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8-02 モモちゃんを呼ぶ声


 モスデール荒野に出現した神殿跡の位置は、東に小さく見えるモスドの森と、北に見える小さな岩山らしい。その他にも色々と交点があるようだが、モスデール荒野に点在する小さな水場を示しているとの事だ。


「2つの目印の角度は直角よりも鋭角じゃ。じゃが、三分の二を超えているようじゃな」

「かなり荒野に入り込むことになるな」


 ガドネンさんがシュタインさんと話をしているのが聞こえてくる。

 90度の三分の二は60度と言う事なんだろうな。ガドネンさんがたまに戦斧を水平に持っているのは、戦斧の片側に角度を示す線が刻んであるらしい。長短合わせて12本を均等に刻んであるらしいから、最低角度は15度の半分と言う事なんだろう。

 ガドネンさんなら分かるというのは、初歩的な三角形の性質が経験上分かっていると言う事なんだろうか?


「少なくとも夕刻前には見えて来よう。今のところ目印の角度は鋭角だからな」

「そうじゃな。荒野であることが幸いかも知れん。見通しは良いからのう」


「まだだいぶ先と言う事か?」

「そうですね。2人の会話を聞くと、あの岩山と東に見える森の角度が、丁度これ位のところにあると言う事です」

「ふむ。なるほどかなり角度が異なるな。だが、このまま北に進めばその角度に合うのだろうか?」

「その辺りは、ガドネンさんを信じるしかありません。ですが、俺の国でも似たような事をしてましたよ。だけど目印は1つで良いんです。真北からの角度で表せます」

「真北からの角度と言うと、アオイの世界は北が分るのか?」

「そんなカラクリがあるんですよ。魔法の袋に入ってますから、夕食時にでもお見せします」


 地図に緯度経度が記載していなければここでは役に立たないのでコンパスはしまってあるんだけど、取り出して置いても良さそうだな。ポケットに入れといてもそれ程邪魔にはならないだろう。

 昼食を終えて、再び歩き出したところで遠くに何やら異質な物が見えてきた。荒地に瓦礫のようなものがある。かなりの大きさだが、あれが神殿なんだろうか?


「どうやら、あれが神殿らしいな。神殿跡というところじゃろう。場合によっては地下神殿の可能性もあるぞ」

「誰も気付かなかったのかしら?」

「春先の風で大きく砂が動いたのだろう。王国の記録にも無いような遺跡だ。魔族の遺跡の可能性もある」


 大きさから神殿跡と報告したということか? 確かに大きさは100m四方はありそうだ。

 昔のこの辺りは草原や森林だったのかもしれないな。

 遺跡を目指して歩くにつれ、緑がどんどん減っていく。いつしか砂利交じりの土になり、今では砂と砂利が地面を覆っている。

 枯れた灌木の下で昼食を取り、灌木を焚き木にして背負いカゴにガドネンさんがいれていた。これだけ枯れていれば良く燃えるだろうな。


 地面が完全に砂に変わったころ、遺跡の詳細が分るまでになってきた。南から列柱が何本も北に向かって続いている。ほとんどの列柱が崩れているが、石を積み上げた柱の数段が残っているのもあった。当時は創玄な建物だったに違いない。

 

 俺達は砂地から列柱の間に足を踏み入れ、砂の堆積があちこちにある回廊を奥に進む。

 やはり神殿だったのだろうか? 柱の間に石像が並んでいた形跡がある。石像自体は倒れて砕け散っているが、人間像のようにも思えるな。


「神殿のように見えるわ」

「もしくは墓所じゃろう。ドワーフ族の墓所にも似ておるぞ」

 ヒルダさんとガドネンさんの呟きが聞こえて来た。

 確かにそんな感じだ。これに似たものは、古代エジプトや中近東の古代国家の神殿なんだろうな。

 となると、俺達の前方に崩れかけた入口を入っていけば、神像が祭られた空間があるに違いない。

 

「入口はあるが、入るのは明日で良かろう。周囲に危険はなさそうだ」

 シュタインさんの言葉にモモちゃんが頷いているから、とりあえずの危険は無いってことなんだろう。

 崩れた建物は原型を保っていないがかろうじて入口を落下した梁が斜めになって、小さな口を開いている。

 あれだと精々20mは進めないんじゃないかな。天井すら崩落して建材が山になっているぞ。


 入口近くにある大きな柱の残骸を背に、俺達は野営の準備を始める。

 ガドネンさんが背負った籠から焚き木を降ろし小さな焚き火を作ると、シュタインさんが俺達の槍を3本束ねて三脚を作って鉄の鍋を吊るす。

 食事の支度はヒルダさんが担当だから、モモちゃんを連れて周囲の偵察を始めた。


 確かに神殿に見えるんだが、ガドネンさんは墓所にも見えると言っていた。南緯噛み付けたら貰っても良いんだろうか? 財宝があるかも知れないと思うとちょっと嬉しくなってしまう。


