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ダークエルフ王国見聞録  作者: へどばん
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納税の旅編 後編

 一番鶏が鳴き、氏族長の城の西に位置する湖の水面が朝日に染まりだす頃、我々は起床し、天幕の中で身支度を整える。ダークエルフの女性達は昨日までの軍装ではなく、普段から里で着ているものと同様の、質素で実用的な服装をしている。

  徴税官がこの氏族長の町に来る明日まで、今日の内に運んできた里の産物を現金化する必要があり、今日はその売買を行う予定である。里長と共に族長の館へ出向くと、家人たちの手によって朝食が用意されていた。里ではあまり食べない小麦のパン、腸詰と玉葱をとじたオムレツ、根菜のスープからなる食事を有難く頂いた後、館を退出し、土蔵のある郭へ向かう。土蔵の前には預けていた荷馬車が城兵によってつながれており、昨晩と同じく、フークスという奴隷のオーガが、城兵の指示を受けて、それぞれの里の産物が詰められた木箱や樽を荷台に乗せていた。

  昨晩、土蔵に収納された里の産物の内、大蜘蛛糸や天蚕糸で織られた布、鷹羽の束、薬種などは物納するものであり、そのまま土蔵に残していく。物納される産物は、嵩張らず、比較的軽いものが中心であり、王都への輸送の便も考慮してのことと思われる。

これに対し、各種の食料品や毛皮といった産物は、この時期に開かれる市で売り買いされ、現金化される。その現金の一部を税に当てると共に、村に入用な品物も購入する。また、村から税として持参した貨幣も、撰銭・両替を町で行う必要がある。ダークエルフ王国では、密貿易も含めて様々な形で流入した人間の諸国家の貨幣も広く流通しているが、流石に納税にこれらを用いることは憚られており、両替商を通して正式な公用貨幣、特に金貨・銀貨へと交換する必要があるのだ。

 荷が積まれた馬車を御するアラウダとセラは産物の商いを、村長とその他の女性達は銅貨と銀貨の詰まった袋を持ち、両替商への持ち込みを担当することとなり、私はセラとアラウダに付いていくこととなる。

「里長として、両替商以外にも訪ねるところが様々ありますので、売り買いの方はお願いしますね。セラとアラウダだけですと少々心配ですので、学士殿のご助力を願いますよ。」

 そう私に告げる里長と城門からしばらくのところにある辻で別れ、我々はこの里の産物を長く扱っているという商人の店まで向かうことになった。


 我々が向かう商人の店は、今回の納税も含め、大量に集積される物資の扱いを氏族長から許可された、いわば御用商である。ダークエルフ王国に、専売品という概念は一部を除いて無い様であり、氏族領であれ天領であれ、いずれの場においても自由に物の売り買が為される一方で、“大量の物資の移動”には許可が必要である。特に、小麦や木材、玉鋼に魔法銀といった戦略物資となるものや、酒や塩など個々に税が掛けられる産物については、例えば女王の天領や各氏族の支配地といった一つの領域内での移動は自由ながら、他の地域へ定められた以上の量を移動させるには、許可を有する商人が関わる必要がある。関所で違反が見つかった場合には、積み荷は没収され、その関所を管理する氏族の長もしくは女王のものとなり、違反者には罰が下される。

毎年、どのような商いをしているのかを同行の二人に尋ねる。

「商いはよく分からん。なに、相手は氏族を同じくする同胞、信頼を以て言い値で買い、言い値で売る。それでよいのではないか。」とはセラの弁であり、

「私もそんなものですね~。物々交換の方が楽なんですけど・・・」とはアラウダの弁である。

  大変に先行きが不安であり、人間の宿場町まで商いに来ていた、あの利発そうなアラウダの弟達を連れて来ればよかったのではと聞いたが、どうやら納税については大人の仕事という決まりらしい。氏族長の前で、それぞれの里の威勢を競う場に子供らを参列させるというのも具合が悪いのであろう。

