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32 (Raphael)

ラファエルは王都の社交シーズンを過ごすタウンハウスよりも、この主領地のカントリーハウスで過ごす生活の方がとても好きだ。


空気がとても澄んでいて、自然と触れあうことの多い毎日とそれから何よりも、うわべの腹の探り合いがとても嫌いだからだ…。嫌いだからと言って避けられない…という事は伯爵家の跡継ぎとしてはわかっている。


「ラファエルちょっと疲れたから、休憩してもいい?」

ラファエルの後ろからティファニーは慣れない森の中を騎乗して四苦八苦して着いてきていたようだ。

「そうしようか」

ほっとするその表情に気遣いがいつもながら自分は足りないと反省する。


ティファニーはラファエルからすると、小柄でとても細くて体力もその分ないのだ。そして、王都か出たことのない彼女はここで育ったラファエルの姉妹や、知人の女性たちとは違う。こんな風に森の中を散策することにもなれていないのだ。


「ごめんね」

すまなさそうに見上げる水色の瞳、透き通るような白い肌、小さな顔に珊瑚色の唇。

ドレスの布越しにもわかる細い肩幅と華奢な腕…。

「いいよ」

ラファエルは笑みを向けた。むしろ謝るのはこちらの方だ。


触れるのが躊躇われるほどティファニーは壊れそうなくらいか細い。はじめに…いや…2度目に会ったときは本当に人間なのか?と、思わず頬を摘まんだのだった。


「なに?」

「相変わらず、か細いなと思って」

「でも、最近はずいぶん食べれるようになったし少しは肉付きもよくなったと思うんだけれど」


真剣に自分の体を触りまくる、その仕草に笑いそうになる。

「そうかも知れないな」

この一年と少し…。まだ知り合ってからそれだけの時間しかたっていない。なのに、ラファエルにとってティファニーは無くてはならない…そんな存在である。


18歳、男子はその年になれば結婚が可能である。そんな大人への一歩を踏み出したその年、ラファエルは次期伯爵として本格的に社交界へと向かい入れられたのだ。

女性と違い男性はデビューなどは無いが、寄宿舎を卒業してからが本格的に参加していくのだ。


ブロンテ家の長女、レオノーラは近衛騎士として有名な人でその美貌と女性達に対する紳士的な!その対応でとにかく女性の信望者が多かった。

しかし、彼女は女性だから…レオノーラ自身、自分が女であるから女性たちにもてはやされようとも頓着しなかった事もあるのだろう。

なおかつ役を辞した為に同年、卒業して社交界に本格参戦したラファエルに…年頃の令嬢を持つ親とその令嬢が群がってきた!なにせ、レオノーラとラファエルは男女の差はあるが、外見はそっくりであった。


「ラファエル卿、うちの娘は…」

と話しかけられれば、隣で微笑んで立っている令嬢には

「一曲踊って頂けますか?」

とダンスを申し込むのが暗黙のマナーだ。


来る夜も来る夜も…変わらない、着飾ったドレスを着た令嬢との遣り取り…

「ラファエル卿…わたくしははじめましてじゃありませんわ」


そう悲しそうに言われても、全く覚えていなかった。


次第にレオノーラ様なら…レオノーラ様なら、こんな時には…と比べられて、ラファエルは飽いた。

思い起こせば、レオノーラもデビューして少しして社交界の遣り取りに嫌気がさして、拒否した挙句に近衛騎士の道を選んだのだったか

ラファエルは夜会には行くが、主催者に挨拶をして、友人達と話し、適当に抜けて帰る…そんな事を覚えた。


テールコートを脱ぎ、ジャケットを変えて街をうろつくようになったのはその頃だったか…


ふいに入った店。

上品な佇まいの店は心地よく、お酒も進む。

舞台には高級なピアノがランプに照らされている。

人々が談笑する程よいざわめき、女性が舞台に上がりピアノに座った。


そして…ピアノが音を奏でる。その美しい旋律にラファエルは一気に引き込まれた、そして弾き語りをする歌声が繊細で可憐な…切々と歌い上げられる恋の歌。

まだ若そうな華奢な体つき、ランプに光る栗色の長い髪、美しい顔立ち…

聞き入っているうちに、彼女は予定の曲数を演奏し終えたのか舞台から下がっていった。


酒が過ぎたのか、そのあとの記憶はおぼろげで繰り返し彼女の姿と歌声が蘇りラファエルの胸を締め付けた。


もう一度、会いたい…もう一度、歌が聞きたい。


しかし…店の名前も場所も思い出せなかったのだ。さがしてどうする?自問自答しても答えはない。

そして答えは出ず、時はいたずらに過ぎて行く。


「レオノーラの所へ一緒に行きましょう」

リリアナが朝食の席で突然言ってくる。

「…俺も?」

「なんだかね、預かったご令嬢は難しいお年頃みたいで、年頃の近い貴方たちの方が気持ちがわかるんじゃないかと思うの」

にっこりとリリアナが言う。レオノーラが知人の若い令嬢を預かった、というのは聞いていた。

「ただの反抗期だろ?ほっとけばそのうちおさまる」


「あんただって今反抗期じゃない。反抗期同士気が合うんじゃない」

ルシアンナがふふっと笑う。ルシアンナはどうやらラファエルが、社交界に嫌気がさしている事を知っているのだ。

「反抗期じゃない、もう18で反抗期もないだろ」


「ラファエル、お願い。行きましょう、少しは慰めになると思うの」

「慰め?」

「その子ね、生まれてすぐにお母様、去年お父様をご病気で亡くされて今は義理のお母様に家から出されて、1人で住んでいた所をレオノーラがアークウェイン邸に連れてきたのよ。きっと…とても辛い日々を過ごして来たと思うの」

