第97話 メグルとお姉ちゃん
「ふわぁ~…」
僕は結界で囲われただけの寝床で目を覚ました。
この結界は内部を程よい気温に保ってくれるのである。
おかげで、真冬の日の出前だと言うのに、春の昼下がりの様にぽかぽかだ。
僕を抱擁してくるお姉ちゃん。
その寝顔はどこか幸せそうだった。
…黒い少女は体を変化させ、現在、お姉ちゃんになっている。
詰まりは、成長した姿になっているのだ。
なんでも、この姿が落ち着くらしい。
お姉ちゃんは何にでもなれる。
獣にもなれるし、魚にもなれる。
その気になれば、人の姿のまま大きな羽根をはやして、魔法なしで空を飛べたりもする。
お姉ちゃん曰く、自分は魔力の塊だから、決まった形が無いんだって。
…こんなに温かいのに、人間じゃないんだ…。
彼女から伝わる体温には、優しい温もりを感じた。
色も、黒一色から、人間らしい肌の色へと変わっている。
その幸せそうな寝顔からしても、とてもではないが、生き物でないとは思えなかった。
…初めにあった時は、こんな生き物、いちゃいけない。って、思ったはずなのにな…。
見た目からの嫌悪だったのだろうか?
それとも、見知らぬ強者に対する恐怖?
僕は彼女の頬に手を伸ばす。
すると、お姉ちゃんは幸せそうな顔をして、抱擁を強めた。
「…お姉ちゃん…。起きてるでしょ?」
僕はジト目で睨むと、お姉ちゃんは片目だけを開けて、僕を見た。
「…バレちゃったか」
彼女は悪戯っぽい表情をすると、もう一度、僕をギュッと抱きしめて、僕ごと身を起こす。
「もう!やめてよ!」
抗議の声に、彼女は「にゃはははは」と、笑うと、僕から離れる。
僕は頬を膨らませながらも、桶の形の魔道具に魔力を注ぎ込み、丁度良い温度の水を生み出した。
魔法の練習で色々な魔道具を作っているのだ。
直接魔法で出しても良いのだが、そうすると燃費がすこぶる悪い。
魔導回路に魔力を流すだけであれば、通常の十分の一ほどで済むのだ。
勿論、複雑な魔法は、必要な魔力量も倍々で跳ね上がる。
魔力操作技術も必要になり、頭の中で回路のイメージも構成しないといけない。
とても疲れるし、戦闘時などの、咄嗟の場面では簡単な魔法しか使えない。
加えて暴発する危険性も考えると…。
何度も使う魔法であれば、魔導回路を用意した方が、お得で、安全なのだ。
僕達が今、いる場所は魔界。
魔材ならいくらでも手に入る。
実験も、し放題だった。
現在、お姉ちゃんと僕は魔界の中心に向かっている。
なんでも、そこに行けば、お姉ちゃんぐらい、最強になれるらしい。
ただ、魔界は中心に進むにつれ、魔力濃度が濃くなり、魔物でも住めなくなって行く為、僕の鍛錬も含めて、ゆっくり移動中なのである。
僕は桶の温かい水で顔を洗うと、タオルで顔を拭く。
これは僕が植物の繊維、一本一本を操る練習で出来上がったものだ。
当初は作成に一週間以上かかったが、今では…。まぁ一日もあれば作れる。
因みに、お姉ちゃんは複数の繊維を同時に操って、一分足らずで作り上げてしまうので、争う気もならない。
各自、身支度を終えると、焚き木の前に集まる。
朝ご飯は昨日の残りが鍋の中に残っていので、再度温めればすぐに完成だ。
料理は僕が唯一、お姉ちゃんに勝てる要素である。
なので、あまり手抜きはしたくないのだが…。
それでも、お姉ちゃんは毎回、なんでも、美味しい、美味しい。と、言って食べてくれる。
流石に数ヶ月経てば飽きると思ったのだが…。
作り甲斐があるというものだ。
今日は何を作ろうかな…。
そう考える傍らで、母さんたちの事が頭に浮かぶ。
ちゃんとしたご飯を食べられているだろうか。
母さんは自分自身の事に無頓着なので、料理ができるようになっても、生肉を食べていそうで怖い。
…あぁ、姉さん達と生肉を貪っている母さんの図が、容易に想像できてしまった。
料理のレパートリーは、この旅でどんどん増えている。
帰ったら、とびっきりの料理を振る舞ってあげよう。
使える魔法も、グーンと増えた。
この結界さえあれば、冬でも夏でも快適だ。
認識阻害の魔法をかけて、皆で人間の街に行くのも良いかもしれない。
その時は、勿論、お姉ちゃんも一緒。
一杯お世話になった分、恩返ししなければ!
それに、一緒にいてくれると…。僕も嬉しい。
チラッと、お姉ちゃんの顔を盗み見る。
夢中で朝ご飯を書き込む彼女。
そんな彼女に、マロウさんの姿を重ね、メグルはクスリと笑った。




