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17、旅立ち

ティファニーが手紙を出した数日後にジョルダンはバクスター邸を訪れていた。


「ティファニー、私は明日発つよ。やりがいのある役目だし、打ち込んで…そして、未練を絶ってくるよ」

穏やかな表情でそう告げる。

旅立つ前であるが、いつも通りの紳士らしく洗練された姿である。

「たくさん、お世話になったのに…何も返せてないのに」

ジョルダンが近くにいなくなるのかと思うと、頼りがいのある兄が離れるようで心細くなる。

「2年後、帰ってきたときにティファニーが幸せそうにしてるのがお礼でいいから」

くすっとジョルダンが笑う。

「そうだと、いいのだけれど」

ため息混じりの笑みを浮かべる。

今の心境は前途多難である。


「これ、役にたつかもしれないと思ってね」

ジョルダンからは何か分厚い手紙を渡される。

「後でゆっくり読んでみて」

不敵な笑みを浮かべている。


その分厚く手紙、それは、ブロンテ伯爵に関する情報が何枚にもわたって書かれていた。

「こ、これを…どうしろ、と…」

ティファニーはそれをそっと箱にしまった。

ブロンテ伯爵は…敵に回してしまうと、とても手強いという事だけがティファニーに植え付けられる。そんな内容である。


「…はぁ…」

戦いを前に戦意喪失してしまいそうだ。


その手強いブロンテ伯爵に反対されて、正式な婚約には至っていないもののティファニーとラファエルは順調に逢瀬を重ねていた。

季節は春を迎えていて、社交界も一番華やかな時期であり、毎夜毎夜どこかの邸宅で舞踏会が開かれていた。


この夜のオルグレン侯爵の舞踏会はとても落ち着いた雰囲気で王太子妃 クリスタの実家という事もあり、たくさんの有力貴族が訪れていた。

「ラファエル、その後どう?お父様…」

ティファニーがそっと壁際で尋ねると、

「ティファニーを不安にさせて申し訳ないけど…まったくとりつく島もない…。俺の手の内なんて知り尽くしてるからな」

父親な分その難しさがあるようだ。


「そう…私に何か出来ることはない?」

「その時はお願いするから、もうしばらく待ってて」

「うん」

ティファニーは微笑んで頷いた。

正直、何もしないで待つだけということはとても辛く感じる。

けれど、余計な事をして拗らせてしまってもいけない。何せ、軍事においても政治においても、とても優秀なブロンテ伯爵である。

「…ね、会って話をさせてくださいって手紙を書くだけでもダメ?」

「ん?」

「だから、ラファエルのお父様に手紙を書いていいかなって」

「色好い返事はこないかもしれないよ?それでも辛くない?」

「何もしない方が辛いもの」

「…わかった。じゃあそれは任せるよ」


「やぁ、そんなところで二人の世界を作ってないで、少しは外にも目を向けたらどうかな?」

「オスカーか、少し話してただけだろ」

オスカー達が声をかけてきたので、ラファエルが笑いながら応じる。

「仲が良いなぁ、さっさと正式に婚約でもすれば良いのに」

「そのうちにするさ」


それが出来ないから、悩んでるというのに。しかしそれは言えないことだ。

ジョルダンはどうしろというつもりで、あの手紙をくれたのだろうか…。頭の良い彼なら説得できるのだろうか…。


「ラファエル、紹介するよ。従妹のミュリエル」

オスカーの隣にいるのは、ティファニーと同じ年頃の少女だ。華やかな容姿の綺麗な令嬢である。

じっとラファエルを見つめる眼差しを見れば、彼女がラファエルに好意を持っていることはわかる。

そして、値踏みするようにティファニーにもその視線はやって来る。それはジェニファーを思い出させた。

オスカーが彼女を紹介するという事は暗にダンスに誘ってほしいという合図だ。

「レディ ミュリエル、私と一曲踊っていただけますか?」

ラファエルも応じて、紳士らしく微笑んでミュリエルをダンスに誘った。


「邪魔をして悪いね。ティファニーは私と踊ってくれる?」

「もちろん」


オスカーはマカリスター侯爵家の三男で、爵位を継がない。ラファエルやマクシミリアンとは少し雰囲気が違うのはそれが影響しているのだろうか。


「ティファニー、聞いてもいい?」

「何を?」

「ラファエルの事が好きなの?」

オスカーが面白そうな目を向けている。ラファエルの事を好きか、それは従妹のミュリエルの為に聞いているのか…?

