第19話 ミランと飢饉
そろそろ秋だ。冬になる前に食糧を貯えなければならない。
私、ミラン・バインは焦っていた。
いや、焦っているのは私だけではない。
村全体が燻るような焦りで満ちていた。
普段、森の奥にいる様な凶暴な生物達。
それらが村近くの、浅い森を徘徊している為に、森に入ることができないのだ。
畑等も野生生物に襲われ、収穫間近だった作物も大半が駄目になってしまった。
普段でも死者が出る事のある冬越え。
今年はどう足掻いても半数以上が飢えで死んでしまうだろう。
もうすでに何度か、穀物庫に忍び込んだ人たちが奴隷送りになっている。
それでも尚、穀物庫に忍び込もうとする人々が減らない理由。
それは山に入るよりも、このまま冬を越すよりも、そちらの方が助かる可能性が高いと睨んでいるからに他ならない。
それだけ今この村は危機的状況なのだ。
私の家の畑も動物と…。人の手によって荒らされてしまった。
未だに犯人は見つかっていないが、そんなものを見つけても仕方がない。
それに村の皆で疑い合ったり奪い合ったりするのは嫌だ…。
こんな状況でも無ければ今頃は皆で楽しく収穫祭の準備をしているはずなのだ。
農家は髭を垂らした黄金粒種を皆で刈り取り、加工屋がそれをお酒やパンに加工する。
狩人たちは危険な大型動物を狩り、皆に肉を振る舞って、芸達者な者達が演奏や踊り、大道芸などを披露してくれる。
小さいながら、皆で作る温かいお祭りになるはずだったのだ。
…今、夫は歩いて片道3日ほどの距離にある隣村に向かっている。
家の家具などを食料に替えてもらう為だ。
だが、他の村人も同じことを考える為、足元を見られる。
それに向こうの村も冬越えに食糧が必要なのは同じだ。それを考えると一家三人分の食糧には足りない可能性がある。
…いや、確実に足りないと言っても過言ではないだろう。
加えて家には今年8歳のコランがいるのだ。
育ち盛りで食べ盛り、残った畑の作物も税として差し押さえられてしまった今、夫の帰りを安易な考えで待つことはできなかった。
家族がいる以上、盗みをする事は出来ない…。
捕まったら私が奴隷送りにされるどころか、逆に食料を取り上げられてしまうかもしれない。
それだけは避けなければならないのだ。
となると、残るは村の背面を覆う森…。
今では狩人が入れないどころか、冬場に近づき食料を求めた動物たちが村まで下りてくる始末だ。
普段温厚な斧角を持つ者であってもこの時期は餌を求め襲い掛かってくる可能性が高い。
今、あの森に入るのは自殺行為だろう。
…少なくとも夫が帰ってくるまでは待つべきか。
そうでないとコランが一人ぼっちになってしまうし、もしかしたら冬越えに十分な食料を持って夫が帰ってくるかもしれない。
もし足りないようなことがあれば…。覚悟はできている。
納屋の隅で埃をかぶっていた薙刀。
久しぶりに手にすると、夫や仲間と共に旅をした頃を思い出した。
それは残酷な場面も多々あったし、辛いこともあった。
しかし今にして思っても心温まる冒険だったことに変わりはない。
ふと、コランと夫が楽しそうに料理を作っている姿が思い浮かぶ。
どう取り繕っても震える手は抑えられなかった。




