9-12 半魚人?
湖までは200mもないだろう。周囲の林の木々はまばらになっているから、俺達は身を低くして、背の高い藪からファンドさんの指差す方向を見た。
「半魚人?」
「王国では、ギレミーと呼ばれている。本来なら海にいるのだが、湖にもいるのだな」
「我等にも種族があるようにギレミーの種族が異なるのではないでしょうか? 一緒にいるオグルの背丈から比べると、身長が足りませんし鱗の色も聞いた話とは異なります」
そんなものかな? 俺にとってはファンタジーの具現化以外の何ものでもないんだけどね。
「数はおよそ30というところか。オグルはギレミーよりも多そうだな。火の鳥は一緒にいないようだ。猛禽類だから魔族も御せるとは思えんな。となると、一度最初の足跡に戻って調べる必要もありそうだ」
ナリスさんの呟きにファンドさんが頷いてるけど、俺とモモちゃんは首を傾げて聞くだけだ。
「あまり長くいるとめんどな事になりそうよ。早めに引き上げましょう? シュタインへの報告はナリスにお願いするわ」
「確かに長くいるところでは無い。ファンド先行してくれ」
今度はゆっくりと林を登って行くことになる。
殿は俺になってしまったけど、連中に代わった動きが無ければだいじょうぶだろう。何かあれば、直ぐ前を歩いているリーザさんが教えてくれるはずだ。
湖が見えなくなったところで足を速める。
1時間も掛からずに、足跡を見付けた場所に着いたのだが、今度は周囲を入念にナリスさん達が調べ始めた。
俺とモモちゃんはジッとしてろと言われてしまったけど、足跡や魔族の痕跡を壊されるのが嫌だったように見えるな。
やがて3人が俺達が立って待っている所に集まってきた。
微妙な表情をしているところを見ると判断に迷ってるのかな?
「どうかしましたか?」
「火の鳥の足取りは湖では無く森に伸びている。まぁ、これは予想の範ちゅうだ。魔族と言えども猛禽を御せるものではない」
「もう1つ、別の足跡を見付けたのです。靴を履いていませんし、足痕から魔族と思いますが、火の鳥と同一方向に向いていました」
ん? 矛盾してるって事なのかな。
「魔族の関与が疑われるが、かつてそのようなことは無かったと言う事ですか……」
「そう言う事だ。とりあえず調査は終了だ。戻るぞ」
トラ族の人達って兵士に適している感じがするな。行動にメリハリが聞いている。
俺達は大きく休憩所を迂回しながら間道に出て休憩所の広場に戻ってきた。
幌馬車から煙が出てるから、チル達は蒸留酒作りをしていたようだ。
俺達の姿を見て、焚き火の傍にいたシュタインさん達が片手を上げて挨拶してくれる。
焚き火の傍に座った俺達にヒルダさんがお茶を出してくれた。
お茶のカップを片手で持ちながらナリスさんが状況説明を始める。確かに説明が上手だな。リーザさんだと「湖に一杯いた」ぐらいで終わってしまいそうだ。
「ふむ。ギレミーではそうなるだろうな。どちらかというと火の鳥の方が厄介だろう。ラゲルの森は簡単に入ることができなくなりそうだ」
パイプを咥えながら呟いてるけど、ガドネンさんも頷いてるところを見ると、それほど厄介な事なんだろうか?
「2つ教えてください。1つ目は、ギレミーなんですが、あの湖では漁も行われていたはずです。そんなに簡単にギレミーは移動できるんでしょうか? それにどこから来たのかも気になるところです。2つめは、火の鳥ですけど、魔族でも御せないとナリスさんに教えて貰いました。この間道は何度か行き来しましたけど、火の鳥の話は今日が初めてです。火の鳥は季節によって移動するのでしょうか?」
俺の質問をいつものように興味深々の表情で皆が聞いている。
最初に口を開いたのはガドネンさんだった。
「おもしろいところに気が付いたのう。確かにアオイの言う通りじゃ。ナリスの説明では海のギレミーとは種族が違うのではと言う事じゃったが、たぶんその通りだと思う。海の魚を川に入れると直ぐに死んでしまうからのう。似ているようでも内臓などが少し異なっているのかもしれん。となると、アオイの疑問が大きくなる。奴らはどこから来たのか」
「イデル川?」
「いや、たぶんイデル湖のどこかに彼等の巣穴に通じる洞窟でもあるのだろう。地下世界から来たと考えるのが適当だ。北の洞窟と同じになるな」
「でも、そうなるとリーザの言葉が問題になるわよ。イデル湖にはイデル川が流れ込んでいるし、湖からはモンデール川に至る流れがあるわ」
「これは早めに知らせるべきだな。それと最後のアオイの言葉だ。アオイはどう考えたんだ?」
「火の鳥を御する事はできずとも、群れを誘導することは可能ではないかと……」
「餌で釣るようなものか? もし可能なら厄介な話だぞ」
「ビーゼント村まで1日だ。直ぐに出発するぞ!」
一斉に焚き火を離れて、幌馬車の準備を始める。このままだとお昼は抜きになりそうだが、異変の知らせは早い方が良いに決まってる。
モモちゃんを幌馬車に乗せると、チル達が驚いていたが俺の話を聞いて直ぐにダリムを頚木に付ける作業に取り掛かってくれた。蒸留釜の面倒は俺が見ることになりそうだ。
30分もしないうちに準備が整うと、ビーゼント村に向けて幌馬車が進み始めた。
幌馬車の後ろに座って、ゆっくりと遠ざかっていく休憩所の林を眺める。
あの裏手に捨てたグラスターの死骸を奴らが持ち去るのに俺達が気付かないんだからな……。
モモちゃんなら十分に気付く範囲なんだけど、こちらに対する攻撃の意図が無ければ、勘が働かないんだろうか?
