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ダークエルフ王国見聞録  作者: へどばん
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里の収穫祭編

胡桃の収穫や氏族長への納税など、秋の主要な仕事を終えた頃、登り始めた満月の光が照らす山腹には、そこに位置する石の祠の前に各戸の家長である女性達が静かに集い始めた。今夜、このダークエルフの山里で、秋の実りに感謝し、また来季の実りを願う祭りが行われるのである。

 ダークエルフの婦人達は黒を基調とするゆったりとした長衣を銀の金具の付いた腰帯でまとめ、熊鷹や山鳥の羽を結わえた冠を頂いている。いかなる魔術の賜物であろうか、彼女達の衣は山蚕の糸が月光に照らされてゆらめくように淡く輝き、その輝きの中で服に縫いこまれた錦糸が花鳥風月の紋様を様々に浮かび上がらせている。

 祠の前は綺麗に掃き清められ、列席する女家長達は地面に敷かれた絨毯の上に座っている。この儀式の時のみに用いられるという絨毯には、天上から見下ろす黒い肌の女神、その下に集う様々な種族の兵とそれを率いるダークエルフの戦士といった神代の戦や、黒の女神がもたらす豊饒を示す様々な鳥獣や果樹の紋様が織り込まれている。女家長達の席次は何らかの序列で決まっていると思われるが、居候に過ぎない私には分からないため、ここに同行させてくれているセラの横に立って控えている。

セラは家長達の座る絨毯の四方に立って控える戦士達の一人であり、この儀式を邪な存在から守護する務めがあるらしい。セラを含めた戦士達も女家長達と同様の長衣を纏いつつ、中心に赤い宝玉をはめ込んだ胸甲を身に付け、銀の金具を持つ鉢金を締め、腰には刀を下げて青銅の鉾槍を厳かに構えている。祠の前には木の祭壇が設けられ、今年の秋に収穫された麦から作った団子の様なものや梨や柘榴といった果実、羽を毟った黒雷鳥などの神饌が備えられている。その祭壇の前には、里長が立ち、彼女の持つ振り香炉から妖しくも豊かな香りが周囲に立ち込めている。


出席者が揃い、里長の家人が諸々の準備が整ったことを里長に告げると、儀式が開始される。この里では里長が祭祀の長も兼ねており、種々の儀式は彼女の差配によって執り行われるのだ。里長は一同に対して黙礼した後、右手で香炉を振りながら、祠の方を向いて黒の女神を言祝ぐ祝詞を唱え始める。

ダークエルフ達の宗教は、黒の女神を主神としつつ、その分霊として様々な姿を取り、異なる事象に対する守護を司る神々、それらの総べる様々な精霊達を信仰する多神教である。我々人間に加え、特にライトエルフなどの種族からは邪教の徒と非難されることもあるが、ダークエルフ達は自らの信じる神を“邪神”とは考えていない。同時に、人間やエルフが信仰する“白の聖なる女神”についても、黒の女神と対する存在として認識されながら、彼らの神話の中に明確に存在する“神”の一つとして認識されている。そういった様々の神々に祈る儀式がある中で、今宵の儀式は月と豊饒を司る女神を寿ぐ収穫祭である。この女神は、主神である黒の女神と特に霊的なつながりが強く、その姿も黒の女神に非常に近いものであると信じられている。

「月と豊饒を司る女神よ、今年の恵みに感謝するため、どうぞ我らの里にお越し下さいませ」

 古めかしいエルフ語で紡がれる祝詞が終ると、深々と頭を下げた里長は祠に向かってそう語りかける。脇に控えるものが鳴らす鈴の音色と祭壇の静かに置いた香炉から立ち上る煙を背にしながら、里長は祠に歩み寄り、その小さな木の扉を開ける。参列した女家長達も警護の戦士達も深々と頭を下げ、祈りの言葉をある者が発すると、その隣の者が言葉を重ね、またその隣の者がといった順番を以て、独特の節回しで唱和していく。女村長が恭しく祠の中から取り出した神像は、黒檀であろうか艶のある黒木から彫り出されたものであり、彼女達と同じく黒い肌をした女神像であった。慈悲深そうな表情を浮かべる頭部には一対の大きな角を備え、豊かな乳房と孕み腹を晒し、四本の腕にはそれぞれ弓と矢、黒曜石の穂摘具、皮袋を持つ女神の姿は、他で観たことのない異形であった。ライトエルフ達が邪教と非難するのも分からないわけではないし、また精巧な神像は彼女達が熱心な偶像崇拝の徒であることも示していた。

