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14、心のままに

ラファエルからの手紙が届いたのは、数日後だった。


喧嘩腰なような内容で送ってしまった自覚はあったので、きっともう怒っていて、返事もしたくないのだと鬱々としていたから、その手紙を受けとるなり自室に駆け込んで急いで読んだ。


《Tiffany

手紙で書いてくださいと、言われたからここに書く事にする。俺が書くべき言葉はたった一言だけだと思う。俺は君を愛してる だから会って話がしたい。同じ気持ちでいてくれるなら、今度の王宮舞踏会でこれを着けてきて欲しい Raphael》


手紙と共に、プレゼントの箱が送られてきてあったのだ。それはエマが、後から部屋に持って入ってきた。

大きめの箱には、赤い一輪の薔薇と真珠の首飾りと耳飾り。赤い薔薇の意味がわからないほど、疎くはない。


(どうしよう。ドキドキする…これは、本当に本当に本当に本気だと思っていいの?)


「エマ…これ、本当にここにある?」

手紙と、その箱を開けたまま、ティファニーは立ち尽くしていた。

「とても、綺麗な赤い薔薇と素敵な真珠の首飾りと耳飾りですわ。なんでしたら、頬でもつねりましょうか?」

「うん…そうして…ちょっと落ち着かないと…」

「では、遠慮なく…」

むぎゅっとティファニーの両頬をエマはつねってみせる。


「…だめ、痛さ感じない…夢かもしれない」

ティファニーはつねられた頬を押さえる。

「あらあら、本当に?」

「やっぱり、夢…?」

「…夢ということにしておきましょうか」

ふふっとエマが笑う。

「そうね、うん。都合の良い夢を見てるのねきっと」

その手紙を一旦封筒にしまい机上の箱にしまい、薔薇を花瓶に挿して首飾りと耳飾りはドレッサーの上にエマが置いた。

そうして、一旦気持ちを落ち着かせる。


「ティファニー様、ジョルダン卿がお見舞いに来られております」

ノックと共にデューイが声をかけてくる。

「少し待って頂いて」

エマが、ティファニーの身なりを整えてティファニーは玄関ホールに向かった。


「おはようティファニー」

穏やかにジョルダンが微笑む。フロックコート姿の彼はいつもながら洗練されていて、とても素敵な紳士である。

「おはようジョルダン。お見舞いありがとう」

今日もお菓子と小さな花束を持ってきてくれていた。

「顔色が良くなったね。…何か良いことでもあったかな?」

くすっとジョルダンが笑う。確かに興奮しすぎて、血色が良くなったかも知れない。

「良いことって…その」

思わず顔が赤らむ。

「なるほどね…私の役目はもう終わりかな?」

ジョルダンはティファニーの気持ちを知っているから、ティファニーにとっての良いことが、だいたい何なのか予測がついたのかも知れない。

「そんな…終わりだなんて」

ティファニーにとってジョルダンは、とても頼りになる異性で師であり同士のようでもある。そんな彼にそんな風に言われると複雑である。

「良い報告を待っているよ。今日は元気そうで良かった」

顔を曇らせたティファニーに安心させるようにそう誤魔化すかのように、そう言った。

「ありがとうジョルダン…」

「これくらい何でもないよ」

それだけを言うと、すっきりと落ち着いた笑みを見せて帰っていった。


そうして、あっという間に、王宮舞踏会の日はやってきた。

連日、というよりは数分おきにラファエルからの手紙と贈り物を確認したけれど、それは消えることもなく別のものに変わることもなくティファニーの自室にあった。


「ティファニー様、仕上げはこちらでよろしいですね?」


ニヤリとティファニーの方を確認しつつ、エマが首飾りと耳飾りを着ける。

ほんのりピンクの淡いドレスは、長い裾が左手首と繋がっていて、左胸にはレース飾りとバクスター子爵家の紋章の刺繍がある。コルセットはいつもよりきつめに締めて、細い腰を作っているし、軽く化粧を施した顔はいつもより少し大人びて見える。

その首から胸元に、可憐な真珠が彩る。


見た目は完璧な令嬢の出来上がりだ。


「ティファニー様、完璧な仕上がりですわ!」

自信満々にエマが言う。


このラファエルからの贈り物を着けていく、という事はつまり(私も貴方と同じ気持ちです)と言っている訳で…。

「どうしよう…」


「どうしようじゃありませんよ。きっちりお会いしていらっしゃいませ」


クロエと共に馬車で向かうが、ティファニーは緊張のあまりクロエと一言も話さなかった。


会場には、同じような正装の女性たち。男性たちはこの国の正装の軍服だった。濃紺の上着に白の膝丈のズボン。黒いロングブーツ。上着には金の飾り緒とボタン、階級を示す紋章が、きらびやかについている。王族になると、冠や、ティアラをつけて、毛皮つきのマントを着けた。


