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31、カントリーハウス

ルナのドレスはとても美しい物で、ウィンスレットの領地にある大聖堂の荘厳な雰囲気ととてもよく合っていて、感動的に綺麗であった。

ティファニーはラファエルとアルマンとリリアナの後ろの席に並んで座った。そうして神官により厳粛に儀式が進められていく。

自分達の式も少し前の事であるのに、すでによく思い出せない。まるで夢の出来事のようだ…。


ルナはとても見違えるほど美しいし、ノーブルブラックのフロックコートに身を包んだフェリクスはとても格好よく、ルナをいとおしく見つめていて感動的だった。ラファエルにとってみれば、妹の結婚に思う所もあるだろう…。黙って、妹の婚礼を見守るその横顔をそっと見上げた。

ブロンテ家はみんな仲が良い。家族と過ごした思い出はたくさんあるだろう。

きっとティファニーには計り知れない思いを抱いてるのかも知れないとそう思った。




ルナの結婚式はウィンスレット邸で行われた披露パーティも滞りなく終わり、翌早朝アルマンとリリアナと共にティファニーとラファエルもウィンスレット邸を後にして、ブロンテ伯爵家の主領地へと向かうことになった。

その行程の馬車で、アルマンとリリアナと向かい合わせになったティファニーは、どことなく寂しげなその空気に居たたまれない。

「…」

何も言わずに、アルマンがポケットからハンカチを取り出してリリアナの手に押し付けた。


その瞬間にリリアナの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。


早々にウィンスレット邸を後にしたのは、ルナから離れがたくなるからだったのかも知れないと思い至る。

リリアナにとってルナは一番下の娘で、様々な想いがあるのだろう。

そっと背に手を回して慰めるアルマン。その二人の姿を視界の端に捉えてティファニーはもじもじしてしまう…。


しばしの間、ひとしきりさめざめと泣いたリリアナは、スッキリとしたのか明るく笑って見せた。

「何か美味しいものが食べたいわ」

「邸についたら作ってもらえばいい」

アルマンは素っ気ないほどの口調で言うが、彼のその瞳はとても優しい。

「そうね、ティファニー。何が良いかしら?やっぱりケーキがいいかしらね?」

はしゃぐように言うリリアナは無理矢理楽しもうとしているようで、ティファニーはつられて笑みを作って見せた。

「え、とそうですね。クリームたっぷりのが良いです」

ティファニーはようやく重苦しい空気が転じたことにほっとして、慌ててそう同意した。


「それがいいわね」

すんと鼻をすすると

「…やっぱり淋しいものね…ごめんなさいね、泣いてしまって」

「いいえ、お義母さま。今日は…たくさん泣いても良いと思います…」

ティファニーはそう言った。

「ありがとう…バクスター家の領地はどんなところ?ブロンテの領地は深い森があって、自然がとても豊かよ、それに近く大きな祭りがあって、ティファニーも参加しましょうね」

にこにことリリアナはたくさん話し出した。

「バクスターの領地には行ったことはありません。私は、王都から出たことが無かったんです」

ティファニーはためらいつつも、領地の暮らしを知らないと伝えた。

「お祭りがあるのですか、楽しみです」


場所の窓からは、まだ夏の香りの残る風が流れ込んでくる。

「準備がたくさんあるから手伝ってね」

リリアナは明るく振る舞っている。

「はい、手伝わせて下さい」

むしろ、忙しくさせてほしい…。


これから…現実がやって来る。

ラファエルとの生活…。ブロンテ家の嫡男の妻として、ティファニーはこれからやっていかなくてはいけないのだから…。


「見えてきたよ」

大きな森とそして、そのもりの前には絵本で見るような屋敷。くすんだ黄味がかった壁と青い屋根、たくさんの窓。連なる建物。そこに至る道には大きな川とそこに下を丸く作ったレンガの橋が架かっている。