「…もちろん好きよ。だから…一緒にいれば嬉しいし、彼がああして他の女の子と踊ってるとそういう世界だとはわかっているけれど、やっぱりイライラする」

「そっか…そういうの、いいね」

オスカーが笑みを見せる。

「いいの?」

「こんなに早くにそんな相手が見つかって」

「オスカーは、アデリンと上手くいってるように見えるけれど」

「…私たちは恋愛はしてないよ。多分この相手ならお互いの立場にとって都合が良い。尚且つ、苦痛でない。だから良いんじゃないかなって思ってる」


オスカーは悩んでいるようにも見えた。これで良いのかと不安になっているようなそんな雰囲気である。

普段穏やかで明るいオスカーだから、そんな風に悩んでるとは思いもしなかった。

「そう…それでオスカーは恋愛してないと思うのがよくないとか思ってるの?」

「ん?」

「私は、それも良いと思うの。この人と一緒に居て良いんじゃないかなって事は、一緒にいたいって事なのじゃないの?激しい気持ちだけが正解じゃないと思う。穏やかなゆっくり進む気持ちだって良いと思う」

こんな風に自分が言えるなんて、我ながら驚いてしまう。

「ティファニーはなんだか大人になったね」

励まされたのが分かったのか、オスカーは少し目を見開いてから笑みを浮かべた。

「大人なんじゃないの。子供だってわかってるだけ」

「言うね」

「うん、言っちゃったわ」

くすっとティファニーは笑った。


「まずは…話してみないと、分からないのよね」

「それはそうだろうな…って何の話?」

「だからね、オスカーと話して、ちょっとだけ分かったことってあるじゃない?人って話さないと分からないよねって話」


まずは、ブロンテ伯爵と会って話をしてもらうこと。それからである。ティファニーの立場では直接話しかけることなど出来ない。家長であるルロイはまだ寄宿舎である。単に会うことすら爵位を持たない立場では、こんなにも難しい。


やるべき事をやる前にくよくよしてはいけないのだ。

これまでアドバイスをくれて、慰めてくれたり頼らせてくれたジョルダンはいない。


踊り終えると、ティファニーの元にラファエルとミュリエルも帰って来た。

オスカーとラファエルが言葉を交わしていると、ミュリエルがティファニーに近づいてきた。


「ねぇ、レディ ティファニー。それ見せてもらってもいい?」

それ、と指差されたのはラファエルから貰った指輪である。

「ごめんなさい、見せるものじゃないから」

「でも、見てみたいの」

にこっと無邪気に笑われて、そっと手の甲をミュリエルに向けた。

「…綺麗…貴女にぴったりね」

「もう、いいでしょう?」

「綺麗だけれど、壊れそう」

ティファニーは目を見開いた。

「聞いたわ。貴女、倒れたんでしょう?舞踏会で」

「その日は体調が悪かったのよ…」

「そうでしょうね、でも病弱だって噂よ。見た目だってか細くて、儚げな美少女を演出してるつもり?生憎だけど、どこの家だって花嫁には子供を産んで欲しいの。たくさん産めそうにない貴女なんてお呼びじゃないわ」

ミュリエルの毒がティファニーを襲う。

ジェニファーにも同じような事を言われたし、ブロンテ伯爵も似たような事を言っていた。

「病弱な訳じゃないわ。貴女だって風邪くらいひくでしょう」

「ええ、そうよ。でもね、この社交界で悪い噂が1度でもたつとなかなか覆せないのよ。第一、この間まで没落寸前の家の令嬢なんて目障りなだけだわ」


「ミュリエル!止めろ」

オスカーが低い声で制して間に入った。

「ティファニー、すまない。まさかこんなことを言うなんて」

「いいの。皆が思ってる事でしょう?はっきり言われてむしろよかったわ」

「なかなかしぶといのね、レディ ティファニー。意外だわ泣くかと思ったのに」

「泣いて解決するならそうしたわ」

ティファニーが淡々とそう言うと、ミュリエルはくすくすと笑った。

「見た目通り、か弱ければ良かったのに残念だわ。しばらく様子を見てあげる。正式に結婚するまでは諦めるつもりはないの」

ミュリエルはそう言うと、オスカーが申し訳なさそうに連れ去って行った。


「平気?」

「平気じゃない…。って言ったらどうするの?」

平気だと強がるのは、出来なくもない。でもそれは嘘だ…

「テラスに出よう」

ラファエルと連れだってテラスに出る。


そっとその逞しい胸に抱き締められる。

「噂になっちゃったんだね…倒れたの」

「王宮だったからね」

「ラファエルも、子供の事とか気になる?」

ふっと息を吐くと

「俺もさ一応、嫡男だからそこは全く気にしないといったら嘘になる。けど…どんなに健康な夫婦だって子供が生まれる生まれないは一緒にならないと分からないことだろ?」

「そうだけど、ラファエルは本当にそれでも私を求めてくれる?」


やはり本音には揺らぎそうな心がある。

「俺はねティファニーがいい。確かにたくさん考えたし悩んだ。去年もしティファニーが正式に婚約してたとしたら決闘する覚悟を決めていた。その時から君を愛してるし、離すつもりもないよ」

「ラファエル…ありがとう…嬉しい」

「うん…一緒に頑張ろう」


ティファニーは抱き締められたまま頷いた。

「いざとなれば駆け落ちしようか?」

ラファエルがふと思い付いたように言う。

「ええっ?」

「貧乏生活はいや?」

「一緒にいられるなら、それもいいなぁ…でも、大変よ?」

「ちゃんと計画してるさ」

「してるって」

「だから、そうなったときの計画」

ラファエルは本気なのだ。多分、その事を視野にいれていたのだ。

「どこでも、ラファエルについていく。絶対」

「うん。その前に頑張って説得だな」

ラファエルは笑ってティファニーにキスをする。


何故、自分は他の令嬢たちのように生まれなかったのだろう…その事を恨めしく思う…。




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