そのような話をしながら、町の真ん中を通る表通りから一本東を南北に通る道を進むと、土蔵をいくつか備えた大店の前に到着した。


 店に入ると、まずエルフの少年である丁稚がお辞儀をして我々を出迎える。この少年も奴婢の類であるかと思いきや、首輪・手枷の類が付けられている様には見えない。店内を見渡すと人間の私には物珍しいものも含め、様々な食料品や薬種、織物などの商品があり、雑然としている様で何かしらの法則に整理され、積み上げられた店の奥に、煙管を咥えた黒髪の女店主が帳面台に座っていた。

「店主殿、今年も世話になる。」

セラは、幾分畏まった様子で、帳面台でゆったりと紫煙を吐き出す店主にお辞儀をする。

「ようこそ、西の里の皆様。今年もお互いにとって良い商いをさせて頂けると嬉しいですわ。ともあれ、先ずはお茶などを召し上がって下さいな。」

そう言って、腕に巻かれた玉石を散りばめた金輪をじゃらりと鳴らし、女店主は店の奥にある客間に我々を招き入れる。

  このごろの天候や町で開かれている市の話などを、よく磨かれた黒木の長机で交している我々に、先程のエルフの少年が茶と焼菓子を盆に載せて持ってくる。 草木が描かれた白磁の茶壺からカップに注がれたお茶は豊かなハーブの香りのするお茶であった。私にはあまり評価のできないものであるが、おそらくは里で普段飲んでいるものよりも上等のものであろう。

「しかし、今年は珍しいお方が同行しておりますね。人間の男とは・・・。我々の商売に興味がおありで?まぁ、人間は何でも売り買いされるそうですからね。例えば我らダークエルフの女奴隷など、大変にお高いそうで。」

商人らしく抜け目のない視線に少々の嗜虐の光を絡めさせながら、女店主は私に向かって棘のある言葉を投げかける。

「い、いや、店主殿。気を悪くしないで頂きたいが、これは我々の里の客人でな。なにやらみんぞくがくなる学問を修める学士で、人間ではあるが無害な者であるぞ。」

「そ、そうですよ、この人間に比べたら森の牡鹿の方がよほど有害というもの。」

セラとアラウダは商売相手の気を悪くしたのかと心配げである。

 法に反し、奴隷狩りなどをする卑賤の輩と一緒にされるのも癪であるので、学究の徒たる自分は生国でそのような行為を見聞きしたこともないし、加担もしていない、また、ダークエルフも他種族の奴婢を使役していることを女店主に問う。同行の二人は少々不安げな視線をこちらに寄せている。

「我々は戦場で捕虜を取り、奴婢にすることはあっても、あなた方の種族の様に、無辜の民を襲って奴隷などにしませんわ。先程のエルフの男子も奴隷などではなく、オークどもに襲われた異国の村から流れて来た者をこちらで保護しているだけですわ。」

戦いの民としての矜持からか、意趣返しのようなことを言われたからか、やや不興を覚えた表情で女店主は反論する。

「まぁ、誤解が解けたならばよろしいですわ。我らと人間、種族が異なれば習慣も倫理も異なるし、理解し合うのは難しいもの。人間の先生も、異種族のことを調べる学門をされているであれば、それはよくご存じのハズでは?」

これ以上の議論をするつもりはないことを言葉に含ませ、女店主は紫煙を蝶の形にゆったりと吐き出している。


  店の外では荷馬車から里の産物が店の者達の手によって下ろされて店内に運び込まれ、羊皮紙の帳面に産物の種類と量が羊皮紙に記録されてゆく。番頭から紙を受け取った店主が長机の上にそれを置いて目録を確認し、算盤を弾きながら手にした渡鴉の羽ペンで紙に引取り値を書き足す。書き終えると、取引値が記された紙を我々の方に渡してくる。

