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ダークエルフ王国見聞録  作者: へどばん
4/6

納税の旅編 前編

 ある秋の日の早朝、里の広場では、二頭の逞しい馬がつながれた馬車の荷台に様々な品物が積み込まれていく。大蜘蛛の糸や天蚕の糸で編まれた艶やかな布、乾燥させた月見白鬼茸などの薬種、鹿や黒貂の上等な毛皮、鷹や黒雷鳥の羽根など山野から得た物品に、甕に満たされた蜂蜜や蜜蝋、胡桃や梨の砂糖漬け、黒スグリから作った果実酒といった農産物や鱒や川魳の燻製。これらは、いずれもこのダークエルフの山里に産するものである。

ダークエルフ王国は相応に貨幣経済が発展しており、この里を含めて銀貨や銅貨が広く流通しているが、地方からの納税はまだまだ物納に頼る部分も大きい。布や薬種、蜜蝋、矢羽などは物納を定められたものであり、その他の産物はこれから向かう町で売り払って貨幣に変え、その一部を納めるのである。これから里の一行が向かう町は、彼らが属する“山を覆う翼の熊鷹”氏族の長が治める町であり、毎秋の定められた日には氏族領に存在する里や町から住民と物産が集まる。氏族長によって納められた物産や貨幣が検められると共に、王都から来た徴税官達が集められた税を回収するそうだ。 また、私をここまで案内してくれたダークエルフの兄弟の様に、里の者達が国境を越え、人間の町へと物品を売りに来るのは、人の手による製品を買うためだけでなく、納税に用いる貨幣を得るという目的も大きいようだ。なお、ダークエルフ達は銀貨をより尊び、金貨との交換比率が人の国家と異なる為、人との交易では銀貨で支払われることを歓迎する。

「積み終わったようですね。皆様、ご苦労様です。そういえば、学士殿はこの里以外の同族の町へ赴くのは初めてでしたね。やはり楽しみですか?」

いつもの質素な服装とは異なり、はめ込まれた緋の玉石が煌びやかな銀の装身具を身に付け、ゆったりとした長衣の上から黒に染めた絹の外套を羽織った優美な装いの里長が声を掛けてくる。もちろん楽しみであると答えると、それは何よりとにっこり微笑む。今回も里長に町への同行を願い出て、快く許可されたのだが、その代わりに同時に町で一働きして欲しいとも言われていた。

「しかし、異種族の、しかも人間などを連れていること、町にいらっしゃる王都のお役人様にどう申し上げましょう?以前に人間との大戦があった西の国境はこの頃もきな臭いそうですしねぇ。」

里長は美しい顔を少しだけしかめながら、思案する。

「えぇと、文化異種族学でしたか?その学問についてご理解頂けるか分かりませんので、仰せつかっている村史の編纂作業と交易の帳簿管理の補助に雇っていると申告しましょう。嘘ではありませんし」

それで良いのだろうかと思うが、里長の続けるところでは、オークやゴブリンといった明確な敵対種族は問題外としつつ、獣人やリザードマン、アラクネーなどの他種族を雇い入れることはしばしばあることなのだそうだ。エルフ系種族は排他的で他種族と交わることを嫌うと聞くが、ダークエルフは黒の女神の軍勢(我々人間が魔軍と呼称するものである)において、様々な種族を統率する立場にあったという自負心がこれら他種族を雇用することの心理的な抵抗感を下げているらしい。


 表に氏族の紋章が彫られ、ロイヤルゼリーや特に上質の天蚕糸が納められた木箱が、様々な物産の最後に荷馬車へと積み込まれる。これは税とは別に、この里から女王へと献上する品である。最後の荷が積み終わると、荷の上から大きな靭皮布を被せ、布の縁にある紐が台に括り付けられる。荷作りが終わると、里長や護衛の戦士達は騎乗し、一部の兵は強靭な脚を持つ冠恐鳥に跨る。馬にもこの怪鳥にも乗ることのできない私は、里の獣使い・アラウダが手綱を操る荷馬車の御者台で、彼女の席の横に腰かける。

