飢えと渇き
あらすじ
人のいるところを目指し歩きだす
さて、これからどうしようか。よくよく考えると寝たまま連れてこられたっぽいので、着ているものもパジャマだし。ちなみにノーパンだ。
「とりあえず歩いてみるか。どこか村か街に行けたらいいけど」
あてもなく歩くことにした。人を襲う魔物に出くわしたりしたら……その時はその時だろう。
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二時間程歩いたか、空腹と喉の渇きに悩まされることになった。
「くそ、そういえば人間って食べなきゃ死ぬんだっけ」
天使は食事を必要としない。食べたり飲んだりもするが、生きる為というよりも味自体を楽しみたいだけという意味だ。
初めて感じる飢えと渇き。食欲は人間の三大欲求というが、こんなに腹が減るなら人間が無銭飲食をしたり、醜くぶくぶく肥えてゆっくり自殺していくのも今ならわかる。
「あれ、もしかして……俺死ぬかも。何か食べるものを調達しなきゃな」
幸い魔物とか野獣といった危険な生物に未だに遭遇していない。運がいいだけなのか、この森が安全な森なのか。神様が気を利かせて安全地帯からスタートさせてくれたのかも。
だとすれば、近くに何かしら人が住んでいる場所もきっとあるはずである。
「そもそも、人間と上手くコミュニケーションが取れるのだろうか。まともに下界に降りたこともないし、人間の一般常識はわからない」
これからの生活に一抹の不安を覚えつつ、なにか食べられそうなものを探す。周りを探索していき、おおよそ食物と呼べそうなものを三つ集めた。
一つ目、美味しそうな赤色の果実。木に生っており、おおきさは握りこぶしぐらい。つやつやとした光沢があり、やや柔らかい。
二つ目、でかい芋。地面から大きい葉っぱが何枚か出ていたので、もしやと思い堀り進めてみると、この芋がでてきた。見た感じは食べても問題なさそうだが、土だらけだ。一度洗うか、割って汚れていない部分だけ食べるか。
三つ目、赤と紫の斑点が無数にあるキノコ。見た目は素手で触るのも危なそうなおどろおどろしいものだが、捨てるのも忍びないので一応とっておくことにする。
「キノコは論外として……芋は洗って火を通してから食べたいな。ここは安パイとってこれだな」
恐る恐る小さく果実を齧る。酸っぱさが強いが、逆に疲れた体に酸っぱさが染み渡っていく。リンゴのような、さくらんぼのような味の果汁が溢れて、渇いた喉を潤していく。食管はかなり柔らかく、歯ごたえがあるのは皮だけだった。
「ふぁぁ、う・ま・い!」
空腹は最高のスパイスと聞いたことがあるが、あれは本当だったらしい。今まで食べた果実の中で最高に美味だ。休憩がてら切り株に腰を落とし、ゆっくりと食べ進める。……あっという間になくなってしまった。
しかし、これでまた歩く元気が出てきた。目覚めた時よりも気温が高いように感じるので、多分時間は昼ぐらいだと思案する。
できれば日が沈む前に森を抜けてしまいたい。テントもなければ火もない。夜行性の危険生物に寝首を搔かれるのはごめんだ。
よっこいせと重い腰を上げると芋とキノコを抱え、また歩き始めた。
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「あーーーしんどい……マック行きたい」
ポテトとコーラをツマミにアニメを観てた頃が懐かしい。俺はなんて幸せな生活を送っていたんだろう。あれから四時間か五時間歩いている。日がそろそろ沈むからだ。いや、そもそも地球での太陽の位置と、この世界の太陽の位置は違うかもしれない。太陽の位置を見ても時間はわからないかも。
空腹と疲弊で頭が回らない。いよいよ野宿も視野に入れたほうがいいかな。
半ば諦めかけていたその時だった。
「ゲッ!?」
「うお!」
木の陰から出てきた緑の肌何かに鉢合わせ、お互いに驚愕の声を上げる。
