11-10 大型の生物は?
ファンドさんと双眼鏡を交代しながら魔族の様子を探る。
トントンと俺の肩を叩いたファンドさんが左手を見るように指先で合図してくれた。覗いた先にいたのは、プレートアーマーを着たラプトルモドキじゃないか! 数は20を超えていそうだ。
「やはり集まってきてますね。この地で集結するつもりのようです」
「ドラゴンは来るんでしょうか?」
「何とも言えないな……。ちょっと待ってくれ!」
水ガメなんだろうか? 金属製のツボのようなものが焚き火近くに置いてあるのだが、その水面に波紋が定期的に浮かんでいる。近くをラプトルモドキが2体歩いていたが、その歩みと連動した波紋ではない。
「いるな……、かなり大きい奴だと思うぞ。少なくとも1体はいる」
「どうしてそれを?」
「焚き火近くの水ガメさ。地響きを立てるような奴だろう」
双眼鏡を渡すと、確かに……なんて呟いている。
「ここまでは分った。これからどうするかをシュタインさんに確認してくれ」
「了解です」
そう言って、下がって行ったが、次にやって来たのはシュタインさんとナリスさんだった。
「かなり大きいのがいるらしいと聞いて来たのだが……」
「今は静かですね。少し人数が増えた感じがします。リーデル以外にリーガンもいるようです。魔族達の中では体色を青にするんですね」
双眼鏡を渡して使い方を教えると、直ぐに目を離してもう一度双眼鏡を覗きこむ。遠くが大きく見えるということが信じられないんだろうな。
5分程度覗いたところで、ナリスさんに双眼鏡を渡しているけど、そのまま覗いているようだ。あまり驚かないのがちょっと不思議な感じがする。
「叔父上殿、確かに水ガメの水面が動いている。あれだけの動きとなればかなり大きいのだろう」
今度はシュタインさんが確認して、ため息を吐いた。
「4本脚又は2本足が2体だ。オーガよりも大きな人型の魔族がいるのなら、足の運びで地面を揺らすこともできるだろう。急いで、ここを離れるぞ」
3人でゆっくりと後ろに下がって皆の待つ茂みにたどり着いた。
直ぐに皆で小さな円陣を作り、シュタインさんの指示を待つ。
「ここまではやって来たが、これから村に戻るのはかなりの苦労がありそうだ。ガドネン、この場所のおおよその位置は掴めたか?」
「2つの峰の角度を測っておる。それに、ベルク村から北に1日、そこから西に向かっておよそ半日じゃ。イデル川は更に西じゃろう」
「問題は集結した後の進行方向だが、我等はそこまでの仕事は請け負っておらん。ここまでで良いだろう。それで、撤退の方法だが……」
ここまで歩いて来た方法と同じと言う事らしい。モモちゃんはシュタインさんの後ろで、その後ろに俺が付く。
「途中で、モモがリーガンを見付けたら全て倒していく。兵士達にはリーガンを見付けるのは不可能に違いない」
「ネコ族でさえ何かいるぐらいにしか感じないわよ。それに今まで遭遇したリーガンには尻尾だって膨らまなかったのよ」
リーザさんがそう言ってモモちゃんの頭を撫でてるけど、たぶん殺気を消して監視だけに全神経を注いでるんだろうな。リーガンにとってモモちゃんは天敵ともいえる存在だ。なぜか分からないけど、モモちゃんには分かるらしい。ひょっとしてバステト神の恩寵ということになるんだろうか?