「コホン、学士殿。アラウダにあまりくっつくのではない。馬を操るのに邪魔になるであろう。」

「おやおや~、あの堅物のパーンセラが妬いているのかな?これは見もの。さぁさぁ、学士殿、気にせずこちらに寄っても構いませんよ。出かける前に恐狼や蝙蝠達の世話をしてきましたから、町へ出かけると言うのに獣臭くないか心配ですねぇ。学士殿、近くで私の匂いを嗅いで確かめてくれません?」

首から下げた角笛や犬笛、大熊の歯を使った装身具をじゃらじゃらと鳴らしながら羊毛のセーターの首を覆う口を少し開けて悪戯な表情で身を寄せてくる。後ろからの刺すような視線と咳払いに気付き振り向くと、黒毛の愛馬に騎乗したセラが不機嫌そうな表情でこちらを見ている。彼女は細やかな彫刻が施された鉢金を頭に巻き、長い銀髪を後ろにまとめている。手の先から上腕までを覆う篭手と膝足先から膝までを覆う装甲、首元から乳房まで、および下腹部を覆う薄布の上には胸甲とごく短い草摺を身に付け、他の戦士もおおよそ同様の具足を身に付けている。これは、ダークエルフ達の戦装束の正装・ビキニアーマーと呼ばれるものである。

大切な税の運搬である故、護衛の兵は武装しているが、これは他の里と装束の見栄えを競う意味合いのものであるらしく、セラとアラウダのものと同様の、緊張感のない会話が他の者達の間でも交わされている。


「それでは、そろそろ参りましょうか。」

家人から書類の束を受け取って支度を終えた村長の一言で、戦士達はお喋りを止め、荷馬車一台、馬四騎、冠恐鳥二騎からなる隊列が朝日の中、村の広間から出立する。荷物運びや見送りに来ていた里のダークエルフ達が笑顔で手を振って、煌びやかな軍装の一行の出立を見守っている。納税というものは民にとって軽くない負担であり、ダークエルフ達にとってもそれは決して変わらないとは思うのであるが、彼らの表情には自らの産物が納められることの誇り、ある種の晴れがましさがあり、種族の紐帯の強さ、またこの国を治める女王への畏敬の念を感じるところがある。優れた統治と民の心意気は、我々人間も大いに見習うべきところであろう。

「お土産よろしくねー!」「私は薄荷の飴がほしーい!」

それとは関係なく、町で買い求めることになっている菓子や絵草子といったものへの期待に膨らむ少年少女達の明るい声も賑やかで心地よい。


隊列は、集落を囲う環濠にかけられた引橋を渡ると、北へ向かい、山腹に設けられた見張り台を右手に見ながらこの里の領域を出る。南北に流れる川から離れ、森の中を緩やかに下っていく山路を一刻半程の時間ほど進んでいくと、個々の形こそ不揃いながら丁寧に舗石が敷き詰められた街道に出た。この街道は、以前にアラウダの弟達の案内で里に向かった際に通った草地の中の古びた街道とは異なり、今も整備が為されている様で、最近敷き直されたと思われる新しい敷石も見られる。

この場所で隊列は一度進みを止め、隣に座る獣使いは首から皮紐で下げた角笛を手に取り、独特の節回しで数度吹き鳴らす。すると、しばらくして道の両脇に広がる森からガサガサと物音がして、右手から二匹の、左手から一匹の恐狼が茂みを分けて道に現れる。次いで、彼女が高い音のする笛を吹き、取り出した緋色の布をグルグルと振ると、はるか上空で点の様に見えていたものが次第に大きくなり、ゆったりとした所作で一羽の大きな灰色鳶が御者台に舞い降りる。私は気が付かなかったがこれらの鳥獣は、ここまでの道筋、側面や上空から隊列の護衛に付いていたのであろう。アラウダは腰に下げた布袋から干し肉を取り出して狼達には投げ与え、鳶には解して啄ませる。

