2-02 荷馬車の待つ村へ
1時間程歩いて10分程の休憩を取る。
俺の時計ではそんな感じに思える。10分程度の誤差はあるが、大まかにはそんな感じだ……。
何で時間を計っているのかと不思議に思っていると、街道の途中にこんもりした小さな林が定期的にあるのに気が付いた。
その林の下で休憩を取ると、どうやら一定時間ごとに休憩を取ることができるらしい。
この世界の1里塚って事なんだろう。どこの世界でも考えることは同じになるんだろうな。
何回目かの休憩で、俺達は昼食を取ることになった。
林の一角にある小さな広場で焚き火を作り、ヒルダさんがお茶のポットを乗せる。
リーザさんが配ってくれた、ハムを挟んだパンを頂きながらお茶を飲む。
意外とまともな食事で安心した。夜はスープがこれに付くんだろう。
ドワーフのガドネンさんが、石油を入れるポリタンク程の大きさがある水筒を魔法の袋から取り出していた。あれなら俺達で3日分の食事とお茶を賄えそうだ。
「さて、出掛けるぞ。今夜は森の手前で野営だ」
シュタインさんの言葉で俺達は腰を上げる。焚き火の始末はリーザさんが小さなスコップで土を掛けて消している。
「モモちゃん、足は大丈夫?」
「大丈夫にゃ。杖もいらないにゃ」
モモちゃんは杖を担いでる。慣れない2本足歩行で疲れないのかな?
そんなモモちゃんに色々と話をしているのはリーザさんだ。同族と思ってるんだろうけど、元がネコだと気が付くんじゃないかとヒヤヒヤものだ。
午前中と同じように、ちょっとした林を目印に短い休憩を取って、俺達は西に進んで行く。
やがて前方に大きな森が見えてきた。かなり大きな森らしく、山脈の尾根を包むように南北に伸びている。
「森は危険だから、明日の朝早くに出発するの。手前に小さな林が見えるでしょう? あそこが今夜の野営地よ」
「森は物騒だからな。通るなら昼間じゃ!」
リーザさんの言葉にガドネンさんが補足してくれた。
見通しの悪い森の中を夜に進むのは、確かに問題だろう。獣以外に魔物だっているような世界だからな。
目指す林に着くと、林の中に広場があった。と言うよりも、広場を囲むように雑木を植えこんだと言うのが正しいのだろう。結構広いようで、シュタインさんの話では荷馬車を10台以上停めることが出来るのだそうだ。
「夜の森は物騒だから、森の入り口と出口にはこんな場所ができているのだ。林から焚き木を取るぞ!」
男3人で雑木をナイフで切取って焚き木を作る。枯れ木もそれなりにあるみたいだ。全て生木だったらどうしようかと思ってたからね。
焚き火を作って、その周りにポンチョを座布団にして座り込む。
ガドネンさんが作った三脚に、ヒルダさんが鉄製の鍋を取り出して火にかける。
リーザさんが袋から取り出した物は、乾燥させた野菜だった。適当に鍋に入れると今度はビーフジャーキーのような干し肉を取り出して、ナイフで木製のカップに刻んでいる。半分程溜まったところで、鍋に入れると塩で味を調えているみたいだ。
何とも大雑把な調理だけど、味は大丈夫なのかな?
ヒルダさんがお茶を作るためのポットを焚き火の傍に置いていた。1時間程で飲めるようになるらしい。
「夜は物騒だ。アオイも使える武器があれば準備だけはしといてくれ」
「分かりました。俺の武器はこれなんですが……」
貰った袋から、クロスボウを取り出して膝に置く。ボルトケースもベルトに着けておけばいいだろう。
「ちょっと貸してみろ。変わった弓だな?」
「ちょっとしたカラクリがあるんで、俺でも引くことが出来ます。このボルトと呼ばれる矢を放ちます」
いつの間にかパイプを咥えたガドネンさんが、俺から受け取ったクロスボウとボルトを見て頷いている。
原理が理解できるんだろうか? ドワーフと言えば職人って感じだから、案外構造が分かるのかも知れないぞ。
「それ程変わってるのか?」
「とんでもない代物じゃ。金属鎧も突き通るじゃろう。それに少し魔道の技もあるようだな。単なるカラクリ仕掛けではない」
ガドネンさんが真剣に見ているのがおもしろかったんだろう。笑い声で問い掛けたシュタインさんに、首を振りながらガドネンさんが答えている。
「どうやって使うの?」
「あそこに、枝を突き出した雑木がありますね」
20m程離れた場所に誰かが枝をノコギリで切ったような跡が残っている。丁度的になりそうだ。
俺の言葉にリーザさんが頷いたから、目標は理解したようだ。
「この先端の金具を足で踏んで、両手で弦を引くと……」
弦がトリガー部分の金具に引っ掛かり、カチリと音を立てた。
ボルトをクロスボウの上部にある滑空台に乗せて手元に引くと、照準器の下にある板バネがしっかりと固定する。
左手でグリップを持ち右手でクロスボウの下部を支える。肩に銃床を押し付けるようにして固定すると、照準器の中のT字に雑木の枝の切り口を捉えた。
静かにトリガーを引く。
バシュ! 弦が鳴り、雑木の切り口にボルトが深々と突き立った。
「ウソ!」
「ほう……。狙い通りと言う事だな」
リーザさんは驚いてるし、シュタインさんは感心して眺めている。
「狙い通りではあるんですが、先ほど見ていた通り撃つまでに時間が掛かります」
「まぁ、どんな武器にも欠点はあるわい。あれほどの腕なら良い仲間が増えたことになる」
ガドネンさんは肯定的だ。現実主義者でもあるようだ。
ボルトを回収したところで、俺達の夕食が始まる。適当に作っていたようにも見えたんだが、スープの味は中々良いぞ。炙ったパンを一緒に食べながらガドネンさんの昔話を聞く。
「……まぁ、そんなわけで、俺とシュタインが知り合ったわけだ。全く、あの時のガトルの数には驚いたわい」
自慢話にも聞こえるけど、食後のお茶を飲みながらも話は続いていた。
意外と、話し好きなのかも知れない。モモちゃんが目を丸くして頷きながら聞いているのが嬉しかったのかも知れないな。
孫に自慢話を聞かせているようにも見えるから、シュタインさん達は苦笑いしながら聞いている。リーザさんが、うんざりした表情で聞いているのと極めて対照的だ。
「明日もあるんだ。ガドネン、昔話は取っておくんだな。最初はアオイ達が焚き火の番をしてくれ。あの星が南に来た時、俺とヒルダを起こしてくれればいい」
東南に輝く明るい星だ。星の角速度は1時間に15度だから2時間程で良いと言う事なんだろうか?
