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9-11 死骸が消えた


 広場一面に倒れているグロスターの死体を、休憩所の裏手に運び終えたのは夕暮れ時だった。

 数が多いのはしょうがないけど、意外だったのはグロスターの体重が重かったことだ。背丈はモモちゃん並みだったんだけど、けっこうお腹が出てたからかな?

 片付けの終わったところでモモちゃんが【クリーネ】を掛けてくれた。「ありがとう」と礼を言ってモモちゃんの頭を撫でると、いつものようにくすぐったそうな仕草を見せてくれた。

 

 2人で焚き火の傍に腰を下ろすと、少しずつ仲間が集まって来る。

 ヒルダさんが体の汚れを落としてあげ、モモちゃんがお茶のカップを渡す。これでこの間道も安全になるんだろうか?


「皆、ご苦労だった。アオイとナリスには感謝だな。俺達の長剣では弾かれるんだが、よくも斬ることができたと感心するぞ。弟もさぞかし鼻が高いだろう」

「アオイに教えて貰ったようなものです。このまま行けば父を越えることができるかも知れません」

「まぁ、気負いはせぬ方が良いじゃろう。良い師に巡り合ったと思えば良い。一緒にいればアオイの長剣をものにできるかも知れんぞ」


 ガドネンさんの話に頷いているのも困ったものだ。俺の長剣使いは殆どチャンバラだからね。ナリスさんの長剣の構えの方が綺麗だし、無駄のない打ち込みを見ると小さいころから習っていたんだと良く分かる。


「矢は無理でも、ボルトは有効だったのよね」

「そうそう、私達も結構倒したんだからね。チル達も良くやったわ。だけど、モモちゃんの弓の腕は別次元ね。2匹、目を射抜かれてたわ」

「射程が短ければモモの右に出る者はおらんじゃろう。前で剣を振う兄を良く助けておったぞ」

 

 ガドネンさんが腕を伸ばしてモモちゃんの頭を撫でると、パイプを取りだした。

 シュタインさんが小さなカップを取り出したのを見て蒸留酒のビンを取り出している。


「ガドネンさん、ちょっと待ってください。ヒルダさん、魔法で氷が作れたんですよね」

「えぇ、できるわよ。作る?」

「出来れば砕かれた氷が良いんですけど……」


 大きな鍋を取り出してあっという間にクラッシュアイスをヒルダさんが作ってくれたぞ。

 お茶を飲むカップにたっぷりと氷を詰めて、蒸留酒を小さなカップで計ると、クラッシュアイスに注いでガドネンさんに渡す。


「氷に入れたのか? そのままの方が美味いと思うんだが……」

 ぶつぶつ言いながら、カップに口を付けて一口飲んだ途端に、吃驚した表情で俺に視線を移した。

「これは良いのう。シュタイン、先ずは飲んでみろ。酒の概念が変わるぞ」

「そんなに美味いのか?」


 シュタインさんも興味を持ったようだ。俺が最初に作ったやり方でヒルダさんが作ってあげるとシュタインさんやナリスさん達にも渡している。

 俺はいつも通りで良いですと、ワインを頂く。口当たりが良いから深酒しそうだからね。


「へぇ~。こんなに口当たりが良くなるんだ。冷えたお酒も良いものね」

「だが、喉は焼けるようだ。あまり飲むと明日が辛そうだな」

「カップ1杯なら丁度良いんじゃないですか? 悪酔いもしないでしょう」


 そうっと、2杯目を作ろうとしているガドネンさんに顔を向けて行ったら、顔を赤らめて「これが最後じゃ」と言っている。


「1日2杯にしとくんだな。確かに口当たりがいつもと違う。だが、これでは物足りぬというやからもいるんだろうな」

「人様々と言う事ですか? 親父にもこの酒を送ってあげたいです」

「帰りには、また作れるから1本贈ってあげれば良い。ナリスのところもじゃ」


 ある意味、PRというところかな? だけど、注文が殺到しそうな気もするな。

 何とか、小さなタルに2個分の蒸留酒を用意して次を始めたかったんだが、かなり先になりそうだ。


 夕食を終えて、今日は早めに寝ることになった。とはいえ、焚き火の番は必要だから、俺とモモちゃんが担当する。夜半にナリスさん達と交替することになってるけど、俺達は幌馬車で揺られているだけだからね。


 お茶を飲みながら焚き火の傍にモモちゃんと座る。

 モモちゃんは飴玉を口の中で転がしながら退屈を凌いでいたが、やはりいつの間にか寝てしまった。マントに包んで横に寝かせたところでパイプを取り出した。

 火を点けていればそれなりに香りを楽しめる。煙を吸うのはちょっとね。

 

 どれ位の時が過ぎたのだろうか?

 気が付くといつの間にか焚き火の日が消えかかっていた。うっかりして俺も居眠りしてしまったようだ。慌てて焚き木を放り込んで火勢を増して、焚き火の脇に置いてあるポットからお茶をカップに注いで眠気を覚ます。

 ぼ~っとした頭がお茶の苦みで冴えて来るのが分った。と同時に背中の長剣に手をやる。


『そう慌てることも無かろう。モモは寝ておるし、周囲に獣の気配すらない。先ほどまではかなりの数がおったのだが、グロスターの死骸を咥えて帰って行ったぞ』

「申し訳ありません。俺達の番をさせてしまいました」


 焚き火の向こう側に座って俺を見ているのは、バステト神そのものだ。モモちゃんに憑依してる筈なんだけど、簡単に抜け出せるのかな?