「ご苦労様。もう、里の見張りに戻っていいよ」

鳥獣にそう声を掛けると、狼達はかしこまって一声吠え、鳶は鋭い鳴き声を上げて、彼らの持ち場に戻っていった。


 この街道との合流点から、里の隊列は街道を東へ向かう。太陽が最も高く上った頃には、更に東へ向かう道を北へ向かう道の分岐に至り、この場所の横には井戸が設けられ、何種かの果樹も植えられている。“熊鷹”氏族領を通るこの街道は、大まかに言えば歪な車輪の様な形状をしており、車輪の縁辺に山里が、その中心に氏族長の治める町があるそうだ。ここで昼食を摂ってしばし休息し、北へと延びる街道を進む。これ以降は、森林或いは草地の中を延びる敷石の街道を、日が傾き、空が橙に染まる時まで隊列は進み続けた。

「どうやら刻限に間に合ったようですね。さて、この辺りの石に目印があったはず・・・あぁ、あちらですね」

赤く染まる空を見上げた後、周囲を見渡す女村長がそう言うと、隊列の先頭で弓使いの女性が乗る冠恐鳥が街道の横にある森の茂みへと分け入り、それに騎馬や荷馬車も続いていく。目印と思われる者は私には見えないが、これは以前にも聞いたダークエルフの霊光を通してのみ見える刻印の類であろう。それよりも、隊列が森の茂みの中に入っていくことを私は訝しんだ。ダークエルフが如何に森渡りや山渡りに長けているとはいえ、荷馬車を道なき道に進ませることは難しいように思われた。

 迫る日没の中、暗がりを増した鬱蒼とした森の中を、隊列は右へ左へと幾重にも曲がりながら進み続ける。宵闇の中から、樹木の横枝や茨の茂み、視界を塞ぐように垂れ下がる蔦が次々と目前に迫ってくるが、不思議と顔や体に当る気配はなく、荷馬車の車輪が木の根や石に取られることもない。魔術の才は皆無である私でも、これは間違いなくダークエルフによる呪法の類であることに気が付く。

不思議に思いながら周囲を見渡したり、枝葉を手で探ったりしていると、セラが荷馬車の傍らに馬を寄せてきた。彼女の説明するところによれば、これは幻惑の呪法であり、彼女らの種族以外には存在しない光景を見せるまじないで、実際には一間半程の幅がある道があるらしい。ダークエルフであっても、この呪いの効力が増す夜には惑わされるそうで、街道からの道に入ることができるのは日の出から日の入りまでだそうだ。複雑に折れ曲がった道である故に、たまたま入り込んでも道を辿ることは困難であろう。なお、この呪法は彼女らの山里への道にもかけられており、往路とは逆に、街道の方から里へと向かう山路に入り進もうとすると同様の効果を生じるらしい。

「道の奥に進むほど、かぶれ草や毒蛇、毒虫などそれぞれの種族が嫌うものが見えるらしい。そうだ、これで目隠しをするとよいだろう。」

セラは額に巻いた鉢金を解き、私に投げて寄越す。一体どのようなものが見えるのかにも興味はあったが、セラの心遣いに感謝して鉢金で目を覆うように頭に巻く。布地からはほんのりと甘く艶かな香りがする。

「ふむ、目隠しをされた男の横で、鞭を振う。学士殿、なんとも妖しげな絵面だと思いますが、こんな様子はセンセイの学問ではどのように解釈されるので?」

目隠しをした私の横から、悪戯っぽく笑みをこぼして女獣使いが耳元で冗談を言う。ダークエルフの女性はこのような性的な機微を含んだ冗談をしばしば口にするのである。


そう長い間ではなかったと思うが時間が経つと、もうそろそろ森の道を抜けるとのことで、目隠しを外すように言われる。空を見上げると山に落ちる太陽の光がわずかばかりとなり、半月がうっすらと天頂に現れ始めていた。前を見ると不思議な術がかけられた森が終わり、ぱっと視界が開けた。私の目でも視認できるようになった道の先には、月を映す大きな湖と、湖畔の丘に築かれた城、その主郭に生える大きな樹、そして城の周囲に立ち並ぶ家々とその灯りが認められた。これが氏族長の治める町なのであろう。

森を出ると道は石畳になっており、道の両脇には刈取りが終わり、秋播きの麦種を待つ畑が広がっている。月明かりの中、しばらく道を歩むと、篝火が焚かれ、槍と弓で武装したダークエルフの女性兵士数名が警備に立つ関所に至った。一行は歩みを止め、代表者である村長が馬から降り、彼女らに話しかける。