そういえば、俺の身体に浮かぶ魔方陣も良く分からないな。あの時の言葉を考えると何らかの働きがあるんだろうけど、本人にそれが分らないとなると問題なようにも思えるんだよね。
ヒルダさんとガドネンさんに【アクセル】を掛けて、自分にも掛けておく。まだ、日は高いけど、体力5割増しは森を進むには都合が良い。
第2線、第1線の監視網を抜ける時に、リーガルを1体倒したけれど、かなり粗い監視網を張ったのだろうか? 昨夜倒したリーガンの位置に新たについた者はいないらしい。
ちょっと拍子抜けにも思えるが、見つからなければその方が良いに決まってる。魔族の集結地を探すのではなく、今回は安全に帰るのが目的だからね。
第1線の監視網から1時間程あるくと下弦の月が姿を現した。
最初の夜は、この辺りで野営をしたんだけど、今夜はもう少し先に行って野営をするらしい。
森の中の雪に俺達の足跡が残っているのが問題ではあるけど、消しようがない。最接近距離が500mとなるのだが、それを魔族がどう判断するかが問題だろうな。
小さなくぼ地を見付けたところで、シュタインさんが足を止める。
テントを張ってその上に黒い布を被せ、藪の枝を乗せれば周囲に少しは同化できるだろう。
炭火をおこして携帯コンロに入れて、テントの中に持ち込めばそれなりに暖かく過ごせる。簡単な食事を作って交替で寝ることになった。
強行軍だったからな。モモちゃんと一緒に、最初に休ませてもらった。
深夜にモモちゃんに起こされた。
素早く毛布から抜けると、気のせいかだいぶ寒く感じられる。
「起きたな。後を頼むぞ。雪が降ってきたから足跡を隠してくれるだろう」
シュタインさんが毛布にくるまって横になる。
少し携帯コンロに炭を足して、小さなポットでお茶を沸かし始めると、モモちゃんがバッグから魚の干物を持ち出して炙っている。
1個しかないみたいだから、俺も干し肉を取り出すとナリスさんも干し肉を炙り始めた。
「やはりおなかが空いてしまうな」
「そうですね。それにこれを齧ると眠気覚ましにもなりますし」
問題は少し硬すぎるということだ。炙れば少し柔らかくなるのに気が付いたのはだいぶ後になってからだ。
濃いお茶を飲みながら干し肉を齧る。モモちゃんも干し魚を頭からガブリとやってるぞ。
少し天井が低くたわんでいるのは雪の重みによるものかもしれない。もっとたわむようなら雪を取り除かなければなるまい。入口が少し空いているのが寒い原因なんだろうけど、毛布をかぶれば我慢できる範囲だ。薄手の毛布を広げてモモちゃんと一緒に包まって朝まで見張りを続けよう。
「怖いのはいないにゃ。遠くでピョンピョンが跳ねてるにゃ」
「ラビーが動いてるならガトルもいないということだろう。すでに魔族の第1線を抜けている。あまり気を張らずともよさそうだ」
「ですね。ところで、あの大きな地響きを立てるような生き物に心当たりはありますか?」
にこりと笑いかけてきた。バッグの中からスキットルを取り出してお茶のカップに入れてくれたのはワインだった。
ありがたく頭を下げて少し口に含む。さすがに一度に飲むのは躊躇われる。
「私もそれを考えていた。少なくとも、土竜の類ではないだろうな。ミデガルやサンドドラゴンも対象外だ。残りは動く岩山ということになる」
「小型の動く岩山がいるんでしょうか? それに確か4本足のはずですよね。俺には2本足でオーガよりも大きな生物と思えるんですが?」
今度は、ナリスさんが考え込んでいる。
ワインも飲まずに右手のカップをのぞき込んでいた。
「暴君……。ありそうだな」
そう呟くと、カップのワインを一気に飲んでしまった。改めて俺の顔を見る。
「対応を間違えると王国が終わるぞ」
「過去にとした例がないと?」
「オーガの2倍の背丈を持っている。体重はオーガの3倍はあるだろう。そのうえガトル並みの素早さだ。武器は持たぬが頭のほとんどが口になる。その口には短剣のような牙が並んでいるのだ。幾多の勇士が挑んだが、……倒したものはおらん」
「それだと過去には何度か王国に姿を現したことになりますが、どうやって倒したんですか?」
「倒すことができず、蹂躙に任せたということだ。王国の住人が半減したと記録が残されていたぞ」
恐竜そのものじゃないか! そんな生物を倒せる方法なんてあるんだろうか?
少し考えなければなるまい。
王国の住民が半減しようものなら俺達の仕事がなくなってしまうだろうし、せっかくの酒造りが台無しになりかねない。
「方法なんてあるのだろうか?」
「どんな生物だって弱点はあるはずです。おおよそのことは分かりましたから、帰る道すがら考えてみるつもりです」
「逃げるということは考えないのだな?」
そう言って面白いものを見るように俺に顔を向けた。ちょっとした笑みを浮かべているけど、彫りの深い美人だからちょっとドキリとしてしまう。
「逃げる先に現れたらまた逃げることになってしまいますよ。それならこの土地でシュタインさん達と協力して迎撃したいですね」
「私もその中に入っているんのだろうな?」
「もちろんです!」
満足そうに頷いている。絶対戦闘狂だぞ。その上に肉食系女子だ。トラ族だから当たり前なんだろうか?
「たぶん、村に待っているのは王都の第一大隊の指揮官に違いない。シュタイン殿の父様だ。さて、楽しくなってきたな」
スキットルの残りのワインを俺たちのカップに注ぐと、カップを鳴らして2人で顔を見合わせた。
「もう少し早く、叔父上が呼んでくださればありがたかったのだが、これからでも遅いということはない。王都での暮らしは退屈そのものだったぞ」
「シュタインさんの現役復帰もあり得るんですか?」
「大叔父様が望んでも、叔父様は復帰しないだろうな。仲間を置き去りにはしないお人だ」
ナリスさんとそんな話をしている内に、夜が明けたようだ。モモちゃんはいつの間にか俺に肩を預けて寝入っている。昨日は疲れていたに違いない。今日もモモちゃんが頼りだからな。もうしばらく眠らせてあげよう。




