10-03 サイクロプス
最初みた時は池のように見えたのが、イデル湖の東岸だったようだ。良く見ると、ずっと奥まで水面が伸びている。南北から張り出した湖岸の木々が奥行きを隠しているようだ。
北側から流れてくるのがイデル川で、湖を介して南に流れている。下流に1日あるけばモンデール川と合流するらしい。
陣の周囲は兵士達が巡回しているから、俺達は焚き火を囲んで厳戒態勢を取っている。もっとも、リーザさんとファンドさんは荒れ地でラビー狩りを楽しんでいるようだ。レクタス傭兵団のイヌ族の男性も一緒だから、余りここから離れなければ問題も無いだろうし、獲物があれば皆に喜ばれるからね。
「これで2日目だが、変わりは無いな。体を休めて報酬が貰えるんだから言うう事なしだ」
「依頼の期限後には王都から更に1個分隊が派遣されるようだ。王宮も事態を重視しているらしいぞ」
「間道を1つ潰されて、場合によってはナルス村が放棄されかねん。数百人が路頭に迷いかねないからな。王宮も考えるだろうよ」
シュタインさんとバルテスさんの話しを聞いていたキニアスさんの表情も厳しくなっている。その可能性が高いと考えているのだろう。
「ナルス村には別途傭兵団を派遣したようです。農業も盛んですが、何より漁業がありますからね」
「だが船はさすがに出せんだろう。岸辺からでは漁獲はかなり減るだろうな」
モモちゃんが焚き火で炙っている干物は20cmほどの魚らしいけど、需要は高いらしい。それが減るとなれば物流全体が代わる恐れもありそうだ。海街道から山街道に向かう荷が増えるかもしれない。
兵士達の巡回が終わると、キニアスさんのところに異常無しの報告が入る。それが終わって次のメンバーが巡視を引き継ぐらしい。
今日も平和な1日になりそうだ。
ナリスさんが体が鈍ると言って俺を相手に長剣の稽古をするんだけど、シュタインさん達は俺達を肴に昼間からワインを飲んでるんだよな。
ヒルダさんがミチルとモモちゃんを相手に編み物を教えようとしているようだけど、前途多難に見える。初めて1時間も経たない内に、モモちゃんは毛糸に絡まってたからね。元ネコだけあって、毛糸玉はじゃれる対象なんだろうな。
その教え方で分ったことが1つある。モモちゃんは数を数えられるようだ。とは言っても指を使って数えてるから10までなんだけど、10以上を数えるのに片足を伸ばしたり尻尾の位置を変えたりしているようだ。30までは行けると言う事になるのかな?
「ナリスさんは、編み物をしないんですか?」
「私か? どうも細かいことは苦手だ。母は上手だったのだがな」
キニアスさんの質問に、恥ずかしがることも無く答えてるけど、たぶん料理もダメなんじゃないかな? 家事に堪能な相手を探すのは大変だと思うけどね。
人には向き不向きがあるからね。リーザさんが編み物をしてる姿なんて想像すら出来ないからな。
「ところで、あちこちに軍を派遣してもだいじょうぶなのか?」
シュタインさんらしく、心配そうな表情でキニアスさんに質問している。
「王都の1個大隊と、近衛兵はそのままです。貴族達の所領には貴族が私兵を出していますから、今のところは心配ありません。それにシュバルツボーエン山脈の洞窟は見付け次第潰していますから」
「なら良いが、あまりやり過ぎて魔族を刺激すると、どんな手を使ってくるか分からんぞ。イデル湖の異変も案外その辺りにあると思うのだが」
新たなこの世界への入り口を作るということなんだろうか? それはちょっと心配になる話だ。
「相変わらずだな。だが、そうなるとここはやばいんじゃないか?」
「だから俺達がいるんだろう? グロスターは前にアオイ達が見せた斬り方なら切り裂けるようだ。だが、俺達では斬ることはできん。突き刺すことはできるのだがな」
「俺達は槍を使うさ。奴らの爪が厄介だからな。ところでグレミーに長剣は通じるのか?」
「聞いたことも無い。海のグレミーなら銛が使えると話を聞いたことがある。やはり槍で挑むべきだろうな」
シュタインさんの心配性はバルテスさんも十分知っているようだ。たぶん昔からの知り合いなんだろう。
2人の話からすると、あの半魚人のうろこは、それだけでヨロイ並みの強度があるようだな。
俺の長剣でだいじょうぶなんだろうか? 槍が使えるなら弓も有効になるんだろうか?
