2-04 魔物達が下りてきたらしい
翌日。朝食を終えると直ぐに、武器屋に行って新しいボルトを受け取って来た。5寸クギ程の太いクギが先端に取り付けられており、鋭く砥がれていた。予想以上の出来だ。
十分にボルトとして使えるだろうし、ヤジリの長さが人差し指よりも長いからヨロイを貫通するだろう。かなり凶悪なボルトだと思うな。
俺が帰って来たところで、皆で東の広場に向かう。昨日見た荷馬車が俺達の護衛対象になるようだ。
「シュタイン! しばらくだな。またお願いするぞ。ん? 少し人数が増えたようだがだいじょうぶなのか?」
「使えるぞ。それと、イーデンの森の中でオグルを倒した。しばらくオグルがやって来る事は無かったのだが……」
「本当かよ。魔物が下りてきている話は聞いたが、すでにこの辺りまで来てるとはな……」
シュタインさんに話し掛けた男は同年代に見えた。彼がこの商隊を仕切っているのだろうか?
慌てて、仲間のところに向かおうとした男を、壮年の男が呼びとめる。
「レッグス、何を慌ててる。荷の確認は終わったのか?」
「親方、オグルが出たらしいですよ。皆に、武器の準備をさせませんと!」
どうやら、先ほどの男はレッグスというらしい。この商隊の責任者は、親方と呼ばれるこの男って事になるんだろうな。
「本当か?」
「昨日4匹を殺した。やはり噂は本当だったらしい」
「まあ、シュタインの護衛なら安心できそうだ。頼むぞ! 先頭から3台目と、最後の荷馬車の荷が少ない。それに乗ってくれ」
「助かる。5日歩くのは疲れるからな」
シュタインさんの肩を叩いて、親方は荷馬車の準備を確認に向かったようだ。
シュタインさんが俺達のところに戻って来ると、直ぐに荷馬車の割り振りを始める。
「俺とガドネン、それにヒルダが前の荷馬車になる。リーザとアオイにモモは殿だ。リーザ、2人の面倒をみてくれよ」
「分かってるわ。でも、車列が長いのは問題よ?」
「結構な荷物だから、荷馬車を走らせるわけにはいかん。止まって迎撃が基本だ。前と後ろなら丁度良い。アオイの剣さばきはそれなりだったぞ」
オグルを倒したのを見ていたんだろうか?
モモちゃんの魔法で支援して貰ったんだけどね。
皆が荷馬車の御者台に乗り込んでいく。弓を持ったり、短い槍を荷台に投げ込んでいる者達もいる。それなりの自衛方法というのだろうか?
十数人の御者がいるんだったら、俺達傭兵の必要性があるんだろうかと疑問になるな。
「さあ、乗りましょう。一番後ろだから、あれになるわ!」
リーザさんの指差した荷馬車は、広場の端にあった。確かに指差した後ろに荷馬車が無いから殿になるんだろうな。
他の荷馬車が後ろから御者が見えないほどの荷物を積んでいるのに対して、半分程の荷物しか積まれていないようだ。
俺達は荷台に乗り込むと、荷物に掛ける厚手の布を丸めて即席のベンチを作る。荷物の端になるから、後ろに寄り掛かってもだいじょうぶみたいだ。
モモちゃんがピョンと荷台に飛び乗って、ベンチの後ろの荷物の上に乗ってしまった。
見晴らしは良いようだが、落ちないか心配だな。
ヨイショと言いながら荷台に乗り込むとベンチの端に腰を下ろす。一応、クロスボウを組み立てて、ボルトケースの中身を交換しておく。
リーザさんも弓を荷台に転がすように置いている。周囲は板で囲ってあるから、落ちる心配は無さそうだ。
「良い場所を見付けたわね。でも眠くなったら下りて来なさい」
荷物の上のモモちゃんに話し掛けているけど、大丈夫なんだろうか? 杖と弓は俺のところに置いてあるけどね。
「出発!」
良く通る男の声が広場に響くと、ゴトゴトと車輪の音を響かせて荷馬車が村の門を出ていく。これから東に向かって進む事になるのだが、所要日数はおよそ3日と言う事だ。
村を出て荷馬車が進む。荷台に座っていても、街道を歩くよりは目線が高いから眺めが良い。荷物の天辺に腰を下ろしているモモちゃんもキョロキョロをあちこちをながめているから周囲の風景を楽しんでいるんだろう。
荷馬車の歩みも、俺達がビーゼント村に来た時と同様に、1時間ほど走らせて馬を休ませている。やはり荷が重いのだろう。それなりに馬? を大切に扱っているみたいだ。
「今日は、森の手前の林で野宿になると思う。私達を狙ってオグルが4匹も出たでしょう。荷馬車は良いカモになってしまうわ」
「やはり森は危険って事なんですね。ところで、どうも腑に落ちない事があるんですが、聞いても良いですか?」
リーザさんが俺に顔を向けると、にこりと笑顔を見せて頷いた。
「これって荷馬車ですよね。でも引いてるのは牛なんですけど……」
さっきから気になって仕方が無かったんだ。牛が引くなら牛車というのが本当だろうと思うのは俺が常識人だからではないはずだ。
「元々は馬が引いてたんだけど、馬は扱いづらいし荷物を多く運べないのよ。それに馬よりも餌を食べないようだし……」
