8-03 モモちゃん
翌日は早朝からヒルダさんが薄いパンを大量に焼いている。おかげで良い匂いで起きた感じだな。
簡単な食事が済むと、いよいよ遺跡の中に入ることになった。
シュタインさんの視線がモモちゃんに向けられる。
「怖いのはいないにゃ」
即答してるから、モモちゃんもシュタインさんの聞きたかったことが理解できたようだ。
「よし、俺とファンドが先行だ。2番手はナリスにアオイが頼む。殿はガドネンに任せたぞ」
俺達が頷くと同時に、ヒルダさんの作った光球が入り口から奥に向かって飛んで行く。
その後を、シュタインさん達がゆっくりと歩き出す。遅れないように俺達も後に続くが、モモちゃんはリーザさんがいるから安心できるな。
入口付近はかなり崩れている。この建物の入り口付近には地上階と地下階の階段があったらしい。階段の残骸があちこちに散らばっている。地上階は建物と一緒に崩れているけど、地下に続く通路は健在だ。階段の無いスロープがかなり奥深く続いている。
通路自体は縦横とも2mほどの石造りだ。シュタインさんの前方10mほどのところで光球が俺達の歩みと共に移動している。
「今では魔族が利用しているのだろうか?」
「それは無いですね。シュタインさん達の足跡だけが通路にチリの上に残ってます。ずっと誰も入っていないんでしょう」
通路は直線ではないようだ。緩やかな曲線を描いている。俺達はらせん階段を下りるように回廊を下って行った。
1時間も歩いたろうか。いつの間にか周囲の石壁がしっとりと濡れている。かなり深くまで潜った感じだな。
突然、シュタインさんの前方の天井付近をふわふわしながら浮かんでいた光球が消えてしまった。
俺達の後ろにある、もう1つの光球で周囲は見えるけど……、どうしたんだろう?
「広間があるようだ。前の光球も消えたわけではないぞ。天井が高くなったということだ」
「通路の終わりと言う事ですね」
俺の言葉に、ナリスさんが頷いた。
シュタインさんが広場に出たようだ。周囲をガドネンさんと見回している。素早く安全を確認したところで、俺達を手招きする。
通路を出たところにあったのは大きな体育館のようなドームだった。
光球が2つになったところで、1つの光球が天井高く上って行く。かなり天井も高そうだぞ。
これだけ広いと2つの光球だけでは光量が足りないんだよな。俺も1つ光球を作って頭上に上げる。作った光球はヒルダさんの物より2回りほど大きい。その分明るくなったから周囲の様子も良く分かるようになってきた。
「どうやら、墓所のようだ。墓荒しはするなよ。モモに話し掛けた存在も気になるからな」
「墓所はたとえ種族が異なろうとも敬意は必要じゃ」
敬意というより、タタリが怖いのかもしれないな。だけど、すでに盗掘されてるんじゃないか? 砂に半ば埋もれてたとしても、痕跡位はあったに違いない。
入口から一番奥に祭壇があり、それを囲むようにして小さな柱が立っている。これが墓標なんだろうか? 今ではお参りに来る者もいないだろうから、地下で静かに眠っていたに違いない。
その場で軽く両手を合わせて頭を下げる。モモちゃんが俺の真似をして頭を下げた時だ。
「呼んでるにゃ!」
「私にも何か聞こえたようなきがした!」
「私もだ。だが、呼んでいるとは……」
モモちゃんに続いて、ネコ族の2人が何かを感じたようだ。
ここがネコ族の神殿と墓所を合わせた存在なのかもしれないな。だが、なぜモモちゃんだけに?
トコトコと奥の祭壇に向かってモモちゃんが歩いて行く。単独行動は滅多にしないんだけど、ここは付いて行った方が良いだろう。
少し遅れてモモちゃんの後ろを付いて行くと、祭壇の中央に小さな石像がある。
なるほど……。頭がネコで身体が人間、こんな神像をどこかで見たことがあるぞ。たしか……、エジプトか中近東の神だったんじゃなかったか?
何の神かは分からないけど、ネコ族の魂の安らぎを守っているんだろうな。
「何にゃ?」
「なら……」
「分かったにゃ!」
俺にはさっぱりだけど、モモちゃんはネコ神と話ができたんだろうか?
