伝説の思い出
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
つぶらやくんは、実家に帰った時に、思い出の品を引っ張り出したりするかい?
僕はしょっちゅうやっているね。とは言っても、家に帰ることが一年に一度あるかないか、という親不孝な自分大好き人間だけどね。一人暮らししてて、要らないものが出てくると、これらを抱えて、帰っていく。まるきり倉庫のような扱いさ。
周りのみんなは、家自体が重くなるから、適度に捨てろとかいう。でも「適度」ってなんだよ? 平均的とか言いたいのか?
何キロ? 何冊? 何万円? 具体的な数値をあげない場合、僕にとっての適度イコール力の限りだぜ。今のとこ、死ぬまで捨てる気、ないっつうの。
自分の足跡を、何年、何十年も経って振り返るの、面白くない? 「ありゃ〜、こんなの大事にとっていたっけ」と、笑いぐさになることもしばしば。
でも都合のいいことばかりじゃない。「あれ〜、とっておいたはずなんだけどな」という一品、ひっくり返しても見つからない時がある。
まるで思い出というジグソーパズルに、ぽっかりと空いてしまったピースのごとくだね。
アートとして見たら、気味が悪いが……ピースそのものだけで見たら、どうかな。それを考えさせてくれた話を仕入れたんだ。ちょっと聞いてみないかい?
僕の友達は、小学校時代にアニメや特撮にはまっていて、そのフィギュアとかもたくさん持っていた。特にクラスの一部で流行っていた、戦隊ものに入れ込んでいたらしい。
この頃から、線引きというか、選民思想というか、敵と味方をはっきり分けようとしなかった?
同じものを持っているなら持っている仲間で、次第に群がり、持っていないものをおとしめる。持っていないなら持っていない仲間で、次第に群がり。持っている人を馬鹿にする。そうやって特別感や連帯意識で、自分がいる意味を固めて行かなかったかい?
それで「持っている側」だった友達は、戦隊もののメンバー5人のうち、日本刀を背負ったグリーン担当だった。というのも、1人で5人全員をそろえると、相当なお金がかかる。親がどれか一種類だけなら買ってやる、ということで選んだのがグリーンだったわけ。
集まった他の5人の友達も、どうやら同じ思惑だったらしく、一種類ずつしか持っていない。けれども、都合よくみんなが、レッド、ブルー、イエロー、ピンク、合体ロボットで分かれていた。
「これ、もしかして運命なんじゃね? すごいすごい! 大人になっても、これを持っていれば、ずっと一緒にいられそうじゃん!」
友達も含めて、みんなはノリノリだった。
そして、小学校卒業の年。10年後の同窓会で、フィギュアを持ち寄ろう。友情の証として、という話になったんだ。
中学生になって数カ月の間は小学生グループでの付き合いがあったものの、部活動が本格的になり、帰る時間が遅い日が増えると、めっきり機会がなくなった。
グループが薄れると、おもちゃも用事がなくなる。ただでさえ掃除が苦手な友達は、適当に引き出しの中に入れたっきり、手つかずのままになってしまったみたい。
友達は活動に力が入っている運動部に所属していたから、暑い夏は汗だくになりながら、寒い冬はガタガタ震えながらも、青春を満喫したようだね。
あっという間に過ぎていく、ティーンエイジャーの日々。やがて携帯電話を各々が持つようになり、例のグループメンバーと番号もアドレスも交換をしたけれども、あくまで形の上。その時々の友達との付き合いが大事で、彼らの連絡先は、アドレス帳のにぎやかしに過ぎなくなっていたのだとか。
そして、同窓会が翌日に近づいてきた、冬のある日のこと。
寒い年が続いていたけれど、その年は輪にかけて酷寒。日に日に最低気温を更新するほどで、低体温症により病院に運ばれる人が、後を絶たなかった。