「お勤めご苦労様です。西の里、熊鷹の巣山の麓より参りました」

「よくおいでなさりました。族長様も皆様のお越しを心待ちにされております。どうぞ、お進み下さい。」

氏族長旗下の兵なのであろう、熊鷹の氏族紋を描いた布を上から被せた揃いの具足を着た兵士たちは里長へとうやうやしく礼をする。形ばかり通行証の確認を済ませると、再び騎乗した村長と共に隊列は関所の木の門を通り過ぎる。関所の兵士の一人を観ていると、紙切れに何かを書き付け、蝙蝠の脚に括り付けている。キッと鳴いたその蝙蝠は城の方に向かって宵闇に飛び立った。

  緩やかな坂道を下り終えた一行は、石造りの建物が並ぶ町の中心にある大通りを迂回し、湖畔とそこから城の周囲を囲む水堀へとつづく用水路の岸にある道を通って丘に築かれた土城の正門に至る。見張り台にいる兵がダークエルフ特有の夜目で一行の姿を確認すると、下方に向かって指示の声を飛ばす。すると、鎖につながれた跳ね橋が下ろされ、金具で補強された分厚い木版の城門が開かれる。入口は虎口となっており、先程の見張り台のある櫓を両脇に備えた門から入ると道は右に、次いで左に屈曲した登り坂であり、この道を見渡す土塁の上には弓を持つ兵士達が控えている。

「まぁ、叔母様。一年ぶりでございますね。お待ちしておりました。」

城門が開くと、跳ね橋の対岸側には、長くゆったりとした帯を腰に巻いた白い長衣を着て、細やかな草木の刺繍が施された緑絹の首掛け、宝玉を散りばめた腕輪と首飾りを身に付け、熊鷹の羽飾りを長い両耳の側に立たせたダークエルフの少女が一向を出迎え、そう口にする。

「お出迎え頂き、ありがとうございます。それにしても、すっかり氏族長としての貫録が出てきたのではありませんか。叔母としても大変頼もしく思います。」

そのようににこやかな笑みで村長が応じる。

人間でいえば年の頃十五かそこらに見えるこの少女が、里の者達を含めた“山を覆う翼の熊鷹”氏族を納める長であった。よく見れば、その白い長衣には各々の里を示すのであろう様々な紋様が青く染め抜かれ、長衣から見える首元や手首の肌に様々な呪印が刺青されている。後に聞いたところによれば、氏族長は氏族が関わる全ての精霊を象徴する呪印を全身に施すそうだ。

「立ち話もなんですから、皆様、ともかく、城内にどうぞ。」


 折れ曲りながら登っていく坂から土塁を見上げると、その傾斜面は鬼薊や刺草、茨土塁で覆われており、容易に取り付けない様になっている。下馬した里長は、自分の馬を城兵に託して、近習を引き連れて歩む族長と言葉を交わしながら城内に進んでいく。他の者も、同じく下馬して自分の馬や恐鳥の手綱を引いて二人に続いていく。荷馬車を御するアラウダは乗車したまま馬車をゆっくりと進ませようとするが、私も歩いて他の者達に続くことにする。

「王都からの知らせでは、徴税官殿は明後日のご到着とのこと。領内の町々の代官達も参集しておりますし、里長の皆様もほとんどいらっしゃっておりますよ。今宵、私の館で宴席を設けておりますので、皆様も荷物をお預け頂いた後、どうぞご参加下さいね。」

里長への言葉に続け、我々の方を振り向いて語りかける。里長も随行の兵達も頭を下げ、宴席に呼ばれたことに対して礼を述べる。隣に歩むセラの説明によれば、納税のために集った里長と随行の者達を饗応するのが毎年のしきたりであるそうだ。納められる税の一部は氏族長にも配分されるのであろうから、そのしきたりは“富の再配分”の一形態なのであろうと私は思った。

虎口からの坂を登り終えた先にある郭の中央には、大きな土蔵が三つ程並んでおり、ここに領内の町や里から持参された品々を集積しているらしい。アラウダが土蔵の前に荷馬車を止めると、里の者達の手によって荷台を覆っていた靭皮布が外される。

