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12、家族

いつものように、少な目の朝食を摂って食後の紅茶を飲んでいるタイミングで、デューイが手紙の束を置いてくる。夜会の招待や、お茶会の誘い。その中の1通にティファニーは反応した。


《ティファニー キースからティファニーが遊びに来るって聞いたけれど、一体いつになったら来るの? レオノーラ》


「あ、そういえば…約束してた」


今、ラファエルそっくりのレオノーラに会うのは少し躊躇う…。だけど、レオノーラには会ってお祝いを言いたい。

お世話になりっぱなしだから行かないと気がすまない…。


「お行きになった方がよろしいかと思いますが?」

デューイが珍しく意見を言う。

「近頃はめっきり塞ぎかちでいらっしゃるので、私共も使用人ではありますが、心配をしております…。レオノーラ様とお会いになれば、気も晴れますよ」

デューイは、レオノーラの所で暮らしていた事を知っていてそう言うのだろう。

「デューイ…」

「差し出がましい事を申し上げて申し訳ございません」

きっちりとお辞儀をすると再び、黙って控えている。


「…今日、お訪ねしますと…。訪問の手土産を用意しておいて、お花とそれから何か果物がいいかしら…」

「承知いたしました」

デューイは微笑みを浮かべて、手配に向かう。


馬車でアークウェイン邸にやってきたティファニーは、以前にこの邸にきたのは、最後に離れて以来だ。

不義理をしていた事に申し訳なくなる。


「待ちくたびれて、催促してしまったよティファニー」

玄関ホールで出迎えてくれた、いつ見ても麗しの美貌を誇るレオノーラは、少し叱るような口調だけど、瞳は優しい。


男女の差はあるけれど、やはりレオノーラはラファエルとそっくりで…でも違う人で、それだけでドキドキしてしまう。

「ごめんなさい、レオノーラ」

「来てくれて嬉しいよ」

そっと抱きしめられて、女性ながらも力強いその腕に驚く。

それに…

「え、っと。レオノーラ…コルセット無しなの?」


レオノーラのドレスはコルセットなしのドレスのようだった。

「…あんな拷問器具を家でまでしなくていいでしょ?ティファニーは失礼だって怒る?」

くすくすと笑いながらいう。

「え、拷問ですか…」

確かに、最初はなぜこんなに苦しいのかと思ったけれどティファニーは、大人になれた気がしてむしろ嬉しかった。


細くなった腰を支えるには、むしろこのコルセットをしている方が良いくらいである。


「…この前に会った時より少し痩せたんじゃない?ティファニー」

「この間まで少し具合が悪かったの」

「それはもう治ったの?」

心配そうに覗きこんでくる。

「大分良くなった、かも」

「なぁに?その曖昧なのは」

くすくすとレオノーラが笑う。

「レオノーラは、とても元気そうで良かった」

「…元気過ぎるから、こうして家に閉じ込められてる…」

確かに、元気過ぎるレオノーラならいつものように乗馬をしたり剣や体術の稽古とかもこなしてしまいそうだ。


すらりと背が高いせいか、妊婦らしさがまだ全くない。

お腹辺りに目を向けていたのがわかったのか、

「こうすると、少しだけわかるよ」

ドレスのお腹の辺りをピッタリさせると、丸い膨らみがわかる。

「なんだか、不思議…。みんなこんな風に産まれてくるんだ…」

「そうだね、触ってみる?」

おそるおそる触ってみる。


「あ」


微かに手に動いた感触がする。

「ティファニーに挨拶をしたのかな。この子は男かもしれないな」

「どうして?」

「男が触ると全く反応しない」

「やだ」

くすくすとティファニーは笑った。

「さ、お茶でもしながらゆっくりしよう」


レオノーラは、来客用の応接間でなく家族の使う居間に通してくれる。


ゆったりとソファに寛ぐレオノーラは髪も結っていないし、コルセットも身につけていないけれど、とても綺麗だった。