彼我の距離がかなり近く戸惑っていると、緑の生物は大きく後ろへ飛び退き警戒を露わにする。
「グゲェ!」
威嚇の声を浴びせてくるそれは今にも襲い掛かってきそうな勢いである。
よくよく見ると人型で頭が大きく耳も大きい。身長は150センチ程度で小さめだが、筋肉があるという程ではない。が、人間にはない力強さのようなものを感じる。右手にはこん棒を持っている。
「魔物……か?結構強そうじゃんか」
冷や汗を垂らしながらも思考を巡らせる。このままでは絶対危ない感じになりそうだ。
しかし、すぐに襲い掛かってこないところを見ると、知能はあるようだ。もしかしたら見逃して貰えるかもしれない。
「魔物さん、これでなんとかっ!」
潰れた蛙のように無様に這いつくばって抱えていた芋を献上する。ゲ!?グゲ?と戸惑っていた緑の魔物は自分の脅威にならないと納得したのか、徐々に顔を安堵と愉悦に歪ませていく。
まあ、鎧も武器も盾も、何一つ戦えるようなものがないから当然だが。
緑の魔物が油断たっぷりといった様子で近づいてくる。
「バカが!油断したな!」
悪役が発するようなセリフを吐き、魔物に頭から突っ込む。そのまま魔物を押し倒し馬乗りになると、素手で魔物の顔を何度も殴打する。怯んだ隙に体制を変え、こん棒を持っている右腕を股に挟んで関節を極める。なんという技か忘れたが、プロレスアニメを観ていて良かったと心から思う。素人でも簡単にかけられる関節技である。
試合ではないので、すぐに右腕を折ってしまおう。硬い葱を折ったような鈍い音が鳴る。
「ギャア!!」
魔物は悲鳴を上げ、こん棒を落とす。すぐにこん棒を拾い上げ、距離をとる。
パジャマにこん棒を装備した姿は恥ずかしいので、誰もいなくて良かったなと思う。とてつもなく強い魔物ならどうしようかと不安だったが、ゲームやアニメの常識的に、最初のステージに強い敵なんか出ないよな。この程度なら俺でも倒せる。
「ほらよ」
キノコを魔物に向かってゆっくり下から放ると、一瞬魔物の注意がキノコにそれる。それを見逃さずに素早くこん棒が届く距離まで詰める。俺のほうが20センチ程身長が高い上、こん棒を持っているのでリーチは圧倒的だ。この距離を守って戦おう。
こん棒を上段から振り下ろす。
「グギャア!!」
きたねえぞ!みたいな叫びに聞こえなくはない怒声を発し、間一髪こん棒を避けられる。
しかし、折れた腕の痛みか、何度も殴られたダメージか、あるいはその両方だろう。避ける動きもふらついている。
確実に当てる為、横なぎにこん棒を振るう。狙いは折れた腕である。
魔物の肘にこん棒がめり込み、ブラブラしていた腕がありえない方向に曲がる。
「ギャアアアアア!!」
半分満身創痍の魔物の頭目がけて、こん棒を振り下ろす。手でガードされないように、折れた腕側の方向……斜め左上から振り下ろされたこん棒は魔物の右側頭部へ吸い込まれていく。
ゴシャッと嫌な音を出して魔物は倒れると、全体が淡い紫色の光の粒子に変わる。それらが風で舞い上がった木くずの様に空中へ霧散していった。すると、2GP手に入れたことが感覚的にわかった。ゲームみたいに視界に通知が表示されるとかじゃないらしい。まあ、戦闘中とか人と話してるときとかに出てこられても困るしな。
「ふぅ、なんとか倒せたな。ん?」
安心して光の粒子を見つめていると、深紅という表現が相応しい血液の様な赤色の石が落ちていることに気が付いた。どうやら落ちている位置を見るに、魔物が死んで出てきたものらしい。手に取ると夕日に照らされ、美しく輝いた。
「別に危なくない……よな?アイテム回収は基本だぜ」
石とキノコをポケットにしまい、芋を抱えて歩き出す。一体いつになったら始りの村やら街やらがあるんだ……
魔物との戦いでドッと疲れたが、あと少しだと俺の勘が言っている。夕日が完全になくなるまえにと、足を速めて森を進んでいった。
読んで頂きありがとうございました