33、仮装祭り
領地での生活はとても新鮮である。
生まれてはじめて、普通の毎日を過ごしている気がしている。
そして何よりもラファエルが生き生きとしている!これまで見てきた舞踏会での振る舞いは彼の仮の姿のように思える…。
ラファエルはティファニーとの散歩もするが、従弟たちと思いきり馬を駆ったり剣を合わせたり、時には語り合ったり…。ティファニーにはわからない世界で楽しんでいるが、そうやってまるで貴族らしくなく楽しんでいる様はとても素敵だと思えた。
ティファニーはといえば、リリアナと祭りに向けての準備をしていた。が、とくに何かするでもなく祭りがいかに若者たちが盛り上るか、という話をリリアナから、またはメイドたちから聞きながら会場となる街の広場に飾る花を準備したりしていた。
キャシーは相変わらずティファニーにはいつもプイッとしているが、祭りの浮き足だった空気に楽しみにしているようだ。
まだ適齢期前の少年少女たちは夕方前までの出店を楽しみに、出店の男女は、メインとなるダンスを楽しみに、大人たちは夜のお酒もでる出店を楽しむのだ。
「まずはね、チョコレートは外せないでしょ?あとはねパンケーキと…」
とキャシーはウィルに話している。
「はいはい、食べ物ばかりだな。無駄遣いもほどほどにな」
ウィルは背格好が少しだけラファエルに似ている。わずかにラファエルの方が背が高い。
そのウィルは兄らしくキャシーに接しているのがほほえましい。
メイドの中の何人かも祭りに行くことを許されているそうで、どことなく邸にウキウキとした空気が漂う。
昼をまわってキャシーをウィルとスティーヴが連れて祭りに出掛けると、
「さあ、ティファニーも着替えるわよ!」
リリアナが張り切って言う。
「え?私も?」
「お祭りなんてはじめてでしょう?楽しまないと、ね」
にこにことリリアナとメイドたちがティファニーを囲む。
そのドレスはコルセットなしで着れる物で、ティファニーはとても戸惑う。
軽い着心地で、しかも丈が膝下までで足首は見えている。
胸の下で切り替えがあり、ふんわりと広がる裾と後ろには大きなリボン。長い白銀のカツラをつけて、そこにベールのついた花冠をつける。
そうすると、有名な絵本の妖精のようである。リボンがまるで羽根のようだ。
「妖精みたいでしょう?この辺りでは人気の仮装なの」
にこにことリリアナが言う。
イングレスではほとんどの子供の頃に読んだことがあるだろう、物語。
妖精のシルフィードは、ある日怪我をした騎士 ジェイドを癒しの力で助けた。シルフィードはジェイドに恋をして、妖精の王に願い、人の姿になれる魔法をかけてもらいジェイドのもとへいくのだ。しかし、人間には妖精の姿は見えずジェイドはシルフィードに助けられたということを知らないままである。
人の姿のシルフィードを暗黒の騎士 ヴィルヘルムが見初めるが、陽光の世界にいるシルフィードは連れていけずヴィルヘルムはシルフィードの影に潜んでいる。
そうして時が過ぎてジェイドが選んだのはシルフィードではない乙女。
悲しみにくれるシルフィードは、自身の光に翳りが生まれてしまうことで、影から姿を現したヴィルヘルムにより暗黒の世界にさらわれていく。
という悲恋である。
しかし、たくさんある妖精の話の中でも、そのロマンティックな絵によってかとても少女たちに人気のある本なのだ。
この話が、ティファニーはあまり好きではない。だって、シルフィードが可哀想じゃないかと思うのだ。
「あとは、仕上げにこれを着けるの」