国王夫妻が、壇上の席に着くと公爵、侯爵、伯爵の順に家族毎に挨拶をして行く。

その次が子爵であり、クロエとティファニーは揃って順に挨拶をする。

「新しいバクスター子爵は頭脳明晰で成績も優秀だそうだな。バクスター子爵家の繁栄を祈る」

国王のよく響く声がティファニーにも届いた。

「ありがたいお言葉でございます」

クロエがお辞儀をする。

ティファニーははじめて間近に会った王の顔は、その溢れんばかりの覇気に気圧されてまっすぐに見ることは出来なかった。


壇上の前から下がるときに、ラファエルの姿が目に飛び込んでくる。

きらびやかな容姿をさらに、綺羅綺羅しい軍服に身を包んだラファエルは他に人もいるはずなのに、その姿しか見えなかった。


距離はまだ遠いのに、その緑の瞳がティファニーを射ぬいたように感じられた。

謁見が終わると、音楽が始まりいよいよ舞踏会が開始する。

ティファニーは近くにいた若い男性と踊ることになったのだが、名前も顔すらも目に入ってなかった。


何人かとそうして踊り終えてお辞儀をして離れた所に、間近にラファエルが居たことに驚き、そのまま次のダンスを踊る。


「着けてきたな」


ぼそっと言われ、思わず赤くなる。

「このまま…向こうに移動するから」

広い会場にたくさんの踊る紳士淑女たち、その流れに乗りつつもラファエルは会場の端に導いて、そのままダンスの輪から外れた。

「こっち」

と手を引かれて、テラスに出た。会場内には曲はまだ流れている。


テラスには、ラファエルとティファニーだけ。

夕闇が広がり薄暗く、涼しい外気が触れる。


心臓がこの上なく鼓動を早めていて、息苦しくなる。


突然頬を摘ままれて

「おい」

と耳元で言われる。

「きゃっ!」

はじめて会ったときを彷彿させるその行為だったが、いきなりだったのでティファニーは思わずまたしても悲鳴を上げた。

「だから、ちゃんと喋れって」

摘ままれた頬を押さえて思わず見上げる。

美しく整ったラファエルの顔と正面から向き合ってしまう。

濃紺の軍服がいつもより凛々しく格好良くて、ティファニーは心臓が壊れそうだと思った。


「ティファニー、それを着けてきたって事は俺の事が好きだって返事で良いんだな」

「…っ」

「あの夜会った後に…恋患いになるほど、好きだって事で、いいんだよな?」

「恋患いって…何よ…どうしてそんなに自信満々なのよ」

…その通りなのだけれど、それを認めるのも恥ずかしい。


「ちゃんと言えって」

ティファニーは両頬に手をあてて、少しでも顔を冷やそうとした…。

「…す、好きよ…ラファエルが…。ずっと前から」


ティファニーがやっとの思いでそう告げると、

大きな溜め息が聞こえたかと思うと、その濃紺の軍服の胸にすっぽりと抱きしめられていた。


その胸からも、ティファニーと同じように心臓の鼓動が伝わってくる。

「…本当に…逃げるの、心臓に悪い…」

同じように、ラファエルがドキドキしていたのが分かって、ティファニーは少しだけ落ち着いた。

「…逃げちゃって…ごめんなさい」

「ティファニー」

「何?」


少し顔を上げると、ティファニーの唇とラファエルの唇がそっと触れ合う。触れあっただけなのに、敏感にその感触はティファニーの五感を刺激してラファエルの腕がなければ倒れそうな心地にさせられた。


