第62話 メグルとぎこちない笑顔
僕は大きな木の幹に背中を預けながら、座っていた。
空を見上げれば満天の星空。
綺麗な満月が僕らを照らしていた。
泣き止んだリリーは静かに、僕の肩へと体重を預けて座っている。
僕も無言で彼女の肩に片腕を回し、優しく抱き抱え続けた。
「ワォオ~~~~ン!」
突如、響いて来た狼の遠吠え。
リリーは驚いたように僕に抱き着いてくる。
今のはシバの鳴き声だ。一体どうしたのだろう。
脳裏に止めを刺せなかったカーネの顔が浮かぶ。
僕は咄嗟に腰を上げた。
しかし、それはリリーの抱擁によって中断されてしまう。
リリーは不安げに僕を見上げてくる。
それだけで僕は動けなくなってしまった。
再び腰を下ろす僕を見て、リリーが俯く。
僕はその頭を優しく撫でると、安心させるように笑顔を作った。
彼女は僕の瞳を見つめ、目を逸らし、また見つめを繰り返す。
そして、最後に決心したかのように僕の体から手を離した。
「私はもう…。大丈夫だから」
取り繕えていない、ぎこちない笑顔はとても痛々しかった。
彼女の手が、まだ震えているのも見てとれる。
…でも、ここで断るのは彼女の想いを踏みにじるのと一緒だろう。
「大丈夫!すぐに助けが来るさ!」
僕は再び腰を上げると、座り込むリリーの頭を力いっぱい撫でた。
「や、やめてよ!」
そう言いながらもリリーはされるがままだった。
そんなリリーが愛おしく思えてしまう。
僕が手を離すと、リリーはクシャクヤになってしまった髪の毛を整える。
そうして、こちらを睨むと、「もう」と、頬を膨らませた。
僕は「ごめんごめん」と、笑うと、リリーに背を向けて掌を上げる。
「じゃあね」
この状況で、またね。ではなく、じゃあね。と、言ったことの意味にリリーは気づくだろうか。
多分、気づいているだろう。
彼女はそういうところに鋭い気がする。
「バイバイ」
泣きそうな声で彼女がそう言った。
ほら、やっぱり意味が通じているじゃないか。
僕は少し得意げになる。
「絶対にコランをこの場所まで送り届けるから…」
僕はそれだけ言うと、地面を踏みしめた。
絶対に振り返らない。振り返ればもう進めなくなる気がするから。
次、カーネに出会った時、僕は止めを刺せるだろうか。
そもそも彼女に勝てるかさえ怪しい。
でも、彼女はリリーを大切に思っている。
だから僕が死んでもリリーは無事だろう。
ここからは僕の問題だ。
シバの救出。それだけに意識を集中させる。
僕はシバの無事を祈りながら、強く地面を蹴った。




