24、新しい家族
目を覚ますと、そこは見慣れない部屋だった。
落ち着いた色合いと、艶々と手入れの行き届いた調度類。華美でも質素でもなく落ち着いた色合いで纏められていた。
カーテンのかかった、大きな窓からはその隙間からさす光は白々と明るくなって朝の気配を伝えている。
その室内の広い寝台にはティファニーと、そしてその目の前には煌めく金の髪。…ラファエルは、健やかな寝息をたてていた。
この状況は…、昨日の事が現実だと如実に伝えていた。
その髪に触れてそっと触れようとして、彼がもし目を覚ましたら、どんな顔をすればいいのか…と、恥ずかしくもあり躊躇う。目についた置いてあったガウンを身に付けると、隣の部屋にそっと戻ってベルを鳴らした。
ダイナが程なくやって来て
「おはようございます。…早いお目覚めですね。眠れませんでした?」
「目が覚めたら…」
「なんですか?」
「うん…見慣れない部屋で。そうしたら…もう、寝てられなくて」
「あらあら、それではせめてラファエル様を起こしてあげてくださいね」
くすっと笑いながらダイナはてきぱきとティファニーに朝のドレスを着せた。
その笑みが新婚のティファニーに対するあれやこれやの事に関する笑みだと思うと身の置き場に困ってしまう。
おかしくはないんだろうけれど、やはり顔が赤らむのを止めることは出来ない。
支度を終えると、ダイナに言われるままにラファエルの部屋に入る。勝手に入るのが、いけないことをしているようで気が引けてしまう。
ラファエルの部屋の寝室の方に入ると、さっきティファニーが抜け出したときのまま眠っている。
どうして起こそうか、しばらく思案する。
声だけかける?揺する?それとも…小説みたいに、恋人らしくキスして起こす?
(そもそも…寝ている所を見てしまって良かったのかな…?部屋が別々ということは、多分貴族は一緒に寝ないはずよね?)
そうしているうちに、ラファエルの肩が震えている。
「ぷっ」
堪えきれずにラファエルは笑い出した。
「なんで笑うの?」
くくくっと笑いながら上体を起こす。
「どうやって新妻は起こしてくれるのかと待ってたら、耐えられなくなったよ」
「だって…どうやって起こしたら良いか考えちゃって」
ティファニーの言葉に屈託なく笑っている。
「そんなに笑わなくていいでしょ?」
「ごめん」
ラファエルはそっとティファニーの腕を引いて抱き止めてくる。その肩に頭をくっつけるとドキドキもするのに、どこか安心する。
「でも、一人で勝手に出ていったから、少しだけ意地悪もしたくなってさ」
「だって…居てもいいのか分からないし…。どう過ごしたら良いかも…そうだし」
「…だよな。昨日来たところだから仕方がないよな」
ラファエルは髪をかきあげると、
「俺も支度するから少し待ってて」
ラファエルが支度をする間は、彼の部屋を眺めることにした。
壁の一画にはたくさんの本。
それから机には紙が置いたままで、ここからティファニーへのあの手紙を書いたのかな、と想像する。意外と勤勉らしい彼の机の端には読み込まれた本が3冊ほど重ねて置かれていた。
書きかけの紙には、ラファエルの文字。外国語でかかれたそれはティファニーには解読が出来ない。
ケリーに手伝わせて身支度を終えたラファエルは略式のスーツ姿。
「何か面白いものでもあった?」
「勉強、頑張ってるんだなって思ってみてたの」
「あー、セルリナ語の事か…」
それで、ようやくどこの国の言葉かが分かる。
「ソフィア王女が嫁がれた国ね」
「そう、それで縁が強くなったから今必死で覚えてる」
「頑張ってて凄いね…」
ティファニーはその使い込まれた本と紙を見ながら呟いた。
「じゃ行こうか」
「え?」
「いや、朝食。食べるだろ?」
「ああ、そうか」
ティファニーはほとんど自室で食べていたけれど、ブロンテ邸ではダイニングで食べるのだろう。
ラファエルの後を追うようについていくと、すでにブロンテ伯爵こと、アルマンは席に着いており、隣にはリリアナが座っていた。
レオノーラとステファニー、ルシアンナとルナもそれぞれ座っていたし、キースもゆったりと座っていた。