「ティファニーは、デビューして楽しんでいる?」

「…多分…エーリアルたちと仲良くなれたし、ジョルダンとかラファエルとか…色々と教えてくれるし」

「そう、良かったね」

にこっとレオノーラが笑う。

「私はね、ちっとも楽しくなかったよ。社交界っていうのがね」

レオノーラは苦笑してそう言った。

「楽しい、楽しくないじゃないんじゃないのですか?」

「確かにね、貴族としての義務は感じていたよ?けどね…。ドレスもダンスも男もどれもつまらなくってね、それで近衛に入ったんだよ。ちょうどティファニーの歳だったな」

白の近衛騎士の制服はとても格好良くて、何よりも男女ともに麗しい容姿であることが多くて人気がある。レオノーラはさぞかし素敵だっただろうなと思う。


「でも、レオノーラは長女で…」

どの家でも一番目の子供は期待も大きくて、騎士に入るとはあまり聞いたことがない。

「うん。だから私は産まれてからずっと、反抗期みたいなものだったかな…結婚してようやく親もホッとしてるんだと思うよ?」

「ずっと反抗期って…」

くすくすとティファニーは笑った

「だからね、多分この子も私とキースの子供だから、きっと困った子供になると思ってるよ」

レオノーラは笑っている。


「…そう、ですね…。そんな風に想像したり、するんですね…」


ティファニーはそっと目を閉じた。

「どうかした?」

「私の…生みの母は、私をどんな風に思ってたのかなって…。私を見たかな?って少しだけ…」

「ティファニー…」

「あ、ごめんなさい。なんか変な事を言ってしまって」

生んで間もなく亡くなったと聞いた母の事は、何の記憶もなくて更にいえば母という存在を意識したことも無かった。


「いいよ…きっと、楽しみにしていらしたと思うよ」

楽しみにしていたなら、今のティファニーをもし知ったらがっかりしていただろうか…。

「ありがとう、お見舞に来たのに、レオノーラに逆に元気づけられてしまった」


「こっちにおいで」


レオノーラが、落ち込んで見えるティファニーに、そっと隣に座るように言う。

「何でも良いから気になってることを吐き出してごらん?私の方が大人だし、ひねくれた人生を送ってるからね。ティファニーの愚痴くらい聞くよ?」


レオノーラがそっと抱き寄せて、その暖かさにふと心が緩んだ。


「私…。ピアノが好き」


ポツリと、それが出てくる。それを話し出したのは、母の事を考えたからかもしれない。

「そうだね、とても上手だし素敵な演奏をする」

「あれ…私、レオノーラの前で弾いた事あったかな…」

「うん、まぁ少しだけ聴いたよ…で続けて、」


「最近、思い出したの…。私に最初にピアノを教えたのは、お義母さまなの。最初は仲が良かったのかも…。なのに、いつの間にか、絵本に出てくる意地悪な継母みたいに思ってて、考えてみても…追い出された以外には、何も意地悪をされた記憶もないのに…」

「そうか…」

「…バクスター子爵と、レディ クロエが再婚されたのはティファニーが4歳くらいの頃だね。そして翌年にはルロイが誕生しているね…」


「そっか…ルロイが…」

ルロイの事は、ほとんど覚えていない…。


「ルロイの事は、全く覚えていないの…。だけど…最近思い出すの。お父様が…倒れて…」

父、コーヴィンを思い出すと、胸が息苦しくなる…

「私はまだ13で…ただ…怖かった…」

まだ34歳と若くて、美男子だったコーヴィン。治らないと聞いたときの得体の知れない恐ろしさ。

多分、クロエも恐ろしかったと思う。まだ幼い7歳のルロイと、デビュー前のティファニーを抱えて…。


「そうだろうね」

「私も、お義母さまも、お父様がどんどんやつれていって、面差しが変わっていって…とてもとても…辛くて怖くて…」


治らないなんて嘘だと思いたかったけれど日に日に、コーヴィンは悪くなっていったのだ。次第に、ティファニーもクロエも、口をきく事さえしなくなった。口を開けば、よくない言葉を口走りそうで、悪いことばかり、言ってしまいそうで…。