「…それは…」

言葉も無いくらい、不幸のオンパレードではないか。

ドレス(年頃の令嬢の事)と会うのは到底、勘弁して欲しいがそんな令嬢の慰めに、自分でも役に立つならば行っても良いかと思えた。



そうしてリリアナとルシアンナとルナとレオノーラの元に訪れ、ラファエルはティファニーと会ったのだ。


その硝子細工のような水色の瞳を見た瞬間、キラキラと光る水面の煌めきと風を感じた。

沸騰するような血液に幼少から繰り返し身につけた常に平静を必死に保ちつつ、ラファエルはそこに座った。


ルシアンナがわざと怒らせるような言葉を紡ぎ出しているが、微動だにしない。なかなかの性格をしていそうだ…


「ふぅーん?」

しかし、だんまりをきめきむティファニーが、その絵本に出てくる有名な妖精に似た外見も相まって、この世の物か気になりつい近づいて触れてしまった。

滑らかな頬は温かく、柔らかい。

「わっ!!」

耳元で声を出したのは、動揺を隠したいからだ

「何するのよ!いきなり」


喋った…

当たり前だが、妙に感動する。


「姉上、聞こえてるし喋れるみたいだよ」


こうして、ティファニーに口を開かせたラファエルは、レオノーラに相手をしに来い、と言われたのだ。


そうしてティファニーと会ったその夜。ラファエルはベッドに入った瞬間声を上げた。

「あれ…」

似ている…と、思った。例のピアノの女性とティファニーが。


確かめたくなり、そして確かめてどうしたいのかもわからずにラファエルは店を探し始めたのだ。そう難しくはないはずだ。

「すみません、この辺りでピアノが聴ける店を知りませんか?」

街を歩く、紳士に尋ねた。

「ああそれなら《クロイス》が良いよ」

「よく行かれますか?

「あそこは上品な店だから居心地も良いからね」

「ピアノを弾く女の子は、いつも着ていますか?」

「最近弾いてる女の子はアリアナかな?毎日じゃない。店はその先の通りにあるよ」

「ありがとうございます」


クロイスに行くと、ちょうど舞台前の席が空いていた。ラファエルはひとまずそこに座りティファニーとここでピアノを弾く女性を確かめたく店員にウィスキーを注文しようと手で合図した。


そこでちょうどドレスを着た女性が登場する。

(間違いない…ドレスと化粧で印象は違うが、ティファニーだ)

前回と曲は違うようだが、しっとりと演奏し始める。


この間会った反抗期な少女ではない、音楽を表現する1人の女性としてそこにいた。

弾き終えたティファニーと、目が合う。

どうやら、向こうもラファエルに気づいたようである。


シックなドレスから簡素なドレスに着替え、メイクも落としたティファニーはラファエルの席にやって来た。


「どうして?」

「たまたま、来たんだ」

「ふぅん?」

ティファニーは少し戸惑った…そんな顔をしている。

「…やっぱりお前だったんだな」

「知ってたの?」

「この間、会ったときにどこかで見た気がした。で、この店だったと思い出して、ここに来た」

「…呆れた…ちゃんとした貴族の子息の癖に」

「お前だって」

「私は、ちゃんとしてない令嬢だから」

「一緒に帰れる?送るよ」

「レオノーラに、いう?」

「ティファニーが望まないなら言わない」

ティファニーはすとんと椅子に座る。


「アリアナ、今日もありがとう」

コトンと飲み物と軽い食事が置かれる。

「ありがとう」

そっと封筒も手渡されティファニーは受け取った。

「軽蔑する?」

貴族の中には働く事に対して否定的な考えをする人もいる。

「いや、とても良かった。相応の対価を得ることに俺は素直に尊敬するし、そうあるべきだと思う」

ティファニーは思わずといった感じで少し微笑むと照れ隠しのように食べて飲んで、と作業を繰り返した。


秘密を共有している…そんな少しの繋がりで、ラファエルとティファニーの距離は一気に縮まった。

アリアナの日には必ずラファエルは送り迎えをして、クロイスの店員たちもラファエルをティファニーことアリアナの恋人だと認識して見ているようだった。





「休憩、終わり!」

ティファニーの声にハッとする。

「心地よくてまた寝ちゃいそうになったわ」

あくびを隠す、そんなちょっと気をぬいた顔にラファエルは目を細める。


ラファエルは運命論なんて信じない。だけど、この出会いだけはそう思わざるを得ない。今、隣にはティファニーがいる。


「こっちに乗る?」

「ううん、練習しなくちゃ…」

ティファニーは見た目に反して、強い意志がある。そして頑張り屋だ。

「そう?」

「無理になったらお願いする」

「よ、っと」

ラファエルはティファニーを抱えあげて馬に乗せる。


「ねぇ、何かあった?」

「え?」

「何か考え込んでなかった?」

「朝食は何かなってだけ」

「そんなに食いしん坊なの?」

クスッとティファニーが笑う。

「大事な欲求だよ」

ティファニーが笑いながら隣にいる。


それが、素直に楽しく嬉しい。




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