後ろで首を捻っていると、モモちゃんが右手をネコ神に向かって延ばす……。
バチン! と眩しい光と衝撃音が広間を満たして、直ぐに収まる。
モモちゃんは腕を伸ばしたままで固まっている。チラリと後ろを見ると、今の光に目がくらんで呆然と立っているシュタインさん達が見えた。
ユラユラとモモちゃんの身体が揺れている。ゆっくりと俺の方に倒れて来たからあわてて駆け寄って体を支えた。
『……異界の者よ。この者の願い、聞き届けたぞ。この世界で暮らすが良い……』
突然俺の脳裏に言葉が作られる。話し掛けられたわけじゃない。誰が? ……この小さな神像なのだろうか? そうなると、モモちゃんの願いが気になるな。
「だいじょうぶか?」
「ええ、モモちゃんもびっくりして気を失っているようです」
「でも、何かこの神像に話し掛けてたわよね?」
「お願いをしてたようです。でも、何かを頼まれたのかも知れません」
シュタインさんが俺達のところに駆けよってきた。
俺も良く分からないんだよね。モモちゃんなら教えてくれるんだろうけど……。気が付くまで待たなければならないだろうな。
「神像に何らかの精霊が宿っていたのかも知れんな。古い神像には魂が宿るとも言われておるぞ」
「そんな話を王宮で聞いたことがあるけど……。本当なの?」
「ドワーフ族は嘘は言わん。そのドワーフ族に伝わっておる話じゃ」
後ろで、そんな話をしてるのはヒルダさんとガドネンさんだ。やはりモモちゃんに詳しく話を聞く外に手はないようだな。
「とりあえず、ここで休息だ。リーザ、お茶を頼む」
シュタインさんが俺達を落ち着かせたいのだろう。休憩とお茶を指示している。
携帯コンロみたいな樹脂の缶を取り出してリーザさんがお湯を沸かし始めた。
その明かりの傍にポンチョを広げてモモちゃんを横にする。
「アオイは、モモの傍にいてやってくれ。俺達は一休みして広間を調べてみる」
「すみません。お手数をお掛けします」
「気にしないで、モモちゃんは仲間だしね」
そんな事を言いながら、リーザさんが出来上がったお茶を配ってくれた。
お茶を終えると、皆は周囲に散っていく。
前に、ガドネンさんが呪いのような話をしているから、調査だけで帰って来るとは思うんだけど……。
2杯目のお茶を飲んでいると、モモちゃんがポンチョの上で寝返りを打った。そろそろ目が覚めるんだろうか?
『異界の者よ。この広間の物を持って行くが良い。数日で再び砂に埋もれるであろう。我はこの依代と共にしばらく旅を共にする。その間の依代のことは我に任せよ』
「貴方は?」
『我が名はバステト。悪霊を制する者なり』
エジプトの神じゃないか! 確かネコの頭だったと思うけど……。元子猫のモモちゃんを依代に選んだと言う事になるな。モモちゃんがいなければリーザさんになったのだろうか? 確か女神だったはずだから、ファンドさんは選ばなかったと思うけどね。
ふと、モモちゃんを見ると、チョコンと座って俺を見ていた。いつの間に起きたんだろう? 気が付かなかったな。
「だいじょうぶ?」
「だいじょうぶにゃ!」
良かった。いつものモモちゃんだ。依代と言ってたけど、ずっとモモちゃんの奥にいるんだろうな。
こんなくらいところでずっといたんだから、外を見たかったのかもしれない。
モモちゃんにお茶を飲ませていると、皆が戻ってきた。モモちゃんの姿を見て嬉しそうな表情に顔が変わる。
「何も無いな。やはり盗掘を受けたようだ。石柱を掘れば遺体に貴金属があるやも知れんが、それは死者のものだ。俺達生者が軽々しく奪えるものではない」
「それが良い。我等の役目はこの遺跡の確認じゃ。簡単な絵図を描いたからこれで十分なはずじゃ」
「あれを持って行って良いって言ってたにゃ!」
モモちゃんが指さした場所は、モモちゃんが倒れた場所だ。そこに小さな金属製の小箱が光球の明かりを反射して鈍く光っている。
ファンドさんが端って取りに行き、持ち帰った小箱をシュタインさんにあずけた。開けようとしても開かないから、今度はガドネンさんに手渡している。
「どれどれ、ほう……。銀製じゃな。彫刻も中々じゃぞ。昔のドワーフ連中の作じゃな。これなら、ここを押して、こっちを動かし……」
カラクリ仕掛けの小箱なんだろうけど、ドワーフなら苦もないというところなんだろうな。
「ほれ、空いたぞ。……宝石じゃな。軽く見積もって、金貨100枚は下るまい」
「取り分は2割だったか?」
「この場合は、宝石を1人1個というところでしょうね。私達で選んでもだいじょうぶよ」
「なら、モモが最初だ。どれでも好きな宝石を1個だぞ」
シュタインさんが箱をモモちゃんの前に持って行くと、数十程のキラキラした宝石が箱の中に入っている。その中からモモちゃんが選んだ宝石は……、真っ黒の球体だった。
取り出した瞬間、ヒルダさんの表情が変わったぞ。
「待って! それ、魔石じゃないの」
「確かに魔石じゃな。しかも極上の魔石じゃ」
良くわからないけど、貴重な物なのかな? まあ、宝石箱の中だから宝石の一種なんだろう。でも、女の子なんだからもっとキラキラした宝石を選ぶのかと思ったけどね。
「お兄ちゃんはこれにゃ!」
もう一方の手で箱の中から取り出してくれたのは緑色とも水色ともつかない色をした宝石だった。別に売るわけではないからここはモモちゃんの選んだものでも構わない。
「ありがとう。大事にするからね」
次に箱から宝石を取り出したのはヒルダさんだった。箱を掻き混ぜて取り出したのはモモちゃんと同じような黒い宝石だ。わざわざ選ぶなんて、そんなに貴重な宝石なんだろうか?
反対にリーザさんはキラキラした宝石を選んでるし、ナリスさんやファンドさんは大きさで選んだようにも見える。
ガドネンさんは透明度を基準に選んで、シュタインさんは無造作に1個をポケットに入れた。
「まあ、記念にするんだな。売れば金貨にはなるだろうが、その金貨で何を買うかとなると悩むところだ」
確かに、武器も服もあるし、土地や家を買っても仕方がないところではあるんだよな。
出口に近い場所で寝ることにした。すでに依頼は終わっていると言う事だから明日には村に戻ることになるだろう。