「今年も上等の産物が扱えて嬉しいですわ。少々色を付けさせて頂いて、このくらいでいかがかしら?」

普段は里で獣達を使役し快活に振る舞うアラウダも、大熊であろうがオーガであろうが戦いで恐れを抱かぬセラも、商売という空間には不向きなようで、

「うむ、ありがたい。」

「いや~、いいお値段じゃないですかね。すいませんね。」

と個々の産物についての取引値をよく確かめもせずに、漠然と店主の提案に頷いている。

 羊皮紙を受け取って額面を見やれば、決して悪い取引値とは思わないが、同時に懇意にしている商売相手としてはそれ程好い値でもない。ましてや、店主が御用商であればなおさらである。例えば、今年は川鱒の不良年、その燻製はもう少し高値でもよいはずであるし、かつて巡ったことのある遊牧の民の間では非常に珍重される黒貂の毛皮も、ダークエルフ達の間では価値が異なるのかもしれないが、熊の毛皮よりも多少高い程度であるのは腑に落ちない。川鱒の燻製と黒貂の毛皮はもっと高い値で引き取ってもよいのではないかと女店主に指摘すると、少しばかり眉を顰めた後に笑顔に戻った店主は語り出す。

「あらあら、そうでしたわね。せっかくの上等の品、もう少し高値で取引するのが商人にとっても上策と言うものですわ。」

 懇意の相手を逃してはならぬ、この人間も来年は来ないであろうという算段を付けたのか、女店主は値に線を引き、多少上げた値段を提示する。おそらく、これが里長の言っていた私にして欲しい一働きであったのだろう。

 これらの産物をより高値で買い取らせたいが、やはり懇意にしている御用商に対し、里長自らが強く出て関係を拗らせたくない。一時の客人である余所者の私に意見を挟ませることで、今年の商売を成功させるのが里長の狙いと思われる。里長は穏やかな女性であるが、なかなかに策士というべきであろう。

「そちらの人間のセンセイ、ちょっとこちらへ」

セラとアラウダの前で、番頭が金貨や銀貨を机の上に積み上げていく中、紫水晶を吊るした金の耳飾りを指で弄りながら、女店主が店の隅へと私を手招きする。

「客人であるそうですから、里に肩入れするのはよろしいですが、あまり私の商売の邪魔をされても困りますよ。」と 彼女は耳元で囁く。

「勘違いをされては困りますが、西の里の産物はこちらとしても重要なもの。あくどい商売をする気はありませんのよ・・・。まぁ、人間の国での、こちらとこちら、あとこちらの取引値、あとは銀貨と金貨の最新の両替比率を教えて頂ければ、来年からも色々とご奉仕させて頂きますよ」 抜け目のない瞳で彼女は問う。

 どうも、彼女もまた人里との密貿易に手を染めているらしい。そのことを尋ねると、言葉を濁しながら、他種族を介したり、ダークエルフであることを隠したりしながら、人間の国家との商取引を行うことがしばしばあるとのことだ。


 荷台を空にした馬車は、店先まで出た女店主と奉公人たちに見送られながら大店を後にする。

「今年は、お前のおかげでいい商売になったな。我らの里に客人に迎えて良かったぞ。」

「やっぱり、人間は商いが得意なんですかね~。来年も一緒に来てほしいくらいですよ。」

 店から出ると何故か元気を取り戻すセラとアラウダは、満足げな笑顔を示しながら、貨幣で重くなった革袋を抱えている。私も、里で厄介になっている身である故、彼女らに褒められると悪い気はしない。宿場で出会ったアラウダの弟達が人間の店主相手に抜け目なく、かといって警戒されることもなく商いをしていたのを鑑みれば、単純にこの二人が商取引や物産の価値というものに知見がないだけのことであろうが、それは黙っていた。産物の換金を終えた我々は、町で開かれている市へと向かい、里で入用となる品々を買い求めることにした。

 氏族長の町では月に一度ほど市が立つが、今回の市は、納税の日取りに合わせて開かれる特に大きなものである。町の商人たちも個々に取引場を設けると共に、他の氏族領にある町や王都からも商人がやってくる。王都からの商人達の中には、この市で都にて仕入れた産物を売り捌き、都への帰りには、物納された税を運搬の代行を請け負うことで運賃を稼ぐ者もあるそうだ。税として納められた産物や貨幣の内、八割は王府へと納められるが、残りの二割のみが氏族長の取り分となる。