「そこ、座って」
ラファエルが示したのはルナの隣だった。
「おはようございます」
皆が揃っているので、遅かったのかとどぎまぎしつつ言葉にする。
「おはようラファエル、ティファニー」
と、リリアナがにっこりと言うと皆それぞれに答えてくる。
こんなに大勢の家族というのに慣れていないので、それぞれ会話をしつつの食卓というのに戸惑う。
ティファニーは緊張しつつ、ラファエルの引いてくれた椅子に座った。ラファエルはその隣にすわると、従僕たちが給仕を始める。
「ラファエル、朝食が終わったら打ち合いに付き合え」
レオノーラがラファエルに言う
「はぁ?そんな事出来るわけない。姉上は今無理だろう?」
「もういつ産まれてもいいと医師が言っている。私もずっとあれこれするなと言われていていい加減、好きにさせて欲しい」
「じゃあキースに頼めばいいだろう?俺は嫌だ」
「キースが嫌だというからラファエルに頼んでる」
ラファエルはどんどん顔が強張ってきている。
「…じゃあ父上は?」
とラファエルが言うと、アルマンは新聞を広げて遮っている。
「ラファエル。私の言うことは聞けるよね?」
「…嫌な予感しかしないんだけど?」
「その通り。私知ってるあれこれを暴露されて恥をかきたくなければおとなしく相手をして」
「本気かよ…。キース、止めてくれないかな?」
そろそろと助けを求める視線を向けるが、
「…レオノーラは言い出したら意思を変えないだろうし、もういつ産まれてもいいらしいし、いいんじゃないかな」
キースが微笑みつつ言うので、ラファエルは言葉を失ってひきつった。
「…お似合いな2人だな…」
隣のティファニーに聞こえるくらいの小声でボソッと言った。
「そうね、少しくらい運動した方が安産になるかもしれないしね」
にっこりとリリアナもレオノーラに同調していて、ティファニーを驚かせた。もはやラファエルの味方は居なさそうだった。
ティファニーの感覚からすれば少しの運動というのとはまったく違うのではないかと思うのだが…。
「産まれてもしばらくはここにいるでしょう?」
「そうさせていただいてもいいでしょうか?」
キースが愛想良くリリアナに返事をする。
「もちろんだわ」
嬉しそうに微笑んでいる。
「それにしても、いよいよね。レオノーラがこれまで大人しくしててくれて良かったわ」
初孫の誕生にリリアナも表情が明るい
「もう、飽き飽きしています」
レオノーラが渋面でため息混じりで吐き出した。
「ステファニーは冬だった?」
ルシアンナがステファニーに聞いた。ステファニーもレオノーラに続いて妊娠中のようである。
「そうよ、まだまだ先だわ」
「あんたも大人しくしていなさいよ?上品ぶって隠してるみたいだけど、本来はお姉様くらい男まさりなんだから」
「何言ってるのよ。私が男まさりな事なんてなかったわ」
「よく言うわよ、大事な絵本を破ったときに馬乗りになってきたのステファニーでしょ」
「そんなの昔の事でしょう?今はそんな事しないわ」
「どうだか、どうせ誰もいない所だと弓やら剣やらふりまわしてるんでしょ?」
ルシアンナがふふっと笑みを向ける。
「昔の事をもちだしてて!どちらも嗜み程度よ。それに小さな頃の話でしょう」
「ふん、認めたわね。アンドリューは知ってるのかしらね?」
「相変わらず嫌な子ね…ルシアンナこそ、そのことば遣いいい加減止めたら?アルバートに嫌われるわよ」
ルシアンナもアルバートの前では大人しくしているのか、ステファニーを睨み付けた。
「…むかつく…」
ふん!と顔を背け合うステファニーとルシアンナだった。
「結婚して離れても相変わらず仲良しねぇ。子供みたいな言い合いしちゃって」
リリアナがころころと声をあげて笑う
「気にするなよ、日常会話だから。喧嘩してる訳じゃないよ?」
こそこそとラファエルがティファニーにフォローをいれる。
「「ラファエル、余計な事を言わない」」
ステファニーとルシアンナが揃って言う。姉二人の鋭い目を受けて、ラファエルは目をそらせた。
二人とも、美人なだけに迫力がある。
