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7、令嬢のためのレッスン

翌朝、昨日の気まずいままラファエルはやって来た。

ティファニーは、落ち着いた淡いピンク色の乗馬ドレスを着ていた。


「本当に来たんだ…」

ラファエルの来訪をエマから聞いて、ティファニーは呟いた。


約束は約束として、ラファエルは守っただけであろう。


「おはよう、ちゃんと出てきたな」

ニヤリと笑うラファエルは、昨日のティファニーの言ったことなど忘れているかのように普通の態度である。

「おはよう…」

「聞くの忘れてたけど、ティファニーの馬って」

「そう…実はバクスターにはないの。買わないといけないのかな…」

「そっか、じゃあとりあえずうちに行こうか、乗って」


昨日と同じようにラファエルと一緒に乗ると、ブロンテ家に向かう。馬でしばらく行った所に、ブロンテ家のタウンハウスがある。


ラファエルと共に邸に入り、向かったブロンテ家の厩舎には何頭か馬が繋がれていた。

「この仔、ルナのだけど気性が優しくて乗りやすいはずだ」

「そ、そうなの」

そう言われても、やはり馬は大きい。

「そうびくびくしてないで、こう…触って」

ラファエルがその鹿毛の綺麗な白い模様のある顔を撫でた。

「…ほら、おっきい猫だとでも思ってさ」

「猫!?」

思わずティファニーは吹き出した。


ラファエルが触れたように、そっと撫でてみる。

手入れの行き届いた毛並みが、心地よい。

厩務員が横乗り用の鞍を慣れた手つきで着け、準備が整っていく。

「昨日の覚えてるだろ?」

「…うん、まぁ…」


ラファエルの手を借りて、鞍に上がり鐙に足をかけた。

「ほら背筋伸ばして」

手綱を持って、ラファエルが馬をひく。伯爵令息にそんなことをさせているのかと思うと、居心地が悪い。

「ら、ラファエルがそんな事をしたら…」

「俺が教えるって言い出したんだから気にするな」

「気にするなって言っても気にするから」


その言葉はまるっきり無視された。


昨日のお陰か、ラファエルに馬を牽かせているという居心地の悪さからか、ティファニーは昔ならった乗馬を思い出すことが出来てきた。

「何となくいけそうになってきたな」

「そ、そう?」

「ルナよりそのうち上手くなるよ、この調子なら」

「ええっ?」

「ルナって乗馬のセンスほんとにないから」

くくっと笑った。

「ブロンテ家には珍しいけど、うちは武芸系だからわりと男女ともに得意な家系なんだけどな」

「そういえば…レオノーラも騎士だったのよね?」

「そう。ちなみに小さい頃は兄みたいなものだった」

「なんだか…面白いね」

くすっと笑いがもれる。


ティファニーが小さい頃は…

と、思い出すとクロエとピアノを弾いたり…小さなレディとして父と踊ったり…


…クロエと…?


「…え…」

その記憶に、ティファニーは思わず声をあげた。

「私…小さい頃はお義母さまと…仲が良かった…?」


「ん?」


いつから?いつから?


