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35(Raphael)

「喧嘩したって?」

ウィルがなんだか楽しそうにラファエルに話しかけてくる。

「…最悪だ…守るべきなのにな」

ふぅとラファエルは息を吐いた。


ティファニーの細い指先が震えるように、ロレインの手紙を押し付けていった。

やはり意地でも渡すべきでは無かったのかも知れないと、後悔の念が押し寄せる。

ラファエルですら、気分が悪くなるような手紙の内容だった…。ティファニーに対して有効な毒を含んだ、その手紙。


判断を…誤った…。


「しかし、確かにティファニーは可愛いけどどこがそんなに良かった?他にも美人とか賢いとか王都にはたくさん令嬢がいるだろう?なんだか色々とややこしそうだよな…」

ウィルが言う。

17歳のウィルはティファニーと同じ年。ティファニーの噂も聞いているのか?


「確かにな…美人な令嬢も、金持ちの令嬢も、頭のいい令嬢もいたと思う。けど、ティファニーだけが俺にとっては特別だった…それだけだ。…抗えないんだよウィル」


ラファエルは笑った。


そうだった…ラファエルはティファニーを選んだんじゃない…抗えなかったのだ。自分の想いに…。


**


ラファエルとティファニーは、クロイスのアリアナという秘密を共有して送り迎えという僅かの間だが、話すようになった。

「ラファエル、舞踏会って楽しい?」

「楽しくない、ちっとも。みんな同じ…ドレスにしか見えない」



ラファエルには踊る時には相手の顔は見えている。だが、その相手はドレスにしか見えない…。

それを自覚したのは、舞踏会での出来事だった。

「なぁ、さっきラファエルが踊ってた令嬢。美人だったよな?話 はどうだった?」

オスカーに聞かれたが

「…どの令嬢?」

「いまマクシミリアンと踊ってるあの子」

見るが、さっきまで踊っていたのかと思う。

「…分からないな、覚えてない」

はぁ?とオスカーが妙な顔をした。その令嬢は確かに美人には見えた。だが、それだけで紹介されたはずの名前すら覚えていない。

「お前…それ、かなり問題じゃないか?」

「…そう、だな」

社交能力に問題だ…。

「モテすぎるのも問題なんだな。まぁ姉たちがあんなに美人じゃ少しくらい美人でも駄目か」

くくくっとオスカーが笑う。

全くもって、よろしくない。いまのままの自分では、相手にも失礼だ…。そう自覚すると、舞踏会は本当に厄介な役目だった。



「私も?ドレスをきた誰か?」

「髪を結ってないせいかな…。ティファニーはティファニーとして見れる」

「ふぅーん?そうなんだ」

くすくすとティファニーが笑う。

サイドを結っただけの、背を覆うさらさらと音が聞こえそう長い淡い栗色の髪。

髪が綺麗だと思った。ティファニーと話した事は令嬢たちと話す事と、変わらないだろう、なんて事ない内容だった。なのに、つまらないと思ったことはない。

きっと歌を気に入ったからその可憐な声も好きなんだ…。


「ラファエルは男の兄弟はいないの?」

「いない、だからかな?彼女たちは下心が見えすぎる」

その答えにティファニーはコロコロと笑った

「下心って。それ男女反対じゃないの?」

最初の無表情が嘘のようにティファニーはよく笑うようになった。その事が、とても嬉しくてラファエルもつられて笑った。


ティファニーとは気軽に話せて笑い合える。

それはきっと、ティファニーがデビュー前の半人前だからに違いない。デビューしてドレスを着たら、ほかとドレスたちと同じになるに違いない。それは少し、残念な気がした。




ある夜、ラファエルはどうしても必要な舞踏会。それに出たがいつものように挨拶を終え、義務的に何曲か令嬢たちと踊った後はマクシミリアンたちとカードゲームに興じて、そのままオックスフォード邸に場所を移しても若さに任せてそのままビリヤードに夜通し興じて朝を迎えた。