「…あー、レオノーラ姉上、俺先に庭に行っておく。父上、新聞を後で俺の部屋にお願いします」
そそくさと言うと、立ち上がった。
「ティファニーはゆっくりしてて」
「う、うん」
四人の姉妹の中に男一人というのはなかなか処世術が大変な様である。
ステファニーとルシアンナはそのあとは、近況等を淡々と話しながらお茶を飲んでいる。どうやら本当に喧嘩してる訳では無かったようだ。
レオノーラがゆったりとカップをおくと、飾りの少ないドレスのままラファエルの後を追うように部屋を後にした。
「お兄様こんなだから女性が苦手になったんだと思うわ…私」
こそこそとルナがティファニーに話しかける。
「それに…ずっと社交も最低限にしてたから…、騎士をしてて人気のあったレオノーラお姉様にそっくりなお兄様は年頃の令嬢たちやら、その令嬢たちそのものやら、囲まれて凄かったから」
クスクスとルナは笑った。
「だから、こんなに早くに結婚するなんて意外だったな」
「うん、私もそう思う…」
「食べ終わったら見に行ってみる?」
「そうする」
にこっと笑みを返す。
二人が、食事を終えるとキースが立ち上がって、ティファニーとルナの椅子を引きにくる。
「ラファエルを救出に行かなければね」
キースはやれやれという様子で、庭に様子を見に行く。
相当鬱屈していたらしく、レオノーラは生き生きとラファエルを相手に木剣を撃ち込んでいた。ラファエルはそれを受けて相手をしていた。
「さすがラファエルだ。うまく相手をしてるな」
キースは感心したかのように言った。
「キースだってお姉様に怪我させずに相手くらい出来るでしょう?」
「怪我させずに、レオノーラを気持ちよく打ち込ませるなら、小さい時から相手をしてきたラファエルがやっぱり上だ。それに、木剣とはいえ妻に向ける事はできないな」
「キースはお姉様にべた惚れなのね」
くすくすとルナは笑う。
よく似た姉と弟が打ち合う姿はまるで剣舞を見ているようでもあり、美しくもあった。
「ふぅ、さすがに疲れるな」
レオノーラが言うと木剣を下げる。
「ラファエルまたよろしく」
「はいはい、わかってます…」
諦めたようにラファエルが言った。
「大丈夫か?レオノーラ」
「問題ないよ」
あっさりとキースの言葉にうなずくとレオノーラは邸内に入っていく。
「ラファエル、へいき?」
ティファニーは木剣を片付けるラファエルに近づいた
「姉上はやっぱりああいう所は変わらないんだな…」
はぁと息を吐く。朝からしっかりと汗をかいたラファエルはバスルームに行くと言い、そのまま回廊を奥に向かう。
「じゃあ、私たちはお母様のサロンで産着作りよ」
ルナの言葉に
「えっと、レオノーラの所の分?」
「そうなの。お母様が言うには全く出来てないって。レオノーラお姉様は針仕事は全然駄目なの」
リリアナのサロンで、ステファニーとルシアンナが生地を縫っていた。
「まだいるの?」
ルシアンナは早くも音を上げている。
「まだ一枚も出来てないじゃない」
ステファニーが呆れたように言うと、
「そっちこそ、まだじゃない。縫い目ガタガタだし」
「ルシアンナよりはじょうずに出来るんだから」
「あー、また…」
ルナがティファニーの方を見て小さな声でフォローする。
「本当にあれで喧嘩してるわけじゃないからね」
明るい広間の椅子にティファニーも座り、産着作りに参加する。もともと針仕事は嫌いではないので、初めて作る産着だが、リリアナの教えのもと縫い合わせて行くと、小さな服が出来上がっていく事に達成感が得られる。
「こんなに小さいんだ…」
「そうよ、でもすぐにちっちゃくなってしまうの」
リリアナは5人を育て上げた女性だからその事を思っているのか、とても穏やかで柔らかな笑みを浮かべている。
しばらく集中して作っていると、レオノーラもバスルームで
汗を流してきたらしく、広間に入ってきた。
「ほら、レオノーラも手を動かして一枚でも作って」
レオノーラは針を持つが、布に刺すより指に刺す方が多く、ティファニーは唖然とした。
「あの…血だらけになっちゃいます、それじゃ」
