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29、ピアノソナタ

紋章のない馬車に乗り、街の入り口手前で降りるとエレナと共に気軽に街歩きをする。

ウィンスレットの主領地は王都とは違うが、活気のある街だ。

売っている物も、どこか外国の香りがするものもたくさんあり見ていて飽きさせない。


「私の事はエレナと呼び捨てでいいわ」

こそっといたずらっ子のようにエレナが言う。そういうお忍びを楽しむ様子にティファニーもつられて笑う。


ティファニーはクリーム色の小花柄のプリントドレス、エレナは淡いグリーンに、草花の模様のドレスを着ていて、とても公爵夫人には見えない。


そしてまたエレナが街歩きに慣れている事に驚かされる。

「あのお店はなかなかいい品物があるの」

まっすぐに目当ての子供用品も売ってあるお店に向かってそうティファニーに言った。


目についたのは、可愛らしくフリルのついた上下お揃いの赤ちゃん用の服である。赤ちゃん服には特に男女の差はないのである。

「これならはいはいの時から、よちよちする時期まで使いやすいと思うわ」

エレナがにっこりと微笑んでうなずいた。

「じゃあこれにします。あとは…」

持って音をたてて遊ぶラトルを選ぶ。

「贈り物ですか?」

「ええ、そうです」

店員は確認すると綺麗な青色の箱にいれて、銀色のリボンで結んでくれた。


「ティファニーは甘いものは好き?」

「はい、好きです」

街にある、お菓子のお店に入るとエレナは「全部の種類を5個ずつ。明日ウィンスレット邸に届けてもらえるかしら?」

「…ええ、と。はいウィンスレット邸へお届けでよろしいのですね?」

「先に払っておくわね」


豪快な買い物の仕方に、店員と同じく驚いたティファニーに

「今日、明日にはたくさん来客があるの」

にっこりと微笑む。

それにしても多すぎる気がしてならない。


街をたくさん歩いて、再び馬車に乗り帰ると、その時にはいつの間にか手荷物をたくさん持っていた。

エレナにつられて、ついつい買いすぎてしまった気がする。


「フレデリック卿とジョージアナ様がお着きになられました」

執事が出迎えると、そっとエレナにつげていて、

ホールには帰ってきたのがわかったらしい、ライアンの娘であるジョージアナとその夫であるフレデリックが姿を表した。


ティファニーは直接は話したことはなかったが、フレデリックはジョルダンの兄である。その容貌は銀髪と青い瞳と、平均並みの背丈も似ていると思った。

フレデリックの方が、貴族にしてはどことなく人好きのする雰囲気を漂わせていて、ジョルダンは細部までお洒落に気を使っていて洗練されていた。


ジョージアナは、フェリクスと似て、正にこれが貴族のお姫さまというキラキラとうねる金髪と鮮やかな青い瞳、美しく端正な顔、すらりとどこにも非の打ち所のない肢体をしている。


