9-10 グロスターの群れ
広場の周囲は密集した藪だから後方からグロスターがやって来るとは思えないとシュタインさんが話してくれた。
だけど、前回はここで大きな亀が歩いてたんだよな。あれは、入り口報告からやってきて……、確かあっちの方に歩いて行ったはずだ。
その方向に歩いて行くと、獣道のような切れ目が藪の中に出来ていた。ちょっとしたトンネルに見えなくもない密集した枝の中にぽっかりと1m程の穴が開いていた。
「ガドネン! これって問題よねぇ」
「なんじゃ? ああ、確か前に来た時にプレイターがいたんじゃったな。プレイターの移動経路だろうが、確かに問題じゃ。これを付けておくんじゃな」
俺が見ていた藪のトンネルを見たリーザさんが、ガドネンさんに確認している。
ガドネンさんがリーザさんに渡した物は針金で出来たトライアングルモドキだ。鳴子代わりに使うんだろうか? リーザさんがトライアングルを小枝に結んでトンネルの中に差し込んでるぞ。
出来上がったところで軽く小枝を揺らすと、チリンっと澄んだ音がした。
「外には無いのかしら?」
「一回りしておいた方が良さそうじゃ」
2人で入念に藪を調べ始めた。少し時間が掛かりそうだな。焚き火に戻って幌馬車の側板を外して作ったベンチに腰を下ろす。
「グロスターは陸生だからな。プレイターの作った道を利用することは良くあることだ。だが、これでやって来る方向は入口だけになるぞ」
「モモちゃんほどの大きさで爪に毒がありかなりの跳躍をするとは聞きましたが、シュタインさんはどのように倒すんですか?」
俺の質問に、ナリスさんも興味を持ったようだ。じっとシュタインさんを見ているぞ。
「皮膚の弾力はかなりなものだ。矢が使えんとは良く聞く話。俺は槍を使おうと思っている。穂先が短剣だからな。体重を掛けて突けば、いくら弾力を持った皮膚でも突き通るだろう」
「クロスボウはどうでしょう?」
「やるだけの価値はあるだろう。効果が無ければ火炎弾が頼りだな」
ふ~ん……。となると、後衛はクロスボウで挑む事になりそうだ。モモちゃんの場合は目を狙って貰おうかな。運よく当たれば前衛が楽になる。
隣で夕食が出来上がるのを待っているモモちゃんに「目を狙うと良いよ」と教えてあげる。うんうんと頷いてるから分ってくれたんだろうな。
夕食が終わり、皆でお茶を飲み始めるとシュタインさんが今夜の手筈を説明し出した。
「いつ来るか分らんのが問題だが、来なくとも3日はここにおらねばなるまい。酒作りはグロスターを退治するまでは休止するぞ。2人ともファンドの指示で行動してくれ。リーザはモモを頼む。ファンド達が北側でリーザ達が南だ。ヒルダはファンドの方を頼む。南はモモがいれば十分だろう」
「私達は槍で挑むのか?」
「表皮に弾力があるのだ。長剣を弾く時もあると聞いたぞ」
ナリスさんの問いにシュタインさんが教えてくれたけど、シュタインさん達の叩きつけるような使い方ではダメだと言う事なんだろうな。となれば、俺の使い方ではどうなんだろう? 試してみる価値はありそうな気がするぞ。
「それにしても、全くそんな気配が無いわ。本当に出るのかしら?」
食事を始める前にリーザさんが呟いたけど、モモちゃんもスプーンを持って頷いている。
遭遇したのがレアケースならば問題は無いのだろうが、怪我人まで出ているらしいから早めに安全を担保してやらねばなるまい。
「シュタインさん、ちょっと試してみたいんで長剣を使わせてもらって良いですか?」
「アオイの長剣は斬れるんじゃったな。シュタイン、ものは試しじゃ」
「やってみろ。ダメなら直ぐに槍を使え」
俺に上手く斬れるんだったらナリスさんだって斬れるはずだ。最初に試すのは俺で良いだろう。
ちらりとナリスさんを見ると小さく頷き返してくれた。俺の意図が分ったのかな?
それにしても、何にも来ない。いつの間にかモモちゃんは俺の隣で寝てしまってるぐらいだ。
リーザさんも手持ち無沙汰に焚き火に焚き木を放り込んでるし、ヒルダさんは編み物を始めたぞ。
「半数は休んでも良さそうだな。俺とガドネンにファンドが見張りに立つ。後は休んで良いぞ」
シュタインさんの言葉にモモちゃんを連れて小さい方の幌馬車に向かう。
後ろの側版を引き出しているからチル達と一緒に横になれそうだ。毛布を広げたところで、焚き火の傍からモモちゃんを回収して幌馬車に乗り込む。
直ぐにチル達の寝息が聞こえて来た。初めて大型の害獣を相手にするんで緊張していたんだろう。
俺達が起こされた時には、東の空がだいぶ明るくなっていた。
日の出はまだのようだから、早朝と言う事になるんだろう。シュタインさん達に代わって俺達が見張りをしながら朝食の準備を始める。
「本当に来るのかな? そんな気配が全然しないよ」
「待つのも仕事よ。現にこの休憩所で襲われたとギルドの職員が教えてくれたわ」
「怖いのはいないにゃ……」
モモちゃんも半分寝ながら教えてくれた。
モモちゃんをマントに包んで、間違っても焚き火に倒れこまないように少し後ろに下げておく。
ヒルダさんがいれてくれたお茶を飲みながら、パイプに焚き火の焚き木で火を点けた。
「いつの間にか、始めたようね。まあ、男の子では仕方が無いのかも知れないけど……」
「チルはまだダメだからね。後、3年は我慢しなさい」
もの欲しそうな表情で俺を見ていたのかな? リーザさんが弟にきつい言葉を掛けている。
とは言っても、隠れて楽しむんじゃないかな?