「あ、ラファエル」

回廊を歩いていたラファエルに声をかけたきたのはマクシミリアンの妹のレネットだった。

「…レネットか…なに?」

マクシミリアンに似たレネットは13歳ちょっと生意気ざかりである。

「そこの木の上に子猫が登っちゃって降りれないの。登ってラファエル」


昔から顔なじみのせいか、レネットのラファエルに対する扱いは兄と同様である。


「お願いします、だろ?」

呆れつつ言うと

「お願いねラファエル」

にっこりと微笑む様は一丁前にレディのつもりのようだ。甘やかされて育ったらしいレネットはこんな風にいつも自信満々だ。


はぁとため息をつきつつ木に登り、ほんの小さな子猫を助けて飛び降りる。

ラファエルにはとても簡単な事だった。

「はい」

とラファエルはレネットに子猫を渡した。

「ありがとうラファエル」

にっこりとレネットは言った。


ふわふわのグレーと白の毛並みの猫は水色の瞳をしていて、その色はティファニーを思い出させた。

「にゃー」

「あ、助けて貰ったわ、シルバー」

レネットの足元向かって言った。そこには成猫のグレーと白のフサフサの毛並みの優美な猫と、ラファエルが助けた猫とよく似た子猫が3匹。

「この子がお母さん猫なの」

その子猫たちと、レネットの抱くラファエルが助けた子猫をみてふと出た言葉は…。

「レネット、一匹くれない?」

だった…。

「良いわよ、ちょうど貰い手を探そうかと思っていたもの」

「いいのか…」

何気なく言ってしまったが、軽く快諾されて驚く。


(いらなきゃ、ルナにやるか…)


「ラファエルが飼うんじゃないよな」

レネットが用意してくれたバスケットにそのラファエルが助けた子猫を入れてもらい受け取るとセオフィラスが不思議そうに言った。

「どうせ妹のルナじゃないか?どこかの令嬢じゃないだろ?モテるくせに手紙の一つも書いたことないに違いないし」

オスカーも言う。

「…誰でもいいだろ」

ティファニーの事は友人たちにも話したことはなかった。


「ええ!その反応!まさかどこかの未亡人?それとも夫人か?道ならぬってやつ?」

ルシアンも顔を赤くして叫ぶように言う。

「まさかの玄人?」


「…うるせ…」


わいわいと囃し立てられて、ラファエルは逃げるようにそのままアークウェイン邸に向かった。

ラファエルは応接間に通され、レオノーラと会った。

「ようやく来たか」

レオノーラにそう言われ、確かになるべく来て欲しいと言われてからこの家に来るのは久しぶりだったか、と思う。

そのレオノーラの目的はティファニーの相手をする事だったから、ラファエルは彼女と会っていたからようやく、と言われるとは思っていなかった。

「久しぶりだなラファエル」

「ああ、うん。俺にだって色々と付き合いがあるよ」

いつもいつも暇だと思われても困る。確かに時間の融通はとてもきく。とても!