「フークス、こちらに来て積み荷を下ろして差し上げなさい」

作業を見守っていた族長がそう呼びかけると、土蔵の横の資材の中からむくりと何かが重たげに腰を上げる。それは、赤黒い肌をし、黒髪を後ろに束ねた頭部にはニ本の角が生え、上下に一対の牙が口から突き出るオーガの男であった。麻の衣とズボンを身に付け、腰には荒縄を巻き、その首と手首には何らかの呪印が刻まれた鉄輪が嵌められている。身の丈八尺はあろう筋骨隆々とした巨躯を持つオーガは、おそらくは奴婢の類なのであろう。筋肉の塊のような胸板や腕には、いくつもの刀傷や矢傷があり、この男がかつては戦場に出ていたことを示している。彼は、族長と我々に黙礼をしてから作業に移ろうとするが、セラと私の方に目を向けた際に、一瞬不思議そうな表情を浮かべる。その場では何も言うことなく、氏族長の指示通り、荷馬車に積まれた木箱や樽を軽々と大きな手で軽々と掴み上げて地に下ろしていき、それらを土蔵に搬入してその中の一角へとまとめてゆく。

 にこやかな表情でオーガの作業を見守っていた氏族長は、荷物が全て土蔵にしまわれたのを確認すると、我々が乗ってきた荷馬車と馬などを城内の馬場に移すよう、近習達に申し付ける。近習の役人達が城兵らに指示を出し始める中、氏族長は我々をこの郭と土橋でつながる別の郭へと先導して、案内する。土橋を渡った先の広い郭は、芝生に覆われており、幅広いが背はあまり高くない円柱の上に頂点に穴の開いた三角錐を載せた様な形状の天幕がいくつも立てられており、天幕を包むフェルトには様々な紋様が描かれている。この紋様はそれぞれの里を示すものであり、自分たちの里の印が描かれた天幕に宿泊するそうである。

「叔母様はあちらの天幕に、付添いの皆様はこちらにお泊り下さい。荷物を置きましたら、すぐにでも館での宴席にご参加下さいませ」

氏族長は我々にそう告げると、私の方を見やりながら里長に問いかける。

「ところで、東の里の長殿、この見慣れぬ人間の男性は新しい奴婢か何かでございますか?見たところ特に魔術枷なども身に付けておらぬようですが」

微笑みは絶やさないものの、氏族長は明らかに疑念を覚えている表情であり、里長を“叔母様”という呼称ではなく、わざわざ“東の里の長殿”と呼んだのも、上位の者として問い正しているという意図を感じさせる。すると、里長は出発の際に話していた王都の役人向けに考えていた建前ではなく、私が里の客人となった経緯を氏族長に説明する。

「・・・とまぁ、そのようなわけで、各人として我らの里に迎え、氏族長より、ひいては陛下より仰せつかっております村史編纂作業の方を手伝って頂いているわけです。善きものをまとまて献上すれば、我ら氏族に対する陛下の覚えも目出度くなるでしょう」

「なるほど。期限は明示されておりませんでしたが、まぁ、他の氏族に後れを取るのは避けたいところ。そちらの里の方で仕事がまとまりましたら、こちらの里でも使わせて頂きたいですわね。王都の役人には私から申し伝えましょう」

里長の説明に理解を示したらしい氏族長は、続いて私に向かって話しかける。

「ええと、“ぶんかしゅぞくがく”でしたか?人間にはそのような学問もあるのですね。異国の習俗の話を聞いてみたいものですが、なにぶん今は色々と忙しいもので、またの機会を楽しみにしていますよ。ともかく、貴方も今宵の宴席に参加なさって下さいね」

館の方に戻っていく氏族長を見送ると、我々は指定された天幕の中に手荷物や武具を置き、やはり手荷物を置いてきた里長と共に、上の郭にある氏族長の館へと向かう。城内にはそこかしこに篝火が焚かれ、警邏に立つ弓や斧槍で武装した城兵達の身に付ける白銀の胸甲を照らしている。武装としては里から来た者達よりも、おそらくは平時であるために、軽装ではあり、彼女達にさほど緊張感はないようだが、戦を得手とする彼女達の種族らしい空間であった。


