第67話 メグルと黒い影
「速かったら言ってね」
僕は現在、薙刀を杖代わりに、山道を進んでいた。
「はい」
そう言って、リリーは嬉しそうに僕の手を取る。
確かにこうすれば同じペースで歩ける。
リリーは頭が回る様だった。
今回の目的地は洞窟の家だ。
勿論、母さんたちに会う為である。
僕がどう思われていようが、シバの事だけは伝えなくてはならない。
僕がシバを殺した。
それを知ったら皆はどんな顔をするだろうか。
兄弟よりも村人の命を優先させた僕を軽蔑するだろうか。
それとも、事情を汲んで、慰めてくれるのだろうか。
…どっちも嫌だな…。
そんな考えが僕の足取りを重たくする。
コランを背負っているせいもあってか、山慣れしている僕でも、自然にリリーと歩速が合った。
僕が横を向けば、リリーと目が合う。
「…?」
リリーは、どうしたの?と、言いたげに首を傾げた。
僕は、何でもない。と、言う風に首を振り、前に向き直る。
リリー達の事もどうにかしなければいけない。
家で一時的に匿ってもらう。
確かにそれは可能だ。
しかし、皆が僕に対してどのような態度を示してくるか分からない。
最悪。…戦闘になってもおかしくない。
僕はそれだけの事をしたのだから。
自然と奥歯に力が籠る。
そうなった場合…。
…リリー達には悪いが、僕はそこで終わりにさせてもらう。
そして、もし皆が僕たちを受け入れてくれた場合。
それでも、家に長居させるというには気が引けた。
預かる方、預けられる方、双方に負担が大きすぎる。
「森…。静かですね」
そんな事を考えていると、リリーがポツリと呟いた。
僕は意識を現実に戻し、耳を澄ませる。
…確かに静かだ。
いや、静かすぎる。
流石に、鳥の囀り一つ聞こえないのは、異様だった。
「変…。ですよね?」
意識を別に向けていた僕とは違い、リリーは初めから異変に気付いた様だった。
一つの事に集中すると周りが見えなくなと言う、僕の癖は、どうしても抜けないらしい。
「そうだね…。どうしたんだろう」
あれだけの爆発があったのだ。
森の動物たちが警戒して出てこないだけかもしれない。
…でも、そうじゃないかもしれない。
僕は一度、思考を中断し、辺りを警戒しながら進む。
途中、何度か魔力を放ち、辺りを確認した。
しかし、動物どころか、昆虫などの小さな生き物まで見られない…。
僕は一層、警戒を強めた。
…そういえば母さんたちは大丈夫なのだろか。
ふと、頭をよぎった疑問に、背筋が凍った。
これだけの異変が起きているのだ。
母さんたちだけが巻き込まれていないとは考えにくい。
「まさか…」
カーネが?と、口に出しそうになった所で、リリーの存在を思い出した。
それでも思ってしまう。
殺しておけばよかったと。
「…大丈夫ですか?」
リリーが両手で、僕の手を包み込んでくれた。
僕はハッとなって、リリーの手を離す。
僕が掴んでいた彼女の手は真っ赤に染まっていた。
「ごめん…」
焦燥感を押し殺し、何とか謝った僕。
しかし、彼女の顔を正面から見る事は出来なかった。
彼女を見ていると、自分の事しか考えられない自分が嫌になる。
彼女はこんなにも僕を心配してくれていると言うのに。
「…ッ?!」
そんな時、僕は背後から嫌な雰囲気を感じた。
いや、雰囲気と言うよりは、存在を感じたといった方が良いかもしれない。
それ程に、その気配は濃く。僕の存在の全てが、それを拒絶した。
チュンチュンチュン
ワォ~ン!
ブヒィ!
静かだった森に、様々な動物の鳴き声が鳴り響く。
そう、僕の背後、その一点から。
「キャッ!」
僕は振り返りざまに、リリーの手を引くと体ごと抱き寄せた。
そして、リリーを守る様に、背に回す。
少し乱暴な気もするが、そんな事に気を割く余裕もない。
振り向いた先には歪な形をした黒い少女が立っていた。
少女の体では、至る所で、動物のパーツが現れたり、飲み込まれたりを繰り返している。
まるで、動物たちが、少女の外に出たがっているようだった。
…この世の生き物とは思えない程、醜悪な見た目をしている。
それでも辛うじて少女だと認識できたのは、長い髪のおかげだろう。
「し…ま。…むか…きた、よ…」
少女は何かを呟くと、今にも崩れだしそうな体で、こちらに両手を伸ばした。




