23、花嫁
リリアナが張り切って準備したという、ラファエルとティファニーの結婚式には花がふんだんに飾られ、とても華やいでいる。
白とピンクの薔薇のブーケもリリアナが作ってくれたようだった。
あっという間にやって来たこの日は、ティファニーにしてみればまるで夢のようにふわふわとしていて現実感がない。
クロエが仕立ててくれたドレスは、ためしに来たときよりも細やかな部分まで装飾が施されて17歳の花嫁に相応しく愛らしいデザインに仕上がっていた。ドレスのレースと同じレースで作られたベールは可憐な雰囲気をより彩って、支度をしていたエマの感嘆させた。
「本当に凄くおきれいですわ、ティファニー様」
「ありがとうエマ」
ティファニーは緊張のあまり顔が強ばっている。
「姉上、そろそろ行きましょう」
ティファニーには父がいない。だからルロイが代わりを務める事になったのだ。
ひさしぶり会うルロイは、身長が伸びて小柄なティファニーと変わらなくなっていた。
「姉上」
しっかりとした眼差しをティファニーに向けるルロイは、とても大人びてみえる。彼はきっと急ぎ足で大人になろうとしている。
ルロイとティファニーは、母違いとはいえ外見は似ていた。
ルロイはコーヴィンにとても良く似ているし、ティファニーは少し彼に似ていた。
同じ水色の瞳が真っ直ぐに絡み合う。
「僕は、あまり貴女とあまり話したこともない。遊んだ記憶もない、だけど、僕は貴女の弟であることには例え結婚しようと変わらない」
「そうね、ルロイ。貴女は私の弟だわ」
「姉上、どうかお幸せに。何かあれば頼ってもらえるように僕は精いっぱいバクスターを支えていけるように頑張ります」
「…ねぇ、ルロイ。貴方はまだ幼いといっていいくらい若いわあまりに頑張りすぎないで…ね?周りの大人達をどうか頼って」
ティファニーが言うと、ルロイはふっと笑った。
「そうもいきませんよ、僕はもう当主だから…でも頼りにすることにします」
ルロイはぎこちなくティファニーを抱擁した。少年らしいまだほっそりとした体躯はその肩にかかる重圧を思うと辛くなる。
「姉上今日はとても綺麗です。僕の自慢の姉です」
にっこりとルロイは笑った。
「ありがとうルロイ…子爵として責任を負おうとする貴方は私の誇りだわ」
ルロイと聖堂の扉の前に立つと、開かれた扉から祭壇の前に立つラファエルが見えた。白のフロックコートに身を包んだすっきりとした立ち姿は光を放ってるかのようにそこだけ輝いて見えた。
「行きますよ」
ルロイが小さく囁き、ティファニーと歩幅を揃えてヴァージンロードをゆったりと進む。
思えば…もし、コーヴィンが今も元気でいたならば…こうして歩いただろうか?
いや、それではきっとラファエルとこういう仲にはならなかったように思う。
高鳴る鼓動に体を支配されながらティファニーはラファエルの前にたどり着いた。
「姉をよろしくお願いいたします」
ルロイはラファエルを真っ直ぐにみた。
「任せてくれ」
ラファエルもしっかりと頷き反し、ルロイからティファニーの手を取った。目の端でルロイが席に向かうのをぼんやりと見ていた。
ラファエルに促されて、ティファニーは祭壇の前まで短い階段を上がる。
神父はゆるゆると儀式を進めていく。
そっと隣に立つラファエルを見上げると、同じようにティファニーを見下ろす緑の瞳とベール越しにかっちりと合う。
おほんっと神父が咳払いをして、
「新郎、誓いますか?」
どうやら、誓いの言葉を言うときのようだった。
「ティファニー・プリスフォードを永遠に愛すると誓いますか?」
神父が再び問う。
「誓います」
ラファエルはきっぱりと言葉を口にした。
「ラファエル・ブロンテを永遠に愛すると誓いますか?」
「はい、誓います」
ティファニーもしっかりと言葉にした。
神父は、にっこりと微笑むと指輪を手渡した。
「新郎から新婦へ」
ラファエルの長い指が、プラチナの指輪を取るとそっとティファニーの指へ嵌める。
すんなりとその煌めく指輪はそこにおさまった。
「新婦から新郎へ」
ティファニーは神父から指輪を受けとると、ラファエルの長い指に嵌めた。
互いの手に同じ指輪がおさまると、結びつきを感じられて不思議な心地だった。
「では、誓いのキスを」
