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28、二人旅

ブレイトで一泊して翌日にすこし街を歩いて、馬車に乗ると次はパルスを目指した。

途中で、コッツウィンジを通ると、海辺の街から一転して、緑とそして羊たちのいるのどかな風景がティファニーをまた感嘆させる。

まるでどこまでも続くかのような緑と、あちこちに点在する町と、村がとても美しい。


ハチミツ色の建物と緑の景色。人々が生活を営むその景色がとても素敵だとそう思った。


やがて見えてきた優雅な建築物の並ぶパルスが見えてきた。

弧を描くように建物が並びとても美しい。


ラファエルと共に街の入り口で馬車を降りると、今夜はここで一泊する予定のようでホテルを手配しに中流から上流あたりの佇まいのホテルに入っていく。

「温泉があるのよね?」

マリアンナのくれた本で見ていたティファニーはそう聞いた。

「そうだよ、多分疲れてるだろうからゆっくり寛いでおいでよ」

ラファエルはそういうと、スパまで案内する。


中心市街にある温泉施設へ行くと、その湯は心地よくて、旅なれない体を解してくれる。旅の汚れを落とすと、ほっとひと心地つく事が出来た。

そして、熟練の腕をもつ女性たちによってうける全身のマッサージでティファニーはすっかりと寛いで、うとうととしてしまう。


マッサージを受けた後に、ハーブティを飲んでいると同じように寛いでいる女性に話しかけられる。

「お嬢さんはいまは旅行中?」

「はい、そうです」

柔らかな笑みに誘われて素直にそう返事をする。

「あら、ご家族と?」

「いえ…あの」

どう言うのが相応しいのか迷い、

「夫、と二人です」

「あら、まあ。新婚さんかしら?」

「ええ、そうです」

新婚さんという響きに反射的に赤くなってしまう。

「素敵ね、楽しんでね」

にこにこと言われてティファニーもはい、とうなずきを返す。


王都とは比べるべくもないが、ここもたくさんの社交が行われている都市だ。夕方になると、着飾った人達が馬車に乗り行き交っている。

元々、社交が苦手なラファエルとそれからティファニーである。

そういう所には無視をして、この日もまたレストランで食事をする。


「明日は目的地まで行くからちょっと馬車が長いんだ」

ラファエルが言う。

「目的地?」

「湖の街にいくよ。そこまで行っておけば、すこしゆっくり過ごしてもルナの結婚式には間に合うかな」

ラファエルは緻密に計算しているようである。


遠い、ということもあるのか、乗り心地のより良い、乗り合いではなく貸し馬車を利用して一気に北上する。


「贅沢じゃない?」

「王都を出るのも、旅もはじめてだろう?無理は禁物だよ」

ラファエルが言うので、ティファニーはそれもそうなのかとうなずく。

確かに移動続きの日々に気づいていない疲労は溜まってきているように思う。


「それに、ウィンスレット家のティアレイク・アビーにしばらく滞在させてもらう予定なんだ」

それはどうやらウィンスレット公爵家の数ある屋敷の1つらしい。

「そうなの?」

「そう」


「ねぇ…もし本当に…駆け落ちなんて事をしていたら、私たちどうやって生活したのかな…?」

この旅行は楽しい。だけど、それは伯爵家の財産からすべて出されているのだ。

「…まずは、有り金で住まいを買って、場所は狩り場の近くかな…。で、俺が動物を狩って売るか、交換してもらって…ティファニーは町とか村の女の人に料理を習って…とか?」

「…出来たかな?」

「わからない、けど、二人で頑張れたんじゃないかな?」

「そうかな?」


二人でいると、ラファエルが意外と…といえばおかしいが、身の回りの事はもちろん、世間も知っている事に驚かされる。

夢物語でもなく、もしかして駆け落ちなんて事になってもやっていけたのかも知れない。

そうならずに許しがもらえた事はとても良かった…本当に。

彼はティファニーから見ても、跡継ぎとして相応しくて…駆け落ちなんてことに、一時と言えどなったとすれば、その名をスキャンダルで広める事になってしまえば、それは残念で惜しまれる事になっただろう。