「誰かが呼んでる気がするにゃ」

 突然、モモちゃんが俺のシャツを引っ張りながら訴えてきた。

 俺には何も聞えなかったんだけど……。

「リーザさんかな?」

「たぶん違うにゃ。あの中から聞こえて来たにゃ」


 モモちゃんが指さした先は、廃墟に開いたあの入口だった。

 都市伝説じゃないんだから、脅かさないでほしいな。だけど、モモちゃんの勘は俺達とは異質なところもあるんだよな。

 明日、あの中に入れば少し分かるかもしれない。


 皆のところに帰っても、モモちゃんの話は伝えないでおこう。言っても、信じて貰えそうもないだろうしね。


「モモちゃん。どうだった?」

「怖いのはいないにゃ。でも、誰かがモモを呼んでたにゃ」

 全員の顔が一斉に俺に向いた。


「どういうことだ?」

「あの入口から、誰かに呼ばれたと言ってたんです。俺には聞こえませんでした」

「今でも呼んでるの?」

 シュタインさんの質問に答えてると、ヒルダさんがモモちゃんの傍に屈んで聞いている。

「今は呼んでないにゃ……」


 ヒルダさんが深くため息を吐くと、シュタインさんの隣に戻っていく。俺とモモちゃんも焚き火の周りに広げたガトルの毛皮の上に腰を下ろした。


「問題は、誰がモモを呼んだと言う事になるな。人間族に聞こえなくともネコ族なら聞こえる音もあるのだ。アオイには聞こえなかったらしいが、モモの言葉なら信じる価値がある」

「このような地でモモを呼ぶとなれば……、悪霊でしょうか?」

「わからん。魔族が多い地ではあるが、この周辺にモモは敵対する存在を感じないらしい。リーザとファンドはどうなのだ?」


 ナリスさんの問いに、シュタインさんは答えてるけど、悪霊何て存在するのか? まあ、魔法があるくらいなんだから存在することもあり得るが……。


「何も感じないわ。静かな廃墟よ」

「私もです。どちらかというと安心できるような居心地の良さを感じます」

 

 ファンドさんの答えに、私も! とリーザさんが頷いている。そうなると、悪霊と言う事は無さそうだな。


「精霊の加護かも知れんぞ。古の王国は精霊の加護を受けて魔法が盛んじゃったらしい」

「それぞれの種族を守護する精霊の話は、俺達トラ族にも伝わっている。となると、この神殿はネコ族に係わりがあるということになりそうだ」


 ネコ族の信じる古の神を祀っていたと言う事なんだろうか? そうなると、モモちゃんが聞いた声の主は……、精霊って事になるぞ。


「明日には分かるだろう。夕食を取って、明日に備えるぞ」

 すでに夕食は出来てたようだ。

 夕日もいつの間にか落ちて、焚き火の明かりだけが辺りを照らす。

 夕食を終えると、お茶を飲みながらモモちゃんと最初の見張りに着く。ナリスさんが一緒だから心強いな。


 しばらくすると、モモちゃんがバックの袋をごそごそと何やら探し始める。ヒョイ! と取り出したのは、魚の干物だ。雑貨屋で買い足ししてきたのかな?

 焚き火の熾火を使って焼き上げると俺達にも配ってくれる。ありがたく頂いて、頭から丸かじりだ。


「アオイは知らぬかも知れないが、この世界に住む様々な種族がそれぞれ別の神を信じている。その他にも、神が多いのがこの世界だ。それら神々を作った神という存在もかつては信じられた時代があったが、邪教として葬られている」


 一神教の概念じゃないのか? それを葬るとは……。


「驚いたのか? アオイの神は人間族の神とも異なるようだ。魔法を使う際の呪文は王都の神殿でも聞いたことが無い。かといって魔族ではない」

「傭兵団に入団した時点で過去の出来事は問うことがないと聞いたんですが?」

「そうだ。私の独り言だな。私の指導をしてくれた教官がかつて言ったことがある。種族の違いは神の違い。だが、地域が異なれば同じ種族でも信じる神が異なるとな。シュバルツボーゲンにアオイ達は飛ばされたんだと私は思ってる。シュタイン殿は近くの王国を考えているようだが……」


 かなり真実に近いところまで洞察してるぞ。トラ族と言えば思慮深いと感じたことが無かったんだけど、実はかなりの思考力を持ってるのかも知れない。獣人族と十束一絡げに言うやからもいるようだけど、表面だけ見るようではダメだと言う事が良く分かる。


「俺の信じるのは多神教です。たくさんの神がいますよ。あまりの多さに俺ですら把握できないところです。この焚き火にも火の神が宿ると考えてますし、森には森の神が、山には山の……。そんな宗教です。でも、1つだけ、信じることが出来ないのは人を不幸にする神ですね」

「やはりな。朝起きて太陽に挨拶するのが不思議だったのだが、そのような信仰だったのだな。いや、アオイを否定しているわけではないぞ。この王国では信仰の自由が保障されている。たとえ悪神であっても、他人を巻き込まぬ限り信仰の自由が保障される」


 それも凄い話だな。神であろうと悪魔であろうと信仰は自由と言う事になる。

 とは言っても、緩やかな傾向はあるのだろう。種族ごとに異なる神なんかが良い例だ。そんな神達は仲が良いのだろう。敵対するとなれば種族間の争いに発展しかねないからね。



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