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第16話 メグルと魔法

 家に帰る前に荒れた川で軽く体を流した僕たちは、ゆっくりと家に帰った。

 レトを待っていたわけではない。隠密行動と言うやつだ。


 珍しく姉さんがびくびくとしていた。

 これは悪い事をしたときの反応なので、僕を勝手に連れ出したことをマロウさんに怒られないか心配しているようだった。


 家に近づくと、焚火たきびがともっていた。

 最近のマロウさんは暇な雨の時間を使って僕に道具の使い方や、料理の作り方などを聞いてくる。

 この前は一緒に火を点けたので一人で火を点けられる様になっていても不思議はない。


 でも、一人で火を起こすなんてまだ危ない気が…。火傷とかしてないかな?


 少し不安になって早く確認をしに行きたい衝動に駆られるが、姉さんが一向に動かない。


 如何したものかとその顔を盗み見ると、戦慄せんりつしたような表情で固まっている。

 人間なら冷やせが止まらないような表情だ。


 そんな表情を見ていると何か良く無い事があったような気がしてきてしまう。

 今一度、洞窟の周りを見ると、崖や地面には大きな爪の後がいくつも残っていた。


「マロウさん?!」


 僕は嫌な予感がして姉さんから飛び降りると、洞窟に向かって駆け出した。

 もしかしたらマロウさんに何かあったのかもしれない。

 そう思うだけで胸が張り裂けそうだった。


 咄嗟に”俺”が、人間かもしれない。隠れろ。と止めるが、そんなものは意識に入らなかった。


 お前だけの体じゃないんだぞ!”俺”にはしないといけない事があるんだ!

 こんな所で死ぬわけにはいかない!お前だって怖いだろ?!


 怖い?怖い!死ぬことよりマロウさんを失う方が怖い!



 その瞬間、”俺”と”僕”との中で何かが少しつながった気がした。

 ”俺”は火に水を掛けたように鳴りをひそめると、代わりに魔法の知識が流れ込んできた。


 それはかなり危険な方法だったが、自分の体を危険にさらしても”俺”は協力してくれるつもりらしい。


 僕は身に着けている肉の魔臓を貪った。

 生なのに、腐りかけなはずなのに、それらは美味しく感じた。

 体をみしばむ様な美味しさ。甘い毒が体を侵していく。


 急いで食べる。量は少ないが、質なら十分なはずだ。

 良い所だけをかき集めてきたのだから。


 幾つ目かの魔臓を口に含んだ時、思わず血を吐きだした。

 これは僕の血だ。魂が求める甘美かんびな蜜も体にとっては猛毒。


 それでも何とか全てを食べ終えると、僕は息も切れ切れ、先ほど吐き出した自身の血でその辺りにあった葉っぱに魔導回路を描く。


 魔力を流せばどんどんと魔力を蓄積していき、最後には爆発するという実に単純な回路であるが、複雑な回路を描いている暇はない、これで十分だった。


 僕は洞窟前の広場に出る前に、草むらから辺りを見回し索敵さくてきする。


 飛び出しそうな”僕”を”俺”が抑えて冷静にしてくれているようだった。

 それが良い兆候ちょうこうなのかどうかはさておき、今は有難い。



 僕は周りに気配がない事を確認し、少しずつ前に進んでいく。

 そして洞窟の中が怪しいとにらみ、広場に足を進めた瞬間、頭上に気配を感じた。


 急いで上を向くが、もう遅い。

 夜闇とその速度によってその姿をとらえる事すらかなわない何か。

 それは紙一重の距離まで迫っていた。


 何かは崖に張り付いていたようで、自由落下に合わせて、自身も壁を蹴り加速しているようだった。

 どう足掻あがいても今から反応できるような速度じゃない。


 正直弱い相手なら、マロウさんも対応できるだろから安心だと思っていた。しかしこの速度でこの奇襲だ。

 もしかしたらこいつにマロウさんが…。


「このぉおお!!!」


 一矢報いようと自分事巻き込んで魔導回路を発動させようとするが、魔力操作の拙い僕ではそれすらも叶わず、その巨大な腕に押し倒されてしまった。


 …?巨大な腕?


「メグルぅ!あぁ、よかった!メグルなのね!」


 両腕で僕を抱きかかえ、泣きじゃくっているのは紛れもなくマロウさんだった。


 あぁ、そうか。

 いや、そうだろう。だってマロウさんの危険を感じたらいち早く動くのは姉さんなのだから。


「よかった!無事で本当に良かった!」


 マロウさんが僕の事でこんなに泣きじゃくっている姿を見ると、悪い事とはわかりつつ、心が暖かくなってしまった。


「ごめんなさい…マロウさん」


 僕も感極かんきわまって泣きそうになってしまったが、そこで僕は意識を失った。


 何でかって?マロウさんに全力で抱かれたんだ。察してよ…。


 その夜、兄弟達の鳴き声が森中に響き渡ったことを僕は後々知ることになる。

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