馬車に窓からは、美しい風景が少しずつ趣を変えて目を楽しませる。


ティファニーははじめてのカントリーハウスにとても驚いた。

ティアレイク・アビーはタウンハウスと比べると呆れるほどの規模であり、その荘厳な佇まいに感嘆の声を漏らした。

屋敷、というよりは城である。


「ようこそ、ラファエル卿、それからレディ ティファニー。お待ちしておりました」

にっこりと微笑んで執事のハーヴィーが出迎えてくれる。

日頃主の使用しない屋敷は、美しく保たれているものの、どこかのシンとしていて淋しくもある。


「お世話をさせていただきます、ウルリカでございます。ティファニー様」

「しばらくよろしくね」

「ちょうど明日からは雨が降りだしそうでしたし、今日お着きになられて本当に良かったですわ」


ウルリカの言うように、翌日には降りだした。

湖の街にあるここは、しとしとと雨が降りその風景は雨が降っていてもとても雰囲気があって良い。

けれど、ここまで毎日変わる光景を見てきたティファニーにはここに閉じ込められるという感じにとらわれてしまい、はぁとため息をついた。


「雨で退屈?」

くすっとラファエルが笑いながら言ってくる。

「…ここまで、楽しみすぎちゃった…」


けれど…やはり、執事やメイドに囲まれる生活というのはどこか落ち着く…。生まれつきそうやって生活をしてきていたから、彼らが居ることがとても自然なのだ。


ラファエルはといえば、彼らがいれば彼らに仕事をさせ、いなければ自分でなんでもする。それが自然と切り替わっているのはやはり、寄宿舎生活が長くある為なのだと感じさせた。