「うちは…そんな風に兄弟で遊んだこと、無かったかな…」

「まぁ、普通は女と男の兄弟で遊んだりしないものだろ?」

「そうね」

ルロイは五つ年下の異母弟。育て方も男女では違うものだから、ブロンテ家の方が珍しいのかも知れない。


「ティファニー、じゃあこのまま散歩がてら乗っていくか」

「行けるかな…」

「大丈夫、ゆっくり行こう」


ラファエルの乗る馬と並んで、遠回りになるけれど人通りの少な

い道を選んで行ってくれているようだ。


カツカツと蹄の音が心地よく感じる。

リズムが心地よい…。

こんなリズムの歌があったな…と思わず口ずさむ。


「なんだか調子出てきた?」

ニヤっとラファエルが笑みを向ける。

「ちょっとだけ」

ティファニーも笑みを返した。


その良い感じのまま、バクスター邸に着いた。

「明日は、フォレストレイクパークまで行ってみようか?」

「明日も?」

「続けて練習する方が身に付くよ」

「…うん…分かった」


ラファエルがティファニーを抱えて、馬から下ろしてくれる

「ラファエル、朝食を一緒に…どう?」

ティファニーの誘いに、笑みを見せ

「ありがたいお誘いだけど、多分うちで俺用にたっぷり用意されていると思うから今日はこのままうちに帰るよ」


「…そう…」

ラファエルは再び、騎乗するとルナの馬の手綱も握る。

「今日はありがとう、ラファエル」

「いや、なんて事ない、じゃあまた」


ラファエルはそのまま、軽く走らせて去っていった。


「おかえりなさい。ティファニー、今のは…ラファエル卿よね?乗馬をしてきたの?」

クロエが正面玄関から出てきた。

「ええ、そうよ」

「ああ…そうね、貴女の馬がなかったわね…どうして気がつかなかったのかしら…」


「…ずっと…大変だったのだから…気にしないで」

珍しく反抗的でない言葉が出た。


そう言えたのは今日が昨日の気まずさとはうってかわって楽しかったからかも知れない。


「え…ティファニー?」


クロエが驚いた顔をしている。

その表情に思わず苦笑してしまう。

そのまま、ティファニーは邸の西側にある自室に向かった。

この自室も…アークウェイン邸から戻ってきて、大人になったから、と与えてもらった新しい部屋である。


父の居室であった部屋や、クロエやルロイの部屋は東にあり、つまり家族の住まう空間からは離れていた。


食事も、ティファニーはこの自室の棟にある広間で摂るようになっていた。その事は気楽でもあったし、少しは寂しい気持ちもあった。

西棟の広間には、ピアノがありティファニーはそこでレッスンをするのは、朝食後の日課となってもいた。

自室に入ると、くつろいでいたソックスがソファの上で伸びをして、ゆっくりとティファニーにお帰りの挨拶がわりに

「にゃー」

と頭を擦り付ける。

「ただいま、ソックス。今日もね、ラファエルと会ったのよ?…明日はね、公園に行こうだなんて…ちょっとだけデートみたいよね?どういう…つもりなのかな…」

「にゃ」

「猫はいいよ…好きだったら、そのまま好きーってすり寄れば良いのだものね?」

そう言うとソックスは尻尾でティファニーをはたくようにとんとんとした。ツンとおすましした猫の碧の瞳が見ている。

「なぁに?私はバカだって言いたいの?」

「にゃん」


「あらあら、ティファニー様ったら猫と真剣にお話なさって」

くすくすと笑いながらエマが食事のトレーを持って入ってくる。

「朝から運動されてお腹も空いたのではないですか?少食のティファニー様でも今日は食べれるのじゃありません?」

「…うん、ありがとう」


リースグリーン・ハウスにいた頃に、食べ物がないという辛さも分かっている。


湯気をたてる料理にティファニーは手を伸ばした。

食が進むようにと、スープ。それにパンである。


「…そうねエマの言う通り、美味しい」

「ミセス ハナが喜びます!」

にこにこと、エマが笑う。


夜にはまた夜会がある。

ロイヤルクラブは、上流貴族のみが入ることのできる社交場である。ティファニーもここにはじめて招待された。


エマが支度をしていると、デューイが扉の外から声をかけてくる。

「失礼致します。ティファニー様、ジョルダン卿がお越しでございます」

「え、そうなの?少し待っていただいて」

「承知いたしました」

執事を目指しているデューイならきっとジョルダンを不快にさせずにもてなしができるであろう、と支度の続きをするようにエマを促した。


今日は水色のドレスである。アクセサリーはガラス細工の繊細な物。

ざっくりと準備してから、応対に出ることにする。


「ジョルダン、どうかしたの?こんな時間に…」

「ゴメンね、こんな時間に」

にっこりと微笑むジョルダン。

「今日はロイヤルクラブだろう?靴を持ってきたんだ」

「靴を?」

「そう。履いてみて」

ジョルダンが、箱からサテンの艶々した白の靴を出してきた。

「急がせたから、シンプルなものだけどね」


戸惑いつつも、先日職人が測定したものだと思うとその興味の方が強く、履いてみる。

「凄く、履き心地がいいです」

「そう?良かった、なら今日はこれで行くといいよ」

足にしっくりと馴染むその靴は優しくティファニーの足を包み込んでいる。


淡い色のドレスなら合いそうな白のダンスシューズ。


「はい、あとこれね」

ポンと本を頭に乗せる。

「これを乗せてこの廊下を端から端まで歩くんだよ?」

「…は?い?」

「で、これはフルーレイスの詩集。頑張って毎日暗唱して」

「ジョルダン?」

「自信をつけたいんだろう?」

「…自信を…」

「ねぇ?ティファニー。エセル妃殿下はね、侍女だったんだ。知ってる?」

「何となくは…」

「君の友達のアナベル・メイスフィールドの従姉で貴族としてはまぁ、落第点な少女だったそうだよ。それでもね、アルベルト殿下と結婚するまでに努力を重ねられて、今のように王族としてふさわしい気品を身につけられたのだそうだ」