 しかしながら、氏族領で開かれる市への参加を許可する代金と産物を換金する御用商からの上納が氏族長に財をもたらす仕組みとなっており、今回のような大きな市が立ち、商取引が盛んになるほど、氏族長の少女は潤う仕組みである。直轄地からの収入に加え、市から上がる利益は大きなものらしく、氏族長の旗下の兵達がそこかしこに立って、市が安全に行われるよう目を配っている。我々の荷馬車は兵に止められ、大勢の人手で賑わう中央通りや広間から外れた街角に馬をつなぐ場を設けてあるので、そこに駐車するように言われる。先程の御用商との取引で得られた貨幣は、納税の便を考慮し主に金貨で支払われているが、一部は銀貨と銅貨で受け取った。我々一行は、里の者達が必要とするものをこの市で購入して帰るのであり、その支払いに充てるためである。

 セラが言うには、近々里での秋祭りがあるそうで、色々と物入りなのだそうである。里長から渡された購入物の目録を取り出し、眺めると菓子や保存食といった食料品や様々な薬種、衣類などが並んでいる。紫蓬五束と鯨皮一巻というのは、あの変わり者の薬師であるコルヴァスの欲する薬種であろう。薄荷飴や生姜の砂糖漬けといったものは祭りで里の子供達に与えるものであろうか。牡蠣の油漬けや塩蔵の鱈といった海産物、鉄の刀子や瑪瑙の石錐、木綿の布といった里に産しないものが色々と書き並べられている。

 馬車を止め、市を歩いて回ることとなり、安全を考え、貨幣の詰まった革袋は腕の立つセラが持ち歩く。広場へと向かうとそこから目抜き通りには、様々な品を並べた出店が立ち並び、旅芸人や楽士の興業も行われ、それを目当てに集まった者達で、市は活況を呈している。

「ほら、これを食べておけ。昼飯を食べている時間はなさそうだぞ」

そう言いながら、セラは腰に下げた袋から薄焼き菓子を取り出し私に渡す。それを齧りながら、私は二人と買い物の算段を立てることにした。


 さっさと必要な品を購入して城に帰ろうと言うセラを宥め、とりあえず市全体を歩きながら眺めることとする。薬種の様なものは、ごく限られた商人の店でしか取り扱っていないようであるが、食料品や衣類といったものはいくつかの店で扱っているようである。出店している商人は、大別すれば、この大市に集まった里々の者に、普段の市では扱われない商品を売ることを目的とする他所の町や王都からの商人、普段からこの市で商われるようなものを、大市に合わせて普段よりも多く仕入れて売る商人とに分かれているように思える。それぞれの出店からは、自分の扱う商品が如何に優れているかを宣伝する商人達の快活な声が飛んでいる。

 目抜き通りを北の端まで歩き終えると、いつの間に買ったものか、アラウダが大きな木の葉を押し固めた袋を持ち、同行の二人はそこから焼き栗を取り出して食べている。公金で購入した様ではないので、安心し、私も熱々の皮を剥いてほくほくとした中身を食べる。大きな木の葉で作った袋は私には珍しいものであったが、焼き栗を扱う屋台では、大栃の葉複数枚をその葉柄で縫い止め、栗を焼く大鍋の横で加熱した鉄柱で押し固めて袋状にするそうである。栗の剥き殻をその葉袋に詰めれば、そのまま山野に捨てても地に帰るし、焚火に放り込んで灰にしてもよい。塵は散らかることも無く、食べ歩く販売方法として合理的である。

 それはともかく、いくつかの品は王都からやってきた商人が出している店で購入することにしようと二人に提案する。彼らは、氏族長の町から王都への産物の運送を請け負うことが多く、荷馬車を空にしなければ、請け負うことのできる量が減るのであるから、多少の値引きをしてでも積極的に商品を売るであろうと考えた。