美しい人はたくさんいるが、完璧なレディというのはこの人の事だとティファニーは思った。


「エレナ」

ジョージアナが笑みを向けてくる。

「ジョージアナ、無事について良かったわ。元気そうで良かったわ」


「ブロンテ夫人ね?」

エレナの後ろにいるティファニーに目が向けられる。

「はい、はじめまして。ティファニー・プ…あ、と。ブロンテと申します」

ティファニーはお辞儀をする。

「わたくしはジョージアナ・アシュフォードよ、そのままジョージアナで構わないわ」

にっこりと微笑まれて、ティファニーは緊張しつつもはい、と返事をした。


「ほら、ジーってば。もう少し柔らかく話さないとさ…。緊張しちゃってるよ?」

フレデリックがジョージアナの横に立ち、顔を寄せて話しかける。そうすると

「近すぎるわフレデリック!」

少し頬を赤らめて言うとジョージアナの堅い雰囲気が少しほぐれる。

「この人、こう見えて怖くないからね」

「怖いってどういう事?怖いって」


「あぁ、もう。ジョージアナもフレデリックも仲良くするのも程ほどにね」

くすくすとエレナが笑う。

「いえ、つい。私たちも新婚なので」

にこにことフレデリックが笑う。

「なぁ?ジー」

「だから、近すぎると言っているでしょう?」


「ひとまずお茶にしない?ラファエルも呼びましょう、ね?」

二人のやり取りにエレナが笑いを噛み殺しながら言った。


「いいですね、私も喉が乾きました」

フレデリックが言う。どうやら、ジョルダンとは少し違うが、どちらも喰えない性格をしているのは共通しているようだ。


庭に面した広間に向かうと、エレナが示した席に従者が椅子を引きそこに座る。

ラファエルと、それからライアンがジョエルとマリウスを両腕に抱いて入ってきた。

「かーしゃま」

ジョエルがエレナにむかってパタパタと腕を向けて抱っこをねだっている。

威厳のあるライアンと、子供はとてつもなく似合わないがとてもいとおしそうにマリウスを見ている。


「フレデリック、ジョージアナはちゃんと出来ているかな?」

「そうですね、閣下。楽しいですよ毎日が」

ニヤリと笑うフレデリックである。

「マリウスも大きくなりましたね、そろそろレディ エレナに似た女の子なんてどうですか?」

「君もなかなか言うね」

ふっとライアンが笑う。

「君たちこそ考えなさい」


「うちより、ラファエル。君たちは若いし10人くらい目指してみたらどう?」


おもわずティファニーはむせてしまった。まさかこっちに振られると思っていなかった。

「…子供は授かり物ですからね」

サラリとラファエルは微笑して返している。あまり年は変わらないはずなのに、ラファエルのその余裕のある態度にティファニーは驚いた。

「…そんなことを言っていていいのかな?」

どこか含みのある言葉だが、ティファニーには分からない。

「フレデリック卿、止めて下さい。結婚したのも…お互いに話し合ってのものです。深い理由はありませんよ」

ラファエルはだけど、わかっているようだ。


「本当に?あまりにも早すぎるから、色々と噂はあるけど?」

ちらりとフレデリックがティファニーを見ている。


つまりは…出来ていると思われてるのか…。

「あくまで噂は噂です」

しれっとラファエルが返している。


「ノせられてくれないなぁ…。若造なのに」

と言いつつも、顔は笑顔である。

「まぁ、いいよ。でも…ここ数年、どこもピリピリしているそれくらい、用心してもいいくらいかもな」


「その辺で、ご容赦下さい…若造なので」


「…そうだね、レディたちの前でする話じゃなかったなぁ」

くすっとフレデリックが笑う。


「…ティファニー、どうしたんだい?今日はとても大人しいね?」

ライアンがティファニーに話しかける。


「そ、うでしょうか?」

「アルマンにあんな風に啖呵をきった勇ましいお嬢さんなのに、今日は見た目通りの可憐な少女みたいだ」