差し出されたのは目の回りにある仮面である。花や、偽物の宝石で飾られたそれはとても可愛らしい。
「だからね、今日は無礼講なの。楽しんできて」
にこにこと皆に言われてティファニーは送り出される。
「えっと、一人で?」
「大丈夫、なにかあれば兵士が巡回しているしそれに…もし会えたら、ラファエルもいるはずだから。同じように仮装していわ」
にこっとリリアナが言い、ティファニーは祭りの広場に一人下ろされた。
まごまごしていると、
「どこから来たの?お祭りははじめて?」
同じように妖精の仮装をした少女達が声をかけてくれる。
「そうなの、はじめて来たの」
そう言うと、
「やっぱり。この辺の子じゃないなって」
にこっと少女は笑う。
「うんうん。なんだか本物のシルフィードみたいね」
仮面の奥からにこにことしている気配がある。
「もうすぐダンスが始まるわ。とっても楽しみ」
「最初はね、娘達が踊るの。それから、青年達が誘いに来たら気に入ったら一緒に踊るのよ!」
「大丈夫!ダンスもとっても簡単よ、私たちの真似をしたらいいわ」
「それにとっても楽しいわよ!私たち一年のうちでこの日がとっても待ち遠しいの」
「貴族の舞踏会だってこんなに楽しくないわよきっと!」
口々に祭りの事を語りかけてくれて、ティファニーも嬉しくなった。
お喋りを聞きながら、気さくな彼女達に連れられて中心に向かっていく。
夕暮れになると、広場のあちこちにランプの灯が点る。そして弦楽と管楽器の陽気な音楽が始まり、少女たちは楽しげに踊り出す。
「あなたも続いて!」
ティファニーは踊り出した彼女たちの真似をしていくと、同じパターンのステップは難しくなく、すぐに覚えられた。
ステップステップ、ターン、ステップステップ、ジャンプ…と
そんな感じである。
フワリフワリと舞うスカートが本当に妖精の舞いのようで美しい。
娘達が妖精の仮装なら青年達の仮装の多くは、ジェイドの白と青の騎士服である。そして同じようにみんなそれぞれ工夫を凝らした仮面をつけている。
仮装はしていても、彼女達は
「多分あれがコナンよね」
とくすくすと躍りながら話している。
そうか、仮装をしていても知っている相手なら分かるのか…。
ティファニーはその青年達の中にラファエルを探したが、どの人が彼なのかちっとも見つけられない。
ダンスが始まってしばらくたつと、やがて夕暮れから薄闇に包まれる。その陽気な音楽とそして若い男女のダンスの熱量がどんどん力を得て祭りを盛り上げていく。
少しずつ、誘われた青年と踊り出す娘達が次第に増えていきよりいっそう華やいだ雰囲気が作り上げられていく。
そんな時、ティファニーは手を捕まれた。
『見つけた、俺の妖精』
それはイングレス語ではなくフルーレイス語だった。
視界を遮るように翻る漆黒のマント、それから漆黒の騎士服、漆黒の長い髪。すらりと背が高く目を惹く立ち姿。
そして…少し恐ろしげな仮面。
『…暗黒の騎士…』
(…ラファエル、なの?)
声は似ている、けれどマントが邪魔をして体つきが違っても見えてしまう。それにフルーレイス語で話しかけてくるなんて。
薄闇で、瞳の色が緑にもブルーグレイにも見える。
『暗黒の世界に拐いに来た、シルフィード』
ニヤリと笑い、掴んだ手の指先にキスをされ思わずゾクリとした。ラファエルにそうされた事は、記憶にある…。やっぱりラファエル?
そのシーンを見ていたらしく一緒に踊っていた少女達から歓声があがる。
『踊ろう』
ティファニーはヴィルヘルムと踊る。
(ラファエルよね?)