ほんの2年前まで彼は学校で集団生活をしていたのだから。


「学校って、楽しかった?」

「…めちゃくちゃ、きついよ…。何度も脱走したくなった」

「ええっ!そうなの?」

「規則だらけだし、教師は厳しいし…年上たちはやたら威張ってくるし…」

そんな風に言いながらも笑うと

「で、最終学年になったら、自分等が威張る」

「そうやって受け継がれて行くんだ」

ティファニーも笑った。


社交もなく、他の家族もいない…時間の感覚が遠のくこの屋敷でのんびりと色々と話をしながら二人で過ごした。

そうしていると、王都でのあれこれがどこか夢であったようにも感じてくるから不思議だ。


腹立たしくさえ感じたロレインの事さえ、今なら親身に話が聞けそうに思ってしまう。


数日降り続いた雨が止むと、ようやく外に出る事が出来た。


美しい緑と敷地内にある涙形の湖、それから計算されたガーデンがとても綺麗で、小道や木から、小動物があちこちにそっと姿を覗かせる。

「乗馬でも行こうか?屋敷の外もたくさんきれいなところがあると思う」


ティアレイク・アビーの馬と、それから乗馬服を借りてまだ湿った道を馬でゆっくりと進む。

点在する湖と、人々が営むのどかな村がとても見ごたえがある。


この湖の街たち

の中でも一番大きな街に行くと、とても古く歴史のありそうな街並みがある。

馬を繋いでそこをあるくと、

「ここは妖精の伝説があるんだ」

確かに、緑豊かで、色とりどりの花が咲き乱れていてそこかしこから絵本で見たような妖精達がふっと姿を表しそうだ。


雑貨店の並ぶそこには妖精をモチーフにした雑貨が並んでいてとても可愛い。

表紙の細工がとても凝っている日記帳を1つは自分とルナの為に2冊買う。妖精の羽をイメージしたようなそれはとても綺麗な色合いだったのだ。


湖と、天然の緑の絨毯のような景色を眺めていると本当に妖精とか、そういう不思議な生き物がいるように思える。

王都ではそんな事があるわけがないと思うのに、ここでは見えそうな気がしてしまう。


色々な形の湖を眺めながら、馬に乗りティアレイク・アビーを再び目指す。


「街はいかがでしたか?」

ウルリカが髪をときながら聞いてくる。

「とても、素敵だったわ。本当に妖精とか出てきそうで…」

「そうですか、あの辺りは本当にたくさん逸話が残されているのですよ」


優しいティアレイク・アビーの時間を過ごしたティファニーとラファエルは、いよいよウィンスレット邸へ向かう事になった。

いよいよ旅は終盤となったのだ。

湖の街を後にして、ウィンスレットへと馬車に乗ると再び移動する。

馬車はのどかな田舎街を通りすぎて、やがて、徐々に建物が美しい街へと二人を導いた。


そうして…ティアレイク・アビーよりも圧倒的な存在感を放つ屋敷が現れる。

「…たぶん、あれがそうなんだろうな…」

ラファエルですら、戸惑うほどの華麗でかつ荘厳なウィンスレット邸である。


「えー、お客さんたち本当に正面につけて大丈夫なんですよね?」

雇った馭者がそう戸惑うのも分かる。

貴族らしい姿をしていない二人なのだから、その屋敷に連れていって叱られないかが気になるのだろう。

「大丈夫だ、正式な客だから」

ラファエルは苦笑しつつ告げた。


近くで見れば見るほど、その美しい建物はティファニーを圧倒して、声をなくさせた。


「お待ちしておりました、ラファエル卿、レディ ティファニー」

生真面目そうな執事が出迎えて、ラファエルとティファニーは客間に案内された。


二人ともそこで、旅をしてきた街で浮かないドレスから貴族らしい服装に着替えをする。

そうすると、一気に現実が戻ってきたような気にさせられた。

時間は夜であるので、ティファニーは夜用のピンク色のドレスに着替え、ラファエルは略式の揃いのスーツだ。


この夜はライアン・ウィンスレット公爵と、夫人のエレナと晩餐を共にする。

「フェリクスはルナを迎えに行っているんだ」

にこやかにライアンは言った。

「そうでしたか、私たちの方が先に着いたのですね」

ラファエルはライアンに対しては丁寧にいつもより、貴族らしい話し方で接している。


「二人だけで旅をしてきたのですって?」

「ええ、そうです。ここに来る前はティアレイク・アビーに滞在させて頂いてきました」

「そう、あそこも美しい街だからゆっくり出来たかしら?」

「ええ、とても…。雨が降っていても美しい街でした」

ティファニーが言うと、エレナは微笑んで

「気に入ってもらえたなら良かったわ」


エレナはとても美しい女性なので、ティファニーは話していても見惚れてしまう。

エレナはライアンの二人目の妻なので、愛人上がりだなんだと言われてはいるが、今ではほとんどの人が口に出さなくなった。そんな悪い噂を払拭するだけの、なんとも言えないそんな魅力がある。


「レオノーラ様の所は男の子がお産まれになったとか…」

ライアンとラファエルが話しているので、エレナはティファニーにも出来る話題を振ってくれたようである。

「ええ、そうです。ヴィクターと名付けられました」

ヴィクターの小さな愛らしい姿を思い出すと、自然と笑みがこぼれる。

「レディ エレナも去年無事にお産まれになられましたよね?」

確か、冬頃に誕生したと聞いている。

「ええ、そうなのマリウスよ。とても元気なの」

穏やかに微笑むその顔がとても綺麗である。

「後で会わせていただけますか?」

「ええ、もちろん。嬉しいわ」


晩餐の後の応接室で、ライアンとラファエルはボードゲームをし、ティファニーはエレナと共にベビールームに向かった。


何人かの乳母と世話係がついている、二人の男の子。

「大きい子が、ジョエル、小さい子がマリウスよ」

二人ともライアンに良く似て、とても綺麗な顔立ちをしている。


「ヴィクターに、お土産を買いたいのですけれどどんなものがいいでしょう?」

「そうね…はじめてのお子様だから、お洋服とかはどうかしら?玩具だと後から後から増えてしまうけれど、お洋服はどんどん小さくなってしまうし、たくさんあっても困らないと思うの」

エレナは小首をかしげながら言った。

「それに…男の子はすぐに汚してしまうから」

ふふっと微笑みながら、はいはいをするマリウスを抱き上げる。

「ね?こうしてはいはいをしだすと、本当に着替えがたくさんいるの」


ジョエルはまだ上手く話せないが、片言で一生懸命話しているのがとても可愛い。

「かーしゃま、みてみて」

と木馬に乗ってとても得意げである。


「ティファニーは子供が好きなの?」


「好きか、どうかなんて…考えた事もなかったです」

「そうね、考えないかも知れないわ」

「…色々な事が、一気に来たような気がして…」


社交界デビューして…婚約して…結婚もして…。そんな激動の一年だ。

子供を好きか…わからないのは、ティファニー自身、小さな頃に愛された…その記憶がないからかもしれない。

少なくとも、父のコーヴィンはティファニーの事を疎んじていたと思う。

どう扱っていいのか分からなかったのかも知れない。けれど、親子でありながら父と娘であったことはなかったかのように思う。だから、母の事はとても存在感もなくただ…そういう人がいた、というだけだ。