「付き合いねぇ?…お母様がどこで何しているのかと、心配されていた。遊び回るのも程々にね」

レオノーラが姉らしく注意してきた。

「はいはい」

ラファエルは心配するリリアナを想像して、少しゲンナリした。ちょうど昨夜も帰っていない

ラファエルはソファに座ると、本題を持ち出した。

「あ、あいつは?いるんだろティファニー」

「もうすぐ来ると思うよ」


少したつと、年若い令嬢らしく淡いピンクのドレスを身につけたティファニーが入って来た。

「ティファニー、これやるよ」

挨拶もなしに入って来るなりラファエルがバスケットを渡したので、ティファニーは驚きの表情を浮かべた。


「私に?」

そう自然に声に出すティファニーが随分この邸にレオノーラに慣れたという事に気づいた。

「可愛い〜!」

バスケットの中にいる子猫を見つけて笑顔を見せるティファニーにとても満足していた。

「友達の家で生まれた猫、貰い手いないか探してたからさ」

…半分は嘘である。くれ、と言い出したのは自分の方である。


「飼ってもいいの?」

「もちろん大丈夫だ」

ティファニーの反応にレオノーラも嬉しそうである。


「名前、なんてつける?」

ラファエルが聞くと、

「えー?どうしようかな…」

そう、ティファニーは両手で猫を抱き上げると

「うーん…ソックス?」

「ソックス?」

「靴下はいてるみたいでしょ?」

確かに、白とグレーの模様がそう見えなくもない。ラファエルはその返答に吹き出した。

「お前のネーミングセンス、すごいな」

「えー?そうかな…おかしい?」

ラファエルが笑うので、むっとしつつも、ティファニーは子猫を見つめてご機嫌である。

「ねぇ、ダイナ。リボンつけたいな」

「はい、お持ちしますね」

元々、ブロンテ家のメイドでもあるダイナはすぐに取りに向かった。ティファニーはソックスと名付けた子猫に、ピンクのリボンを着けると

「ラファエル、今日は時間あるの?」

ティファニーが聞いてきた。すでにティファニーとラファエルは何度も会っているから、気軽に聞いてきた。

「ん?」

「ピアノの練習、つきあって」

「あぁ、かまわない」

ラファエルはティファニーの誘いにそのまま音楽室に向かっていった。

ティファニーは音楽室に夢中のようで、

「見て、ラファエル。こんなにたくさん楽譜も、楽器もあるの」

しかも、防音もしっかりされたこの部屋は気軽に練習しほうだいとあってティファニーの目は輝いていた。

「本当にピアノが好きなんだな…」

「…うん…それしか、無かったからかも…」

ティファニーの生い立ちを思えば、それしかすることが無かった…と言うその言葉にはラファエルは何も返せない。

「そうか…」


ティファニーの奏でる音はとても繊細で美しい…。

そしてとても、楽しそうに弾くのだ。

「楽しそうに、弾くな」

「…この瞬間だけは…私はいつも現実を忘れられるの…」

そう言ったティファニーがとても儚げで、そして大人びて美しく見えた。辛い現実も、時に音楽の世界に没頭することで例え一時の事だとしても忘れようとしていたのかと思うと、ラファエルは何も言えそうもなかった…。

けれど、そんな想いをごまかすかの様にラファエルはそこはもっとこうしろ、ああしろ、ともっともらしくティファニーのピアノに注文をつけてやった…。そうして、ティファニーもラファエルに軽口で返す…。何気ない言葉のやり取りで、時は瞬く間に過ぎた。


しばらく時間がたって、レオノーラが音楽室に入ってきた。

その時にはティファニーの出してきたたくさんの楽譜がピアノの周りに散らばっている。椅子に座っていたラファエルの膝の上では猫がスヤスヤと眠っていた。


「ラファエル、今日は晩餐を一緒にどうかな?」

「あー、別にいいよもうすぐ帰るから」


「二人はずいぶんと仲良くなったんだな?」

「そうかな?まぁ、俺って面倒見いいから」

ニヤリとラファエルは笑って返した。

「デビューもしてない、小娘なんて寄宿舎のちっこいのと同じだよ」

ティファニーとの仲を疑っているのか?…一室に二人きりでいたことは事実だ…。デビュー前とはいえ、ティファニーは16歳。ラファエルは18歳。お年頃には違いない。そう思って何でもないんだ、と…。

「何よ、そういうラファエルだって半人前よ」

ふんっとティファニーが言い返してくる。

「そういうお前は半人前以下だな」

「意地悪、ラファエル!」

プイッとふくれ面になるとティファニーは散らばった楽譜を片付けていく。

最後に寝ている猫をラファエルから受けとると、

「…猫も、練習もつきあってくれてありがと」

ぽそっと言うと、ティファニーはそのまま部屋を後にした。その小さな背中に揺れる長い髪にラファエルはどきりとさせられる。


「ラファエルにはティファニーも気安いみたいだね」

「どうせ知ってるんだろ?」

レオノーラが見返すと

「ティファニーが…どこで、何してるのか」

キースが、預かった娘が夜に抜け出している事を知らない訳がない…。ティファニーにはこっそりと護衛もついているだろう。つまりはラファエルの送り迎えも知っているという事だ。


「…知っているよ…」

くすっとレオノーラは笑った。

「俺は、あいつの音楽が良いと思ってるだけで本当に、それだけ。だから、安心して?」

そう、それだけだ…。

ティファニーのような面倒くさい事情のある少女なんて好きになるわけがない


それが、ラファエルらしい事だ…!