 城の主郭、天に向かって高くそびえる霊樹に抱かれる様に建つ族長の館に入ると、館の家人によって宴の間へと案内される。複雑な文様を織り込んだ絨毯が敷かれ、上座の方では氏族長を各々の里の長が囲んで語り合う輪と、下座の方にはそれぞれの里の随行の者達が賑やかに語り合う幾つかの輪に分かれ、既に宴が行われていた。里長は前者に、私やセラは当然後者の輪に加わり、宴は続けられる。

「行商人に聞いたところ、今年は北の方で林檎の収穫が大変よろしいとか。こちらでも作付けを始めてみたらどうでしょうかね」

「それにしても、今年は川鱒が不漁。来年も続くようでしたら、皆で話し合って漁を数年止めましょうか」

「西方の国境で人間どもが懲りずに策動しているとか。また戦になりますかね」

「そういえば、白エルフどもが北西の国境付近で何やら怪しい動きがあるとか」

「噂では、遠国にて魔導を扱うオークが出現したとか。なぜあのような野蛮な者に」

里長達の輪では、今年の収穫や戦の予兆への心配といった指導者達らしい会話が静かに交わされているが、こちらの輪はより賑やかに酒が酌み交わされている。

「おお、百卒長殿!お元気ですか?」

左目に眼帯を付けた黒髪の女性兵士が、エールをなみなみと湛えた陶製のジョッキを持ったまま私の隣に腰かけるセラに話しかける。

「お互い軍務からは離れた身だ。その呼び名は止めないか」

セラは苦笑いしながらそう答え、給仕の者から受け取ったエールのジョッキを、話しかけてきた女性の杯と軽く打ち付ける。

「ところで、その隣の男は短耳(みじかみみ、人間に対する蔑称の一つ)ではないですか。奴婢・・・ではないようですが、あっ、なるほど!浮いた話の一つもない、武辺一筋の御仁と思っておりましたが、変わったご趣味であったのですねぇ」

「なにか早合点しているようだが、この者はうちの里で客人として迎えている人間だ。なんでもぶんかしゅぞくがく?なる学問を修める学士であるらしい。他の里の者にもお見知りおきを願いたい」

  座に私を紹介してくれた後、セラは先程の隻眼の女性を紹介してくれる。彼女が王国軍で軍務に就き、近衛に召集されるまで同じ軍団に居た戦友であり、北辺の戦では、セラの隊の副長を務めていたそうである。彼女も含め、里の郷士には軍役を勤め上げてから里に帰ったものが多く、この輪に加わっている者もほとんどが国軍帰りの郷士であるそうだ。

エールを湛えた陶製の酒杯を互いにぶつけ、それが少なくなると、運び込まれた葡萄酒の樽を開け、柄杓で木製の杯に注いだ葡萄酒を飲み干しながらダークエルフの女郷士達は、狩りで大物を仕留めた話や妹や娘をよき戦士にするための教育方法といった話に加え、軍役に就いていた頃の武辺話に花を咲かせている。

ダークエルフの勇ましい美女達は、時々私の側にやってきて、興味深げに私の格好や顔を眺めながら酒を注いでくれる。何処からどうやって来たのか?戦に出たことがあるか?白エルフの国には行ったことがあるか?など、様々な質問を受けた。


 私は外の空気に当たりたいと申し出て、賑やかな宴が続けられる館から葡萄酒を満たした手桶と柄杓を以て外に出る。部屋を出る際、体調が悪くなったのか?大丈夫かと?心配したセラが一緒に行くかを聞いてきたが、大丈夫だと答えて一人退出してきたのである。城内で焚かれる篝火の灯りを頼りに、私は辺りを見渡した。先程見たオーガの男奴隷の姿を探したのである。