(えっ…そうか…みんなの前でするんだよね…)
緊張していると、ラファエルの手がベールにかかり視界がすこしだけ明るくなる。
肩に置かれた手にそっと引き寄せられて、唇が合わさる。
ティファニーも無意識に、その腕に手を添わせた。
ゆっくりとラファエルが離れていき、ゆっくりとティファニーは目を開けた。
「ではこちらにサインを」
用紙に名前を書いて、ラファエルがティファニーにペンを渡す。ティファニーもまたサインを書いて、儀式はこれで終了のようである。
今度は、ヴァージンロードをラファエルと歩いて拍手を浴びながら外に出ると、聖堂の外には、ブロンテ家の婚礼の装飾を施された馬車が止まっていた。
階段下に集まった女性たちに向かってティファニーはブーケを投げた。少しの時をおいて賑やかな歓声が上がって、若い女性がブーケを受け取ったようだ。
聖堂を出れば、明らかに式を挙げた格好の二人に見知らぬ人達からも祝福の声がかかる。
「…むちゃくちゃ緊張したな」
「うそ、してたの?見た目わからなかったけど?」
「するよ…あんなの…」
「白なんてはじめて見た」
「うん?それはそうだろ?結婚式くらいしか着ないだろ」
「私と、の。ね…凄く格好いい」
「ティファニーだって…めちゃくちゃ綺麗だ…心臓が止まるかと思った」
馬車はやがてブロンテ邸に着いたけれど、それまでティファニーは抱きつきたい欲求を抑えるのに必死だった。
「おかえりなさいませ」
ブロンテ邸の執事をはじめ、使用人達が一同で出迎えてくれる。
「うん、ただいま」
ラファエルは先に馬車を降りると、ティファニーを下ろして抱き抱える。
「えっ、ちょっと恥ずかしいんだけど…」
「…こうするものだって聞いたから、我慢して」
ラファエルはニヤリと笑った。
そのまま、使用人たちの出迎えの列を通りすぎ、正面玄関を通りラファエルは居住棟のある南側の棟のラファエルとティファニーの部屋に向ったようだ。
「も、もう下ろして」
ラファエルはティファニーを下ろすと、部屋を開けて扉を閉めると、力強い抱擁と熱い口づけでティファニーを翻弄した。
「…ん…」
控えめにトントンとノックの音がしても、ラファエルのキスは止まなかった。
「ラファエル…誰か来たよ…」
「…邪魔だよな、少しくらい二人にさせてくれって」
ラファエルは機嫌が悪そうに、
「今開ける」
と言って扉をあけた。
「ティファニー様初めまして、私はラファエル様の従者でケリーです。よろしくお願いします、ティファニー様もご存知のダイナは私の姉です」
にっこりと笑った彼は、言われてみればダイナと似ていなくもない。
「お気持ちは分かりますけれど、まだこの後も予定がありますからね」
「分かるだって?」
「はい、さようです。そう不機嫌にならず、先に着替えて軽くお食事にしましょう」
ティファニーの前にはダイナがケリーの後ろから現れて
「ティファニー様はお隣の部屋へ」
とにっこりと微笑んだ。
「ソックスも待ってますよ」
「もう来たの?」
「はい、先程私が迎えにいきましたから」
ケリーがティファニーに答える。
ティファニーはダイナと共に部屋に入ると、そこはとても乙女な世界だった。
白色の調度にレースやフリルの飾り。
「…なんだか、凄く少女らしい部屋ね」
「そうでしょう?お気に召しません?」
「そんなことは…」
きっとリリアナが整えたのだろうと思うと気に入らないなんて絶対に言えない。それに別に嫌いではない…。ただ慣れないだけだ。
ダイナがドレスを脱がせて、部屋着であるワンピースを着せて、ティファニーの髪をほどいて身支度をしていると、メイドかきれいに盛り付けられた料理を運んできた。
「空いていなくても、少しはお召し上がり下さいませ」
にこっとダイナが微笑む。
ダイナはティファニーがバクスター邸ではこまめに少しずつ食べていた事を知っているのだろう。
「ありがとう」
「…」
驚いた顔を見せるダイナに
「何よ、驚く程の事?」
「いえ、本当にあのティファニー様が…こんなに大人に成られたので…」
「もう、思い出さないでよ…」
ティファニーはうつむいた。
昨年一時期暮らしていたアークウェイン邸で、ティファニー付きのメイドをしてくれていたダイナは、反抗的にだんまりやハンスト、生意気な口調だったのティファニーを知っている。