「大きい…」

「ウィンスレット邸の方が大きかっただろう?」

「でも、すごい」

「古い造りなんだ」

ラファエルの言うとうり、確かに古くからそこのあるかのように、溶け込んでいてしかし圧倒させられる。


タウンハウスとは全く違う規模である。

「ここがティファニーの家になるのよ」

リリアナが微笑んで言う。貴族にとって家はカントリーハウスであり、王都のタウンハウスは仮住いという感覚なのだろうか…

バクスターの領地を知らないティファニーには比べようも無いが、きっとブロンテのカントリーハウスは立派なのだろう。


「ここには叔父一家が管財人として住んでいる」

馬車は橋を渡り、屋敷にたどり着いた。


玄関の扉が開き、執事とアルマンの弟だと言われたコネリーとその家族が出迎えに来る。

使用人達も別の入り口から続々と主人を出迎えるために整列する。


「執事のソールだ」

ラファエルがいうと、2人はきっちりとお辞儀をする。

「ソールでございます。こちらはメイド長のジェマでございます。屋敷内での事は私たちにお任せください」

ティファニーは頷きを返した。

「わかったわ、お願いね」


邸内に入ると、コネリーとその妻のジャクリーンが親しげに話しかけて来た。

「ラファエル、そちらが奥方だね?えらく急いで結婚したと驚いたが、なるほど綺麗な女性だね」

はははとコネリーは快活に笑い、ジャクリーンも隣で同意している。

「ほんとうにそうね」


高い天井の玄関ホールに入ると、奥から二頭の中型の犬がラファエルに飛びかかるように走ってくる。

「ウィング!ウィード!」

嬉しそうにラファエルがその垂れた耳や顔を撫でる。茶色と白のウェーブがかった被毛が綺麗だ。黒と白の方もラファエルの周りを回って、続いて撫でている。

「この子達もラファエルを待っていたんだな」


「ラファエルー!」

「あ、キャシーか?」

犬達に続いて来たのは、まだ幼さの残る女の子。

一気に飛びつくその大胆さに驚かされる。


「大きくなったなぁ〜」

受け止めつつ下ろしたままの金髪の頭を撫でている。

「もぅ子供扱いして!」

「レディはいきなり飛びかかってきたりしない」

ラファエルが冷静にいうと

「あっ…」

「キャシー、ラファエルの奥方のレディ ティファニーだよ。いい加減離れてご挨拶をしなさい」

めっとジャクリーンが叱る。

「ラファエルが…結婚なんて!私が結婚するつもりだっのに!ぜーったい、い、や!!!」

キャシーはぷいっとティファニーから顔を背ける。

「別にいいよ?挨拶しなくて。お前は一体いくつのお子ちゃまなのかな?」

「ち、違うもん。お子ちゃまじゃないもん」

「もんって、本当に子供だな…」

「あっ!」

くるくると変わる表情が可愛らしく、ティファニーはつい笑ってしまった。


「なによぅ、貴女なんて嫌い!帰っちゃえ!」


「キャシー。いい加減にしろ、いま帰るのはお前だよ」


「キャシー、ラファエルの言う通りよ。今は部屋に戻って反省していなさい」

ジャクリーンがピシャリと言うと、キャシーはふくれっ面のまま嵐のように去って行く。


「ごめんなさいね、本当に子供っぽい娘で…」

ティファニーはいいえ、と首を振った。


「キャシーは12歳になったかしら?難しい年頃よね」

クスッとリリアナが笑う。

「末っ子のせいかもう我が儘で困るわ」


「気にしないで、ラファエルが兄以外の身近な異性だったから盲目的になってしまったのね」

リリアナがティファニーに向かって苦笑する。

兄…と、ティファニーは呟いた。

「もうすぐ帰って来るけれど、今寄宿舎にいるウィルとスティーヴがいるの」

ジャクリーンがにっこりと笑う。


「ウィルはティファニーと同じ17歳で、スティーヴは15歳だ」

「二人はルロイと同じ学校?」

「いや、違う学校だな」

ティファニーはそういう面に疎いのか、今一つたくさん学校があるというのがピンとこなかった…。


「ああ、そうそう。ソックスはあなたちたちの部屋で待ってるわよ」

リリアナがにこにこと気を取り直すように言った。

「あ、ソックス連れてきてくれたのですね」

ティファニーは嬉しくなって、早速会いたくなる。


ラファエルとティファニーは邸の二階にある左奥のフロアに住まう事になっている。ラファエルとティファニーが部屋へを向かうと、ウィングとウィードもついてくる。

「い、犬って…」

もしかすると、部屋まで来るのだろうか?