『憑依した相手が眠っておれば具現化は容易じゃ。……グロスターは群れを作るのは稀な事。その原因を探っておったのだが』

「やはり、イデル湖が原因でしょうか?」

『分るか? イデル湖とラゲットの森が接する辺りに魔族が住み着いたせいであろう。我としては、この間道を閉鎖すべきと思うぞ。他に道はあるであろうし、無ければ作れば良いであろう』


 となると、ナルス村から草原を抜けて西の間道に進むことになるんだろうか?

 ふとそんな事を考えていると、再び焚き火の向こうを見た時にはバステト神の姿が消えていた。

 警告って事なんだろうな。ちゃんとシュタインさんに伝えねばなるまい。


 深夜にシュタインさん達と交替した時に、焚き火の番をしていた時の怪異を話すと、真剣に皆が聞いている。

 この世界の神は人間界に影響を及ぼすのだろうか?


「バステト神の警告だとすれば、問題じゃな」

「間道の迂回はありがたく忠告を受けることになるだろうが、魔族の種別とおおよその数が知りたいところだ」

「素早く動ける私が行きましょう。アオイとファンド、それにモモで行きます」

「偵察だぞ。モモの護衛に徹するんだ。バステト神が憑依してはいるが……」


 ナリスさんの提案に、シュタインさんがしばらくためらっていたが頷く事で了承した。だけど一言言われてるから心配なんだろうな。

 それに、シュタインさんの言葉の裏も気になるところだ。神は気まぐれ、頼ることになるなと言っている。焚き火で出会ったバステト神はかなり俺達を気遣っているようにも思えるんだけどね。


 翌日。朝食を終えると、ファンドさんを先頭に休憩所を出て南西に向かう。

 湖まではまばらな林が続いている下り坂だ。もっとも、傾斜はそれ程でもないからモモちゃんでも問題なく歩いて行ける。

 そんなモモちゃんは、急きょ参加したリーザさんと一緒だ。その前にナリスさんがいるし、殿は俺だから、モモちゃんの安全はかなり確保されていると言って良いだろう。


 昨日倒したグラスターは一体どれ位の数だったのか。遺体を投げ捨てた場所にはグラスターの遺体は一つも無かった。

 物音はしなかったんだが、持ち去った獣は一体何だったんだろうな?


「アオイ、これを見ろ!」

 ナリスさんが槍先で教えてくれたのは獣の足跡だった。

 かなり大きいが、これって獣じゃないんじゃないか?

「火の鳥だ。群でやって来たらしいが、かなり気性が荒い肉食の鳥だ。飛ぶことはできないそうだ」

 

 ヒクイドリの一種なんだろうか? 後で図鑑で調べてみよう。

 だけど、もう2種類の足跡もあるようだ。


「こっちはオグルね。もう一つは、見たことも無いわ」

「私も初めてだ。ファンド、見たことがあるか?」

「ナリス様が知らないものを私が知るわけが無いでしょう。……それにしても、変わってますね。ほら、土踏まずがありませんよ」


 ん? リーデルだと思ってたんだが違うのか。大きさ的には俺より少し小さいんだが、確かにファンドさんが言った通りだ。土踏まずが無くて全体が二等辺三角形のように指先が広がっている。良く見ると開いた先に爪の跡があるな。

 どう考えても、これで陸上を走るには問題がありそうだ……。待てよ、陸上でないとしたら?

 足ひれのようにも見えるな。水中でならかなり運動性能が高そうだ。グラスターの親戚辺りなのかもしれない。

 

「グラスターの脚って事はないでしょうね?」

「グラスターだと? 確かに足は似ているが、足跡はこれほどきちんとした形にはならない。奴らの脚先は魚のヒレのように柔軟だ」


 となると、この足跡の主がバステト神の教えてくれた魔族なんだろうか?

 モモちゃんの能力を頼りに俺達はゆっくりと斜面を下って湖に近付いて行った。


「尻尾が直ぐに膨らむにゃ。でも怖いのは近くにいないにゃ」

 やばいのがいるけど、近くではないって事なんだろう。ナリスさんと思わず顔を見合わせた。

「あまり湖に近付くのは感心しませんね」

「私達の尻尾も膨らむの。こんな時は、あまり良い事が無かったわ」


 ネコ族の2人がそう言うんだから、かなり危機的状況になってると言う事なんじゃないか?

 それでも少しずつ湖に向かって下って行くと、林の枝の間から碧色に輝く湖が姿を現した。


「怖いのがたくさんいるにゃ。でもこっちには来ないにゃ」

「そうね。たくさんいるみたいよ。【アクセル】は掛けておいてね」


 それほどなのか? とりあえず言われるままに自分に魔法をかけておく。先頭を歩くファンドさんがますます身を屈めている。

 突然、ファンドさんの歩みが止まると、身を屈めたまま俺達に手招きを始めた。


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