いつも、自分の産まれ育ちは…時にこうしてティファニーを(さいな)んで苦しめる…。


「ティファニー、大丈夫?」

「…え、と…はい。大丈夫です」


少し考え込んでしまったのかもしれない。

無理矢理に笑みを浮かべる。

これまで楽しい事ばかりしてきたから、一気に現実が押し寄せて暗くなってしまったのかもしれない。


(考えても仕方ないことを考えない…)


楽しそうに遊んでいるジョエルを眺めて、ティファニーは暗い気持ちを追い払った。


「あのね、ティファニー。私は…知っていると思うけれど、あれこれと言われる立場なの」

エレナは、ティファニーが悩んでいるのかと思ったのか、話はじめる。

「…ええ」

「ライアンは…アルベルト王子の次の第三王位継承者って知ってるかしら?」

「あっ…」

「それから、フェリクスはその次ね」

エリアルドは王子ではあるけれど、まだ幼い為、王位継承順位はフェリクスの下になっているのだ。


「きっとそんな事にはならない、そう思うけれど私だって不安…。きっとみんなそう…」

そんな事、とはライアンがこの国の王となること、だろう。

ティファニーがブロンテ家の嫁となって得た不安とは桁違いだろう。

「みんな、それぞれに出来るだけの努力をするだけ、ね?難しい事とか、文句とかは出来るだけ口に出すの」

エレナがふっくらと笑みを向けてくる。

ティファニーには母の記憶はないけれど、こんな笑みを向けられたかったなと思えた。

「はい、レディ エレナ」

公爵夫人(ダッチェス)の称号は他の貴族フジたちよりも重い、特別な称号でもある。

こんな風にしなやかに受け止めている素敵な人だと改めて思った。


「明日は一緒に街に買い物に行きましょうか?街を歩ける服でね」

にっこりとエレナが微笑む。

「小さなヴィクター卿の物とかきっと可愛らしい物もあるはずよ」


ベビールームを後にして、ティファニーは客間に戻った。

メイドに着替えを手伝ってもらい、支度を整えると、ラファエルも戻ってきた。

「ラファエル、ゲームは終わったの?」

「ああ、一勝一敗で終わらせてもらったよ」

くすっとラファエルが笑う。

「早く相手を離れたそうだったし…」

ライアンもエレナもとても愛し合っているので、二人でいたいのだろう。

その気持ちはティファニーにも分かる。

「ラファエルは?どうなの?」

「俺ももちろん、ティファニーといたいに決まってる」


「また…二人で旅とか…出来るのかな?」

「そうだな、またしよう」


ルナの結婚式が終われば、ティファニーたちはブロンテ家のカントリーハウスに向かうのだ。それは、旅というよりは移動である。

「ブロンテのカントリーハウスもなかなか楽しいはずだよ」

「うん、楽しみ…そこでたくさん遊んだのよね?」

「俺は…まぁ、レオノーラのおもちゃだったなぁ…」

何となく想像してしまい、ティファニーは笑えた。

「楽しそう…」

「たくさん、向こうで教えるよ…」


「明日ね、レディ エレナと街に買い物に行くの」

「よかったな…こう言ったら何だけれど…俺は前のレディ エリザベスよりレディ エレナの方が好きだな…」

「美人だものね?」

「いや…なんかこう…わかるだろ」

「知らない~私、レディ エリザベスが分からないから」

「いや、そういう意味じゃなくて、さ」

焦っているラファエルがなんだか可笑しくて更に言ってしまう。

「色っぽいし…」

「だから、違うから」


「違うって何が?」


「好きなのは、愛してるのはティファニーだけ、だから」

これまでは照れながらも言っていたラファエルだけれど、共にいる時間が増えて、こういう事もさらりと言うようになった…。

「…信じていい…よね」

「信じさせるよ」

情熱を感じさせる口づけが、言葉と共に刻み付けるように落とされる。


ティファニーはラファエルの背に手を回して更に、を要求する。そっと見上げるとそこにある美しい緑の瞳はティファニーを映している。

「私も、愛してるのラファエル。私には貴方だけ…」

囁くその声は…濃厚なキスの合間で届いたのか…。


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