第61話 メグルと受け止める気持ち
前も見ずに走っていた僕は、足の裏に奇妙な感覚を覚え、足元に視線を向ける。
「何…これ」
禍々しく蠢く肉塊。
それらが、そこら中に散らばっているのだ。
先程の村人たちの惨状が脳裏に浮かぶ。
「う、うおぇえええ」
疲労と重なった不快感で、とうとう僕は吐き戻してしまった。
肉塊たちは嘔吐物を喜ぶように取り込んで行く。
その光景は唯々、気持ち悪かった。
僕は肉塊から離れると、再び平原を進み始める。
もう、走る気力も体力も残っていなかった。
しかし、警戒だけは怠らない。
カーネがあの状態から起き上がれるとも思えないが、後をつけられていたら最悪だ。
僕はなけなしの魔力をソナーの様に放ち、辺りを確認する。
貴重な魔力を多量に使う上、魔力に敏感な獣に使えば相手に位置を知らせるだけの悪手だ。
しかし、その分、精度と範囲は通常の数倍になる為、獣が相手でないこの状況でなら十分に使える。
放った魔力を感じ取るため、僕は目を閉じた。
「あ、あれは…」
少し先にある丘の上、一本だけ生えた木の根元にリリーの魔力を感じた。
あの場所は皆でピクニックをした場所だ。
脳裏に僕を置いて、森の中に帰って行った、姉さんの後ろ姿が映し出される。
僕は直ぐに首を振った。
今は感傷的になっている場合ではない。
リリーの周囲に他の人間はいないようだった。
コランは何処へ行ったのかも気になるが、まずはリリーの安全を確保する事が優先だ。
草臥れた体に鞭を打って、リリーの下へ急ぐ。
その場に着くと、リリーは目を覚ましていたようで、木に寄りかかって、先程まで燃えていた村の方向を眺めていた。
僕はなんて声を掛けるべきか悩みつつ、ゆっくりとした足取りで彼女に近づいて行く。
すると、彼女は僕に気が付いたのか、パッとこちらを振り返った。
「メグル…さん」
彼女は不安をため込んだような表情でこちらを見つめて来た。
きっと彼女は、その不安を晴らしてくれる報告が、僕からなされる事を期待しているのだろう。
僕は彼女に嘘が吐けなかった。
「ごめん…。もう…ダメだった」
顔を逸らし、俯き気味で答える僕。
「…姉さんや、父さんも?」
彼女は絞り出すような声で、縋る様に言葉を紡ぐ。
君の姉さんが主犯格で、皆殺されてしまった。とは、とてもではないが口に出せない。
僕が無言で頷くと、彼女は堰き止めていたものが溢れ出すように泣き始めた。
僕はどうすれば良い?どう声を掛ければ良いんだ?
色々な言葉が頭の中を回る。
目の前で泣きわめく少女。戸惑う僕。
あぁ、またあの時と同じ光景だ。
だから僕は彼女をそっと抱きしめた。
言葉なんかじゃ伝わらない。心の底から相手を思う気持ち。
彼女は僕の抱擁を受け入れ、強く抱き返してきた。
彼女の想いが痛いほど伝わってくる。
僕は無言で彼女の頭を撫で続けた。
それはあの時のように戸惑ってとった場当たり的行動ではない。
しっかりと相手に寄り添って、全てを受け止める気持ち。
僕は静かに彼女が泣き止むのを待った。