くすとライアンが笑う。


「あ…」


そういえば、あの場所にはライアンもいたのだ。

「聞いてらしたのですね」

思わず俯く。

「若いというのは良いものだね」

ニヤリと笑われて、ティファニーは

「是非、忘れていただけたら有り難く思います」

「まさか…勿体ない。アルマンが女の子に圧倒される姿が見れるとはね。私もジュリアンもとても感心した」


「…ありがとうございます。お陰で、今の結果があります」

「いや、武門の名門ブロンテ家に相応しい令嬢だと思った、だからこそアルマンも認めたのだろう。彼は誰かに言われたからと言って考えを曲げたりはしない」


「それは是非その場にいたかった」

フレデリックが面白そうにライアンとティファニーをみている。


「ですから、もうそのお話はやめて頂きたいと…。お願い致します」

ティファニーは両手で顔を隠した。街着の為に正装なら持っている扇がない…。


「それはそうとフレデリック。ジョルダンからラファエルたち宛に手紙がきていたでしょう?」

「ああ、そうだったね」


ジョージアナの言葉にフレデリックは従者に目配せをして、持ってくるように指示をだした。


「ジョルダンから手紙が来ましたか、隣人の様子はどうですか?」

隣人の…とは、きっと何かの喩えなのだろう。ティファニーたちには隠したい、単語なのだろう。

「うん。相変わらず、隣やらもっと向こうが気になる人みたいだね。だけど…なんとも。依然として付き合いは気をつけてしましょうって事なのだろうね」

ラファエルの問いにフレデリックが、世間話のような風に返す。

「南の夫人の方は上手くいってるんでしょうか?」


「彼女は相変わらず…。飄々と上手く振る舞っている筈だ、お家騒動も2年以上たって落ち着きを見せている」

これにはライアンがこたえている。


その話が気になる所だが、

「ティファニーと街に行っていたのよ、ジョージアナ」

にっこりとエレナがさりげなく男性たちの話から意識をそらせた。

「お忍びで、ね。楽しかったでしょう、それは」

にっこりと微笑む。

「王都とはまた違った綺麗な街でとても楽しかったです」

「何かほりだしものはあって?」

「ヴィクターの…キースとレオノーラの赤ちゃんのお洋服とか…香水の瓶とか…たくさん買ってしまいました」

「わたくしも行きたいわ」

「ジョージアナはまず、その言葉をすこし崩さないと駄目よ?すぐに貴族だとばれてしまうわ」

エレナが言う。

「お忍びするなら、ちゃんとなりきらないと」

「あら…」

小さな頃から言葉遣いからすべて叩き込まれたらしく、ジョージアナは何もかもが貴族のお手本だ。


「失礼致します。ジョルダン様のお手紙をお持ちいたしました」

「あぁ、ラファエルに渡して」

フレデリックが従者に言う。


ちらりとみると、ラファエルは封をあけて読んでいる。


「これは?」

「楽譜だけど?」

「それはわかります」

「私はもちろん、ジョージアナも難しすぎて弾きこなせないらしくて君らはどうかな?と思って」


ラファエルはその楽譜をティファニーに持ってきた。

ジョルダンから送られたらしいそのピアノソナタの楽譜をみると、とても複雑な技巧を要するに難解な曲である。

「それ、本当に途中から指がつりそうになるの」

ジョージアナが呟く。

「本当に、これは難しいわね…」

エレナがため息をつく。

「…ちょっと…弾いてみましょうか?自信はないですけれど…」

「あら、挑戦者がいたわ」

ティファニーが言ってみると、ジョージアナが嬉しそうに言う。


ちょうど、この広間の端にはピアノがおかれている。

第一楽章から譜面を追って指を操り、音を奏でる。


クロイスのお陰で、初見で弾くことにはかなり慣れたし、小さな頃からピアノソナタもたくさん練習してきた。(他にすることがなかったから!)