「誰だって死は恐ろしいものだ」

「お父様は回復することもなくって、毎日…私やお義母さまに 殺してくれ 痛い、苦しいって、言うようになったの」

「…ティファニー。辛かったね…本当に…」

レオノーラの手は優しくティファニーの手を包み込こんでいる。冷たくなったそこに温もりが伝わる。

「それで…お父様が亡くなった時に…私、こう思ったの。(お父様が死んで良かった)って…娘なのに酷いでしょ?」

「ティファニー…酷くなんかない…。それは、それだけ辛かったということだ。…とても」

「そこから…私、ごはんも摂れなくなって…自分が、お父様を殺す夢を見て…眠れもしなくて…」


そう…だからだ…。壊れそうなティファニーを護ろうとああ、したのだ。


「だから、お義母さまは…お父様の亡くなった邸にいない方がいいって…。自分が悪いと思わないで、私を悪者にしなさいって…言った…」


無理矢理忘れて、追い出された事に気持ちを向けたのだ。


「ティファニー…」


レオノーラはそっと優しく背を撫でる。

「お父様にも、お義母さまにも…私、酷いことしてる…。本当にバカな娘…」

「バカじゃないよティファニーは…」


「こんな…だから、ラファエルの事も…傷つけてしまった…」


「ん?ラファエル?」

「…それは、うまく言えないから…」

「あの子なら、大丈夫だ。男だし、何より私の弟だからね、もしティファニーがラファエルにすまないと思うなら、そんな事を気にすることはないよ」


「暗い話ばっかりしちゃって、ごめんなさい」

「いいよ。ティファニーからこうして話してくれて、私は嬉しかったよ?」

「本当に?陰気臭くて嫌にならないの?」

「ならないよ?…そんな風にあれこれと気にする子だったら、うちに来たときも…あれこれと気にしていたんだね?」


言い当てられて、ティファニーは俯いた。


「キースの事もおじさんなんて思ったことないし…。あの時も本当はもっと楽しんで暮らしておけば良かったなと今では思ってる…」

あはは、とレオノーラは明るく笑うと、ティファニーの両頬を両手で挟んだ。やはりラファエルと似ているが、不思議とドキドキはしなかった。

「いいことを聞いたな。じゃあ次は泊まりでおいで、ティファニーは私たちの妹だからね」

にこっとレオノーラが微笑みを向ける。


「ティファニーはもっとワガママを言った方がいいんじゃないかな?」

「…私、ワガママだと思うわ」

「本当に欲しいものは欲しいってちゃんと言ってないでしょ?」

「そんなもの、無いわ」

「嘘だね。ティファニーはずっと諦めてきたでしょ?」

「言っても、仕方がないもの…」


「だから、それだよ。叶えられないかも知れないけど、ちゃんと言う事が私は大事なんだと思うよ」

「諦めなきゃいけないなら、最初から言わない方が良くない?諦めさせようと言うのも、大変でしょ?」

「何で?今、ティファニーが楽しんでおけば良かったって言ったから、じゃあ今度は楽しく過ごそうって思うでしょ?」

「お父様が生き返ってくれたらって言ったら?」

そんなの言うだけ無駄な事で、口に出されても困るだろう。

「それはね、誰にも出来ないけれどティファニーの気持ちを聞いて、こうやって慰める事は出来るでしょ?聞かなきゃ何も出来ない」

レオノーラの言葉は真っ直ぐで、ストンと胸に落ちる。


「……私…どこに居たら良いのかわからないの。家だって何となく自分だけ異質な気がするし。だから、レオノーラとキースがうちの子になる?って、聞いてくれたとき凄く嬉しかったの」

「そう…私は今でも、ティファニーの事を妹だと思っているよ」


レオノーラはいつも綺麗で優しくて、そして強くて…


「だからね、いつだってティファニーの幸せを祈ってるよ」

「レオノーラには3人も妹がいるのに…」

「でもね、あの子たちはもうそれぞれにパートナーを見つけたから、少しはあの子たちから妹離れしないとね」

くすっとレオノーラは笑った。


「ありがとう、レオノーラ。ワガママ…考えておく…」


きゅっと抱きついている所にちょうど帰宅したキースが扉を開けた。


「え、と。俺はお邪魔をしてしまったのかな?」

「そうだなキース。空気を読め」

「ひどいなレオノーラ」


「ティファニー、体調は戻ったのかな?」

「誰かに聞いたの?」

「うん、まぁな。ラファエルも心配していたよ」


ドキンとする。


「そうなの?」


こんな調子で、どうするんだ…。

会うのは怖いのに、やっぱり気になって気になって…会いたくなる…。


「じゃあそろそろ。帰ります」

「え、何?俺の事避けてるの」

キースがいたずらっぽく言う。

「いえ、そんな」

「晩餐も一緒に食べようよ」

「また今度ゆっくり、来させてもらいますから」

「そう?じゃあ楽しみにしてるから」


ティファニーは返事の変わりに笑みを見せて、アークウェイン邸を後にする。


レオノーラの強いオーラが、ティファニーの鬱々とした気持ちを少し晴らしてくれた…。


想いを口にするのは…例え叶えられなくても、それでも言葉にする事は意味がある…。


それをもう一度、胸に刻み込んだ。



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