そんな疑問が沸き上がる。

中型なのかもしれないが、ティファニーにはとても大きく見えて、怖い…。

「…あ、もしかすると犬苦手?」

「…て、いうか…はじめて見るから、少し怖いっていうかその…ごめんなさい」

「こいつらは、俺が子犬から世話してるから…何とか慣れてくれない?」

ラファエルは2頭を見下ろしながら言う。

「な、何とか頑張ってみる」

「うん。よろしく」


扉を開けると、ソックスが軽やかにラファエルに!駆け寄ってくる。

「ソックス留守番ありがとう」

「なぁう」

ソックスはすりすりとラファエルの足にすり寄っている。


「あ…」


「「うぅーーー」」

ソックスにウィングとウィードが威嚇の声をあげるが、ソックスは相手にせずにラファエルにすまして変わらずすり寄っている。


「ソックス、駄目よ」

ソックスはまだ子猫であるが貰ったときよりはかなり大きくなってきている。自然と毛もふさふさとしてきて、ソックスのような模様は薄くなり白と少しのグレーになってしまった。成猫になるまでまだ大きくなりそうだが素直に今度はティファニーに抱かれにくる。

「にゃ」

ふわふわの毛のソックスを抱っこするととても心地よい。


「うーん、犬と猫は同室は無理かな」

ラファエルが威嚇し続けるウィングとウィードを見つつ言うと、それを理解したのかピタリットと威嚇をやめ、地に伏せる。

「仲良くしてくれるかな?」

「にゃ」

ソックスは返事をするかのように鳴いて、床に降りると2頭の前を歩いて見せる。仲良く、はわからないがとにかく喧嘩は避けられたようである。


「…モテて嬉しい?ラファエル」

今日はシャシーといい、ウィングとウィードといい、ソックスといい…。皆がラファエルが好きだと見せつけられた…。

「子供と動物だけ」

ラファエルは笑う。


「だけど…なんだかモヤモヤしちゃうな…」

はぁ、とティファニーは部屋のソファにぽすんと座る。

「モヤモヤ?」

「うん、でも上手く言えない」

自分の感情がわからない…

自分と違いすぎる…そんなの、分かってた…はずなのに。

何があっても離れないと決心していたはずなのに…。怖じ気づいている自分がいる。


愛されている…ラファエル、愛された記憶のないティファニー。

当たり前の事が当たり前にあるラファエルと、当たり前の事が手に入らなかったティファニー…。


なんて表現したらいい?二人が違いすぎるそんな事は分かっていた…分かっていたはずなのに…その事がとても苦しい。

モヤモヤと答えのない感情が…押し寄せる。


ソックスは静かにティファニーの腕に抱かれたまま、ゴロゴロと喉を鳴らしている。久しぶりの主人の腕にご機嫌である。


「疲れた?」


ラファエルは目を伏せたティファニーにそっと額に手を伸ばす。

「そうなのかも」

「少し寝る?」


眠くはない…けれど…気持ちの整理がつくまで微睡んでいたい気もする。

「足、伸ばせば?」

靴を脱がせて、ソファに載せる。ブランケットをかけてくれる。

「足…見た?」

「見てるよ、もう何回も」

今さら?とラファエルが笑う。


「ダメでしょ…見たら…」


眠くはないはずだったのに、ソックスの柔らかな温もりと重み、呼吸の音。ブランケットにくるまれた安心感で急速に眠気がやってくる。


ラファエルの言うように、どうやら知らないうちに疲れていたようだ…。


その時に押し寄せた夢は、ぐるぐるとこれまでの思い出と、現実にはなかった事がとりとめもなく巡り巡り巡り…

眠ったはずなのに、なんだかとても疲れてしまった。


「ああいう時は少しだけ眠るんだよ、寝すぎだよティファニー」


くったりと起き上がったティファニーにラファエルが水を差し出しながら言った。


「寝すぎ?」

「もう、夜だよ」

「ウソ…」

着いたのは、夕方の前だったはずなのにほんの少しの筈が、何時間も眠ってしまったみたいだ。

「ほんと、お腹空いてない?」

「空いた、かも」

気だるい倦怠感と、空腹感が体から訴えてくる。


「キッチンに、襲撃しに行くか」


「はい?」

「行くぞ」


手を引かれて、ティファニーは階段を降りる。