「うん、ティファニーの言う通りだね」
「生地の持つ手が、針は、こうして…」
隣にいたティファニーがレオノーラの手を持ってコツを伝える。
「…なるほどね…」
レオノーラは勘が悪くないようで、ゆっくりながらも刺すことも減ってくる。
「…やっと片側ができた!」
喜ぶレオノーラの声が響いた時には、ティファニーの前には2枚完成していた。
「あの、もしかしてお腹痛むの?さっきから時々気にしてるみたいだけど…」
隣にいたティファニーにはさっきから手を休めてはさする姿を目撃していて、その事を気にしていた。
「確かに、さっきから時々痛いかもしれない」
レオノーラが言うと、みんなぴたっと止まった。
「それって、産まれるんじゃ…」
ティファニーが呟くと、
「やだ、早く言いなさいよレオノーラ!」
ステファニーがベルを鳴らすと執事のアントンがやって来た。
「キースは?」
「皆さまお出かけされましたが」
「じゃあアントンが産婆を呼んできて」
「承知いたしました」
アントンは落ち着いた表情ながら、急ぎ足で回廊を歩いていく。
「レオノーラ、部屋に行くわよ」
リリアナがキビキビと言い、ルシアンナとルナが付き添おうとすると
「大丈夫、歩けるから」
レオノーラは足取りはしっかりしているが、姉妹はレオノーラを囲んでレオノーラの部屋に向かっていく
ティファニーは出産は時間がかかると聞いていたけれど、新しい命の誕生にドキドキと緊張してきた。が、ブロンテ家のみんなが落ち着いている事に感心してしまった。
「私、何か手伝えますか?」
ティファニーはテーブルの上を片付けているリリアナにそう声をかけた。
「大丈夫よ、ありがとう。そうね…じゃあさっきの残りをしてもらえると嬉しいわ」
「あ、じゃあ部屋でさせてもらいますね」
ティファニーは残りの生地をバスケットに入れて、自室に向かう事にした。自室で再び針を動かすけれど、階下の気配が気になってしかたなく、なんとなく屋敷内が空気がざわついて感じる。
夕方になる前に、アルマンとキース、それからラファエルが帰宅して屋敷の騒ぎに驚いたようだ。
馬車が着いたのに気がついて、ティファニーはレディらしくなく駆け足て階段を降りると、そこにちょうど入ってきた3人に気がついたのだ。
「おかえりなさい」
メイド達も慌ただしく行き来していて従僕は右往左往しているし、ブロンテ邸は今様子がおかしいのだ。
「なにごと?」
ラファエルがティファニーに尋ねてくる
「レオノーラがもうすぐ産まれるみたいなの」
「そうか…キース。初めては時間がかかるものだ。落ち着いて待っているんだな」
アルマンが経験者らしく言った。
「私達が出かけた後なんだろう?」
「はい、お昼前からかと…」
「一日くらいはかかることもあるからな、男はこういう時は待つしかない」
とアルマンが言い、キースがやや緊張を見せつつもしっかりと頷いて、
「しかし、様子くらい見に行った方がいいな」
「そうですね…」
西棟の一階にある一室が今は産室になっていて、いまそこは慌ただしくメイドが行ったり来たりしていた。
「何をそんなに慌てているのだ」
主らしくアルマンがメイドに注意した。
「ああ!旦那様、それにキース様も!急がなくては、もう間もなくご誕生されるとのことですから、慌てて産湯を用意しているのです、騒がしくて申し訳ございません」
メイドは叫ぶなり、また走って行った。
「なんだって?」
アルマンが叫んで固まった。
扉の前で待っていると、間もなく元気な産声が聞こえてくる。
さっき走って行ったメイドがカートにお湯をたっぷり乗せて部屋に入っていく。
「あ、産まれた?」
ティファニーが呟くと、少ししてからリリアナがおくるみにくるんだ赤ん坊を連れて出てきた。
「はい、キース。元気な男の子よ」
キースはめずらしく戸惑ったような顔をして、腕を出して受け取った。横からティファニーが覗くと、黒い髪に緑の瞳のまだしわくちゃの小さな顔が見えた。
「もう少ししたら部屋に入れるから、少し待ってて」
にっこりとリリアナが微笑むと、