  宴の続く館の裏手、井戸のある場所に彼は居た。宴席に運び込んだ葡萄酒の空き樽に、井戸から水を注ぎ、それを軽々と抱え込んで中身をガリガブリと勢いよく喉を鳴らして飲んでいた。近づいてくる私の姿を認めると、一瞬軽い驚きの表情を示し、樽を置いて畏まり、巨躯を折り畳んで私にお辞儀をする。私は持ってきた手桶からエール用のジョッキに葡萄酒を柄杓で注ぎ、それを彼に渡して、そのように畏まらなくてもよいこと、酒を飲みながらでも話を聞かせて欲しいことを伝える。どうにもよく分からないという表情のオーガであるが、既に彼の仕事の時間は終わっているようであり、私がダークエルフ達の客分であることもあって、こちらの申し出を了解してくれた。

  このオーガの男奴隷は、戦において捕虜となり、ダークエルフ王国の戦勝後に“戦利品”の一つとして氏族長に下賜されたものであるそうだ。奴隷となって既に十数年は経ったという彼は、既に標準エルフ語を操り、私との意思疎通に問題は概ね存在しなかった。数十年前、ダークエルフ王国の北辺で金鉱を含むいくつかの鉱山が発見され、更なる北方進出を図るダークエルフ側と、周辺の森林帯を領域とするオーガの部族連合との間に大戦が起きた。このオーガの男性も、部族の戦士として戦い続けたものの、終に武運が尽き、数多の矢傷を受けて戦場の泥に倒れていたそうだ。

「シカシ、死ニ損ナッテシマッタ。マダ息ノアッタ俺ハ、魔術ノ枷ヲサレタ上デ、だーくえるふニ怪シゲナ薬ヲ飲マサレ傷ヲ癒サレ、奴婢トシテ回収サレタワケダ。ココデノ扱イハヨイシ、族長ノ少女ハ親切ニシテクレテ、好キダ。ダガ、俺達ハ、深キ森ヲ駆ケ、高キ山ヲ越エテ生キル種族、自由ガナイノハ、ヤハリ辛イ」

隆々とした筋肉の巨躯には、数多の戦傷が残っており、長い間戦場に身を晒した戦士であったことを物語っている。昔はさぞや名のある戦士であったのだろうと聞くと、オーガは寂しげな笑みを浮かべながら昔の話だと言う。

「サッキ、オマエト一緒ダッタ銀髪ノ女戦士、アレハスゴイ戦士ダ。俺達ノ部族一ノ古強者ヲ一騎打チデ屠ッタ。熊鷹ノ印ヲ付ケ、長剣ヲ振ウだーくえるふノ女武者、戦場ノ噂デ聞イテイタ。以前ニ、族長ニソレガコノ里ニ帰ッテキタト聞イタ時ニハ、驚イタモノダ。オマエモ、弱ソウダガ、ヤハリ人間ノ戦士ナノカ?」

そう問うオーガの奴隷に、私はただの学士でダークエルフの文化・習俗を調べるためにこの国に来たのだと伝える。

「ソウカ、みんぞくがくトヤラハヨク分カラヌガ、俺達ノ国ニモ、色々ナ歌ヤ女達ノ舞ガアッタ。トテモ誇ラシイモノダ。オマエニ見セテヤリシ、聞カセテヤリタイガ、戦デ名誉ノ死ヲ遂ゲラレズ奴婢トナッタ身、最早国ニハ帰レヌ。」

  望郷の念であろうか、さみしげな表情で元・戦士のオーガは語る。久々にの酒であったのであろうか、元々赤い顔を更に赤くさせて彼の思い出話はたどたどしいエルフ語で、しかし雄弁に続く。深く美しい故郷の森のこと、勇敢な戦友と共に大斧を振って勇ましく戦ったこと、奴隷の身であっても何時か戦場で戦って戦士を遂げたいこと。

「オマエハ、アノ女戦士ニ惚レテイルノカ?俺ニ言ワセレバ、だーくえるふノ女達ハ、小サイシ、細クテ駄目ダ。俺達おーがノ女ハ、モット丈夫デ、肉ガ付イテイテ情ガ深イ。歌モ上手イゾ」

  照れ隠しなのか、何処か誇らしげに奴隷のオーガは、古傷だらけの巨躯を振いながら熱っぽく語る。我々人間が食人鬼と呼び、恐ろしく野蛮な種族とされる彼らオーガに、私は深い思慮と情緒を感じとり、一人の学士として、また一人の人間として感じ入った。オーガの国に分け入り、調査をした事例を知らぬが、貴重な話であると思い、彼の語る話を私は手帳に書き留めた。彼の語る、鬼達が駆け、歌い、狩りをする美しい北の森に想いを馳せながら。