「はい」

「ちょうど君と同じ年頃だったんだ。だからねティファニー。自分なんかと思わないでいられるように、頑張ってみない?ね、きみ…そう思うだろ?」

「はい、ジョルダン卿!」

エマが元気に答える。

「君、名前は?」

「エマと申します」

「じゃあエマ。ティファニーのレッスンを頼んだよ?」

「お任せくださいませ」

きっちりとお辞儀をする。


「あとは…そうだな、エマ。ティファニーの支度は終わり?」

「もう少し手を加えます」

「じゃあ、そうだな…頬と、耳たぶにほんのりとチークを。口紅は淡く、はちみつで艶を」

「はい承知いたしました」

「あと、耳飾りは揺れる物がいいよ。髪は緩く編み上げて」

とエマに指示をだしている。


「じゃあ、また会場でね」

と帰っていった。


「わざわざ、この為に来てくださったのですね…」

エマはそう言うと、気合いを入れて最終仕上げに入る。


それはジョルダンのアドバイス通りに仕上げて言っている。


凄く変わるわけではない。けれどどことなく洗練されて女っぽい。ティファニーのいつもの雰囲気とはなんだか違うという感じだ。


「さすがに洗練された紳士ですね!とても良い感じに支度が出来ましたわ」

にこにこと笑い、きっちりとお辞儀をしてエマはティファニーを送り出した。


この日はクロエと共に馬車に乗りこむ。


「私にピアノを教えたのは、お義母さま?」

「…覚えてるの?」


やっぱり、あのふと思い出した記憶は間違いじゃないのだ。

「そう…はじめてのピアノは確かに私よ」

「お義母さまだったの…」


それきり、ティファニーはまた黙りこんでしまった。


大人の社交場のロイヤルクラブ、そこに招待される事は正式に大人の貴族の一員として迎えられるいうことだ。

少し、これまでの舞踏会と違ってドキドキさせられる。


貴族たちに絶対的に力を持っているアナスタシア・モーズレー夫人が出迎えてくれる。

「こんばんはレディ クロエそれと…はじめましてね。レディ ティファニー」

「こんばんは、お招き下さりましてありがとうございます。まだまだもの慣れませんがよろしくお導き下さいますよう」

ティファニーは緊張しつつもそう言った。

「こちらこそ、今夜は楽しんでいらしてね」

にっこりと笑みをつくる。


会場内は貴族たちで埋め尽くされていて、熱気が伝わってくる。重厚感のある大広間は、大人の世界を感じさせた。

「おや、そちらはもしやバクスター子爵の姉ぎみかな?」


そう言われて、振り返る。

「デーヴィド卿…」

クロエが眉を少しひそめた。

「なかなか可愛らしい令嬢ですね、ああ…残念な事でした」

色男…という雰囲気だ。


「ええ、縁がなかったようですわね…」

「ああ、そうだ。没落しかけのバクスター子爵家は大丈夫ですか?こんなところにまで来られて。私と結婚していれば…お家も助かったのでは?」

「デーヴィド卿…」

クロエが不快を露にし、ティファニーは顔を蒼くした。


「レディを不快にさせるなど、紳士にあるまじき行為ですね」

デーヴィドとの間にジョルダンが入ってくる。

「それに…若いといえどバクスター子爵は優秀ですよ。事実では無いことをおっしゃるのは名誉を傷つける行為だ」

と非難を示した。

「ジョルダンか…。お前も可哀想な男だ、次男なばかりに爵位を自分より劣るフレデリックに譲らないといけないとは」

「お言葉ですが、兄は侯爵としてふさわしい人格と知性を兼ね備えています」

ジョルダンに続いてキースが間に入ってきた。

「ひさしぶりですね、デーヴィド卿。ちょっとあちらで男同士の話でもどうですか?」


「い、いや今は他に用事が…」


しどろもどろになったデーヴィドは、どうやらキースが苦手なようだ。

「ティファニー、あの男のいうことを気にしてはいけない」

「キース、でも…」