「兵士の半数が弓兵です。鎧通しを準備して来ましたが」
「通常の矢はあまり意味をなさんが、鎧通しなら使えるやも知れん。ダメな時には槍が良いぞ」
「短剣で作らせます!」
キニアスさんが焚き火を離れて行った。早速作らせるみたいだな。
焚き火でパイプに火を点けると、何人かが俺に続いてパイプに火を点けた。
「それで、アビニオンは弓を増やしたのか?」
「ナリスも加えている。俺の姪だが軍には向いていないようだ」
「お前の家系は軍人ばかりだからなぁ……。俺の家にように王宮で暮らすのは向いていないか」
「お前も、家を飛び出したんだろう?」
「違えねえ」
バルテスさんとシュタインさんの仲は想像した通りのようだ。たぶん同じ頃に傭兵団を作ったんだろうな。
だけど、年月が経った時に慎重派のシュタインさんの方がレベルが上がってるとは、バルテスさんも思いもよらなかったに違いない。
そんな話を焚き火の周りでしながら時間を潰す。
夕食はラビーの肉が入ったスープだ。この頃毎日だから少し飽きてきたぞ。
食後には、小さなカップでガドネンさんが酒を振る舞っているが、バルテスさん達に言わせると、最初に飲んだ酒と比べるとかなり味が違うらしい。
「まぁ、これはこれで美味い酒なんだが、あれを飲んでしまったからな。だが、ワインよりも俺は好きだぜ」
「褒めても2杯目は出さんぞ。明日を楽しみにするがいい」
こんな風にして、この酒の味を知る者が少しずつ増えていくんだろうな。
5日目を過ぎて今日は6日目だ。
ヒルダさんの編み物教室も少しは見られるようになってきたぞ。何といってもモモちゃんが毛糸に絡まらなくなってるからね。編むのはしばらくは無理だろうけど、編めたら凄いと言わざるをえないな。
そろそろ終わりにして、夕食の支度を始めようとヒルダさんが毛糸玉を片付け始めた時だ。突然モモちゃんが立ち上がった。
「お兄ちゃん、怖いのがやって来たにゃ! あっちにゃ」
全員がモモちゃんの指差した方向を見る。
「何も見えんが?」
「全員、装備を付けろ! リーザはモモを頼むぞ。ファンドはチル達を呼んで幌馬車の下に下がれ」
「何だ何だ? シュタイン、どうしたんだ」
「やって来る。モモはかなり早くにそれを知ることができるようだ。今まで外れたことが無い」
「全く、便利な連中を揃えたもんだ。野郎ども、ぬかるんじゃねえぞ!」
バルテスさんも急いで準備を整えたようだ。
キニアスさんが槍兵を並べて、その後ろに弓兵を並べ始めた。
「何が来るんでしょうね?」
「モモちゃん、見たことがある?」
「初めてにゃ。でもこわいものにゃ」
「グロスターでもギルミーでもないって事か。となると……」
「あれだ。ネコ族を越えるとは聞いたが、かなりなもんだ。キャルラ、光球を2つ上げてくれ!」
ガドネンさんがいつの間にか準備しといた焚き木に火を点けた。焚き火が3つできたからこれも俺達の防衛に役立つだろう。
「サイクロプスだと! シュタイン、弱点を知ってるか?」
「いや、だがオーガと似た体形だ。顔を狙え」
確かにオーガ並みの体格をした一つ目の怪物だ。身長は前に出会ったオーガよりも低そうだけど、シュタインさんよりは大きいな。全身毛でおおわれてるから、人間と言うより熊に似ている感じだ。そんな姿で得物は大きな斧を引き摺りながら近付いて来る。
「リーザ、全員を幌馬車から出しておけ。あんなのを振り下ろされたら幌馬車はひとたまりもない」
皆が弓やクロスボウを持って焚き火の近くにやって来た。俺達は焚き火を背に戦わなくてはならないみたいだな。
とりあえず自分に【アクセル】を掛けると、急いでクロスボウを準備する。
サイクロプスは数体のようだ。
大きいけどこっちは人数があるからな。どれ位素早いかが問題だけど、最初の一撃はクロスボウで良いだろう。
「アオイ、間合いに入ったら直ぐに放ってくれ。少しでも手傷を負わせておきたい」
「了解です。2本放ったところで参戦します」
俺達がひ弱に見えるんだろうか? 100mほどに近付いても、歩みを速めようともしない。
左端から狙ってみるか……。50m程に近づいたところで、トリガーを引いた。
グワァ! という叫びが辺りにこだましたから命中したに違いない。急に地面の振動を感じたので、急いで弦を引いて2本目をセットした。
さっきの叫び声が合図だったのか。すでに目の前にサイクロプスが迫っていた。
顔に向かってトリガーを引いたところで、俺のマントの上にクロスボウを放り出して長剣を手に走り出した。
「助太刀します!」
「ありがたい。中々の動きだぞ!」
ナリスさんの一撃を槍で防ぎながら、ナリスさんをじりじりと押している。
横手から飛び込んで腹を薙いだ。すかさずナリスさんが長剣をサイクロプスの目に長剣を突き差した。
ナリスさんを放り上げるようにサイクロプスが後ろに倒れ込む。ナリスさんは長剣を引き抜きながら1回転してスクッと立ち上がる。
「次だ!」
俺に言葉を掛けて次のサイクロプスに向かう。慌てて俺も後を追った。
2体目のサイクロプスは矢で目を潰されてる。辺り構わず斧を振り回すからやり辛いったらありゃしない。
2本のボルトが顔に突き刺さって、奴が斧を放して顔に両手を持って行った時に、俺とナリスさんが両側から腹を薙いだ。
腹を押さえて悶絶したところを、バルトスさんが槍を突き刺す。
ドサっと音を立ててサイクロプスが倒れた時には、周囲に静寂が下りていた。
「怪我は無いか!」
シュタインさんが俺達の点呼を取る。バルテスさん達も仲間に声を掛け合っているから、同じように無事を確かめているんだろう。
「私とアオイはだいじょうぶだ」
ナリスさんの声を聴いて安心しているようだな。俺も後ろに下がってモモちゃんを探す。
「やっぱりモモのお兄ちゃんが一番にゃ!」
「皆で協力したからだよ。モモちゃんも怪我は無いんだね?」
俺の言葉にうんうんと頷いている。
皆で焚き火の傍に集まり、先ずは一息入れようと、ワインのカップが配られる。
俺はあれが良いとバルテスさん達が駄々をこねてるけど、酒はガドネンさんがしっかりと管理してくれてるようだ。