 逆に、この町を含め、同じ氏族領から来ている商人からは、その店でしか買えない商品は別として、あまり買い物をしなくても良いだろう。彼らは、氏族領内で大量の物資を輸送しても問題ないわけであるし、生鮮品でなければ次の市まで在庫を抱えていても特に懐は痛めない。むしろ、ここで値を下げることの方が、次回以降を考慮すれば痛手であろう。

「となれば、王都からの商人であり、かつ売れていない品が多そうな店で買い物をすればよいということか。うーむ、何やら他人の弱みに付け込む様で気が引けるな」

 セラはそのように言うが、むしろ売れ行きが好調であまり品物が残っていない店の方がよいと付け加える。まとまりのある量を残しているのであれば、御用商人への転売などで馬車を空荷にしてしまうことは難しくない。むしろ、転売するには量的に不足であり、早く売り切って空荷にしてしまいたい商人の方がよい。また、商品があまり残っていないということは、商売が好調なのであるから、最後の方では気も緩み、値引き交渉にも応じる可能性は上がるだろうと説明する。

「はー、なるほど。学士殿は賢いですねぇ。そういうことも学問で習うものなのですか?」

アラウダの問い掛けに、文化異種族学の現地調査では、他種族や異邦の人間は他国者である私を警戒してあまり売り買いをしてくれないことがあるなど、買い物に苦労することが多く、そういった経験から色々と学んだのだと答える。

「ふむ、ともかく方針は決まったのだ。しばし待ってから、そういった店を探してみるか」


 人ごみの中を歩いて探すと、通りの中ほどにある出店から王都から菓子や保存食を持ってきたという売り文句が聞こえる。車軸を外した馬車の荷台に置かれた棚の上には、様々な食品の入った瓶や樽が並べられ、若い男性のダークエルフが威勢の良い口上をまくし立てている。店を覗くと、商いは好調のようで、売れ残りの品は少なく、またちょうど良いことに薄荷飴や金平糖の詰められた瓶もあるし、小さな樽にはエルフ語で“牡蠣の油漬け”と書かれている。この店で目当ての品をいくつか購入することとして、私は頭巾を目深に被って二人の後ろに控え、値段交渉は同族である二人が行うように頼む。

「おっ、剣士の姐さん、この店に立ち止まるとはお目が高い!薫り高い薄荷を使った飴に新鮮な生姜の砂糖漬けはどうだい?これから寒くなる。滋養のある牡蠣の油漬けもいいよ。こいつは、今年の春まで大きく育ったのを干してギュッと旨味を増したのを油に漬けたのさ。王都でもそう手に入らない高級品だよ」

 好調な商いの勢いを維持しようと、笑顔で商人は自らの品物の良さを語り出す。彼の後ろを見ると、相方であろう少年が袋に投げ込まれた貨幣を、種類ごとに整理して油紙でまとめ始めている。これは、もう売り切って店じまいをしようと考えている証であろう。後ろからセラに声を掛け、菓子と油漬けについて残りをまとめ買いするから値引きに応じるよう、また店じまいの後に、先程駐車した我々の荷馬車まで持ってくるように交渉させる。

「うーん、そいつはちょっとがめついお値段じゃないかな。でも、まぁ、これを全部引き取ってくれるって言うなら悪い話じゃない。じゃあ、この干し鱈と甘扁桃の油も買ってくれるなら、交渉成立としようじゃないか」

 里長に頼まれた目録にはない商品ではあるが、あって困るものではないであろう。それなりの値引きに成功したのであるから、店主の提案に応じることとした。夕方の鐘が鳴る頃に商品を荷馬車止めまで持ってきて貰うことになり、次はいくつかの薬種を買い求めに行く。薬種を扱う店は二つほど出ているようであり、これについては行商人ではなく、この町の商人の店で求めることにした。こういったものは、信頼関係を長く続けられる商人から買った方がよいと思ったのである。