俺とモモちゃんを残して、4人は焚き火の周りで横になった。
雑木から、フクロウの鳴き声が聞こえると、モモちゃんが驚いて俺にくっ付いて来た。
まだ小さいからな。本体が分れば安心するんだろけどね。
たまに焚き木を追加して、焚き火を絶やさないように気を付ける。
こっくりこっくりと眠たげげにモモちゃんの身体が動き始めたので、座っていた俺のポンチョを広げて、モモちゃんのポンチョを外して置く。
お茶を飲んでいると、いつの間にかモモちゃんが寝てしまった。
広げたポンチョにモモちゃんを寝かせて、その上にポンチョを掛けておく。
1人になってしまったが、もう少しで約束の時間だ。周囲に気を配りながらジッと焚き火の番を続けた。
「何事も無かったようだな?」
シュタインさん達にお茶を渡しながら、周囲の状況に変化が無い事を告げる。
ヒルダさんは、丸くなって寝ているモモちゃんを優しいまなざしで眺めていた。
「後は任せておけ。夕刻過ぎに動くのは獣達だ。夜半に魔物が動き、朝方は盗賊というのが一般的ではあるのだが……」
時間帯で出てくる相手が変わるって事なのか? これから出るのは魔物らしいけど、シュタインさんは強そうだからだいじょうぶだろう。
モモちゃんの隣に寝転んで目を瞑るとたちまち睡魔が襲ってくる。今日はだいぶあるいたからなぁ……。
翌日、モモちゃんに揺り起こされた。
目を覚まして起き上がると焚き火の周りで皆が俺を見ている。
どうやら、最後まで寝ていたみたいだな。リーザさんがよそってくれたスープを受け取ると、モモちゃんが焚き火で炙ったパンを渡してくれた。
もしゃもしゃ食べていると、皆はお茶を飲んでいる。
「アオイの食事が終わったら出発する。魔物が下りて来たとの情報もある。武器は直ぐに使えるようにしとくんだぞ」
シュタインさんの言葉に、頷く事で答えておく。
モモちゃんはお腹のところでベルトに挟んだ、短剣をポンと叩いているけど、それを見たリーザさんにハグされてるぞ。
「それを使う事にはならないわよ。大丈夫、私の後ろにいれば良いわ」
ガドネンさんが「過保護じゃ!」なんて言いながら、パイプを楽しんでいる。
俺が食事を終えたところで、ヒルダさんが食器類を纏めて魔法を使って綺麗にする。
俺達の食器を受け取って袋に納めると、素早く装備を整えた。ポンチョを畳んで腰のバッグの上にストラップで結ぶ。その下に、俺のサバイバルナイフが差し込んであるが、抜くのに苦労は無さそうだ。
ベルトにボルトケースを着けて、背中にクロスボウを背負う。
モモちゃんのポンチョも同じように腰に結んであげて、頭に麦わら帽子を乗せてあげる。腰のベルトに矢筒を結んで、弓を肩に掛ければ準備完了だ。
俺達が準備を終えて杖を持つと、他の連中はすでに出発できるまでになっている。焚き火もいつの間にか土が乗せられていた。
「さあ、出掛けるぞ。森は少し物騒だ。いつもの順番で歩くが、アオイ達はヒルダの後でリーザの前に位置してくれ。リーザが殿だ。いつでも武器が使えるようにしとくんだぞ」
そうは言っても、クロスボウをセットした状態で1日置くのも問題だな。何かあれば、サバイバルナイフを使う事になりそうだ。それに、この杖だって結構太いからな。ぶん殴るには丁度良い。
シュタインさんの後を追うようにゆっくりと森に続く街道を歩く。
街道の石畳は森の中でも同じように続いている。
かなり深い森だし、木々も鬱蒼としているから空気がひんやりいているし、森の奥の見通しも悪いな。繁みが街道傍まで迫っている。
それでも俺達以外の4人は旅慣れた者達だ。一緒にいるなら安心できるだろう。