第75話 ジャグランとジャグラン一家
「なぁ、ジャグラン!」
俺が剣を研いでいると、ガキのベルガモットが声を掛けて来た。
俺は透かさず、その頭に拳を振り下ろす。
「いってぇ!何すんだ!ジャグラン!」
未だに拳骨を貰った理由を理解していないベルガモット。
「あ!あぁ!悪かった!お頭!お頭だった!」
憤怒の表情で俺が再び拳を握ると、やっと思い出したらしい。
「全く、おめぇは。もうガキじゃねぇんだから上下関係ぐらいしっかり覚えろ」
捨て子だったベルガモット。
それを拾って育てたのが俺らジャグラン一家だ。
俺たちはこの辺りの森で山賊家業をしちゃいるが、基本的に無抵抗な人間は殺さない。
何で殺さないかって?
そりゃ、人を殺すと恨まれるからだ。
賊なんて言うやつらはそこら中にごまんといる。
そして、大体の奴らは人を殺したり、攫ったりする。
その方が、金になるし、一回当たりの仕事は楽できるからな。
でも、そんな事をしていたら、すぐに討伐隊が組まれる。
身軽な独り身山賊ならまだしも、俺らの様な大所帯になっちまうと、逃げきるのは不可能だ。
だから、俺らは人を殺さない。
金品だって全ては盗まない。
そうすれば他の奴らよりも討伐順位が下がる。
先程も言ったように山賊、盗賊、人攫い。
奴らはごまんといて、倒しても、倒しても湧いて出る。
つまり、俺らの番は永遠に来ないと言う訳だ。
その辺りをみんな分かっちゃいない。
いや、分かってもらっちゃ困るのだがな。
「そうだ!なぁ、お頭!聞いてくれよ!」
ベルガモットが思い出したかのように、声を荒げる。
そういえばこいつは何か俺に用がある様だった。
「なんだ?」
俺は剣を置き、ベルガモットの方へと体を向けた。
「森の傍から女の子の叫び声がしたんだ!」
興奮したかのように声を上げるベルガモット。
「声がうるせぇ!」
もう一発、拳骨をくれてやると、やっと静かになった。
「んで、叫び声がしたからなんだってんだ?」
俺は立ち上がると腰に手を当て、ベルガモットを見下ろす。
「た、助けに行きたい…」
威圧的な俺に少し怯えた様に腰を引くベルガット。
「はっ!そんな腰抜けに、人が助けられるか!それに村の奴らかもしれねぇだろ?」
確かにこの時間帯。
森の傍で叫び声が聞こえたら十中八九同業か獣にでも襲われたんだろう。
だが、俺らに助けに行く義理はねぇし、問題ごとの種になりかねない。
「い、行ってみなきゃ分からねぇだろ?!」
それでも食い下がるベルガモット。
「そうか…。言ってきかねぇなら…」
再び拳を握る俺。
ガツン!
そんな俺の頭に衝撃が走った。
「こら!ジャグラン!いい加減におし!いつまで経っても子離れができないんだから!」
お頭である俺に恐れもなく手を上げる奴はアイツしかいない。
振り返れば予想通り、そこにはソムニフェルムが立っていた。
「いってぇな!ソムニ!女の癖して、力だけは男以上だな?!俺の頭でもカチ割る気か!」
俺が怒鳴るとソムニはこめかみに薄っすらと血管を浮かべ、またしてもこぶしを握った。
「癖にとは何だい、癖にとは!もう一発殴らなきゃ分からないかい?!」
俺は咄嗟に頭を押さえる。
「ほら、お行き、ベル。この阿呆はこっちで押さえておくから」
その声を聴いたベルガモットは、嬉しそうに目を輝かせると「ありがとう!ソムニさん!」と言って飛び出して行ってしまう。
「おい!こんな夜中にガキ一人じゃ危ねぇだろうが!」
俺はソムニに言い寄るが、彼女は「これだから子離れできない野郎は…」と困ったように頭を振るだけ。
全く、俺のいう事など気にしていないようだった。
「でも、ま、あんたのいう事にも一理ある。…だよな?あんたら?」
「「オオゥ!」」
何処からともなく、手下どもが現れる。
これじゃどっちがお頭だか分かったもんじゃねぇ。
「行くぞ!お前ら!絶対にベルには気づかれるなよ!」
「「イエッサァ!」」
微笑ましい表情をする手下ども
堪えたように笑うソムニ。
「お前ら!帰ったら覚えて置け!」
「「えぇぇぇ~~~?!」」
そんなどよめきが広がる中、家族一同、夜の森へと駆け出した。




