第71話 メグルと白昼夢
「確かに今のシバは私に操られているだけ」
僕に負ぶさった彼女が優しく語りかける。
気づけば動物たちの鳴き声も消えていた。
「でも、シバに心を戻せるとしたら?」
その甘い言葉に、脳が痺れたような感覚を覚える。
彼女の話を聞いてはいけない。
分かっていても、心が傾いてしまう。
「…戻せるわ。私の魔法をもってすれば、ね」
そんなのは嘘だ。
死んだ生き物が蘇るだなんて…。そんな…。
それでも、僕は期待してしまう。
それに、シバの隣にいたあの狼。
確かに死んでいたにも拘らず、生気を感じた。
優しい温もりを感じた。
「…どうすれば良いの?」
ついに返事を返してしまった僕。
彼女はそれに満足したのか、フフフフフッと、蠱惑的に笑う。
「教えてあげたいのは山々なのだけれど、時間切れみたい…」
そう言うと、背から彼女の重みが消える。
「また、迎えに行くわ」
その声に振り向けば、少女は無邪気に笑いながら、こちらに手を振っている。
表情など無いはずなのに…。
シバも彼女の下へ駆けて行った。
そうして、二人は森の奥深くへと消えて行く。
僕は、二人の消えて行った方向に手を伸ばす。
足が上手く動かずに、倒れ込んでしまった。
その場には泥だらけの僕以外、何も残らない。
全てが夢のようだった。
「シバが生き返る…」
例えるなら悪夢だろうか。
甘く、蕩けてしまいそうな。
覚めてないで欲しい悪夢。
「大丈夫?!」
頭上から誰かの声がした。
見上げてみれば、幼い少女の顔がある。
またしても、見た事のない少女だ。
しかし、黒いのは髪の毛だけ。
歴とした人間だった。
少女は僕を見て、安心した様に「良かった…」と、呟く。
その後、僕の体を抱き起して、泥を払うと、鋭い視線で僕を見つめた。
「今ここで見た事は全部忘れなさい。黒い彼女の事も、私の事も」
睨みつける様な視線。
それは僕の瞳の奥深くをも覗き込み、心に刻みつける様なものだった。
「そして、あなたの日常に戻りなさい。皆が貴方を待っているわ…」
一転、彼女は慈愛に満ちたような表情をすると、僕を優しく抱き留めた。
僕は何が何だか、良く分からなかった。
でも、その温かな抱擁はとても落ち着く。
…どこか、懐かしい様な、愛おしい様な…。
僕は彼女に会ったことがある?
そこで、彼女は僕から離れた。
「じゃあね」
彼女も手を振り森の中へ消えて行く。
「あ…」
僕は再び手を伸ばすと、今度は足が動いた。
しかし、もう彼女は追い付けない。
あの少女たちは一体何なのだろか。
シバは本当に生き返るのだろうか。
母さんたちは無事なのだろか。
考えなければならない事は沢山ある。
それでも、僕の頭は靄がかかったかのように、何も考えられなかった。
「…帰ろう」
僕はぎこちない足取りで、日常の帰路に着く。
まだ少し、夢を見ている気分だった。