馬用の荷車って事らしい。だから荷馬車になるんだな。少し謎が解けたけど、紛らわしい名前だな。
昼食は、林の傍の道幅が少し広くなった場所に荷馬車を停めて取ることになった。ずっと荷馬車に揺られてきたから、腰が痛くなってきた。荷馬車から下りて少し周辺を散歩する。これだけでも、だいぶ効果がある。
荷馬車に戻ると、モモちゃんが俺のお弁当とお茶を取っておいてくれたようだ。一緒に近くの草に腰を下ろして食事を取る。
食事が終わると再び荷馬車の旅が始まった。
荷馬車の進む方向を眺めると、遠くに森が見えて来た。2時間も進めば、森の入り口の広場に到着するだろう。
初日は特に問題なく推移している。明日はちょっと問題がありそうだが、この間のオグルも4匹だけだったから、たまたまと言う事も考えられる。
まだ日が高い内に森の手前の広場に着いた。
荷馬車を広場の奥に詰めて、入り口近くに焚き火を作る。俺達が見張るのは夜半からで良いらしい。夜半までは商隊の人達が担当するとの事だ。
早めの夕食を終えると、荷馬車近くにポンチョを広げて仮眠を取る。
ずっと荷馬車の荷台で揺られ続けているのも、疲れが溜まるようだな。モモちゃんの横に寝転ぶと、直ぐに睡魔に襲われた。
深夜に俺を起こしてくれたのはモモちゃんだ。
直ぐに、お茶のカップを渡してくれたので、ゆっくりと冷ましながら飲む。いつもより濃い気がする。
「さて、これからが俺達の役目になる。まだ、森には入らぬから今夜は心配せずとも良いが、森に入ったら、左右の繁みに十分注意してくれ。それと……。モモ、森では荷の上に乗るな。盗賊の矢に狙われかねん」
「分かったにゃ……」
ちょっと残念そうな声だな。俺の隣に座らせておけば良いだろう。
「やはり、勘がそう告げるか?」
「ああ、やって来るな。だが、盗賊では無さそうだ。ギルドで聞いたが、俺達の数日前に到着した商隊護衛をしていた傭兵団がゴブリンの群れに襲われたらしい」
「オグルじゃないの?」
「たぶん、オグルはゴブリンを追っていたのだろう。だとしてもオグル4匹は少なすぎる。まだまだいるぞ」
ヒルダさんの問いに、シュタインさんが厳しい表情で答えている。
オグルの獲物はゴブリンって事になりそうだが、群れというのが気になるな。石の槍を持ってるそうだから、投げられると厄介だな。
「ゴブリンはオグルのような奴だが、ずっと小さい。だが石の槍は鋭いぞ。接近されぬようにするのが一番じゃ」
「杖を作っとくわ。私の身長位で良いでしょう?」
「なら、これを使いますか? 俺はもう少し長めの物を作ります」
「これで作ったら良い」
リーザさんに俺の杖を渡したら、ガドネンさんが2m近い棒を渡してくれた。前の杖よりも少し太めだな。握っても指が着かないぞ。少し重いけど、モモちゃんの魔法で身体機能を上げて貰おう。
「モモちゃんは魔法が使えたのよね。私達は全員【アクセル】が使えるから、自分達にだけに使いなさい。アオイは使えないようだけど、早めに【アクセル】だけでも使えるようにしなさい」
「俺にも使えるでしょうか?」
「人間族なら、どんな人でも使えるわ。素質もあるけど、少ない人でも1日5回以上は使えるわ。魔導士なら10回以上使えるわよ」
「私達、獣人族だと半分以下になるの。多くても5回だから、モモちゃんの7回は初めて聞いた回数よ」
リーザさんの言葉にシュタインさんやガドネンさんも頷いている。
7回は微妙な数だと思ってたけど、多い方だったんだな。
感心して隣を見ると、いつの間にか俺に体を預けて寝息を立てている。明日は頑張って貰おうと、このまま寝かせておくことににした。
翌日。まだ空が白んでいる時に朝食を取って、街道を森に向かって進む。
太い杖を足元に転がして、クロスボウを抱え周囲に目を凝らす。
リーザさんは矢を1本手に持って、くるくると回しながら辺りを見ている。
モモちゃんが孫の手を両手に握りしめて持ってるけど、そんなに緊張してたらいざという時に動けないんじゃないかな?
懐に挟んでおくように告げると、俺の顔を見上げながら渋々ベルトに差し込んでいる。
森の中は、休まずにゆっくりと荷馬車を進めているようだ。それでも歩くよりも早いから日暮れ前には森を抜けることが出来るだろう。
「何か見えたにゃ!」
モモちゃんが腕を伸ばして方向を教えてくれた。
俺には何も見えないけど、リーザさんはすでに矢を弓につがえている。後は引き絞るだけのようだ。
「また見えたにゃ! この間よりも小さいにゃ」
「私にも見えたわ。ゴブリンよ。偵察隊のようね」
「と言う事は、本隊もいると?」
クロスボウの弦を引きながら、聞いてみた。
「ゴブリンはオグルと違って知恵があるの。今頃は本体に連絡を出してる筈だわ」
「1戦は避けられないと?」
ボルトをセットし終えてリーザさんに顔を向けると、俺に頷いてくれた。
モモちゃんもベルトから孫の手を抜いて、俺の後ろに隠れている。さて、どっから来るんだ?