少しずつ、少女らしく明るさを取り戻しつつあったティファニーと、少しずつ、距離を縮めていたラファエル。

それが…あの日に、崩れた…。


ラファエルはあの日、本当に…偶然の連続が二人を引き合わせた。

珍しく、ラファエルは叔母のコーデリアを送った後、帰宅しようと馬車を走らせていた。

すると、ポツポツと大粒の雨が降りだし、ラファエルはブロンテ邸よりもアークウェインの方が近いからと、雨宿りをしようと馬車を向かわせた。そして…アークウェイン邸を飛び出したティファニーはラファエルの馬車とぶつかりそうになったのだ。


「ラファエル、お願い助けて…!」


痛々しいほど短くなった髪と、涙で濡れた顔のティファニーを見て、ラファエルは何事かが起こったのだ、と思った。そして何も聞かずにティファニーを乗せたのだ。問いただしたい気持ちを押さえて、強い雨の音降ってきた道を二頭立ての馬車が雨の中を水飛沫をあげて石畳を駆けさせた。

「どこへ…」

ティファニーの指差すままに走らせると、たどり着いたのはリースグリーン・ハウスだった。鬱蒼と草花が生い茂った人気のないタウンハウス。

叩きつけるような雨の中、たどりついたその時には馬車の幌は強すぎる雨のためにほとんど役にたっておらず二人ともぐっしょりと濡れていた。

ティファニーの頬に滴を落とす短くなった栗色の髪。


「何があった?」

ラファエルはその姿にはじめてそう聞いた。その問いにラファエルの腕にすがりついてくるティファニーの細い腕…。ピアノを弾くその指は思ったより力がある。

「私…結婚させられちゃう…」


(結婚だって?)

ラファエルはまさか、と思った。ティファニーはまだデビュー前だ。しかし…年齢は結婚可能だといえる。

「だれと?」

体の中心から冷えていく…。頭が暗黒に覆われるそんな気分がした。

「確か…デーヴィ、なんとか…でもすごく歳上のおじさん、みたい。レオノーラがそう、あの(ひと)に言ってた…」

そんな事があっていいのか?ティファニーはまだ子供みたいじゃないか……!?

「ラファエル…ねぇ…ラファエル。私ってなんなの?

…追い出されて…迎えに来たと思ったら…知らないオジさんと、結婚させられちゃうの…?私って…生きてる、価値ある…?」


なんと言うべき言葉が見つからず、ラファエルは息を飲んだ。

その緑の瞳と水色の瞳がかっちりと絡み合った。

抱き締めたくなる衝動に、自分を必死に律しようと体に力を込めた。

「ティファニー…少し、離れろよ…」

ラファエルの声は掠れた物しか出なかった。

気がつけば、ティファニーはほとんど抱きつくかの様に近くに迫っていた。濡れて張り付いたドレスが、少女らしい姿を見せつけている。

「俺だって、男だ」

危険だ。だからこそ、冷静にティファニーに告げた。

この人気のない邸に二人きりで…。しかもこんなに間近にいては…いけないのだ。

「…わかってる…」

本当にわかっているのか?

こんなにも震えているすがり付いているその細い指先…


「知っている…」


「…俺は男だからいいけど、お前は」

女なんだ…。

「そんな事、分かってる」


分かってる?…本当に分かってる?

今ならまだ引き返せる。このまま、アークウェイン邸に返せる…。


「知らない、おじさんに捧げるくらいなら…例え罪でもラファエルがいい」

その言葉にラファエルの理性は一気にぐらぐらと崩れ落ちそうになる。そして目を伏せた。


「お前みたいな半人前以下の、女なんか好きじゃ無い」

言ってしまってからそれが大嘘だと気づく。

「それでいい…私だって半人前のラファエルなんて好きじゃないんだから」

ラファエルの、言葉にティファニーも返す。しかし…今、好きだとは言えない…。


「途中で泣いたって止める自信、ないよ…」

「…いい、それで、いいの…」

指先が触れ合う。

震えているのはどちらの指なのか…


抗えない…!

抗えなかったのは、ラファエルも子供を脱したばかりの大人にもなりきれていない男だったからだ…


本当は、このまま攫っていくべきだったのか?しかし、この瞬間に気づいたばかりの恋心ではそんな勇気もなく、ただ引き寄せられるように抱き寄せた…。その後は…


…ラファエルは嫡男だ…唯一の跡継ぎだから家を守る責任がある、簡単に逃げることなど出来るわけもない。


「行くな…」

ティファニーが、去ろうとしている。

「行くよ…これ以上迷惑は掛けられない」

そう言われてラファエルは引き留める事が出来なかった…。

そして、送らせてもくれなかった…。


自覚したその想いは…ひどく辛かった…。

雨はまだ降り続いていた。

涙なんて、流している場合ではないというのに…


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