祠から取り出された女神像は、その一面が引き戸になっている白木の箱に収められる。白木の箱は、常緑樹の葉や花々で飾り付けられた神輿の上に載せられると、参列した家長達は立ち上がり、神輿の台から前後左右に二本ずつ伸びる神輿の担ぎ棒をその肩に載せて持ち上げる。静かに扉が閉め直された祠の前にある祭壇には、神饌がそのまま残されているが、それを隣にいるセラに指摘すると、

「このままでよいのだ。女神様に捧げる神饌は里にも用意されている。これらは山の鳥獣達に分け与え、その恵みが山野の精霊達に、最終的には女神様へと戻っていく頂くものなのだぞ」と私に教えてくれる。

 豊饒というものが神から一方的に与えられるものではなく、精霊や神々を介する循環の中で一時留まることでもたらされるものとダークエルフ達は考えているようである。

「里長が錫杖を鳴らして、月に向かって捧げ持ったならば、ここから里までの道中、少しも口を聞いてはならぬぞ。里に着くまで女神様のお心を乱すことなく、静かにお連れ致すのだ。」

 パーンセラは続いてそのような作法を教えてくれる。シャランと涼やかな錫杖の音が里長の手によって鳴らされ、月に向かって掲げられると、里長を先頭として神輿を担いだ家長達が歩み始める。里長の家人は絨毯を静かに丸めて持ち、またもう一人の家人は振り香炉を持って神輿に続く。ダークエルフ達の夜歩きの術もあってか足音一つさえしない中、振り香炉の鎖の音と錫杖の音のみが、月光に照らされ、事前に掃き清められた山道を一行が歩んでいることを示している。山腹から下る道は、森や野原を抜けて林檎や栗の樹園のある里の中に至り、一行は三叉路を南に折れて環濠沿いに村落の入り口まで進む。環濠に掛けられた引橋を渡って神輿が集落の中に入ると、先頭を歩んでいた里長が神輿の方へ振り返り、

「月と豊饒の女神様、ようこそ我らが里においで下さりました。里の者総出で歓迎いたします」と告げる。

 その言葉が終わるや否や、里で神輿の到着を待っていた者達の手によって村中の篝火が一斉に灯される。満月に照らされる夜であることもあり、昼の様に明るくなった集落の中を、神輿が再び進み始め、道の脇に立って待ち構えていたダークエルフの乙女達が、色とりどりの花びらや、脱穀を終えた蕎麦殻や楓の種子を様々な色に塗ったものを行列と神輿に撒いて、女神の来訪を祝福する。さらには、何処からともなく様々な仮面を付けた少年少女達が現れ、胡桃の殻で作った打楽器を賑やかに打ち鳴らしながら行列の周りを駆け回りながら、神輿に付いていく。

少年少女達の付ける仮面は、この山里の住人達が使役し、また信奉する多彩な精霊の顔を表したものであるらしい。

「ふふ、この子達が賑やかに騒げば騒ぐほど、その中に本物の精霊が紛れ込んで共に楽しむこともあると聞く。いずれにしても、可愛らしいものだ。」

ようやく口を開いたセラが優しい笑みで子らを見守りながら、私に説明してくれる。


神輿は集落の中を練り歩き、家々を回る。神輿が家の戸口に立つと、その家の家長は神輿の担ぎ手をその家族に譲って、入口に立ち、神輿の一行と共に歓迎の言葉と女神を讃える祝詞を唱和する。神輿に付いて歩く、仮面の少年少女達は祈りの言葉を響かせる者達の周りを賑やかに駆け、各戸の住人から菓子や果実を振る舞われて、喜びに沸き、賑やかさを更に増していく。子らに配られる薄荷の飴や焼き菓子などは、先日、氏族長の町に納税のために赴いた際、市で仕入れたものである。

 集落にある全ての戸を回り終えた一行は、ひときわ大きな篝が焚かれた広間へと向かう。そこには神輿の来訪を終えた各戸の住人達が集っており、様々な神饌が用意された白木の祭壇が用意されている。その祭壇の奥には、茅葺の屋根を持つ人の背丈ほどの小屋があり、その周囲は胸ほどの高さのある板壁で囲われている。楕円形の囲いは始点と終点の位置がずれており、そこに壁の中への出入り口があって、樹皮で織った布が下げられている。笛が吹かれ、太鼓が打ち鳴らされ、鈴が揺り鳴らされる中、神輿に据えられた白木の箱を下ろした里長は、その箱を持って小さな社の囲いの中へと伴の者と入っていく。この茅葺の社の中に、里長の手によって神像が据えられるそうである。