「あなたもこれでお爺ちゃんね」
ふふっとリリアナがアルマンに笑いかける。
長身のキースが抱いていると、本当に小さくて頼りない存在に見えた。
「伯爵閣下、どうぞ抱いて下さい」
キースがアルマンをすこし頼るような雰囲気でいい、アルマンは慣れた手つきで抱っこした。
「懐かしいな…」
「名前を決めないといけないな」
キースが慈愛の籠った瞳で見つめる。
「しかし…思った以上に早く産まれたな」
ラファエルがいうので、ティファニーも同意した。
「うん、そうね…私ももっとかかるものだと思ってたから」
「やっぱり、打ち合いなんかしたからかな?」
「でも、安産になったみたいだから良かったのかもよ?」
「入っていいわよ」
中から、リリアナが呼び掛けて、そっと中に入るとベッドには元気そうなレオノーラが半身を起こしていた。
「レオノーラ元気そうで良かった。…ありがとう、お疲れ様」
キースがまずは労いの言葉をかける。
「うん、さすがに少し疲れたかな」
元々の美貌に、艶やかさが加わりとてもレオノーラは輝くように美しかった。
「おめでとうレオノーラ。キースにそっくりになりそうな赤ちゃんね」
ティファニーもにこにことしながら言った。
「そうだね、私か産んだのにキースにそっくりなんてずるいと思ったな」
「ずるいって」
くすくすとティファニーは笑った。
「姉上もキースもおめでとう。しかし、うちはいつも…バタバタと騒がしいよなぁ」
何せ昨日はラファエルの結婚式で、この日はレオノーラの出産である。慌ただしいことこの上ない。
「ラファエルのお陰でたぶんうまく産まれてくれたみたいだね、ありがとう」
ふふっとレオノーラが笑う。
「いや、でも次はキースに頼んで。俺はもう嫌だよ」
「生意気だね、ラファエル」
「姉上、俺ももう一応結婚もしたし一人前扱いしてくれないかな…」
ラファエルの少し情けない声にティファニーは笑いを堪えるのに必死だった。
「お腹が空いた…」
唐突にレオノーラが呟くと、それに同意するかのように、赤ん坊はまた大声で泣き出したので、乳母が授乳しにベビールームにつれていった。
「親子だな」
くくっとキースが笑うと、
「何か作ってもらってくるよ」
そう言うと、自らキッチンに向かうようだ。
「本当に元気そうで安心したわ」
ティファニーは心底そう言った。ティファニーの母は出産で亡くなったのだから。
「心配いらない、私はとても元気だからね」
にっこりとレオノーラはティファニーに微笑む。
「良かった」
ティファニーも笑みを返した。
少し早めの出産だった為か、ベビールームにはたくさんのメイドが集まって室内を整えていた。
「まったくもう、レオノーラったら何も準備してこなかったのだもの。バタバタしてしまったわ」
リリアナが言うと、
「産まれてからでも間に合うかと思って」
すまなさそうにいうと、
「まぁ楽しいことだから、許します。それにしてもキースにそっくりな綺麗な赤ちゃんだわ」
ウキウキと忙しそうに指示を出している。
「ここにいてもなんだし、部屋に戻ろうか?」
ラファエルがティファニーにそっと言ってくる。
「そうね」
頷いて、ラファエルとティファニーは南棟の二階フロアに向かった。二階の広間にあるソファに座ると、ほっとひとごこちつく。
ずっとやきもきしたり、立ち尽くしていたせいで思ったより疲れているようだ。
一階の喧騒が嘘のように、二階には人がいない。
「驚いた?うるさい家で」
「ちょっと…でも、凄くこういうのいいなぁって思った」
「そうか、なら良かった」
ラファエルがほっとしたように笑った。
「…多分…食事はだいぶ後になりそうだな。俺、取りに行ってくるから待ってて」
「え、そんな」
ラファエルが取りに行くなんて本来はあってはならない。
「気にしない。今日は非常時だよ」
にやっと笑って見せて、ラファエルは二人分の夕食をキッチンに取りに向かった。
ラファエルがキッチンから食事をもらってきた、サンドイッチをピクニックのような気持ちで食べた。いつもより簡素だけれど、とても美味しくてとても満たされた気分であった。




