”龍人の男”
昔、まだ人類が国を作る前の時…
”虎と龍”がまだ手付かずのその広大な大地を巡って、激しい闘いを何千年もの間繰り広げていたという。
そして、その様子を見かねた鳥と亀は、その闘いを止めるため大地を二分させる大きな壁を作り、領土を均等に分ける事で両者の闘いを収めさせた……
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「いやー、一日の終わりに呑む酒は旨いぜ」
時は移り、ここは酒場。
人々が安らぎを求め、また自己の欲求を満たすため、様々な者が集う世俗的なオアシス。
今日も繁盛している様で、コックがその自慢の腕を振るい料理を作り上げれば、ウェイターが慌ただしくテーブルの間を駆け回っている。客達は酒が来ると歓び、酒のつまみが来ると饒舌になる。
「おいおい、聞いたかあの話?」
「話って一体どんな話だよ、勿体ぶってねえで早く話しな」
「ああ、何でも壁の向こうの地に、人が百は入るでけえ塔が立ったらしいぜ」
「へえ!そいつァ面白ェ、是非とも観に行きてえもんだ!」
「ああ。その周りには飯屋に寝所、温泉が彼方此方に建てられているみてぇだ」
「おお!飯をかっ食らった後に温泉で月見酒かぁ〜…くゥ〜、堪んねえなァ!」
「うわぁ、行きてェ!」
盛り上がる酒場をよそに、勘定を置いて出て行く人影。舗装された道路を渡り、寝所の宿屋に入る。
「いらっしゃい」
そう声をかける主人は其処らの奴より一回り大きく、まるで蛙の様な体躯を揺らし朗らかに笑う。
「どうします?風呂には入られますか?それとも酒の注文ですか?」
「いや、風呂で頼むよ」
そう言い残し、風呂に浸かり腰を落ち着ける。
「ハァ〜…」
その男は30か其処らの風貌で、鋭い目付きに一重瞼、体躯は少し大きく、顔には目から顎にかけて大きな切り傷が刻まれている。そして何よりも特徴的なのはその背中で、とても硬く、大きな鱗の様な物で覆われていた。
そこに投げかける声。
「邪魔するよ、龍人の旦那」
そう言いながら1人入ってきた。
「ん」
「ご苦労さんだね、今日も行ってきたのかい?」
「ああ。全く骨が折れる」
「バカ言え。折れる骨なんて無いくせに」
そう言って笑うのは男の友人の人間。
その威容な背中に驚きもせずにこっと笑う。
「どうだい、今度小町で祭りがあるそうだ。酒に団子、引っ掛けて連れ歩くってのも楽しそうじゃないか。行ってみないかい」
「仕方無いな。其処まで行きたいって顔に出されちゃ断るのも気が引ける」
「おお、行ってくれるか。ありがたいね」
「この分は貸しにしとくぜ」
「おお、こわいこわい」
そう言って風呂を後にする2人。
夕食に出て来るのは鯛の活け造りに豆腐の肉詰め揚げ煮、漬物に澄まし汁。それらを食べ終わり寝所に入る。
暖かい布団に包まれ、枕に身体を預ける。
そして思う。
(俺は他所モンだ。それなのに此処まで優しくして貰って、本当に良いのかと疑念が湧き起こる位だね)
そして明かりを消し眠りに。
(明日は東の方へ行ってみるか)
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そして目覚め、目指すは東の方。
すっかり顔見知りになった人々と話し、その街までの経路を聞く。
「行ってらっしゃい」
そう見送られ、男は歩く。
次の町には一体、何があるだろうか。
男の旅は続く。