 里の薬師と同じく、頭巾をかぶり、口元を紫の薄い絹布で隠した店主は、椅子に座って変わった香りのする煙草を煙管で吸い、煙草盆の周りに並べた香炉からゆらゆらと煙を立ち上らせ、いかにも妖しげな雰囲気を漂わせている。机に並べられた様々な薬草や乾燥させた何らかの動物の体組織、細やかに擂られた粉の入った小瓶などが並んでいる。私にはそれぞれの値段がどのように決められているのか分からないので、目録に記されたものをそのまま伝えると、店主は無言で薬草の束と油紙に包まれた黒い皮のようなものを丁寧に包装して渡してくる。口元を隠す薄絹から涼やかな声が代金を告げるので、言われた通りに代金を払う。

「いつもありがとうございます。コルヴァス殿にもよろしくお伝えください。」

聞けば彼女は里の薬師であるコルヴァスとよく商いをしているそうである。なんでも、薬師の作るとある薬は、町や王都の婦人達に隠れた人気のあるものだそうで、その代価を元に薬師は色々と薬種や書物を買い入れているそうである。

「どんな薬ですかって?ふふふ、殿方には少々刺激がお強いやもしれませんよ」

口元こそ見えないが、長い睫毛の目を細めて女店主は笑うので、それ以上は聞かないこととした。

  その他野良仕事に着る古着や、弓の弦に用いる鯨の筋を加工した繊維、岩塩といったものを購入して荷馬車へと戻った。しばらくして夕刻を告げる鐘が鳴ると、まだ残っていた商人達も店を畳み始める。空いた空間には旅の楽士や武芸者などが、大道芸をするために場所を取り、酒場や宿屋の前に菓子や食べ物を売る出店なども出始める。我々は、先程の王都からの商人から買い取った商品を受け取り、氏族長への城へと戻った。


  城へ戻ると、里長と彼女の引き連れていた里の者は既に戻っており、天幕の前で焚火を熾して茶を飲んでいた。セラとアラウダが取引について里長に報告し、貨幣の詰まった袋を渡す。里長は皮袋の中身を確認し、土蔵の前に止めた荷馬車まで出向いて購入した品物を確かめる。

「良い商いができたようですね。セラもアラウダもご苦労様でした。そして、学士殿も色々と働いて頂いたようで。里として助かりますわ」

にっこりと微笑みながら我々に慰労の言葉をかける。里長の言った“一働きしてもらう”という言葉の意味がよく分かったと伝えると、肯定も否定もすることなく、里の者に馬車の荷台を靭皮布で覆うように指示する。明日、徴税官による納税の品や貨幣が確認された後、里に帰るとのことである。他の里の者達も、市での売り買いなどを終えて徐々に城へと戻ってきた。氏族長の館から家人がやってきて夕食の準備が整ったと伝えられ、我々は夕食を摂ってから天幕へと戻り、早くに寝ることになった。


  翌朝、起床した里の者達はこの町への往路と同じく、正装を着用して身を整える。氏族長の館では徴税官の一行を迎える準備で慌ただしいらしく、館の者が外で蕎麦と砕いた燕麦の粥を大鍋で煮て、木皿に盛り、干し葡萄と砕いた胡桃を乗せて我々に朝食として供してくれる。

 四つ時を少し過ぎた頃、関所の方から徴税官の一行が到着したとの連絡が入り、城門の方が騒がしくなると共に、館から役人を引き連れた氏族長が一行を迎えに城門へと向かう。私はあまり目立たぬよう、城門の虎口を見渡せる土塁から少しばかり顔を出して様子をうかがう。氏族長の少女が挨拶を交わしているのは、緑と黒の布の長衣を帯でまとめた銀髪の男性であり、これが王都から来た徴税官であろう。下馬した彼の後ろには、鷲獅子の紋章が染め抜かれた幌を持つ馬車二台が控えており、その周りには護衛なのであろう、武装した王国軍の兵士が、騎乗している者と徒歩の者を併せて十名ほど見えた。挨拶が済んだようで、一行は城内へと歩んでいく。

  徴税官達が館に入ってしばらくすると、村役人から里の者達も館の広間へと集まる様に伝えられる。館の広間には、それぞれの里の長を先頭として、武器を持たずに具足を身にまとった者達が並ぶ。広間にまず氏族長が入って、奥の席に腰かけ、続いて徴税官と付き従う二人ほどの役人が部屋に入る。

