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Grow 〜異世界群像成長譚〜  作者: おっさん
ダメ!それは私の!
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第46話 セッタと逃避

 …誰かが付いて来ている。


「わぅ」

 私はメグルに声を掛けて、足を止めた。


「…?姉さん?どうしたの?」

 メグルが上から私の顔を覗き込み、聞いてくる。


 本当に気配探知の下手な子だ。身体能力も低いし、体も弱い。

 そのダメで手のかかるところがまた可愛いのだが…。

 私に何かあった時、この森で生きていくのは難しいだろう。


 …何かあった時。

 そこで思い浮かんだのは昔のシバだった。


 大丈夫。今はあんなに楽しそうじゃないか。

 相変わらず洞窟には顔を出さないが、メグルとは誰よりも深くつながっている。

 今の彼なら大丈夫だ。


 …大丈夫なのか?


 駄目だ。シバは仲間だ。信頼しなければ。

 私の焦りを体現するかのように気配がどんどんと近づいてくる。

 私が歩いてきた道を振り返ると、メグルもその方向を注視し始めた。


「…うわぁああ!」

 身を乗り出すように気配を探っていたメグルは、バランスを崩して私の上から落ちる。


 全く何をやっているんだか。

 一つの事に集中すると周りが見えなくなる癖も直さなくては。


 メグルは腐葉土に頭を突っ込み、口に土が入ったのか「うぇ~」と舌を出して、苦い顔をしていた。

 そんなドジなメグルを見ていると今までの焦りが一瞬で霧散(むさん)する。


 私は尻尾で泥だらけになったメグルの頭を払うと、気配が近づくのを待った。


 メグルは気配の正体が姿を現す寸での所で、相手を断定したようだった。

 どこかに隠れようとあたふたするが、もう遅い。


 咄嗟に私の後ろに隠れたメグルは、ちょこんと顔だけを出して気配の正体を確認する。


「リリー…」


「はぁ…はぁ…。こ、こんにちはメグルさん」

 メグルがリリーと呼んだ少女は息を切らしていて、今にも倒れてしまいそうだった。

 案の定、彼女がふら付くと、メグルは私の後ろから駆け出し、その体を支える。


「だ、大丈夫?」

 メグルが心配そうに彼女の様子を窺う。


 それに対してリリーは「はい、何とか。ありがとうございます」と答えると、息を整えながら体勢を立て直した。


「あ…ご、ごめん…」

 メグルは赤くなってリリーと言う少女から手を離す。


「い、いえ、こちらこそ…」

 少女もそんなメグルを見て意識してしまったのか、頬がみるみる朱に染まっていった。

 赤面し合い、もじもじとする二人。

 とてもお似合いに見えた。


 …いや、見えるのではない。そうであるべきなのだ。

 メグルは森で暮らすべき者ではない。


 そんな事。私は初めから知っていたではないか。だから初めの内は冷たく接していた。

 それでもメグルが寄り添って離れないから…。心地が良くなってしまっていた。


 メグルはよく村に出るようになってきた。

 いろいろな事も覚えたし、人間の中では異様な強さを誇る事も間違いないだろう。

 …詰まりはそろそろ潮時なのかもしれないという事だ。


 このまま一緒に暮らし続けるのも”良い”だろう。

 でもそれは私にとって都合が”良い”だけでメグルの為ではない。


 私は二人に背を向け、(きびす)を返した。

 メグルが「どうしたの?」と聞いてくるが、私は振り返らない。


 メグルが不思議そうな表情をしたままこちらに近寄ってくるが、私はそれを尻尾で跳ねのけた。


「…え?」

 私は驚いたように尻もちをつくメグルを睨みつける。


「え?…なんで?僕、何か悪いことしたの?」

 メグルが(うる)んだ瞳で聞いてくる。

 私はその問いに答えずに前を向くと走り出した。


「待って姉さん!僕が!僕が悪かったから!なんでも言うこと聞くから!だから!だから!置いて行かないで!見捨てないで!」


 メグルの最後の表情と、悲痛な叫びが耳と心を引き裂く。

 それは私が経験してきたどんな痛みよりも私を苦しめた。


 …でも"良かった"。これで"良かった"…。

 メグルは向こうで、私達はこちらだ。


 だからこれから何が起ろうとメグルは知る(よし)もないし、その内私たちの事も忘れるだろう。

 私は少し心が軽くなるのを感じた。


 まぁ、シバの一件が上手く解決したらその時は…。

 また皆で日向ぼっこでもしよう。

 そんな未来が来ない事を薄々予想しながらも、私はやっとぬるま湯から抜け出した。


 もう逃げるのはおしまいだ。

 遅くなってしまったが、シバは許してくれるだろうか。


 もう秋が終わる。

 冷たい夜風が湯あたりした様な私の意識を覚ましてくれた。

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