第41話 メグルと頼れるお兄ちゃん
…いた。シバだ。
今日は遅くなると言って家を出てきた僕には、こんな昼間から家に帰る度胸はなかった。
その為、シバの残した魔力を見つけた時には良い暇つぶしになると思ったのだ。
しかし、魔力痕を辿っていけば簡単にシバを見つける事ができた為、拍子抜けした。
いつもならば僕の追跡に気づいて追いかけっこが始まるのに…。
まぁいい。シバが油断している事などそうそうないのだ。
このまま驚かしてやろう。
僕はシバに飛びついた。
避けられる事は織り込み済みなので、いつでも受け身を取れる準備はしておく。
「え?」
しかし、避けられると思ったその抱擁は予想に反して成功してしまった。
驚いたシバは抱き着いた僕を背中に乗せたまま、その場に崩れ落ちてしまう。
「…えっと…ごめん。大丈夫だった?」
あまりに間抜けなこの状況に気まずくなって謝ってしまう。
シバはこちらをジト目で睨むと、不服そうに「ワゥ」と鳴いた。
僕はゆっくりとシバの上から身を起こす。
「どうしたの。ぼーっとして。らしくないよ?」
僕はシバの見つめていた方向に目を向ける。
そこには濃厚で特徴的な香りの魔力が漂っていた。
これはシバの物ではないだろう。
「これなに?」
シバに問いかけるが首を横に振られた。
…目を合わそうとしない所、本当に知らないのかは怪しい。
しかし、聞いたところで答えてはくれないだろう。
魔力の香り自体が濃厚なのであって、量はそれほどでもない。
魔力の才能を持った初心者と言った所か。
多分、シバの仲間か何かなのだろう。
僕はシバが秘密裏に他の群れに接触している事は知っている。
ただその殆どは獲物を狩れないような弱い群れなのだ。
詰る所、シバは施しを与えているのである。
この殺すか殺されるかの世界で、相手を助ける事がどれほど尊い事か。
そしてシバはそんな自己犠牲で満足するような奴ではない。
狩りも教えているし、今回に至っては魔法の訓練でもしていたのではないだろうか?
そう考えれば納得いく。
きっと僕から教わった魔法を勝手に教えていた事が後ろめたかったのだろう。
それならば言及しないというのが、師である僕のとるべき行動だ。
「そうだ、シバ。今日は相談があってきたんだよ。少し話聞いてくれる?」
シバは面倒くさそうな表情をしながらもその場に伏せた。
素直じゃない奴だ。
僕はシバの体にそっとよりかかると口を開いた。
「今日村で母さんに似た女の子を見つけたんだ。あ、似ていると言っても雰囲気の話で、女の子は僕と同じぐらいの歳の子なんだけどね」
シバは相槌を打つわけでもなく、遠くを見ていた。
ただ、耳がこちらに向いてぴくぴくと動いているので、聞いてくれてはいるのだろう。
視線を感じない分、僕は独り言のように気軽に話すことができた。
「その女の子を見るとね…。こう…。ドキドキしちゃうんだ。雰囲気は母さんに似ているし、僕が見栄を張っちゃうのも同じなんだけどね…。なんでだろ?」
僕は首を傾けシバの顔を見つめる。
シバは暫く遠くを見続けた後、呆れて様に溜息を吐いて、前足を動かした。
いつも通り地面に爪で文字を書いてくれるらしい。
『それは、好きだから。好きだから好かれたい。好きだから嫌われたくない』
…確かにそうだ。
でも、それだとドキドキする理由にはならない。
現に母さんには安心感を覚えるのに、あの子の前だと頭がぐちゃぐちゃになる。
その事を端的にシバに伝える。
すると、シバは暫く考えるようにして、再び前足を動かした。
『母さんは家族。良く知っている、信頼もできる。だから安心。その子は他人。何も知らない。裏切るかもしれない。だから不安』
…成程。納得がいった。
確かに母さんは大抵の事では僕を嫌わない。
離れて行かないと、心の底から言える。
だから見栄を張って失敗したって別に怖くはないのだ。
でも、あの子の事は分からない。
僕を好きになってもらいたいが、変な事をして失敗したら嫌われてしまうかもしれない。
何もしなくても離れて行ってしまうかもしれない。
そう言う事が不安なのだ。
「流石シバだね!頼れる僕のお兄ちゃんだ!」
僕がわざとらしくシバに抱き着く。
するとシバは面倒くさそうな表情をして顔を逸らした。
僕はその左右に揺れる尻尾を見て、クスリと笑った。




