9-05 商人達の積荷
荷馬車の警備をしていながら自分達の夕食を作るのは珍しいことだ。
もっとも、食事の支度はヒルダさんがやってくれるし、モモちゃんもお手伝いをしているようだけど、ヒルダさんの脚を引っ張っているんじゃないかと心配になってしまう。
それでも、ニコニコしながらモモちゃんに話し掛けているから今のところは問題ないようだ。
俺とガドネンさんは焚き火の熾火をたっぷりと携帯コンロに入れて幌馬車の下に向かう。荷台の側板を両側とも落しているから、荷台の下で酒作りをしているとは誰も思わないだろうな。何となく後ろめたいところを感じるのも隠れての作業だからだろう。
「よし、これで良いじゃろう。最初は捨てるんじゃな?」
「ええ、このカップに半分位は捨てても良いでしょう」
後は任せとけとガドネンさんが請け負ってくれたので、俺は荷台の下から這い出ることにした。
パンパンとズボンのホコリを落しながら皆のいる焚き火の傍に歩いて行くと、モモちゃんの隣に腰を下ろした。
「早速始めたのか?」
「ガドネンさんがあちこちから注文を取ってきたようです。今回は小さいビンに入れて販売すると言っていました」
「たぶん、次にエバース村に行けば、ドルネア殿からも注文が届いてるはずだ。大ビンを1つ作っておいてくれ」
ヒルダさんが呆れた顔でシュタインさんを見ている。困った人達という感じだな。その中に俺も入ってるに違いない。
しばらくして、ガドネンさんが戻ってきたところで食事が始まる。
乾燥野菜と干し肉のスープ。薄いパンは一人二枚だな。モモちゃんが一枚をそうっとバンダナに包んでいるのは、今夜のおやつにするつもりなんだろう。
食事が終わると干した果物を一個ずつ齧ることになる。ビタミン不足を経験で分っているのかも知れないな。
武装した商人達がいるから、俺達も半分ずつ寝ることになった。だけどその前に……。
「やはり、一度飲みつけると、ワインが水に思えるぞ」
「だが、一杯だけだぞ。一応警備の最中だ」
「分かっとる。量が作れればのう……」
カップ半分の蒸留酒を美味しそうに飲み始めた。ファンドさんと俺はワインにしておく。
そんな俺達のところに商人達が酒ビンを持参してやってきた。
一緒に飲もうと言う事らしいが、盗賊の噂があるのに良いのだろうか?
「道中よろしくお願いしますよ」
そう言って、シュタインさんのカップに酒を注ごうとした時、シュタインさんが慌ててカップを引っ込めた。
「ありがたいが、これは酒の種類が違うのだ。そっちの若者に注いでやってくれ」
「ワシ等はこれを飲んでおる。どうじゃ、カップを出してみろ」
ガドネンさんが、商人達のカップに蒸留酒を少し注いであげると、さっきまでの笑顔が消えてしまった。
恐る恐る商人の1人がカップの蒸留酒を口に含んだとたん、驚愕した表情をガドネンさんに向けた。
次の瞬間、焚き火の傍から立ち上がると、カップを手にどこかに駆けて行った。
他の商人達も無言でカップを覗いている。ゴミでも入ってたのかな? それだったら、ちゃんと教えて欲しいところだ。
バタバタと走って来た商人達は全員武装している。何だというんだろう? たぶん俺達の幌馬車ではモモちゃん達が弓を持って待機してるとは思うけど、このまま商人達と争わねばならないんだろうか?
「物騒な連中を連れて来たな。どうした?」
「良くも我等の積荷を盗み出したな。噂の盗賊とはお前達だろう!」
「何の事か、さっぱりじゃのう。争うのは構わんが、嫌疑の理由ぐらい説明しても良かろうに」
商人の1人がガドネンさんの言葉に顔を真っ赤にして怒っている。
「盗人猛々しいとはお前達だ。今飲んでいる酒は遥か東方で製造された物。隣国で大金を積んで手に入れた品。それを……」
「ほう。ならばお前達が仕入れた酒のビンの数でも数えたらどうだ? 話はそれからでも良いだろうし、お前達が俺達を盗人として争うのであれば、我等も受けて立つことになる。ちなみに、お前達がサグレム町に到着する数日前に、今俺達が飲んでいる酒をエバース村の北の洞窟の軍隊と武器屋の主に届けているぞ。さらに10日程前には、ビーゼント村の宿屋でも振る舞っている。その頃お前達は街道のどの辺りにいたんだ?」
シュタインさんの言葉に商人達が互いに顔を見合わせている。
時間が合わないと言う事もあるんだろうな。ここまでは無事にこれたんだから盗賊にであってもいないんだろうしね。
遅れて来た商人が俺達を睨みつけている商人に耳打ちしている。
たちまち、放心した表情に変わると、その場にへたり込んでしまった。武器を持って集まっていた商人達も、新たな情報を聞いて少しずつ俺達の囲みを広げると、やがて姿を消して行った。
「申し訳ありません。仕入れた酒ビンの数は変わりませんし、封印もそのままです。この場は私に免じてお許しください」
へたり込んだ商人が、顔を上げてそれだけ言うと、頭を地面に擦りつけるようにしてぺこぺこ頭を下げている。
「まあ、間違いは誰にでもある。こっちに来て先ずは飲んでみろ」
ガドネンさんが小さなカップを取り出して蒸留酒を、商人に勧めている。酒の上の戯言として始末を付けようって事なんだろうな。
それだけ積荷を守るのに一生懸命な商人を気に入ったのかも知れない。