第一楽章を弾いて、そこで一旦止める。

「え、終わるの?」

ガッカリした様子のジョージアナだが、

「…全部弾くとかなり長いですから…それに、この後は指がかなり複雑で…練習しないともつれそうです」


「明日にでも、全部演奏してみて欲しいわ」

にっこりとエレナがいう。

「ここのじゃなくて、一番いいピアノで聞きたいわ」

ねぇ?とエレナが振り返ると、ジョージアナもフレデリックたちも頷いている。

「では…練習しておきます」

ティファニーは楽譜を畳んで、そっとテーブルの端には置いた。


気軽に弾いてみると言うものではない…。これでは緊張してしまうではないか…。


「ぴあん、じょーじゅね」

舌ったらずにはなすジョエルがとても可愛らしい。

「ありがとう、ジョエル」


「それはそうと、エレナ。準備はどうなの?」

「あとはもう、当日を待つばかりよ。前日の準備はお手伝いよろしくねジョージアナ」

エレナが微笑む

「たくさん女手があるから心配いらないと思うの」


「ええっと…あの。レディ エリザベスは来るの?」

「招待状は出したの。いらっしゃるそうよ」

「そ、それ大丈夫なの?」

エリザベスはライアンの元妻だ。

「フェリクスのお母様ですもの」

「そうよね…わたくしの時も来てはいたし…ここに泊まるの?」

「そのつもりでご用意しているわ。街の一流ホテルも予約しているし、どちらでも対応させていただくつもりよ?」


元妻と今の妻…。その構図にうろたえるジョージアナと、落ち着いているエレナがとても対照的で…。ティファニーは苦笑いを浮かべた。


「そろそろ私は失礼するよ、マリウスが寝てしまった」

「そうね、また晩餐の席で会いましょう」

にっこりとエレナが微笑み、並んで広間を出ていった。

見つめあう二人はとてもお似合いで、幸せそうだった。


「ジー、本当にまだまだ弟か妹増えると思うよ?」


フレデリックがジョージアナに言っている言葉にその意味を思ってティファニーもどうジョージアナが言うのか、つい聞き耳をたててしまった。


「嬉しいけど…それはそれで複雑だわ…」

「男のロマンそのものを体現しているよな、閣下は」

フレデリックが目を細めてライアンが出ていった方を見ている。

「…何だかとても最低な気がするわ」


「なんだよ妬いてる?」

「なぜそうなるのか意味不明だから」

「照れるなよ」

「照れてなんていないから!」

「ふぅん?」

ニヤニヤと笑いながらジョージアナを見てるフレデリックが、何だかとても企んでいるようでティファニーは一緒にいれるジョージアナを尊敬した。


「フレデリック、お邪魔そうなので私たちも帰ります。ごゆっくり」

にっこりと爽やかな笑みを浮かべてラファエルはティファニーの背を後ろからエスコートして広間から出ようとする。


「あ、そう?じゃあまた」

フレデリックがヒラヒラと手を振る。

「お、お邪魔なんかじゃないわよ?何言ってるの」

そう少し焦ったように言うジョージアナが年上なのにとても可愛らしく見えた。


「フレデリックとレディ ジョージアナあんな風だなんて知らなかったな」

くすっとラファエルは部屋を出てからこそっとティファニーに言ってくる。

「付き合いが長い分、自然な姿を見せ合えるのかも知れないね」


ラファエルはちらりとティファニーを見下ろしてくる。

その眼差しに、ドキリとする。

「ラファエル…私…出来ることは何でも頑張るから…。だからちゃんと言ってね?」

他のレディたちを見ていると、自分のいたらなさに気づかされてしまう。

「遠慮なく言うよ…でも、ただでさえ若造だからカッコつけさせて」

ラファエルがそう言って笑う。

「結婚の許可も奥さんの手柄なのに、今のところカッコ悪いとこしかないだろ?」

ぽん、と大きな手が頭に触れる。

「ティファニーが…自分の家の事とか気にしてるのは分かるつもり。でも、気にするな…俺が頼みたいことは…側でいつも笑ってて欲しい、それだけ」

「…なんか…」

頬が熱くなる。

「…ライアン卿とフレデリックにあてられたな…」

照れ隠しに、少し急ぎ足で自室に向かった。


部屋に入ると…ラファエルに抱き締められ、熱いキスを交わした…。



***


「…あ、そういえば手紙ってなんだったの?」

「ああ…」

ラファエルはベッドからするりと降りると手紙を取り戻ってくる。

「…レディ ロレインの事聞いたみたいだ」


ラファエルとティファニーへ向けて、巻き込んで申し訳ないとまさか、と思ったがこれからも気をつけて欲しい。と書かれていて、もし彼女がこの後困らせるようなら容赦なく制裁するから連絡するように書かれていた。

「制裁って…」

「こういう事をティファニーには知られたくないけど…。必要な事もある」

「でも…ロレインはジョルダンの想う人で」

「すでに、過去だ」

淡々と決まったことのようにラファエルが言う。その声はどこか緊張している。

「ラファエル…えっと…何だか怒ってたりする?」

「ティファニーが、あんなことされて俺が怒らないと思う?」

「それって…」

「俺はね、これでもジョルダンの顔をたてて我慢してるわけ。彼には俺もティファニーも世話になったからね。けど次は、ない」

「…何、するの?」

ティファニーはコクりと唾を飲み込んだ。


「…彼女が大人しくしていれば何も起こらない」

ラファエルは静かにそう言った。


ジョルダンも…ロレインも…叶わないという恋はなんだかとても哀しくて…。

恋ゆえに理性を失った彼女が…とても哀しくて…。

恋ゆえにそうなる事は、何となくはわかる気がしてしまう。

でもやはり…ロレインに同調する事はティファニーには出来ない。彼女は…とても、自分勝手で残酷だと思うから…。


「あれで彼女も終わればいい…」

願うようなラファエルの声にティファニーはそっと寄り添う事で同意した。


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