 徴税官の男性は、まず氏族長に対して深々とお辞儀をした後、列席する里の者達にも軽く頭を下げる。これに深々とお辞儀を返す里長達に続いて一同も礼を返す。王都の役人であるが、権威を笠に着るような素振りは無く、氏族長や里長達に敬意を払っている様に見える。この国における王府と氏族たちの関係性を物語るものであろう。

「黒の女神の血族にして、我らが偉大なる女王陛下より“山を覆う翼の熊鷹”氏族へのお言葉を賜っております。恐れ多いことですが、私が代読いたします故、皆様、ご静聴下さいませ」

 徴税官の男性はそのように述べ、丸めていた羊皮紙を広げて一同に威厳を正した声で読み聞かせる。女王からの手紙には、軍役と税を納めることへの感謝が先ず述べられ、“熊鷹”氏族領における街道に架かる橋の普請は王都で手当てするので安心するように、来年の初夏には恒例の大祭があるのでよく準備するように、オークや人間に不審な動きもあるので国境の備えを怠らぬようにといったことが伝えられ、氏族の武運調教と日々の生活が穏やかであることを祈る言葉で締められていた。

 女王からの言葉が伝えられると、広間に並べられた物産や貨幣が徴税官達によってその内容や量を検分される。それが終わると、それぞれの里や氏族長の直轄である町村から提出された目録の書類に、氏族長と徴税官の公印が蝋を垂らして押された上で、里長達や町村の代官達に手渡される。

これが各里や町村から納税が為されたことを示す書類であり、それぞれの里で大切に保管される。書類を受け取ると、里の長が文机に座った徴税官と壇上に座る氏族長にお辞儀をしてから退出し、その里の者達も彼女達の長に続いて広間から退出していく。


 我々の里も手続きを終え、退出することになったが、その時私は徴税官の男性に呼び止められる。

「おや、今年は珍しい者も同席されているのですね。どういったお立場で我々の席に加わっているのか、お聞かせ願いたい」

 柔和な表情と礼儀正しい態度は崩していないが、明らかに不審を感じているのであろう。私を一瞥した後、里長や氏族長に視線をやって問いかける。氏族長は落ち着き払った様子で、東の里で帳簿の管理や村史の編纂作業を手伝わせるために雇用した者であると答える。

「なるほど、そうでしたか。いや、私はただの徴税官なれば、氏族長殿が認めていらっしゃることをとやかく言う立場にありません。氏族領は氏族の法によって治められているのですから。しかし、陛下のお言葉にあります通り、国境の警備は厳にすべき時。この男が間諜の類であれば、皆様方にとっても悪しきことではないでしょうか?」

「ふふ、間諜であると自ら言う間諜はおりませんからね。さすがに徴税官殿はそれをよくご存知でしょうが」

 この氏族長の返答に、徴税官の男性はピクリと眉を動かす。後に聞いたところによると、徴税官という役人は、氏族領に対する目付の役割も担っている様で、税を回収に来る際には氏族領を見て回って王府に報告することも、隠れた仕事であるらしい。

「これは、私めのご無礼をご容赦下さい。“山を覆う翼の熊鷹”の陛下への忠節を疑う者など居ようはずもありませんが、一応は上の者に報告することにはなると思います。なに、細事でございますよ」

「ええ、構いません。学士殿、ご苦労でしたね。もう下ってよろしいですよ。」

 氏族長の少女が私に気を遣って退出させるまで、この徴税官の男性は私の方を向いたり声を掛けたりすることはなかった。人間など、気にも留めなくないということであろうか。今後について一抹の不安を感じるが、

「やれやれ、今年も納税の儀がようやく終わった。大変だったが、お前のおかげで色々と助かった。さぁ、早く支度をして里に帰ろう。皆が土産を心待ちにしているだろうよ」

 部屋の出口で私を待っていたセラの笑顔と言葉に心を解されて、館を後にし、一行と山里へと戻ったのであった。


納税の旅編 おしまい 次回につづく

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