 里長が女神の仮住まいから出ると、祭壇の横に並べられた丸太椅子に並び座る家長達の横に、黒と赤の布が張られた胡床に腰かける。すると、笛・太鼓の音に合わせ、乙女たちの一団が、広間の中央に据えられた篝火を囲むように歩み出してくる。神像のある社に揃って一礼した彼女達の服装は、ゆったりとした袖と裾の服には色とりどりの襷と帯が結わえられ、頭に付けた細く削った鹿角の先に長く柔らかな白布が結わえられている。笛・太鼓の奏でる音楽が変わり、彼女達はそのしなやかな四肢を振って舞を始める。彼女達が首を振り、身を躍らせる度に篝火と月光に照らされた絹の長布が、時に激しく時に緩やかに宙を舞う。如何に激しく舞い踊っても、身に付けた長い飾り布が地に着くことはなく、回転の動きで布が円を描くと、ダークエルフの霊光であろうか、青い燐光が周囲にパッと振りまかれる。太鼓を打ち鳴らすリズムはますます速いものとなり、舞も一段と激しさを増していく。宙にきらめく長布の航跡はさらに複雑になるが、篝火の周囲を右に左に回りながら、時に離れ時に近づいて舞い踊る乙女たちは、その表情や動作に苦しさを感じさせない。彼女達の褐色の頬に差す赤味は単に燃え盛る篝火によるものではなく、祝祭の興奮と歓喜を物語っていた。乙女達の鹿の踊りが最高潮の内に終わりを迎えると、肩で息をする乙女達は整列をして仮の社に向かって礼をした後、晴れやかな笑顔で観衆の輪の中に戻っていく。


 次いで、里長は緩やかに捻じれた羊の角の中を掘り、外側に紋様を描き込んで螺鈿をなした容器を取り出し、祭壇の上にある果実や花を銀の箸で摘まんで容器の中へ入れていく。豊かな彩りになったその容器を二つの火の間に通してから、社の中の囲いに歩み入る。羊角で作られた容器は月と豊饒の女神を象徴する祭具であり、火の間を通すのは神に捧げる前に穢れを払うためであると言う。空になった羊角を持った里長が出てくると、列席する家長達が、やはり祭壇の上にある神饌を銀の箸で取り分け、素焼きの土器に乗せて一人ずつ社の囲いの中へと入っていく。女神の仮の住まいに神饌を届けるこの儀式が済んでから、広間に集った者達は飲食をすることが許される。

この日のために醸された蜂蜜酒や夏に集めた赤スグリや黒スグリを蒸留酒に漬けこんだ果実酒の樽が開けられ、あちこちで杯を打ち鳴らす音が鳴らされる。私にも杯が回され、両方飲んでみたが、蜂蜜酒の方は薬草も付け込んだものであろうか優しい味の中に独特の香りが付けられており、また果実酒は甘味と酸味があり、飲みやすいものであったが、なかなかに強い酒であるようだ。また、広間には神像を迎える儀式の前から調理されていた様々な料理が運び込まれる。黒雷鳥や鹿、猪などの肉を焼いたもの、すり潰した百合根と雑穀の粉、細かく砕いだ胡桃を混ぜて獣肉や香味野菜を包んで焼いたもの、山で採れた茸類と里の野菜、作りたての腸詰のスープなどが運び込まれた机の上に並べられる。豊饒の女神を言祝ぐこの祭りでは、なるべく様々な食材を用いて料理を作り、神前で分け合って食すことが善きこととされている。並べられた料理はまず素焼きの皿に取り分けられて祭壇に捧げられ、次いで集まった住人達に配膳されていく。

「この猪は先日に私が弓で獲ったものであるな。よく肥えている。さぁ、お前も食べるとよい」

そう言って、セラは料理に添えられた刀子で骨の付いた腹の肉を切り分けて私の皿に盛り、そこに茸と野菜のスープを注いでくれる。肉の脂と茸の旨味が口いっぱいに広がり、百合根と胡桃の団子を口に入れるとそれらを団子が吸ってまた異なる食感を楽しめる。周りを見渡すと、大人達は酒と料理を、子供達は貰った菓子をつまみながら料理を楽しんでいる。