食事ができたところで、俺達だけで朝食を取る。シュタインさん達は昼頃まで寝かしてあげるらしい。お腹が空いて目が覚めないんだろうか?
食事を終える頃には、モモちゃんもすっかり目が覚めたみたいだ。
お茶を飲んだ後は、自分の杖であちこちの藪を突いて遊んでいる。一緒にミチルちゃんがいるから安心できるな。
「何を始めたんだ?」
「これですか? 長剣を研いでいるんですが」
「水で砥石を濡らす奴は初めてだ」
ナリスさんが俺の作業を見て質問してきたけど、確かに皆は砥石で直に研いでるんだよね。だけど、鋭く砥ぐなら水は必要だと思うんだけどな。研ぎに熱が加わらないから、鋼の性質が変わらないはずだ。
そんなナリスさんも自分の槍の穂先を研いでいる。シャーっと砥石の音が辺りに響いているけど、ヒルダさんは気にせずに編み物を始めたようだ。
昼食ができたところでシャタインさん達をヒルダさんが起こしている。
大きなアクビをしながらガドネンさんも下りて来た。
「やはり、変化は無しか……。だが、油断は出来んぞ」
ヒルダさんの報告を聞きながらシュタインさんが俺達に注意してくれる。
やはり、どっかに出掛けたんじゃないのかな? 今夜も来なかったら、一旦村に戻った方が良いのかも知れない。
「来たにゃ! 怖いのがいっぱい来たにゃ!」
「何だと!」
シュタインさんが食器を放り出して槍を手にした。
「まだよ。モモちゃんだけが分ったみたい。私には少し違和感があるだけだわ」
「まだ距離があるんじゃな。どれ、ワシも準備だけはしとくかのう」
「アオイの槍は幌馬車に立て掛けてある。もしアオイの攻撃が効くならば……」
「たぶん有効だと思ってます。最初は俺に!」
ナリスさんが槍を手に頷いてくれた。自分に【アクセル】を掛けて、焚き火の傍に腰を下ろした。
向こうからやって来るのを待てば良い。すでにモモちゃん達は幌馬車の下で弓を手に、広場の入り口を見張っているはずだ。
「来たぞ! 数が多い!!」
ファンドさんが大声を上げた。
モモちゃんがあらかじめ教えてくれていたから驚くことも無い。さて、どんな奴がやって来たんだ?
最初は何がやって来たか分からなかった。密集して移動してきたからまるで粘土の塊がゆっくりと移動しているように見える。
広場の入り口に差し掛かった時にシュタインさんとガドネンさんが南北に積み上げた焚き木に火を点ける。
入口を閉ざした柵が音を立てて壊れた時に、粘土の先端に火炎弾が着弾して広がると、粘土がはじけ飛ぶ。
弾けた粘土が人型を取ると俺達の方に跳ねるようにやって来る。
なるほどカエルだ。だけど、カエルの両手には20cm程の爪が伸びている。足にも爪が伸びているから頭上を飛ばれて蹴飛ばされでもしたら面倒だな。
ナリスさんが槍を先頭のグロスターの腹に突き差して捻じるようにして弾き飛ばした。腕力がなせる技だな。
長剣を引き抜いて、右手にはサバイバルナイフを握る。
焚き火の脇をすり抜けようとしたグロスターに、長剣を袈裟懸けに振り下ろすと、30cm程深く斬り込むことができたぞ。
俺に倒れ込んで来るところを、足で蹴飛ばして次のグロスターに長剣を振り下ろす。
「ナリスさん!」
「斬れるんだな!」
俺の声でナリスさんが理解したようだ。幌馬車に向かって行ったグロスターに槍をネげて絶命させると背中の長剣を引き抜いた。
両手を使うから、ともすれば胴を真っ二つにしてしまいそうに斬り伏せている。
少し向かってくる数が減ったかなと思っていたら、リーザさんがボルトで俺達を援護してくれている。
モモちゃんの矢に目を射抜かれているグロスターも多いようだ。やはりクロスボウを使える者が5人もいるからだろう。最初の頃の6人だったら、全滅しかねないぞ。
ひたすら長剣を振う。
それにしても数が多い。シュタインさん達はだいじょうぶなんだろうか?
「怪我は無いな?」
「だいじょうぶです。ナリスさんは?」
「さっき少しかすったようだ。まだ動けるが、グロスターの毒は筋肉を弛緩させるようだな」
近寄ってきたグロスターを2匹同時に切り伏せて、ナリスさんを後ろに下げた。ヒルダさんなら解毒剤ぐらい持ってるだろう。
動きが鈍ったらたちまち食われてしまいそうだ。
どれ位続いたんだろうか。突然に戦闘が終了した。
長剣を担いで周囲に目を向ける。まだ動いているグロスターをガドネンさんが槍で止めを刺していた。
終わったのか? それにしても凄い数だったな。
ホッとため息を吐いて、モモちゃん達のところに歩いて行く。




