11-11 報告相手はシュタインさんの親父殿
翌日は新たに積もった雪の上を歩くことになったが、10cmほど積もっただけだから、カンジキを使うまでもない。少し靴底が広がった雪靴で十分に歩ける。
上手い具合に、俺達の足跡が消えてくれたようだから、魔族の追跡はないんじゃ無いかな? モモちゃんも、怖いのはいないと言ってるぐらいだから安心できる。
その日の夜には、ベルク村の北門を叩くことができた。
夜番の門番さんに門を開けてもらって、この日はギルドに帰還報告だけを行い俺たちは自分達の幌馬車でゆっくり寝ることにした。
といっても、ろくに食事をとっていなかったから広場の片隅でたき火を作りスープを作ってビスケットのようなパンを浸して食べる。
あまりおいしくはないけれど、安全に食事ができるというのは何にも勝るごちそうに違いない。
明日の朝食は宿の食堂で取れそうだ。久しぶりに柔らかいパンが食べられるぞ。
翌日、皆で宿の朝食をいただいていると、身なりの良いトラ族の騎士が入ってきた。
食堂を見渡して俺達を確認すると近付いてくる。
「シュタイン殿でしょうか?」
「俺がシュタインだが」
「第1大隊指揮官殿がギルドでお待ちです。食事中で申し訳ありませんが、終わり次第来ていただけると助かります」
「了解した。3人で行くと伝えてくれ」
騎士がきれいな答礼をシュタインさんにすると、すぐに食堂を出て行った。
「ということだ。アオイとナリスで良いだろう。お茶を飲んだら出掛けるぞ」
「わし達は幌馬車にいるぞ。そうじゃ、これを親父殿に渡すが良い」
ガドネンさんが持ち出したのは、蒸留酒の大ビンだ。飲める連中には好評だからかな?
そういえば、俺の持ってるスキットルには2回蒸留したものが入ってるんだよな。大ビンを飲む前に飲ませてあげようか。
急いでお茶を飲み終えると、シュタインさんの後についてギルドに向かう。モモちゃん達は、ゆっくりと蒸留酒作りを楽しむんだろう。
ギルドに入ると、すぐにリーナさんがカウンターの扉を開いて俺達を奥の部屋に案内してくれた。
すでに部屋には人がいる。壮年を過ぎつつある風貌をしているトラ族の騎士が3人とヒルダさんによく似た婦人が1人。それにギルド長が同席している。
「終わったと昨夜聞いたが、この4方に詳しく説明してもらいたい。報酬は銀貨20枚だが、内容によっては増額してもよいとのことだ」
ギルド長の話を聞いて、シュタインさんが騎士達の対面に座る。俺とナリスさんは両隣にそれぞれ腰を下ろした。
「いつの間にかデミ・ドラゴンのクラスに就いたとはな。喜ばしい限りだが、軍に戻るつもりはないのだな?」
「今では仲間も10人に増えている。これまで通り続けるつもりだったが、傭兵から足を洗うのは早いかもしれん。これを作れるようになったことで、レドガー商会との繋がりができた」
そう言ってバッグから大ビンを取り出した。
クンクンと匂いを嗅いでいた老騎士に笑顔が浮かぶ。
「まったく、とんでもない酒を造ったものだ。国王でさえ毎日飲めぬと文句を言っておるぞ」
隣の騎士に何かを告げると、騎士が部屋を出ていく。騎士を従者にしているようだ。先ほどの会話の流れからして、この人がシュタインさんの父親ということになるんだろうか?
やがて、金属製のカップが運ばれてきた。老騎士が大ビンのコルクを抜こうとしたので、慌てて押しとどめる。
「ちょっと待ってください。味見は、後ほどで良いでしょう。これも同じようにして作った酒なんですが。試して貰えませんか?」
バッグからスキットルを取り出すと、ナリスさんが受け取って皆のカップに半分ほど注いで回ってくれた。
終わったところでスキットルを受け取ると、ナリスさんに頭を下げる。
「レドガー商会が倍近い値を付けた酒だ。親父殿に気に入るかどうかは分からぬが……」
カップを手に一口飲んだのは毒見というKとになるんだろうか?
シュタインさんの満足そうな表情を見て、皆がカップを手に取って口に運んだ。
「ほう……。確かに2倍の根を付けても良いだろう。試作と言ったな。ぜひとも土産に欲しいものだ」
「大ビンでは出来かねますが、小ビンであれば後ほどお届けいたします」
「それでは、魔族のついて見てきたことを報告する。何か筆記用具はないか?」
シュタインさんの言葉に、騎士の一人がメモ用紙のような物を取り出した。粗末な鉛筆も一緒だから、指示をメモするために持ち歩いているのだろう。
「俺達のアビニオン傭兵団に2年前、アオイとモモという兄妹が入団した。アオイは俺の隣で先ほど酒を提供した青年だ。アオイの武技は人間族を少し凌いでいるように思える。とはいっても体力はない。しかし、アオイの思考力は俺達を遥かに凌いでいる。リーガル、オーガ、土竜、グラッパー……。今まで急所が無いと思われていた魔族の急所を的確に伝えてくれる。今回の任務はアオイにかなり助けられた。そこからはアオイに偵察の詳細を説明してもらおう」
シュタインさん、俺に話を振ってきたな。父親に説明するのにトラウマでもあるんだろうか?