「返す返すも申し訳ございません。たまたま積荷に同じ物があった物ですから、てっきり勘違いをしておりました。……そうです。正しくこの酒の強さです。しかし、風味が少し違いますな。王都では我等の積荷よりもこちらが喜ばれるかも知れません。ところで、この酒をどこで手に入れました? 是非とも教えて頂きたい。タダとは言いません。銀貨20枚でどうでしょう? 情報とはいえ、それだけの価値があります」
さすがは商人だけの事はある。俺達が詫びを聞き入れたと判断したのだろう。次の商売について情報を仕入れるつもりだ。
「教えても構わんが、手に入れることは出来んだろうな。それでも構わんか?」
「交渉は商人の戦でございます。相手が分れば何とかするのが商人と私は考えております」
今度はシュタインさんとガドネンさんが顔を見合わせているぞ。はたして教えて良いものか否かに迷っているようだ。
「アオイはどう考える?」
「俺ですか? そうですね。教えても良いと思います。それで諦めてくれれば助かります。とはいえ、王都の大商会という話も聞いています。年に数本であれば将来の宣伝にもなるんではないかと」
「全く、アオイの知恵の右に出るものはおるまいて。その手があったのう」
商人は俺達の話が見えないのだろう。俺達の話に合わせて顔を左右に振っている。
「情報に金を要求することはない。一応教えはするが、手に入る量は少ないぞ。なぜなら、この酒は買ったのではなく、俺達が作った酒だからだ。見ての通り、俺達は傭兵だ。酒を自分達用に作るのが精々。この酒ビンで他者に売ることができるのは年間数十に満たないだろう」
商人が酒の入ったカップとシュタインさんを交互に見ている。
どうにも納得がいかないというところだろうな。
「どうしたら、これを作れるのですか? その秘密を売って頂くことはできませんか?」
「いつまでも傭兵でいることはできない。傭兵を終えた時に酒造りで暮らそうと試行錯誤を繰り返しているのだ。まだまだ完成とは言い難い。さらに数年が必要だろうな」
「これで、完成ではないと! これは困りましたな。私共が仕入れた酒とほとんど同じ。さらに王都ではこちらの方が好まれると分かった以上は、私共も全力を上げねばなりません。どうでしょう? 秘密は守ります。資金提供を私共商会が行いますから、私共の商会でこの酒の販売を一任して頂くわけには行きませんか?」
中々食いついてくるな。さすがは大商会が隣国に派遣する人物だけの事はある。転んでもただでは起きない。正に商人の鑑のような人物だ。
「ふむ……。アオイに任せるが、ガドネンは同意できるな?」
「そうじゃのう。元々はアオイの発案じゃ。ワシもそれで良いぞ」
「この酒を考えたのはそこにいる青年だ。彼に一任するが、1つだけ言っておく。アオイは俺達傭兵団の一員だ。ドルネア殿の勧誘を断ったぐらいだから、彼を引き抜く条件はかなり厳しくなるぞ」
ドルネアさんの名前で驚いたように俺を見ている。そんなに凄い事なんだろうか?
「そうなりますと、我が商会の将来を決める事にもなりかねませんな」
「それも、問題がある。すでに許嫁がおるからのう。下手に動こうものなら種族間の問題にまで発展しかねん。最初にその考えは捨てるべきじゃろうな」
「まさか長老の娘を?」
「いや、彼等の宗教上の問題じゃ。長老の娘であれば、それほど大きくはならんだろう。精々、お前さんの商会との取引を止めるぐらいじゃろう」
種族からのボイコット以上となると、まさか商会への破壊工作って事か?
そこまで事態は複雑化するんだろうか。少し疑問がある話だな。だけど、商人はガドネンさんの言葉に顔を蒼くしている。
ドワーフ族は基本的に正直だから、今の言葉に嘘が無いと思っているのかも知れない。
「では、どうしたら良いのでしょうか?」
「そうですね。これほど人気があるとは思いませんでしたから、俺にも少し責任があるんでしょう。増産することにします。ですが、1つお願いがあります。ワインを頂きたい。この酒の原料はワインですからね。ワインの小タル1つで、このビン2本。これが条件です。毎月、エバース村に3個とビンを6本届けてください。翌月に6本の酒を引き渡します」
「外には、いらないのですか?」
「将来、本格的に酒造りを始める時に資金協力をお願いするかも知れません。ですが、現状では片手間仕事ですから、それで十分です」
それでも、俺達の取り分が多い気がする。6本以上引き渡せる時には、それを渡しても良いだろう。
「そうそう、俺達に直接交渉して来る人達もいます。専売を貴方達の商会に渡すわけではありませんよ。ですが、俺達の販売路は傭兵として動く範囲だけですから、王都で扱えるのは貴方達の商会だけになります」
「十分に手を握れます。私共へ納める量の半分以下なら、王都の商人に引き渡しても問題はありません。独占は商売上色々と問題もあるのです」
にこにこ顔で商人が引き上げて行ったが、さてどうするかだな。
「やはり幌馬車を1台作らねばなるまいな」
「専用の幌馬車とするのか? まあ、それしか方法があるまいが、単なる御者とは行かぬぞ」
中々面倒なことになってきたけど、将来設計の為だからな。ここはシュタインさん達に任せておこう。