「私がわかる?」
仮装をして、仮面もつけている。
『今日は祭りだ、この仮面を着けている間は余計な事は考えない方がいい』
フルーレイス語は交流の多い国だけあって出来る人はこの国には多いと言える。
『…そうね』
正体を探ろうと、踊りながらもヴィルヘルムをターンの度に目で追う。彼は軽やかに踊りそして疲れ知らずだ。
ヴィルヘルムの仮装は、とても目立つ。なぜならみんなジェイドやその他のヒーロー役の仮装が多いからだ。
そして何よりも隠されていても、姿の良さとそのダンスの切れのよさが人々の目を惹いていると思った。
くたくたになるまで踊ると、ヴィルヘルムは出店のレモネードをティファニーに差し出した。
『飲むだろ?』
『ありがとう。とても喉が乾いたの』
あたりはすっかりと夜の闇、その中にランプの光がゆらゆらと辺りを照らし、その中に溶け込むようなヴィルヘルムは本当にお話の中から出てきたようだ。
『祭りは楽しめた?』
『とっても』
ほとんど喋らずにいたので、やっと会話をしたように思う。
『じゃあ、そろそろ行こうか?』
『どこに?』
行き交うたくさんの人々、そして同じように若い男女がくすくす笑いあいながら歩いて、そして出店を覗いては買い物をしたり楽しんでいる。
しかし、ティファニーには目の前のヴィルヘルムだけがくっきりと目に映り、他はおぼろ気だ。
『もちろん、暗黒の世界に』
イタズラっぽく微笑みを浮かべた口元。
『拐っていくの?私を』
くすくすとティファニーも笑った。
『そうだ。このまま』
『え…』
戸惑う間に、ヴィルヘルムはティファニーの腰を掬い上げて抱き上げる。
「下ろして」
『ダメ、もう拐われていくんだ』
ふっとヴィルヘルムは笑う。
(…本当にラファエル、だよね?)
ティファニーはつい、ヴィルヘルムの仮面の紐へ手を伸ばしてはずしてしまった。するりと仮面が顔から離れて、その顔が顕になる。
「あーあ、駄目だろ?」
トン、とティファニーを下ろすと仮面をティファニーの手から奪い返した。
「あ、ラファエル様」
レモネードを売っていた店にいた男性が気づいたようで声を上げる。どうやら、伯爵家の嫡男の顔はかなり知られているのかもしれない。
「内緒な」
くすくすとラファエルは言いながら、紐を結び直す。
「じゃあ、そちらが」
男性の目がティファニーに向かう。
「そうだよ、それも内緒にしといて」
「わかってますよ、それにしてもその顔を隠すなんて勿体ない」
「隠すから、この、祭りは楽しめるんだろ?」
ラファエルは男性に言うと、ティファニーを見下ろし
「俺がどうか疑ってただろ?」
「う、うん」
「まぁ、そんな感じでドキドキして…それでこの祭りの後には結婚式が多いんだって。こうやってティファニーみたいに、相手の仮面をとったりするのは、マナー違反だよ」
「ゴメンね、つい」
「俺は、すぐにわかったよ」
「本当に?」
あんなにたくさんの似たような格好をした娘達の中から見つけ出せたのだろうか…?
「間違いなく手を掴んだだろ?」
ラファエルに続いて、ティファニーは広場を抜ける。
夜の闇に包まれ、少し遠ざかった祭りの喧騒。
風にのって音楽が耳に届く。
街の外れで、ラファエルの手がティファニーの仮面の紐をほどく。続いてティファニーもラファエルの紐を外した。
「ほんとうにシルフィードみたいだ」
ラファエルはティファニーの姿を見つめている。そして、ティファニーも仮面を外した、ヴィルヘルムのラファエルを見た。
「私がシルフィードで、あなたがヴィルヘルムだったなら…私は喜んで暗黒の世界に行くと思う」
あの話は好きじゃないけれど、もしシルフィードがヴィルヘルムに恋をしたら…それなら悲恋じゃない…。
「俺の方が、君を愛してる…。例えどんな姿をしていても、ティファニーだけは特別なんだ」
ラファエルの微かな言葉と、それから口づけがゆっくりと落とされる。
祭りの夜はまだまだこれからだ…。
祭りが楽しいと言っていた娘達、ティファニーも…とてもドキドキしてそして非日常というべきか、まるでお話の主人公にでもなったように感じた。