休日だったこともあり、友達はこたつに入ってエアコンをガンガンかけながら身震いしていたところ、珍しく、当時のグループの一人から、メールを受け取ったんだ。写真のファイルも添付されている。本文には
『すげー、プレミアついてるぜ、俺たちのフィギュア!』
どれどれ、と写真を見た友達は、目を見張った。
場所は、ごく最近できた、近所のおもちゃ屋さん。あのフィギュア1体に、人ひとりが、不自由せずに、一年を過ごせるくらいの値段がついていた。
5体+ロボを売った場合の値段は、まさに成金。6人で分けたとしても、1人あたり、ちょっとした宝くじ以上の値が約束されている。
『同窓会の前に集まって、持ち寄ろうぜ。それで売るかどうかを相談だ!』と文面が続いていた。
遊びに、デートに、色々と物入りで、お金が欲しかった時期でもあり、友達は例のフィギュアを引っ張り出したんだけど、すぐにおかしいことに気づいた。
グリーンの得物である、身の丈ほどの日本刀。フィギュアが背中にしょっているはずのそれが、なくなっていたんだ。
一応、着脱はできるものの、友達は一度も外したことはない。掃除をした時に、どこかに落としたかもしれない。探し出さなければ、価値はがた落ちするかもしれない。
友達はすでにゴミ屋敷と化している、自分の部屋をひっくり返し始めた。高校くらいから、親に立ち入られるのを拒み、増えるがままに任せたせいで、ブツとほこりの群生地と言っても過言ではない。友達が良く通るところと布団を敷くスペースが、砂漠のオアシスのようにぽっかり空いている。
探し物は小さい。這いずり回りながら、舐めるように地面に目を走らせるばかりでなく、雑多に散らばった、パッケージの中。文庫本の一ページ、一ページに至るまで、丹念に調べた。
見つからない。夕飯を挟んで、自分なりにくまなく探したが、お目当てのものは出てこなかった。
すでに日付はかわっていて、眠気が襲ってくる。ドアのすき間から忍び込んでくる冷気が、容赦なく風呂上がりの身体を苛めてきて、連続でくしゃみが出た。
風邪は引けない。明日、同窓会に出発するまでの間で探す。友達は何枚も掛け布団を重ねたが、それでも寒い。ダンゴムシのように丸まりながら、ひたすらに、眠りへの導きを待つばかりだったとか。
やがて、不思議な夢を見た。
だだっぴろい荒野。鎧直垂を着た武者が立っているんだ。
10センチくらいの高さで、友達の足元に。
「神様。あなたの祝福を受けた武器、お返しします」
身体は小さくとも、声は大きい。一寸法師のごとき大きさのサムライは、しょっていた刀を地面に置く。それは紛れもなく、今日探し続けた、グリーンの得物。
「だいぶ傷んでしまいましたが、あなた様が大切にとっておいてくださったおかげで、僕たちは世界を救うことができました。本当に感謝してもしきれません」
小さいサムライは、一礼して背中を向けると、ゆっくりと去っていったんだ。
友達が目を覚ますと、もう朝になっていた。ふと見ると、枕元には探し求めた刀が。
しかし、プラスチックの刀身は、ひびや刃こぼれで、ボロボロ。まるで激しく斬り合ったかのような有様だったとか。
かつてのグループからも、連絡がくる。
しまってあったフィギュアを改めたところ、武器だけが見つからなかったこと。
夜、出てきた人に違いはあれど、みんな、小さな戦士たちに武器を返される夢を見たこと。起きた時、枕元には激しく傷ついた武器たちがあったこと。
予定通り、かつてのグループは同窓会前に集まり、それぞれの武器の惨状を確認。どれもこれも激闘を繰り広げたと思しき姿だった。
全員が例のおもちゃ屋に向かったものの、営業日であるにも関わらずシャッターは開いていなかった。同窓会が終わった翌日も、更にその翌日も。
建物自体が取り壊されてしまうまで、おもちゃ屋が再び開店することはなかったらしい。
そして、みんなの武器が返された翌日から、殺人的な寒さはなりを潜め、例年よりもやや暖かめな冬の日が続いた、という話だよ。