まぁ、あまり気にしてもしょうがない。
このままだとビーゼント村に着くのは深夜になりそうだけど、ダリムの歩みはいつも通りだ。あまり速く走れないのかもね。
「お兄ちゃん、ピョンピョンがたくさんいるよ」
「アオイ、ラビーだわ。幌馬車の速度がこれ位なら、狩れるわよね?」
それって、数匹射止めろって事なんだろうか?
舌なめずりしながら俺を見てるのは、俺が獲物ってことじゃないんだろうけどね。
「狩りますか。しばらく丸焼きも食べてなかったですよね」
モモちゃんとリーザさんが揃って嬉しそうな表情で頷いてるのが、何となく姉妹のように見えてしまうな。
幌馬車の中の屋根を支える柱に引っ掛けていたクロスボウを取り出して、いつものように獲物をモモちゃんに探して貰う。
ボルトが放たれると直ぐにリーザさんが飛び出して獲物を回収してくれるのはいつもの事だ。
数匹狩ったところで、リーザさんがラビーを御者台の弟達に披露している。
姉貴の偉大さを誇っているような気もするけど、狩ったのは俺なんだけどね。
夕暮れ前に、一里塚のような小さな林の所に幌馬車を停めて夕食が始まる。
じっくりと炙られるラビーの肉にファンドさんやリーザさん達が嬉しそうな表情で見守っているぞ。
「全くアオイと一緒だといつでもラビーが食えるな。王国内で一番豊かな食生活を送っているように思えるぞ」
「上を見ればキリも無いだろうが、傭兵団の中では上位にいることは間違いないだろう。ラビーの半身を食いながら、あの酒を飲めるのは我等だけだ」
シュタインさんの言葉にガドネンさんがバッグから酒のビンを取り出している。
「ヒルダよ。ラビーが焼けたらまた氷を作ってくれんか。あれは良いのう」
俺にはどう良いんだかさっぱりだがガドネンさんは気に行ったようだ。ヒルダさんも微笑んでいるところを見ると、まんざらではないって事なんだろう。
やがて良く焼けたラビーの半身が配られると、皆が肉にむしゃぶりつく。
モモちゃんも両手で握った肉に顔が埋まっているような感じに食べているな。本来は肉食のネコだからそうなるのかも知れないけど、ちょっと行儀が悪い感じもするぞ。
食事が終わると、再び幌馬車は間道を北上する。
お腹いっぱい食べたんだろう。モモちゃんは既にお休みモードで俺の背中に体を預けて眠っている。
そんなモモちゃんを微笑んで見ていたリーザさんは俺の隣で周囲に目を凝らしている。夜間は獣や盗賊、それに魔族だって現れないとは限らない。この世界に来てから間道とはいえ、夜間に幌馬車を動かしたのは初めてなんじゃないだろうか。
「すみませんが周囲の確認はよろしくお願いしますよ」
「だいじょうぶ。アオイと違って、夜は私達の世界だからね。前の幌馬車だって御者台の隣でファンドが目を凝らしている筈よ」
そんな事が出来るのも、俺達傭兵団の規模が大きくなったからに外ならない。半数がネコ族だからな。それにトラ族の2人がいるし、ドワーフ族のガドネンさんはシュタインさんを凌ぐ力の持主だ。
一般の傭兵団が人間族が主体であることを考えると贅沢以外の何ものでもない。
「村が見えてきたにゃ!」
御者台のミチルが俺達に教えてくれた。
どうやら何事も無く依頼を終えることができたようだ。
村の入り口の扉は閉ざされていた。
ドンドンと乱暴にガドネンさんが扉を叩くと直ぐに片方だけ扉を開けてくれた。
滑り込むように広場に入ると、片隅に幌馬車を停める。
ガドネンさんが門番にワインの小ビンを渡しているのは、夜間に申し訳ないという気持ちからだろう。
「アオイ、一緒に来てくれんか。ナリスも一緒だ」
シュタインさんは俺達を引き連れて通りを歩き始めた。ギルドへの報告があるんだろう。俺達2人は証人と言う事なんだろうか。




