第52話 ミランと親心
「あの馬鹿…!」
またしても一人、森の奥に入って行ったという娘。
その呆れ果てるような行動に私は悪態を吐く。
一体何度心配をかければ気が済むのか。
「しかし今回は彼もいる。心配はないだろう」
娘の事を教えてくれたカクタスさんが、慰めるように私の肩を叩く。
「それはそうですけど…。そう言う問題ではありません!」
帰ってきたら尻たたきの刑ね!
そう言って平手打ちの練習をし始める私。
カクタスさんはそんな私の様子を見て笑う。
カーネちゃんの事があってか、どこか深刻そうな顔を続けていた為、私はほっとした。
「まぁ程々にしてやってくれ。私の監督不行き届きが原因でもあるからな。…それにコランがそんなに怒られてしまうと、同じことをしたリリーまで叱らなければならなくなる…」
後半、声が尻すぼみになるカクタスさん。
緊急事態には怒号を飛ばし、皆をまとめ。前線は体を張ってみなを守る。
そんな鬼の衛兵長も娘の事となると、たじたじになってしまう様だった。
それでもカクタスさんはカーネを叩いた。
嫌われても良い。絶対に間違ったことはさせない。
そんな愛情が強く感じさせられる場面だった。
しかし、人に近づこうと努力しているリリーちゃんを叱って、塞ぎ込まれるのはやはり怖いらしい。
リリーちゃんはカーネちゃん程強くは無いのだから。
そう思っているに違いない。
…まぁ、女から言わせれば恋する少女は無敵なのだけれどね。
「難しいですね」
そんな私の言葉にカクタスさんは驚いたような反応をする。
「あ、あぁ。すまない。コランも私に同じ言葉をかけたものでな」
その言葉に、今度は私が驚く番だった。
「あの子がそんな事を…。成長しているってことなんですかね?」
カクタスさんは私の言葉に肯定の意を表した後、カーネにも見習ってほしいものだ。とわざとらしく頭を抱えていた。
「まぁこれほど皆に心配と迷惑をかけているようではまだまだですけどね」
同感だ。と頷くカクタスさん。
しかし、私も食糧難の時に一人森に向かっていたら皆に心配をかけていた事に変わりはない。
カクタスさんにしても、娘を叩いたことで珍しく落ち込んでした。
その様子を見た私が心配になったのだから、誰かに心配をかけないなんて言う事は到底無理な話なのだろう。
だから私達にとって、いつまでも彼女たちは子どもなのだ。
歳をとっても。立派になっても。
何故かって?そんな事は決まっている。私たちは親で、あの子たちはその子どもだからだ。
いつまで経ってもどれだけ成長しても心配しない日など無いだろう。
「その内、お父さん臭いから嫌い。とか言われたりして…」
私がそんな意地悪を言うと、カクタスさんはあからさまに肩を落としてげんなりとした。
カクタスさんの素直な反応を見て、私は無邪気に笑う。
私達だって誰かの子どもだ。子どもたちが思うほど大人じゃない。
それでも、私達には教え導く義務がある。
子どもたちが成長していくために。
愛おしい我が子が幸せを掴み取れるように。
ふと、軽い雰囲気を纏っていたカクタスさんが姿勢を正した。
私も、元とは言え、死線を潜り抜けて来た冒険者。
その気配に気づくと、携帯していた剣に手をかける。
コランがいなくなった日、以来、何があっても良い様に、何があっても彼女を守れるように武器を携帯していたのだ。
今回この場所にコランはいないが、私達が死んでしまったら誰もコラン達を守れなくなる。
こんな場所で無責任に死ぬわけにはいかないのだ。
「…子どもたちにも苦難を用意してやらねばならないのだろうが…。私達が用意する苦難はもう少し優しい物にしてやりたいな」
この状況に対して皮肉めいた事を言いながら、カクタスさんが笑う。
「同感です。これはちょっと厳しすぎますよね。せめてもう少し心の休憩時間が欲しいと言うものです」
そう言って私も剣を構える。
これは守るための戦いだ。
私達を。ひいては子どもたちの未来を。
「死ぬ事も自由にできないとは。親とは難儀なものだ」
悟ったように呟くカクタスさんに私はカチン!ときた。
「男が何を言ってるんですか!私なんて料理に洗濯、掃除にお世話!自分の時間なんてこれっぽっちも無いんですからね!」
「わ、分かった!悪かったから剣先をこちらに向けるな!」
慌てて両手を頭の位置に上げるカタクスさん。
「分かればよろしいのです。…さて、行きますよ!」
「あぁ!」
私達は気配のする方向に向かって駆ける。
明日の献立を考えながら。