とはいえ、リーダーの指示には従わないと……。
「北の洞窟と一当たりした魔族は西に逃れたと聞いておりました。俺達はベルク村を北上し、シュバルツ・ボーエン山脈に差し掛かったところで西に向かいました。西にはイデル川がありますから、撤退した魔族がイデル川を越えたか否か、これが俺達の偵察の範囲だと考えた次第です」
「さらに西にも開拓村がある。そちらに向かえば少なくとも北の洞窟は安泰と考えたのだな? そこまではわしも同意見だ」
俺が説明をするたびに、頷いてくれる。かなり戦術がわかる人のようだ。ナリスさんの話では大隊長を務めているらしいからそれなりの知識を持っているんだろう。
「リーガンの2重の監視網だと? なるほど、先が気になるな。だが、よくもリーガンを倒しながら進めたものだ」
「いると分かれば注意してみることができます。相手を確認できれば弓で容易かと」
「それができる兵士は少ないだろうな……。で、その先で何を見た?」
夜間に移動して朝方近くに魔族を見たことを話し始めた。
俺の説明に騎士達が聞きもらすまいと、テーブルに身を乗り出している。
「リーデルが2個中隊、リーガンは2個小隊といったところか。グラッパーがリーデル並みにいたとなると厄介な話だ。1個中隊は覚悟せねばならんな。……偵察としては十分だ。5割増しで報酬を支払うぞ」
「1つ、未確認情報があるのでお知らせします。オーガよりも格段に大きな何かが魔族の集結地にいるようです。土竜辺りを疑っていたのですが、結果は足で歩く生物でした」
「見たのか?」
老騎士が鋭い目つきで俺の顔を見た。
「水ガメの波紋です。焚き火を囲む魔族の動きでは波紋は立ちません。となれば大型の生物、しかも足を持ったもの。更に波紋の立つ間隔から2本脚で動く生物と推定します」
会議室に沈黙が降りる。ギルド長と魔導士の元お姉さんは口を丸くしてるし、3人の騎士はジッと俺の目を見つめる。
「暴君……」
「私も、同じことを考えました。アオイの言った水ガメの波紋を私も見ています。直径2Dほどの開口部の水面にあのような波紋を作るものは無いだろうと」
「ナリスも見ているのか! となると、かなり信ぴょう性がありそうだ」
「暴君など、昔話の中の存在ではないのですか?」
老騎士の隣に座った若い騎士が老騎士に確認している。単なる従者ではないのだろう。
「しばらくは、近隣王国を含めて被害にあってはおらんが、昔話等ではない。だが、暴君を御することはできなかったと記録にはある。何らかの方法を魔族は見つけることができたと考えるべきであろうな」
老騎士がバッグから小袋を取り出すと、中から金貨を取り出した。それを手を伸ばしてシュタインさんの前に置く。
けげんな表情で、老騎士を見てるんだけど、父親なんだよな。
「それだけの情報をもたらしてくれたのだ。それなりの対価は必要だろう。確か、アオイと言ったな。ドルネアとコーデリアより話は聞いている。一つ、老いぼれに策を授けてくれぬか。暴君と対峙するにはどうしたらよい?」
またしても全員の目が俺に向いたぞ。
一応は考えてるんだけど、かなり面倒な方法だ。
「グラッパーの姿がオーガの2倍ほどになったものが暴君の姿だとします。生憎と、図鑑をまだ見ていませんから、そんな姿であればということで」
「おおよそ、そのような姿だ。それで?」
簡単に言えば落とし穴になる。
落とし穴に誘って落とし込んだところに油の入ったタルを投げ込んで火を点ける。焼け死ぬ前に窒息してしまうに違いない。
「それで良いのか?」
「十分かと。ですが、魔族の総数はかなりの数です。魔族と闘いながら火を使うことになるでしょう。可能ではあるが、かなり危険な方法だと思っています」
「信じられん。それで殺せるとは……」
「ある意味、火刑のようなものです。火刑で死ぬ原因は焼け死ぬのではなく呼吸ができなくて死ぬのです。溺れるようなものです」
今度も信じられないような顔をしている。どうやら火刑という忌まわしい刑罰もあるらしい。罪人の周囲に薪を積んで行うらしいのだが、結局は同じことだと思うな。結果として黒焦げの罪人を見ることになるから、皆が焼け死んだと思っているに違いない。
「火刑並みの火を焚けということだな。かなりの油が必要だろうが、用意できぬことはない。リカオン、ちゃんと聞いていたな。我等の奥の手だぞ」
「しかし、このような策士を野においても良いのですか? 我等の部隊に招けば力になってくれると思うのですが?」
「ドルネアでも無駄に終わったらしい。それに、コーデリアの話も聞いたであろう。シュタインの傭兵団から引き離すことはできぬと国王も言っておった。だが、知恵を借りることまでは禁止されてはおらん」
そう言ってシュタインさんに笑いかけている。
困ったような表情で、口を閉ざしているシュタインさんが印象的だな。