住人達が賑やかに語り、飲み食いする中、突然ドンドンと荒々しく太鼓が数度打ち鳴らされ、夜の広間に静寂が訪れる。広間に胡桃の殻を打ち合う打楽器の音が徐々に近づいてくると、祝宴が行われている広間に、先程に少年少女達が被っていた妖精を模した仮面とは異なる、異形の仮面を被った者達が歩み出る。あるいは小鬼、あるいはオークの顔を模した様な仮面を被る一団は、大げさな身振り手振りをしながら広間を縦横無尽に闊歩し、宴席の子らに歩み寄って脅かしたり、大人達の食物を奪うそぶりを見せたりしている。祭りの美酒に酔った大人達は、「病魔よ、疾く去れ!」「女神の恩寵に属さぬ者どもめ!」と彼らに罵声を投げつけるが、その顔は朗らかな笑みを浮かべている。

その喧騒を打ち破るか如き厳粛な鐘の音が鳴らされ、今度は一人のダークエルフの乙女が広間に歩み出てくる。彼らの伝統的な戦装束である“ビキニアーマー”を身に付けた彼女は、しかして標準的な軍装のそれではなく、細やかな細工と煌びやかな絹布の装飾が為された薄く小さな胸甲を肌に直接身に付け、透けるように薄い布を幾重にも腰に巻き、素足であった。白の顔料を油で溶き、褐色の肌に複雑な文様を引いた彼女は、目を黒き布で隠し、古代文字が刻まれた円月刀を諸手で構えている。周囲の観衆たちは、この剣士に対して喝采を送り、指笛があちこちで鳴らされる。笛や太鼓がまた火を付けられたように激しい音色を奏で始めると、異形の仮面の者達は、腰に下げた剣を抜き、目を塞がれた剣士を囲んで襲い掛かっていく。目を塞がれた剣士は、まるでそれらの剣戟が見ているかのように、ひらりひらりと斬撃を躱していく。腕や足に巻かれた金属の輪がしゃらりしゃらりと音を鳴らし、具足や円月刀に付けられた飾り布が篝火に照らされながら揺れる。剣士は幾重もの斬撃を時に躱し、時に受けて相手の懐に入り、刀を振るって肌に当たる直前でピタリと止める。すると異形の仮面を被ったものは、その場に倒れ込んで動かなくなる。また一人また一人としなやかな四肢から振う鋭い一撃が放たれて、広間の字面に倒れ伏していき、最後の者が倒されると、乙女は勝ち誇る様な動きで飛び跳ね、社に向かって礼をする。この剣舞の曲が終わると、大きな拍手が送られ、引き締まった表情から一転、目隠しを取ってはにかんだ笑顔を浮かべる乙女は、異形の仮面を脱いで歓声を上げ、共に笑い合う舞手達と観衆の中に戻っていく。

「この舞はな、作物の病魔や狩りの獲物を横取りする悪鬼どもを討伐するものでな、我らの武威を神前に披露するものぞ。」

セラの説明に、あのように目の見えぬ状態で剣を振い合う舞はさぞ稽古が必要なのであろうと聞く。

「それはもちろんだ。楽しみのための剣舞は自由なものだが、祭祀のための剣舞は色々としきたりもあるのだ。それにしても、あの子もだいぶ剣舞が上手くなったものだ、先達として嬉しく思うぞ。」

彼女は満足げな微笑を浮かべてそう述べた。

聞けば、軍務で王都に行くまでは、セラがこの剣舞の踊り手を務めていたらしい。弓と同じく剣の技量もダークエルフ達にとっては重要視されるもので、この剣舞の踊り手は若者の中で最も剣技に優れたものが選ばれて稽古を付けられるそうだ。

剣舞が終わると、宴は再開され、私も住人達から次々と酒を注がれ、杯が空になることはなかった。セラの話に依れば、山野に置いてきた神饌が鳥獣に十分に食べられるまで、この集落に神像を置き、これを山の祠に戻す際にまた宴が開かれるそうである。すっかり酔ってしまい意識が薄れていくことを感じた私がセラの方を向くと、顔を赤らめた彼女が咳払いして言う。

「豊饒の女神様をお迎えしている間はな、そ、その、夜の営みで子を孕みやすいと言われているのだ。お、お前が遠慮している様だから言い出さなかったが、その、よよよ、夜伽の本来を考えれば今宵などは正しく神意に叶った日であってだな!」

いつもはピンと尖った長耳の先を柔らかく下げ、そっぽを向いてそう告げる彼女の好意を喜びながら、私は酔いに負けて意識が遠のいていく。ふんわりと温かく柔らかい感触に頭を包まれたのを記憶の最後として、私は眠りに就いてしまった。


里の収穫祭編 おしまい

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