「今日は…あと2曲俺と踊れ」


2曲…合わせて3曲を一人の相手と踊るということは、特別な相手だということになる。

「私でいいの?本当に」

「何がそんなに気になる?」

「…気になるよ…。私なんて、どこが良かったか分からないから」

「こら、俺が好きになった女を、なんかとか言うな。ばーか」


と真剣な目で見られて、口を閉じる。

本当に…特別な相手になれているのかと思うと、ふわふわと幸福感が押し寄せてくる。


「うん…もう言わない…」

「絶対にこれからは俺が守るから、自分の事も大事にしろよ」


ラファエルが知る危なっかしいティファニーのあれこれの行動を思えば、そう言われても仕方がない。

「…うんわかった…ちゃんと、大事にする」

レオノーラにも、大事にしろと言われた事がある。こういう所に兄弟なんだなと思わせる。


そっと、腕が緩まって体が離れる。

「で、ジョルダンと外国に行くのは断ったのか?」

突然、ラファエルが真面目に聞いてきた。

「…外国?」

ジョルダンと外国になど、話もしていない。なんの事かわからない。

「…ジョルダン…あいつ、謀ったな…」

何も知らなさそうなティファニーの態度でラファエルは呟いた。

「なに?何か言われたの?」

「グズグスしてたら連れていくよなんてワザワザ言いに来た…」


「ジョルダン、外国にいくの?」

「ああ、外交官として任官することが決まった。俺もジョルダンは優秀な外交官になるとは思ってる」

「そう、知らなかった…」


ジョルダンは、この国を離れるんだ…。

最後にちょっとした手助けをしてくれてたんだと思うと切なくなる。だからか、役目は終わりだなんて風に言っていたのは…。


「はっきり言うよ、ティファニー」

両手を繋いで、ラファエルは真摯な表情で話かけてきた

「…愛してる、結婚してくれ」

いきなりの言葉に頭が真っ白になる。


「え、いきなり?」

動揺のあまりにそんな返答を返してしまった。

「それで、ずっと側にいろ」


「…どうしてそんなに高慢なの」

この国の普通の求婚は、女性に膝をついて許しを乞うというのが定番だ。

「紳士的にしてたら、誰かは逃げるからだろ?」

少し笑いながら言う。

「…逃げ…たのかな…」

「そうだろ?」

「…」

「で、返事は…ってNOは言わせ無いけど」


ティファニーの左手をスッと引き、目の前で薬指に指輪を嵌めたラファエルはそのままその手にキスをする。


「本気で嫌なら、投げつけてもいいよ」


「嫌な訳がない…だって…一緒にいたいから、愛してるもの…」

ティファニーは赤くなりつつも、想いを告げた。


視線が絡み合う、そっと肩に回された手が引き寄せられてラファエルの口づけがそっと落とされる。それは約束の印のようだった

。唇が離れると途端に恥ずかしさが込み上げ、ラファエルの肩に額をつけた。


「そろそろ、戻ろうか」

ラファエルが囁くように言う。その声も耳を刺激して心臓に負荷をかけている。

「えっと…無理、かも」

「…何で」

「絶対に顔が…赤いと思うの…」

「見せて」

両手を頬にあてて上に向かせる。

「大丈夫、少しくらい赤くても酔っぱらったかと思うだけだよ」

「…飲んでないから…」

ようやく、くだらない会話が出来て少しだけ鼓動も落ち着く。


「今日は…もう…息が絶えそう…倒れたらラファエルのせいだから、ちゃんと介抱して送ってね」

「いいよ」

くすっとラファエルは笑うと、ティファニーをエスコートしながら会場内にそっと戻っていく。


曲の途中でダンスの輪に入った。

その次の曲はワルツで、ラファエルの言った通りに続けてそのまま踊る。

ラファエルの親衛隊がどうやら気づいたらしくて、突き刺すような視線がティファニーにくる。


「…視線で殺されそう…」

「…気をつけて一人になるな」


ラファエルもどうやら、女にはそういったごちゃごちゃがあるという事を理解しているらしい。


「絶対に怯むな、負けるな」

「なに、その応援」

くすっと笑うと

「頑張ってみるね」


「ちょうどルナがいるから、一緒にいろよ?」

「うん、わかった」


曲が終わり、ラファエルはティファニーをルナの所まで連れていき、ルナにも一緒にいるように言うと挨拶回りに立ち去って行った。

「ねぇ、ティファニー。いつの間にラファエルお兄様とそんなに親しくなったの?」

「最近、かな」

「そう…なんだか初々しくって良い雰囲気ね、ティファニー」

にこっとルナが笑みを向ける。


「ティファニー!なんだかひさしぶりね」

後ろから明るく声をかけたのはエーリアルだ。

「具合が悪いと聞いていたから心配してたのよ」


ひさしぶりに友人達とも会えて、いつものように会話をしていると、ようやくティファニーも気持ちが落ち着いてくる。


「女性同士で楽しそうですね、一曲踊りませんか?」

マクシミリアンがティファニーにそう声をかけてくる。


「マクシミリアン…私でよろしければ…」

と手を出した所で、マクシミリアンの視線がティファニーの手に向かう。そこには光に煌めく指輪。


「ティファニー、誰と…」

「…正式にはまだ、なの」

「そうですか、残念です…」


ふぅと溜め息をついたマクシミリアンは気を取り直したように笑みを浮かべると、ダンスへと誘った。


ラファエルが意図していたかはわからないが、この指輪の効果は大きそうだ。

マクシミリアンはティファニーと踊り終えると、次はエーリアルを誘い、踊りに向かった。

「ティファニー…もしかしてそれお兄様が?」

「…そうなの…」

「なかなか素早い行動ね、お兄様は」

ルナが感心したように言った。


休憩用のソファに座り、そっとその指輪を眺めてみる。

ダイヤモンドとアクアマリンが嵌め込まれた、美しいデザインである。

アクアマリンはティファニーの瞳の色である。

代々伝わるものというよりは、新しく作ったもののようである。

小さな石であるのに、そこが動く度にキラキラと輝いてラファエルの所有権を主張するようだった。


「ねぇティファニー。ガールズナイトパーティって知ってる?」

「ガールズナイトパーティ?」

「女の子同士で、夜通しお喋りしたり楽しむの。いま若い女の子たちで流行ってるのですって。私たちもしてみない?」

ルナとアデリンが隣に座り、話しかけてきた。

「それは楽しそうね」

「私も、結婚したらそういうことも出来ないでしょう?だからしてみたくって」

ルナはそろそろフェリクスと結婚が近付いている。

未来の公爵夫人は、結婚すればそんなことは無理になるだろう。

「うちに招待するから、ティファニーもきてくれる?」

「もちろんよ」

うきうきとティファニーは返事を返した。


ルナとアデリンが中心となって、企画をしてくれるようで、後はアナベル、エーリアルとごくごく親しくなった令嬢同士で集まる事に決まった。


それで…すっかりと一人にならないという約束を忘れてしまったのだ…。


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