ラファエルは楽しげでもあり、階下の使用人たちのエリアに踏み込む。

ちょうど、彼らは休息をしていたようで話し声が聞こえてくる。

壁をコンコンとして、注意を向ける。

「寛いでるところゴメン」

慌てて皆立ち上がるが、

「あ、そのままでいいから」

「ラファエル坊ちゃま」

そう一斉に声がかかり、

「坊ちゃま?」

思わず繰り返してしまった。

「坊ちゃまは、もうやめてくれない?なにか食事残ってない?お腹空いた」


「え?ラファエルも食べてないの?」

「食べたよ?」

「そ、そうなの?」


「私たちと同じものでよろしければ…」

「それでいいよ、一緒に座っていいかな?」

「坊ちゃまは、もう。いい加減大人におなり下さい」

メイドの一人が呆れたように言う。

「まだ19歳だからね、大人と子供の狭間だ」

くすくすとラファエルが笑って空いている椅子に座る。

「すみません、お邪魔します…」

「知ってると思うけど、俺の奥さん」

ラファエルが気軽に紹介する。


「よ、よろしくお願いします」


主人と使用人が同席とか…、貴族らしい接し方とか…。

「難しく考えるな」

にっこりとラファエルが微笑みを浮かべて言う。

「ティファニーは貴族らしく使用人の罰には鞭打ちとか言わない人だよな?」

「そんな事、もちろんしない」


「コック長のミセス・マール」

ラファエルが体格のいい女性を示す。

「お菓子も美味しいから」

「若奥様、こんなものでよろしいですか?」

マールはそっとスープとパンを出してくる。

「充分過ぎます。いただきます…これを頂戴しても、貴方たちは困らない?」

「大丈夫でございますよ。さ、ラファエル坊ちゃまもどうぞ」

「…あのさ、ティファニーは若奥様で俺は坊ちゃまなわけ?」

「ここに大切なレディを連れてきている時点で坊ちゃまです」


「それにしても、都会のレディはみんなこんなに細くていらっしゃるのですか?」

ソールが淡々と聞いて来る。まだ30台位と若くも見える彼はティファニーに思い切って聞いてきたようである。

「…そんな訳ないだろ?ステファニーやルシアンナを見てるだろ?」

ラファエルが笑いながら言う。

「お嬢様方も細くていらっしゃるけれど、ほんとうに同じ人間でいらっしゃる?」

「もちろん…でも、なぜ?」

「隣にいるメイドのコニーの顔の半分ですよ」

隣にいるメイドはしっかりした体つきの女の子で可愛らしい顔である。

「背が小さいだけです」


ティファニーは視線を浴びて恥ずかしくなりパンをちぎって口に運ぶ。


「食べるんだぁ…」

コニーがマジマジと見てくる。

「コニー、失礼ですよ」

ジェマがしっかりと注意する。


「美味しいです、とても」

ティファニーはそうマールに言った。マールはホッとしたかのように微笑んだ。隣でラファエルはあっと言う間に同じ分量を平らげてしまう。

「食べる?」

ティファニーはパンを半分ちぎって渡す。

「食べる」

ティファニーが満腹になったと見るや、ラファエルは残ったスープも一瞬で綺麗にしてしまった。


「ごちそうさまでした」

ラファエルはきっちりと言い、

「邪魔してゴメン、ありがとう」

「ありがとう、ごちそうさまでした」

ティファニーも続いて言い、階下から上に上がる。


「今日の晩餐じい様も一緒でさ…。あんまり食べた気がしなくて」

ラファエルは笑う。緊張するからと言われて、そんな席を寝過ごしたなんて…と蒼くなる。

「じい様って」

「まだ会ってないよな、明日紹介するから」


「どうしよう、早速やっちゃった?私」


トントンと軽やかに階段を上がりながら、ラファエルが振り返る。

「大丈夫だよ。じい様は俺には厳しいけど女の子には優しいから」


「ティファニー様、バスルームを準備致します」

後ろから、ジェマとコニーとリアがやってくる。


コニーとリアは同じ席で食べたということもあり、お風呂の間もティファニーに積極的に話しかけてくれて、打ち解けられた。

こうして、盛りだくさんな初日は過ぎていった。



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