとう、ゼフィ!」
「ふえ?」
俺、何もしてないんだけどなー。