その事を思い出すとティファニー自身もソワソワしてしまう。
「ですわね、あんなに言いたいことをポンポン言い合っていたラファエル様と結婚されるなんて、わかりませんわね本当に」
しみじみとダイナが言う。
「でも…そういう仲だったのですね、あの時から」
くすっとダイナが笑う。
出会ってからまだ一年だとは信じられないが、そうなのだ。
ティファニーはお皿の上の料理を食べると、
「美味しい…好みの物を用意してくれたんだ」
「そうですね、子爵夫人に奥様がたくさん聞いてられましたから」
「美味しかったと伝えてもらえる?」
「ええ、お任せくださいませ」
にっこりとダイナが微笑む。
こんこんとノックの音がして、リリアナがメイド達を連れて入ってきた。
「今日着るドレスはどれがいいかしら?」
メイド達がたくさんのドレスを抱えている。
「私のおすすめはこれ」
リリアナが指差したのはピンクのドレスだった。レース素材でとても乙女らしいデザインだった。
「ええっと…それではそのおすすめでお願いします」
「まぁ、本当に?好みが合って嬉しいわ」
リリアナがうきうきと言い、
「あとはじゃあうんと可愛らしく仕上げてね」
とメイド達に声をかけてリリアナは部屋を後にした。
「さぁ、ティファニー様!いきますわよ!」
「はひっ?」
気合いの籠った彼女たちのかけ声に思わず変な声になってしまう。
バクスター邸でもすでに手入れはされてきたのだが、メイドたちはさらに全身くまなく手入れをはじめる。
「ティファニー様!やりすぎということはありませんよ!」
その迫力におののくティファニーに、彼女たちはきっぱりといい、ピカピカに磨きあげると最後に粉をドレスから見える素肌にはたいた。
「真珠の粉なのですって。光でキラキラとするそうですわ」
にこにこと告げられる。
「完璧ですわ!」
仕上がりに満足したのか、メイドたちは顔を上気させて頷きあった。
「どぅ?出来たかしら?」
リリアナがちょうどよいタイミングでやってきた。
「まぁぁ~!とっても素敵よ」
リリアナは上から下までティファニーを眺めると、
「ティファニー、とっても綺麗だし、可愛らしいわ!ラファエルもきっとまた見とれちゃうわね」
「そ、そうでしょうか?」
「もぅ!何言ってるの~!式の間もずーっと見とれてたわよラファエル」
クスクスと笑う。
この美形一家に言われても、到底信じがたいと思ったが、リリアナには有無を言わせぬような迫力もあり、もじもじと黙ってしまった。
「じゃあそろそろ行きましょうね」
階下に降りていくと、ブロンテ一家が揃っていた。
「ティファニー、とても綺麗だね」
レオノーラが真っ先に声をかけてきた。レオノーラはすでにいつ産まれてもおかしくない時期だが、目立たない体質なのかうまくドレスを着こなしていた。
「ありがとう、レオノーラは大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、これくらい。今日さえ終わればいつ産まれてもいいと言い聞かせてる」
「言い聞かせてる?」
「そう」
と言って腹部に触れた。
「楽しみ…どっちに似てるのかな?」
「どっちに似ても、やんちゃな子供になるに違いない」
隣にいたキースが笑みを浮かべて言った。
「あ、もうお客様達が来たわ。私たちはお出迎えするから貴方たちは大広間に入っておいて」
リリアナがてきぱきと指示して、ティファニーはラファエルと共に大広間に入った。
ブロンテ邸の大広間はまだガランとしているがこれからたくさんの人が訪れるのだろう。
ラファエルとティファニーは入り口から程近い所で挨拶をすることにした。
「…それ、母上が?」
「ドレスの事?」
「そう、これがおすすめって」
「可愛い、似合ってる」
ラファエルは出来るだけサラッと言おうと努力したらしいが、頬の辺りが少し赤い。
「ありがとう、ラファエル。ラファエルも…とっても素敵」
いつものようにテールコートを着てるが、式の間と同じようにやはり輝いてみえる。
照れあいながらいると、客人が続々とやってくる。
「おめでとうラファエル卿」
「ありがとうございます」
訪問する客人達に挨拶を繰り返す。