「ティファニーは、あいつと私とどちらが信じられる?」

「それはもちろん、キース。…だけどキースは必要なら嘘も言いそうだし」


「よくわかってるね、ティファニー。では…そんなキースが君をそんな危うい家になにも言わずに帰すかな?多分、何だかんだと引き留めるはずだよね?」

「あ…」

ジョルダンの言う通り、キースの気性からすると、1度面倒をみたティファニーを没落しそうな家に帰すとは思えない。

酷い親の元にも…。


何だろう…この、クロエに対する違和感は…。この間から、何かおかしい。


「さぁ、おいでティファニー。今日はねレオノーラがいないから一曲相手をお願いしたいな」

キースはそういってティファニーをエスコートして中にはいる。


「ティファニー」

「なに?」

「君は賢い子だから素直になればきっといい道が開けるはずだ。今、どんなに悩んでいようとね」

「私…悩んでるように見える?」

「そうだなぁ…青春真っ盛り…っていう感じかな…」

「真っ盛り…って」

「それでいいって事。きちんと大人になりつつある証拠」

「…おじさんみたいな事言ってる」

「ティファニーからすれば立派なおじさんだ。年はレディ クロエとそんなに変わらないだろう?」

かつて、キースの事をおじさん呼ばわりしたことを当て擦られてティファニーはいたたまれなくて目をふせる。

「…キースの方が若いから…」


そして…曲が始まる。


キースとはティファニーでは身長差がありすぎる…。だけど、大人の男であるキースとのダンスはとても素敵なひとときであった。そして、ジョルダンからの靴はとても良くて痛くなりにくかった。

つくづくこの国の紳士たちには素敵な人がいるのだと感心されられてしまう。


ラファエルも…あと何年かすれば…こんな風に素敵な紳士になるのだろうな…。


そう思うと、ジョルダンの課題くらいはこなせなくては貴族の一員としては、恥ずかしいのだと思った。


次はジョルダンと踊る。

「エマはいい仕事をしてくれたね」

微笑んで、ティファニーを見つめている。

「とても可愛らしく、男を誘惑するレディに仕上がってるよ?…後で踊れるといいね…彼と」

「今日は人が多いですから…」

「話しかければ、ダンスに誘わずにはいられないよきっと」

ふっとジョルダンが微笑んだ。


「…わかった…頑張ってみる…」

きゅっと唇を引き結んでそう呟いた。


「いいね、その素直なティファニーは」

にっこりと笑う。

踊り終えると、ジョルダンはティファニーを連れてラファエルのいる所に歩いていった。

ラファエルはマクシミリアンたちと話していた。


「こんばんは」

レディらしくお辞儀をする。

「ティファニーはなんだか会うたびに綺麗になっていくね」

マクシミリアンが彼らしくまず誉め言葉を口にした。

「口がうまいなマックスは」

ラファエルはそうマクシミリアンをからかい、ティファニーに歩み寄るとそのまま手をとってダンスに向かう。


形に拘らずに…ダンスに誘われた。

ちらりとジョルダンを見ると、満足そうにティファニーをみて笑みを浮かべている。

「マックスじゃないけど…本当に、可愛いよティファニー」

ボソッとラファエルが言ってくる。思わず顔が熱くなるのが分かって、ちらりとラファエルの顔を伺ってみる。

「…恥ずかしいな…こういうの。あいつ、よくしれっと言えるな…」

ラファエルもティファニーも少し恥ずかしい気持ちのまま、ダンスが終わる。

次は、ラファエルに先を越されたとすこし機嫌を損ねたらしいマクシミリアンと踊る。


ふと、ジョルダンがとても綺麗な夫人と踊っているのが見えた。

ジョルダンの表情がとても穏やかで、そしてその人をみる瞳が特別なように感じられた。


とても、素敵なダンスだとそう思った。

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