 あまり長居をしてしまって、里の者達を心配させてもいけないので、そろそろ宴席の場に戻ろうと思い、彼に話してくれたことへの礼を伝える。オーガの奴隷はこちらこそと礼を返しながら、ふと何かに気づいたように腰に巻いた荒縄からぶら下げた道具袋に手を入れ、文字の刻まれた動物の骨と色とりどりの水晶が連なる数珠を取り出した。

「旅ノニンゲン、コレハ、戦友ノ形見ダ。コレヲ持ッテ行ッテクレ。俺ハ、名誉ノ戦死ヲハタセナカッタ虜囚ノ身、国ニハ帰レヌ。オマエガ、モシ北二旅ヲスルコトアラバ、俺達ノ国ニ寄ッテモラエヌカ。コレヲ戦友ノ家族ニ届ケテホシイ。コレヲ見セレバ、同胞ニハ分カル」

そのような大事なものを預かって私などが良いのか。第一、優れた戦士達であるオーガが私のような弱い人間の言うことを信じてくれるか心配だと伝えると、オーガはこう言う。

「イイカ、戦士トイウノハ、強クテ武器ヲ持ッテイルカラ戦士ナノデハナイ。誇リト心意気ガ男ヲ戦士ニスルノダ。俺ハ、自分一人デだーくえるふヤ、人間ノ国ニ分ケ入ッテ何カヲシヨウナドト考エタコトモ無カッタ。オマエモ、一人ノ戦士ダヨ。自信ヲ持テ」

牙の生えた口を大きく開いて笑うと、枷の嵌められた大きな手でその数珠を私に渡してくる。数珠を受け取った私が彼の国で見聞きしたことは、いずれ、この見聞録とは別の書物に記録することとする。

「オーガどもから奪った土地でまた金鉱が見つかったようだな。また、一戦仕掛けてもいいやもな」

「別にオーガども相手でなくてもよい。また、戦の一つもないものか!功名を上げたいものだ」

「全く、流れてきたオークやゴブリン程度では弓の腕が錆びついてしまいますわ」

館に戻り、武辺話に花を咲かせるダークエルフの女戦士たちの輪に再び加わる。オーガの身の上話を聞いた直後である故に少々居心地の悪さも感じるが、ダークエルフという種族は基本的に好戦的なものなのであろうか。


  夜も深まり、宴席は解散となった。したたかに酔って上気した表情には、更に高まった色香を感じさせる同里の者達と共に、館を辞去し、宿泊のために用意された天幕へと向かう。明日は、村から持ってきた産物を売って貨幣に変え、一部は税金に、一部は里で入用となる物の購入に当てることになる。三の郭まで下り、土橋を再び渡って天幕の置かれた郭へと戻る。我々とは別に拵えられた天幕へと向かう村長に就寝のあいさつをしてから、我々は天幕の布の入り口をまくり上げて中へ入ると、宴の間に館の使用人達が支度をしてくれていたのであろう、灯された蝋燭に照らし出される絨毯の上に人数分の寝床が整えられていた。

  横を見遣ると、生真面目なセラも普段はサバサバとしたアラウダも、他の女ダークエルフ達も宴の熱気と酒精の効果もあってか、普段以上の艶やかさをまとい、吐息には熱気がこもっている様に感じられる。彼女達は男性の私が同じ包に寝ることに特に問題を感じていない様であるが、この雰囲気には些か当てられるものがある。

「ふむ、里では我が家に寝泊まりさせている故、私は慣れたものだ。な、なにかあっては良くない。わ、私がこやつの隣に寝床を移そう」

熱っぽい息を吐きながら奥の布団を私の者と定め、その隣の寝床を寄せた上で自らの荷物をそこに移し出すセラを、他の者達は悪戯な笑みを浮かべたり、軽く囃したりしながら見守っている。隣で毛皮に包まれて寝るセラの呼気を感じる程の距離で、私は悶々としながら眠りに就いた。


つづく~

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