「ティファニー、おめでとう」
「メグ!」
メグ・オルセンはティファニーの実の母方の従姉なので、バクスター邸では時折しかやはり会っていない。隣にはランスロット・アンヴィルが立っていた。
「でも、驚いた。まさかティファニーの方が先に結婚しちゃうなんて」
クスクスとメグが笑う。
メグは大人しい外見だけれど、やはりランスロットと婚約してからグッときれいになったように感じた。
「本当にそうね」
「でも、他の令嬢に邪魔されないうちに結婚して正解だわ。彼はとても魅力的だものね」
「メグ…俺は?」
「ランスロットはランスロットで…とても素敵です」
恥ずかしそうに告げるメグが可愛らしい。
「じゃあ…」
メグ達が去り、次々に来る客人たちにまた挨拶をしていく。
やがて大広間が紳士淑女で埋め尽くされると、いよいよ楽団がえんそうをはじめる。
「行こうか」
ティファニーの腕をとってラファエルが言うので、そこでようやく今日は自分達がまず始めに踊るのだと気づいた。
「…あっ…」
「今、気づいたわけ?」
くすっとラファエルが笑う。
「どうしよう…こけるかも…。足踏んじゃうかも…」
「大丈夫だよ、今日ばかりは皆見なかったフリをしてくれるって」
ティファニーはドキドキしながら人々の真ん中に立った。
一礼して、ラファエルの手に手を重ねて踊り出す。
緊張は最高潮だったけれど、ティファニーはなんとか踊りきった。
いつも以上にどっと疲れが押し寄せて、ティファニーはそのまま壁際に向かった。
「飲み物を取ってくるよ」
「ありがとう」
立ち去っていくラファエルを見送ると、エーリアルとマクシミリアンが近づいてきた。
「ティファニー、おめでとう!」
勢いよく抱き締めに来るエーリアルをよろけながらティファニーは受け止めた。
「式のドレスも素敵だったけれど、今のもとっても綺麗!」
「ありがとうエーリアル」
「それにしても…」
エーリアルがにやにやしながらティファニーに寄ってくる。
「ずいぶんと甘い雰囲気出してたわよね、式の時」
「え?なによそれ…」
「やだわ、ずーっと見つめ合っちゃうし、手はずっと繋いだままだったし、キスは…長かったし…」
きゃっとエーリアルがはしゃいでいる。
「え、なに?おかしかったの?」
「違うわよ、とっても素敵だったわよ!まぁ、確かに見とれるほど綺麗だったものね」
「そうですね、今日のティファニーは本当に綺麗だと私も思います」
にっこりとマクシミリアンが微笑む。
「おい」
ラファエルが二人分の飲み物を持って帰って来た。
「ラファエルもおめでとう!」
「お、ああ、ありがとう」
エーリアルに真っ直ぐに祝福の言葉を言われて、ラファエルは返事をする。
「見てるこっちが恥ずかしくなるくらいに仲睦まじい式だったと話してたんだよラファエル」
マクシミリアンの言葉に
「それ以上言うなよマックス…」
「その反応はすでに言われたな?」
くくくっとマクシミリアンが笑っている。
「勝手に笑っとけ、マクシミリアン、エーリアルと踊ってくれば?」
「そうするか、殴られるのはいやだからな」
マクシミリアンはそう言うとさっさとエーリアルを連れて躍りの輪の中に入っていく。
「義兄上」
近づいてきたのはルロイだった。まだ少年の彼だけれどきちんとテールコートを着ている。
「ルロイか」
「姉上と踊ってきても?」
にっこりと微笑むルロイ。
「もちろんだ」
ルロイが踊れるのかとチラリと思っていると、
「授業であるから大丈夫です」
「あ、そうよね」
ティファニーは思わず苦笑してしまう。弟に表情を読まれるなんて…。
心配を杞憂に終わり、ルロイのダンスのエスコート振りは完璧だった。
「僕は…安心しました」
「え?安心…?」
「姉上も義兄上も、お互いに想い合っていて…嬉しかったです。なんだか…見てる方も幸せになれました」
ルロイが大人びた笑みを見せた。
「僕はまだ遅くまでいられないので、もうこの後は帰ります」
13歳の彼は夜遅くまで舞踏会にはいられない。
最後まで華麗なステップでダンスし終えたルロイは、ラファエルの元へティファニーを連れて行くと、
「義兄上、それでは」
「ルロイは帰るのですって」
「そうか…仕方ないな。あ、そうだ学校のいいこと教えてやる」
ラファエルはルロイを手招きすると、こそこそと耳打ちした。
ルロイは驚いたように目を見開くと、ニヤリと笑うと
「ありがとうございます。良いことを聞けました」
「何?」
「これは、寄宿舎の秘密だからティファニーには教えられないんだな」
ラファエルもいたずらっ子のように笑った。
「ですね」
ルロイも笑っている。
「頑張れよ」
「はい」
ルロイはペコッと頭を下げるとそのまま大広間を出ていった。
ティファニーは何人か男性たちと踊り、くたびれた所で椅子に座りに向かった。
「疲れてるな?」
「うん、そうね」
ラファエルが隣に座り、ティファニーは本音を漏らす。
「なぁ、あのさクロイスで弾いてた曲聞かせてほしいな」
「…今から?」
「うん」
「でも…」
舞踏会はまだまだ続いている。
「新郎新婦が早々と消えたって誰も探さないって」
「…もう」
その意味する所を思うと恥ずかしくなるが、ラファエルと共に大広間から離れてピアノのある広間に向かった。
遠くには舞踏会喧騒が聞こえてくるが、ラファエルとティファニー以外の人の気配はない。
ティファニーはピアノの蓋を開けると
「どれがいいのかな?」
「ティファニーがいつも3曲目に弾いてた曲」
ラファエルは少しさわりを歌ってみせる
ティファニーは鍵盤に指を乗せて、そのメロディーを奏でる。
その曲は、巡り合う事がテーマになっている歌詞だった。
歌いだしてティファニーははっとした。今、この歌を改めて歌うとこれほどぴったりな曲があるだろつか?
一度は分かたれた道はまた合わさり、この先の未来をを寄り添って生きていく、…そんな歌詞だった。
途中からラファエルがティファニーの繊細な歌声に重ねて歌をのせる。
ラファエルがこんなにティファニーか弾いていた曲を覚えていてくれた事がうれしい。曲と歌詞と、歌声が胸に染み込んで…涙が零れた。
「ど、うして?」
「俺は、アリアナのファンだって前に言っただろ?」
「あ…」
「今日は、この歌が聞きたかった」
「うん…す、凄くしっくりきた」
「ティファニー…このまま、部屋に行ってもかまわない?」
「…うん…行こう」
「本当に?」
そう、真剣に問われてティファニーは頷いた。
「嫌じゃないよな?」
「全然、嫌じゃないから…部屋に行こ」
ラファエルの揺れる眼差しに緊張を感じて、ティファニーはラファエルの手を握った。
そこには今日お互いに指に嵌め合った指輪がある。
一年前のあの日には、無かった物だ。
ティファニーの部屋に入ったラファエルは
「…凄い乙女な部屋だな…」
「着替えてから、ラファエルの部屋に行ってもいい?ドレスとか…気になるし…」
「…それも、そうだな。うん待ってる」
ラファエルは部屋を離れた。
ティファニーがベルを鳴らすと、ダイナがやって来た。
「お待ちしておりました」
ダイナはそう言うと、てきぱきと髪をほどき、ドレスを脱がせて夜着を着せてあっという間に支度を整えた。
「では、ティファニー様、私はこれで下がりますわ」
にこっと微笑まれて、ティファニーはありがとうと伝えた。
隣のラファエルの部屋に行くと、彼もまた寛いだ姿になっている。姿のいい人はどんな時も様になるのだなと感心してしまう。
「髪、ずいぶん伸びたね」
あの日無惨に切ってしまった髪はその時から経た時の分だけのびている。
「でも、まだまだ短いかな…レディらしくないでしょ」
そっとラファエルの手が髪に触れて、さらさらと感触を確かめている。
ゆっくりと、ティファニーの反応を確かめるようにラファエルは触れる。
「ラファエル…好き。一年前…好きじゃないなんて言ったけれど…本当はあの時も。それから今はもっとずっと…好き。愛してる」
「俺も…最初にクロイスで、歌声を聞いたときから…ずっと好きだ…そして今は、目が離せないくらい…愛してる」
その言葉と共に、唇が合わさる。
この夜…ようやくあの日のお互いの片隅にあった罪の気持ちが癒されていく。ティファニーはもはや、彼にすがりついていない、偽りの想いでなく素直な想いを告げられた…。
何より、祝福された関係でありそこには幸福という、言葉だけでは言い表せられない感情が溢れた。
外は、星空で……微笑みのような月が空に浮かんでいた。
雨の音は、聞こえない。




